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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
68/232

68話 雷光、動く

 フィリップの出番が近づき彼はマイスナーと貴賓席を出て行った。

 今のところ魔法陣の起動などの怪しい気配は無い。

 とはいえ、俺にわかるのは攻撃魔術の他は犠牲召喚や明らかにヤバい闇魔術の気配くらいだ。

 そちらはレイアやヘッケラーの方が遥かに詳しいだろう。

 それよりも俺が気を配った方がいいのは……。

「マリウスの反応が闘技場の裏手にありますね」

 同じ学年の魔法学校の生徒でアーネストの腰巾着だ。

 アーネストに媚び諂って、周りに高圧的な言動をして嫌われている。

「ふむ、確かメルディン家の者ですか。顔は……思い出せませんね」

 あいつ、家名あったんだな。

 聞けば、一応は役職が継承できる家臣家らしい。

「奴は俺がマークします。珍しく俺の方と面識があって師匠が顔を知らない相手なので」

 他の取り巻きの貴族家は逆だ。

 ヘッケラーは知っていて俺は知らない。

 マリウスが尻尾を掴ませてくれるのならば、労力を掛けずに済むのでありがたい。

「あ、ならクラウスさんはここから“探査”で探っておいてくださいなのです。ワタクシが人混みに紛れて監視するのです」

 ファビオラが引き留める間もなく席を立った。

「お、おいおい。危険じゃないか? 奴の監視は俺が……」

「クラウスさんが動いたら何事かと思われるのです。ワタクシに任せるのです」

 そして俺の耳に口を寄せて、そっと呟いた。

「(陛下が酒臭いので、ここに居るのも苦痛なのです)」

 ……そりゃ、引き留めるわけにはいかんな。

 嗅覚の鋭い獣人のファビオラにはキツいか。

「わかった」

 闘技場の裏手に向かうファビオラを見送り、俺は“探査”を使っての監視に戻った。

「ぷはっ、確かに冷やしたエールとこのワイバーンの焼き物は合うな」

 昼間から焼き鳥を片手にビールを煽る中年が一名。

 まったく、ニールセンと部下たちが居るからといって、この王様は気楽すぎやしませんかね。





 そのころ控室では。

「伯爵様、緊張してるのかい?」

「ん? まぁな。ハイゼンベルグ伯爵の陣営が良からぬことを企んでいることもそうだが、やはり私の意地で出場を決めてしまった以上、何としても勝たなくてはならぬ」

「婚約者に勝利を捧げるためにですかい。青春だねぇ」

 茶化してはいるがマイスナーもフィリップが最近どれほどの鍛錬を積んでいるか知っている。

 幼い頃から剣聖エドガーの手ほどきを受けて細剣の才能を開花させ、驕ることなく鍛錬を続けて大人の騎士でも勝てる者が少ないほどの剣技と強化魔法を身に着けた。

 そんな折、出会った人物がクラウスである。

 技自体には粗削りな部分もあるものの、同年代ながら自分に勝るとも劣らない剣技を持ち、総合的な戦闘力では自身を遥かに凌駕する存在。

 他の人間であったのならばやる気を失くしてしまいかねない状況で、フィリップは自身の剣技と強化魔法をさらに磨いた。

 共に強大な敵に立ち向かったことで触発された部分もある。

 フィリップの剣術はクラウスが聖騎士になった後も武芸大会の話があってからも成長し続け、今なお留まることを知らない。

 マイスナーは今やフィリップに勝てる可能性はほぼ無いことを悟っている。

 何せ、もうすぐ師であるエドガーを抜くかもしれないほどの、才能の塊のような剣士なのだ。

「はぁ……こんな人に俺の護衛なんて要るのかね?」

「ふむ、クラウスが頼んだということは、私には無いマイスナー殿の経験やセンスを必要としているのだろう。暗殺者や直接攻撃を仕掛けてくる魔術や魔法陣ならば自分でも対処できるが、何かそれ以外の……」

「将軍も挙げたらキリが無いって言ってたな。最悪の場合、俺も対処できずに纏めてお陀仏か……」

 しかし、マイスナーのネガティブな予想はフィリップが否定する。

「さすがに、それほどの危険は無かろう。ハイゼンベルグ伯爵と取り巻きの手腕や資金では、できることは限られている。侮るつもりは無いが、警戒し過ぎて士気が下がるのは考えものだぞ」



「ところで、マイスナー殿。他の参加者に関して何か気付いたことはあるか?」

「いや、有名どころの冒険者は居ないな。もちろん警備隊の関係者も。あのデブ伯爵、腐っても貴族だ。Sランクとは言わずともAランクの冒険者程度は雇っているかと思ったが、それほどの腕利きは居ねぇ。オルグレン伯爵が知ってるのは?」

「冒険者に関してはメアリーが集めた情報でも同様だ。腕に覚えのある者たちの動きは無いらしい。だが、どこかで見たような気がする顔はいくつかあるな。恐らく、上級貴族の三男以下か下級貴族の子弟であろう」

 元々、この武芸大会は貴族の子弟の箔付けのために開催される行事だ。

 市井どころか貴族社会でも、まともな武官相手なら笑い飛ばされるほどの権威しかない。

 過酷で危険な地域を治めるトラヴィス辺境伯家の人間なら、まだ廃止されていなかったのか、と言い出しかねないレベルだ。

 フィリップが見たことがあるかもしれないと評した人々は、皆以前から武芸大会に出場している家の連中だ。

 才能溢れる剣士のフィリップや警備隊の副隊長を務めるマイスナー相手では、絶対に勝ち目は無い。

 力量差を悟って戦意を喪失しているのはマシな方だろう。

 ひどいのになると武術の大会に出る自覚すら無いほどの、緊張感に欠ける雰囲気を醸し出している者も居る。

「(やあ、どうも。今日はお手柔らかに願いますよ)」

「(ははっ、今年は勝たせてもらいますぞ。何せ必殺技を編み出してきましたからな。こう、ズバッと)」

「(お久しぶりです。聞きましたよ、ご結婚されるとか)」

「(いや、何。商家の娘ですから側室に過ぎませんよ。大げさにしてやる必要は……)」

「(いいではないですか。大会で上位に入れば、持参金を増やしてもらえるかも)」

「(上級貴族の血筋である私に、剣を振るうなどという下賤な行為は必要ないと思うのだよ。しかし、父上の方針でね)」

「(温室育ちのお坊ちゃんばかりだぜ。俺様の卓越した槍捌きが貴族の目に留まれば……)」

「(華麗に剣を振るうあたし。お金持ちの貴族に見初められて妾になれば……)」

 志の低い連中である。

 武器や武術をファッションとしか思っていない奴が大半だ。

「……こういった手合いの巣窟に放り込んで、私の精神を憔悴させる作戦なら成功だな」

「気をしっかり持ってくれ。あいつらが暗殺者だとは思えねぇがな」





 同時刻、闘技場裏にて。

「お姉さん、その果実水を一つなのです」

「はいよ」

 屋台で買ったジュースを片手に人混みの中に佇むファビオラの姿があった。

 表の出入り口より人は少ないが、チケットを買えなかった出場者の知り合いなどが集まっている。

 人の集まる場所が出来れば目敏い者が屋台を引いてやって来る。

 試合自体も程度が知れているし、集まる人間も武芸に関心のある者たちではない。

 ここで軽食を食べたり寛いだりする者が多いのも当然だ。

 ファビオラもすっかり寛いでいるように見えるが、もちろんマリウスの監視を放棄しているわけではない。

 人混みに紛れて遠目に姿を捉えている。

 顔を知られているので、マリウスの視界には入りにくい位置を確保した。

「(はぁ……移動されたらこちらも隠密行動を取らなければならないのです。そのときに備えて匂いの原因になるものは口にできないのです)」

 本当は今手に持っている薄い果実水ではなく、もっと甘い飲み物と近くの屋台で売っている串焼きが食べたかったのだが、諦めざるを得なかった。

 本職の斥候は体臭や口臭の原因になるものを極力口にしない。

 人間にも嗅覚の鋭い者は居るし、獣人ではその割合が高く、魔物に至っては人類より遥かに嗅覚が優れている場合もある。

 折角、音や気配を消しても匂いで場所がばれては元も子も無い。

 ファビオラは専門の冒険者ではないので、匂いの強いものを一切口にしないわけではないが、念を入れたいときは気を遣う。

 マリウス相手に過剰かもしれないが、万が一にも彼が注意深く場所を変えて尾行しなければならなくなったとき。

 隠れる場所が少なく接近を余儀なくされたとき。

 失敗の原因になる要素は一つでも排除しておきたいのだ。

「(終わったらクラウスさんに例のワイバーン料理を二皿……いえ、三皿は出してもらうのです)」



 ファビオラが人混みの中からマリウスの監視を始めてしばらく経った頃に、マリウスに近づく男が居た。

「待たせたな」

「遅い! 貴様は私を誰だと……」

「うるせぇな。殺すぞ」

「くっ……」

 どう見ても表の道を歩いている者ではない。

 体裁程度の初級魔術が唯一の武器であるマリウスは、裏社会の人間に恫喝されて完全に委縮している。

 しかしファビオラには、ほとんど脅威として認識されなかった。

 クラウスをはじめ人並みの範疇を大きく超える強者を見てきていることもあるが、彼女も自衛程度には短剣を扱う技術も持っているのだ。

 男の力量はファビオラを殺せるほどではない。

 それにファビオラが戦闘行動を取れば“探査”で大体の動きを確認しているクラウスが文字通り飛んでくる。

 危険はほぼ無いと考えていい。

「ほらよ、注文の品だ」

「こ、これは魔法の袋!?」

「おっと、俺は何も知らねぇ。ただ、頼まれたものを渡しただけだからな。ほら、さっさと金を寄越しな」

「あ、ああ」

 マリウスから金の入った袋を受け取った男は踵を返した。

 しばらく呆然と立ち尽くしていたマリウスも再起動し闘技場へと戻って行った。

 ファビオラはしばし考えた後、一度戻ってクラウスたちに報告することにした。

「(クラウスさんとレイアさんなら、さっきの男もマークしているはずなのです)」





「了解した、さっきマリウスに近づいた男だな。すぐに捕まえてくる。レイア、マリウスの捕捉はしばらく任せた」

「わかったわ」

 ファビオラからマリウスが怪しい物を受け取ったことを聞いた俺は、すぐに貴賓席から飛び出した。

 マリウスの持つ魔法の袋の中身が何かは、ヘッケラーがシルヴェストルに連絡して何人か回して調べさせるそうだ。

 魔術師が自分専用に作る魔法の袋と違って、誰でも使える汎用の魔法の袋は高価だ。

 チンピラまがいの奴に運ばせる時点で色々とおかしい。

 しかし明らかに危険物とわかっているわけではないので、強引に押収することはできない。

 最悪、ブツを使われるまで謎は解けないな。

「――“探査(エリアサーチ)”」

 闘技場の中だが遠慮はしない。

 攻撃魔術をぶっ放しているわけではないので問題ないだろう。

 俺を中心に濃密な魔力が荒れ狂っているのを見て、周りの人間が悲鳴を上げて逃げ始めるが知ったことではない。

「見つけた」

 先ほどの男の反応は既に闘技場への道から大分離れている。

 速度から察するに馬に乗っているようだ。

「逃がさんぞ」

 闘技場の外周の壁を飛び越え、外に出る。

 強化魔法で足を痛めることなく着地し、驚いている周囲の人間を尻目に飛行魔法で飛び立った。



「停まれ!」

「ん? 何だガキ」

 先ほどの男に追いついた俺は馬の進路上に着陸した。

 話は四肢を切り落として制圧してからでもいいのだが、後でクレメンスの取り巻きどもを追い詰めることができる要素は一つでも多い方がいい。

 警告はしてやるし攻撃は先に仕掛けさせてやる。

「飛行魔法……魔術師か。何の用だ?」

「聞きたいことがある。協力してくれれば悪いようには……」

「馬鹿め!」

 男は突然、俺の足元に筒状の物を投げてきた。

 抵抗は予想していたので慌てたりはしない。

 すぐにサーベルを抜き放って斬りつけようとする。

 しかし男が投げてきた物に妙な気配を感じた。

 地面と接触した筒状の物は破裂し、禍々しい霧を撒き散らす。

 これは“マナドレインミスト”!?

 ボルグが使った闇魔術だ。

 奴の術より範囲も効果も下だが、性質は近い。

「ガァァ!!」

 俺は咄嗟に強化咆哮を使った。

 周囲の魔力を強引に引き寄せ、身体魔力を凄まじい勢いで循環させる。

 『マナディスターブ薬』と合わせて使われても切り抜けられた技だ。

 この程度の魔力の揺らぎなど屁でもない。

「ひぃ」

 俺の殺気にあてられた男が踵を返して逃げ出した。

 そうはいかない。

 先ほどの“マナドレインミスト”もどきを封入した魔道具は、こいつみたいなケチな盗賊崩れが持てる物ではない。

 高価な魔法の袋を任せられたことも不自然だ。

 ますます生け捕りにしなくてはならなくなった。

 俺は強化咆哮の勢いのままサーベルから手を放し、右腰のホルスターからP226を抜いた。

 “マナドレインミスト”が残っているので、念のため魔力に全く影響されない武器を出したのだ。

 続けざまに四回引き金を引く。

「がっ!」

 両手両足を後ろから9mm弾に撃ち抜かれた男が悲鳴を上げ倒れ伏した。

 俺は油断することなく銃を構えたまま近づき、“マナドレインミスト”を風魔術で吹き飛ばす。

 粘り気のある淀んだような霧は簡単には飛ばなかったが、どうにか魔力が霧散した。

 徐々に周辺の浮遊魔力が正常な感覚に戻ってきたようだ。

 俺は地面の男に少々強めの“放電(ディスチャージ)”を撃ちこみ完全に気絶させ、デコッキングレバーでハンマーをハーフコックの位置まで落としたP226をホルスターに仕舞った。

 まずは男のボディーチェックを行い刃物と怪しい物を取り上げなければ。

 細めの鎖で拘束して、懐を漁り、軽く服を切り裂いて持ち物を奪った。

 袖の内側や折り返しは薄い刃物を隠せるので特に重点的にやった。

 一通り追い剥ぎの真似を終えた俺はサーベルで男の両手両足に埋まった銃弾を抉り出した。

 9mm弾はフルメタルジャケットだが、壊死する可能性が無いわけではないし、ヘッケラーたちに弾丸が埋まったままの男を引き渡すのも避けたい。

 最低限の止血を初級治癒魔術で施し、男の手足を鎖でギチギチに拘束した。

「さて、行くか」

 俺は完璧な捕り物を終え、意気揚々と闘技場へ戻るのだった。


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[一言] よくよく考えたら主人公おっさんだから伯爵君と取り巻きはおもりしてる感じなんかな
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