71話 チャンピオン
「師匠、一つお聞きしたいことが……」
「何です?」
「武芸大会、続けるんですか?」
俺は惨憺たる有様の闘技場を見回して聞いた。
クレメンス一味は捕縛され、アーネストのゴーレムの残骸と魔法の袋はヘッケラーが回収したが、試合場はボロボロのままだ。
今日はこれで帰れるのかと思ったが、何故か武芸大会を続行という流れになったのだ。
「陛下の提案です。チャンスをあげたのですよ。今後も武芸大会を続けていくためにね」
「意外ですね。こんな意味の無いイベントはさっさと潰したいものかと思いましたが」
俺はリカルド王の方に視線をやりながら聞くが、彼は意味ありげな微笑を浮かべたままだ。
代わりにヘッケラーが答えてくれた。
「ファッション感覚で出場していた者たちはフィリップ君の剣技と……何より君の容赦のない断罪の雷を見て棄権してしまいました。次回以降の武芸大会がまた腐った社交場に戻るもよし、少しは意義のある行事になるのならば幸い、だそうです」
それにケチはついたものの伝統ある行事の支援は餌になる。
名誉欲の塊のような奴らを引き寄せて、尻尾を出すのを待つ。
そこまで上手くいかなくとも、阿呆に金を吐き出させるだけでも王国にとってはプラスか。
回りまわって総合的には利益が出るような方策があるのかもしれない。
「なるほど。では真剣勝負は今回だけですかね。支援していた阿呆は掃除しても、引き継ぐ連中も生粋の軍系貴族にはならないでしょうし」
「そうでしょうね。今回も義理で出場していた、まあまあ有望なBランク冒険者は残りましたが、マイスナー大尉に先ほど負けましたからね」
そして、当然ながら決勝戦はフィリップとマイスナー大尉の戦いとなった。
「さて、ただ見るのも退屈ですし。賭けでもしませんか? 皆さんはどちらが勝つと思います?」
「当然、フィリップです」
「未来の旦那様を信じないわけがありませんわ」
「フィリップさんが勝つに決まっているのです」
ヘッケラーの疑問にフィリップの婚約者勢が即答した。
こんな光景を見るとマイスナーを応援したくなる。
「ロベルトは?」
「某はマイスナーの優秀さを知っているが、最近のオルグレン伯爵は一段も二段も強さを増している。某でも敵わないほどにな。厳しいだろう」
ニールセンもフィリップに一票か。
確かに、強力な強化魔法の使い手で、今までは僅かに劣っていた剣技もマイスナーを超えている。
勝てる要素は無さそうだ……。
「これでは賭けになりませんね。私も強化魔法の差は覆すのは難しいと思いますから。で、我が一番弟子はどう思いますか?」
ヘッケラーが俺に水を向けてきた。
「ええ、確かにマイスナー大尉は優秀な剣士ですが、強化魔法の差は大きいです。恐らく、最終的に勝つのはフィリップでしょう」
俺の予測にヘッケラーは眉を上げて意外そうな顔をした。
「ほう、最終的にということは、善戦すると?」
「ええ、少なくとも一回は反撃すると思います」
フィリップ相手に二回目は通用しないだろう。
「皆さんはどうです?」
どうやらヘッケラーは、マイスナーがどこまでやれるかに賭けの主旨を変更するようだ。
「あたしはフィリップが一撃で倒すと思うわ」
「フィリップはあの巨大なゴーレムも一撃で倒しましたのよ。マイスナー大尉もそこまで頑丈ではないのではなくて?」
「ワタクシも一瞬で勝敗が決すると思うのです」
まあ、彼女たちはそう言うだろうな。
「私も魔術師としては魔力量と強化魔法の差で一瞬だと思いますが……」
「某も、オルグレン伯爵は初撃で決めにいくと踏んでいる」
ヘッケラーとニールセンも一撃か。
ここで静観していたリカルド王が口を開いた。
「面白い。ならば余もニールセンたちと同じくオルグレン伯爵の一撃に賭けるとしよう。イェーガー将軍、勝負であるな」
「ほう、面白くなってきましたね」
ヘッケラーが楽しそうに冷やしたエールのコップを口に運んだ。
捕り物は終わったからと強請られて出したが、飲み過ぎじゃありませんかね。
それにしても、マイスナーの反撃に賭けたのは俺一人か……。
「陛下、ここは大穴狙いで俺に味方するところじゃないですか?」
「ふふん、為政者は有利な方に付くものよ」
畜生……。
フィリップが才能溢れる剣士だということも知っているし、少々自信がなくなってきた……。
俺がマイスナーは善戦すると言ったのには理由がある。
フィリップとの相性の問題だ。
もし、俺がマイスナーと戦うのなら、たとえ強化魔法を使っての接近戦だけだったとしても一撃で決まる。
何故ならパワーに優れ魔力剣による広い攻撃範囲を持つ俺は、マイスナーにとって相性が最悪だからだ。
彼は純粋な剣士だが、警備隊副隊長として実戦の経験も豊富なので、より実践的な技や対人戦の知識と勘を持っている。
しかし魔術で一帯を纏めて焼き払われたり、俺の魔力剣で薙ぎ払われたりすれば成す術なくやられてしまう。
彼の魔剣から放たれる剣閃が俺と正面から打ち合うには火力不足だということは言うまでもないだろう。
自分で言うのもなんだが、普通の人間の範疇に収まるマイスナーでは、俺の攻撃を防いだり受け流したりはできない。
余程、上手く避けなければ反撃のチャンスすら無いのだ。
俺のリーチが長く攻撃範囲も広く重い剣戟と互角に競り合ったり掻い潜ったりできる人間は限られている。
しかしフィリップの攻撃は俺とは違う。
魔力を体の外で扱うことが不得手であり、アダマンタイトという魔力を意図して通したり飛ばしたりすることには向かない素材のレイピアを使うのだ。
ゴーレム戦のときのように、レイピアの直接攻撃が当たれば爆発したかのような威力を見せるが、広範囲を薙ぎ払う術は無い。
これだけでマイスナーはだいぶ楽になる。
彼の特技は変則的な二刀流でのコンボとカウンターだ。
俺が相手では封殺されて攻撃どころではなく得意のカウンターに持ち込めなかったマイスナーも、フィリップが相手なら一矢報いることができる可能性は格段に上がる。
それにフィリップは強化魔法が得意とはいえスピード型だ。
一般人とは比べ物にならない威力とはいえ、俺のように理不尽なパワーの斬撃を連発できるわけではない。
あとはマイスナーがフィリップの速さに翻弄されず鋭い一撃をもらわないように気を付けるだけだ。
「あ、出てきたのです」
ついに決勝戦が始まった。
試合場の真ん中にフィリップとマイスナーが立ち、互いに礼をする。
稽古ならともかく、実戦なら頭を下げている間にそっとデリンジャーを出してズトンだな。
いや、二人ともそこまでの隙は無いか。
「マイスナー殿、一連の騒動は決着がついた。束縛するものは何も無い。あとは剣士として強者を求める心に従い、雌雄を決しようではないか」
「……ああ、やるからには遠慮しねぇ。全力で行かせてもらうぜ!」
熱い戦いが始まった。
審判が開始の合図をして試合場の外まで後退る。
剣士同士の模擬戦で辺り一面が火の海になるなんてことは無いが、強化魔法の達人が戦う以上、一般人の想像以上の範囲を飛び回り剣を振り回すことになる。
彼の判断は正しい。
決してチキンではない。
「…………」
「ふぅ……」
一定距離で対峙したまま、しばらく時間が過ぎる。
お互い円を描くように、じりじり移動を始めた。
間合いを視線と仕草を観察することで測り合い、二人の動きが同時に泊まった瞬間、フィリップが動いた。
「しっ!」
「……っ!」
フィリップのレイピアが真っ直ぐにマイスナーに向かって伸びる。
マイスナーは魔剣を交差させて防御態勢を取るが、完全に防ぐには遅い。
「取った!」
レイアはフィリップの勝ちを確信したようだが、俺はマイスナーの体勢が普段と違うことに気付いた。
両足がしっかりと地に着いていない。
重心も踏ん張りが効く位置ではなかった。
一体何をする気なのか?
「ぬぁ!」
マイスナーが大きく上半身を逸らした。
そのまま突き込まれたフィリップのレイピアに、下から擦るように交差した二つの剣を当て……後ろに飛んだ。
フィリップの鋭い突きの勢いを利用し、自ら後ろに飛んで攻撃を受け流したようだ。
フィリップの刺突の軌道は逸れたが、完全には躱せずマイスナーの肩口を抉った。
しかし、それと同時にマイスナーは予想外の行動に出ていた。
空中でフィリップの攻撃を肩に受けつつも、腰を捻って蹴りを放っていたのだ。
「危ない!」
マイスナーのブーツがフィリップの頭部の辺りを通り過ぎた。
「あっ!」
「え!?」
ファビオラは蹴りが当たる寸前、レイアとメアリーはマイスナーが蹴りを放った後には何をしたのかわかったようだ。
ファビオラはド突き合いが専門ではないので、蹴りが当たる前にわかっただけでも大したものだ。
獣人の動体視力は侮れない。
生粋の魔術師であるレイアと懐剣の扱いは護身程度のメアリーを責めるのは酷だろう。
試合場には尻もちをついて肩から血を流すマイスナーと、額に僅かな擦り傷を負いながら佇むフィリップが居た。
「勝負あったな。審判!」
俺はマイスナーの出血の具合を見て、試合続行は不可能と判断し審判に声を掛けた。
審判も遅ればせながら状況を理解して判定を下した。
「勝者、フィリップ・ノエル・オルグレン伯爵」
闘技場を割れんばかりの歓声が包んだ。
フィリップのことを何とも思っていなかった貴族も、若造と侮っていた連中も、圧倒的な剣技の応酬を見せられて熱狂している。
会場はオルグレンコール一色だ。
カビの生えた伝統という名のお題目だけが存続の理由だった武芸大会。
巨大ゴーレムの出現や運営陣の逮捕、大会が生まれ変わった日にして恐らく唯一の真剣勝負が催された日。
その大会を制したのは上級貴族家の若き当主フィリップ・ノエル・オルグレン伯爵だ。
「レイア、メアリー、ファビオラ。やったぞ! 私の優勝だ!!」
「フィリップ、やったわね」
「素敵ですわ……」
「フィリップさん! 最高なのです!」
貴賓席を飛び出したレイアたちを纏めて抱きしめるフィリップに軽く呪詛を送りながら、俺も続いて試合場に降りる。
そのまま真っ直ぐマイスナーの方に向かった。
「よう、やっぱり負けちまったぜ」
軽い調子で声を掛けながら立ち上がろうとするマイスナーを止め、治癒魔術をかける。
「――“ヒーリング”」
マイスナーの傷は完全に塞がった。
そもそも模擬戦は少しでも出血があったら試合終了となる。
決闘ではないのだ。
おかげでマイスナーの治療はすぐに済んだ。
「ありがとよ」
マイスナーが俺の手を借り立ち上がったところでフィリップが近づいてきた。
額の擦り傷はもう無い。
こちらはレイアが治癒魔術を掛けたようだ。
「マイスナー殿、いい試合だった」
「いやいや、オルグレン伯爵の圧勝さ」
「とんでもない。私もまだまだ未熟だ。強化魔法があるからと自信過剰になっていたようだ。まさかあそこで一撃もらうとは思っていなかったぞ」
「はは、度肝を抜かせることができたってぇなら光栄だ」
そしてフィリップは俺に向き直った。
「クラウス、改めて礼を言わせてくれ」
「ん? マイスナー大尉の治療なら大したことは……」
「それもそうだが、今回の一連の騒動。貴公の協力が無ければこれほど綺麗に収まることは無かった。それに私が、唯一の真剣勝負を開催した武芸大会の優勝者になれたのは貴公のおかげだ」
俺は頭を振った。
「そいつは違うさ。優勝したのはフィリップの努力の成果だ。鍛錬の積み重ねと心構えのさ」
「だが……いや、そういうことにしておこう。レイアたちの為にも貴公の気持ちは受け取っておく」
そこまで殊勝な心掛けでフィリップを立てたわけではないけどな……。
リア充は爆発しろ、もげろって思っているし。
そして武芸大会は終了を迎えた。
なお、今回の武芸大会は騒動と真剣勝負以外の要素でも歴史に名を残すことになる。
どうやってニールセンたちを納得させたのかはわからないが、トロフィーの授与はリカルド王が行うことになったのだ。
国王がトロフィー授与を行うことが今後あるかどうかはわからないが、少なくとも史上初で今後も頻繁には行われないことは確実だ。