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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
67/232

67話 貴賓席にて

 武芸大会の会場は貴族街の端にある闘技場だった。

 前に見たことはあるが、侘び寂びおまけに錆びといった具合の半ば廃墟と化した施設だったはずだ。

 昔は武芸大会だけでなく騎士団の公開訓練や御前試合などでも使われていたそうだが、武芸大会の権威が急降下していくのと同時に使われなくなったと聞いた。

 騎士団の訓練場は自前のものがあり、魔法学校にも立派な訓練場がある。

 どうしても御前試合がしたいのならば王城裏の王宮騎士団や近衛騎士団が使う訓練場でやればいい。

 こんなコロッ○オの出来損ないみたいな場所でやることはないのだ。

 それが今は立派とまでは言えないが、十分な改装が施されている。

 ゴテゴテした装飾や建てつけに素人臭さがにじみ出ているが、使用に耐えるだけの手入れはされている。

 恐らく、クレメンスの取り巻きどもが金をばら撒いて労働者を雇ったのだろう。

 しかし、まともな職人の伝手は無かったようだ。

 まあ、その割には客の入りもいいけどな。

「大分、喧伝したようですね。チケットを高く売りつけて、ぼろ儲けですか……。まったく、忌々しい」

 俺の横を歩くヘッケラーの顔が歪んだ。

 会場にはヘッケラーとマイスナーにフィリップ、レイア、メアリー、ファビオラと一緒に来た。

 フィリップにも作戦は説明してあり、有り体に言ってフィリップを囮にする案も承諾している。

 もっとも、武芸大会に参加して敢えて罠に飛び込むことはフィリップ自身も最初から決めていたので特に問題は無かった。

 想定外だったことと言えば、リカルド王が観戦に来ることだろう。

「ええと、貴賓席はあそこですか」

 悪趣味な金細工で悪目立ちしている一角が目に入った。

 国王が見に来ると聞いて急ごしらえで作ったのが丸わかりの席だった。

 既にリカルド王と近衛騎士の数人が来ている。

 近衛騎士団長のニールセンも居るようだ。

「しかし、俺が陛下の護衛ですか……。さぞ、反対意見は強烈だったでしょうね」

「それはもう。普段は傍観に徹するような奴らでさえ、慌てて止めようとしてきましたよ」

 今回、俺やレイアたちは自分で観客席のチケットを買わなければならないはずだったが、なんと名目上はリカルド王の護衛としてヘッケラーと共に貴賓席に入れることになったのだ。

 運営は俺が観戦に来ると聞いて慌てたらしいが、図太い奴が居たらしい。

 急にチケットを値上げしてきたのだ。

 少しでも俺から毟り取ろうという腹だ。

 リカルド王とヘッケラーの機転が無かったら、建てつけの悪い席一つに金貨数十枚も取られるところだった。

 払えない訳ではないが、さすがに腹が立つ。

「陛下の周囲も味方であることが確定している者ばかりではありません。一から十まで説明するわけにはいきませんので、私の弟子をクラウス君も含めて何人か護衛に出すということで納得させました」

「おかげで助かりましたよ。しかし、この件に陛下が関わって大丈夫なのですか?」

 前にヘッケラーと相談したときは望み薄だったはずだが。

「私の予想以上に乗り気でして。馬鹿の掃除に自ら乗り出すとは……余程、鬱憤が溜まっていたのでしょうね」



「陛下」

「うむ、ご苦労」

 ニールセンの目配せを受けたリカルド王が俺たちの代表のヘッケラーに労りの言葉をかけてきた。

 まだ何もしていないのだが……ヘッケラーが胸に手を当て略式の礼をしているので、俺もとりあえず軍隊式の敬礼をしておく。

 話すのはお任せでいいだろう。

「筆頭宮廷魔術師ディオトレフェス・ヘッケラー侯爵以下、只今より陛下の護衛の任に付きます」

「うむ、ヘッケラーよ。余の急な外出に対応して護衛を手配してくれたことは大儀であった。しかも優秀な弟子が勢揃いではないか」

「勿体なきお言葉」

「さて、オルグレン伯爵とマイスナー大尉は余の警護の合間に出場して、存分に活躍してくるが良い」

「はっ」

「御意」

 白々しい会話が終わり、ヘッケラーがニールセンの近くに座ったので俺もフィリップの近くの席に着いた。

 貴賓席なのでスペースには余裕があるし、椅子もまだ余っている。

 ボックスシートで飲み物や軽食も楽しめるように配慮されているところはさすがだ。

「さて、余も概ね話は聞いているが、運営のシュッセンドー男爵は地団駄を踏んでいるだろうな。座席代でケチな小遣い稼ぎをしようとした目論見が水の泡であろう」

 リカルド王が僅かに声を潜めて笑う。

 まるで悪戯が成功した子供のような表情だ。

 事前の情報収集でシュッセンドーとかいう奴がクレメンスの背後にいる連中の一人だということは聞いていたが、リカルド王の様子から察するに彼も好意的には見ていないようだ。

 王権を以てしてもギリギリ罰することができなかった厄介な小悪党を掃除できるとみて非常に乗り気なのだ。

 とはいえ、さすがに自分が観戦に出てくるのは、やりすぎな気もするが。

「雷光の、陛下の護衛は概ね某たちに任せてくれていい。貴公と白魔のは敵を倒せ」

「わかりました、ニールセン団長」

 俺はニールセンの言葉に頷き、“探査”を薄く広げ、怪しい魔力の反応を探り始めた。

 遠くの席に見覚えのあるシルヴェストルの反応を確認したので、逆側のエリアを重点的に調べることにする。



「おやおや、皆さんお揃いなんだな。陛下、ご機嫌麗しゅう」

 貴賓席のボックスシートに今話題の人物ブタガエルことクレメンスが現れた。

 どの面下げて来たんだか……。

 そして何故かクレメンスの後ろには彼の息子であるアーネストが付き従っている。

「……ハイゼンベルグ伯爵」

「陛下、今年は僕の援助もあって伝統ある武芸大会がこんなにも立派な規模での開催となったんだな。存分に楽しんでいってもらいたいんだな」

「そうかそうか」

 リカルド王が顔全体でさっさと失せろと言っている。

 ここにいる全員が同感だ。

 しかし、クレメンスは全く気にした様子も無く自慢を続ける。

「実は由緒ある武芸大会を大々的に支援しようと決めたのは僕の嫡男のアーネストなんだな。目の付け所もいいし崇高な精神を持った立派な子に育ってくれて……」

 取り巻きの阿保に煽られて金をドブに捨てる息子を自慢とは……。

 アーネストが何故そのような勝ち誇った表情なのか、全く理解できない。

 入学試験でレイアにボロ負けし、表向きにはデ・ラ・セルナが国賊へ対処する作戦となっていたものを妨害し、挙句に土木ギルドでは俺の殺気如きでチビッた。

 カビの生えた行事の規模を一時的に大きくしただけで、高潔さと有能さをアピールしたつもりなのか?

 謎である。

「そうかそうか。ハイゼンベルグ伯爵、もう下がってよいぞ」

リカルド王が全身でさっさと消えろと言っている。

 だが、御座なりの礼をしたクレメンスは、リカルド王の態度に気づくことなく俺たちの方にも向かってきた。

「やあ、皆さん。本日はよく来てくれたんだな。オルグレン伯爵は出場されるそうで、健闘を祈るんだな」

「……どうも」

 うわ、フィリップの目の冷たいこと。

「ふぁっふぁっふぁっ! 別に負けても気にすることないんだな。何せ相手は……っと、これはサプライズなんだな」

「くっくっくっ。楽しみにしておくんだねぇ」

 何か秘策があるらしいことを自分で言ってくれた。

 これだけはクレメンスとアーネストの馬鹿さ加減に感謝だな。

 そして次の瞬間には、話に聞いていた通りメアリーの胸に視線をやろうとする。

「ひっ」

 フィリップが動こうとしたが、今回は俺の方がメアリーに近かったため、こちらで対処した。

 魔法の袋から出したエールの樽をメアリーの目の前にドンと置いて視線を遮ってやった。

「ちっ。イェーガー将軍。君とはいい取引の縁は無かったが、今後はうまくやっていきたいものなんだな」

「……万が一、機会があれば」



「けっ。何が取引の縁が無かった、だよ。搾取に失敗しただけじゃねぇか」

 クレメンスは俺が廃坑の探索許可を取りに行ったとき、俺に不当な税をかけようとした。

 聖騎士は魔力量が多くて土木ギルド所属の鉱員の仕事が無くなるくらい資源を取ってしまうなどとほざき、俺からピンハネをしようとしたのだ。

 そもそも、魔術師が“抽出”などを使って採掘するのは廃坑だ。

 本来なら、魔力の無い労働者では掘れない場所だ。

 僅かな資源を求めて侵入する盗賊やゴロツキを、魔術師の税を免除しうろついてもらうことで、シャットアウトする。

 条件の良さで利益の少なさがトントンになるから魔術師が来るわけだ。

 このルールを無視して俺に税をかけて時点で、土木ギルドは信頼を無くし治安は悪化、しわ寄せは労働者たちに来る。

 クレメンスはそうした環境の悪化を気にも留めず、自分の小金を優先するクズ野郎だ。

 思い出すだけでムカつく。

「クラウス君、まだ殺してはいけませんよ」

 おっと、また顔に出ていたらしい。

「大丈夫ですよ。俺も奴の首を刎ねるだけでは勿体ないと思っていますから」

 奴らは軽い気持ちでフィリップに嫌がらせをするつもりなのかもしれないが、のさばる時間が長いほど大所帯でも個人単位でも害にしかならない連中だ。

 芋づる式に始末するためには、ある程度は泳がせないとな。

「しかし、あの野郎、陛下に対してずいぶん無礼な態度で話してやがったな。あれだけで処罰できるんじゃねぇのか?」

 マイスナーが疑問を投げかけた。

 まあ、普段ならそれで我慢したかもしれないが、今回はリカルド王もやる気だ。

 とはいえ、直接手を下すのは憚られる状況だ。

「今回はフィリップ君への奇襲という、明確な罪を犯してもらう必要があります。少しでも頭が回る者が居れば、私やクラウス君それに陛下が出てきた時点で思いとどまるでしょうが、ハイゼンベルグ伯爵を旗印にしている以上、奴らに的確な判断はできません。チャンスなのですよ」

「それに、陛下が直々においでになるということで、一か八かの行動に出る者も居るだろう。危険ではあるが、それで国賊となり得る者どもを炙り出せるのならばいいと陛下は仰せだ」

 ヘッケラーとニールセンの説明にマイスナーはなるほどと頷く。

「何度も確認しますが、客席や広範囲の探査は俺と師匠が担当します。フィリップの周囲の警戒は重要です。頼みますよ、マイスナー大尉」

「ああ、任せてくれ」



「あ~! にしてもムカつくわね。あいつ、また性懲りも無くメアリーの……を……」

 レイアが抑えきれない怒りに顔を歪める。

 はっきり言わないのは彼女のコンプレックスが……いや、やめとこう。

「奴の女癖の悪さは有名だからな」

「それで子どもはアーネストだけというのが意外ですな」

 リカルド王の言葉にフィリップが疑問を口にするが、ヘッケラーとニールセンは苦笑気味だ。

「まあ、若い頃の放蕩が過ぎたということですかね」

「くくっ……まあ、某の耳に入った時点では既に笑い話だな」

 なるほど、種無しか。

 まあ、アーネストみたいのなのが何人も居たら敵わない。

 不幸中の幸いと言うべきか。

 ここでメアリーが俺に声を掛けてきた。

「クラウス、さっきは助かりましたわ」

「大したことじゃないさ。話は聞いていたからな。あのブタガエルがどういう行動を取るかはわかっていた」

「それでも、ありがとうですわ」

 まあ、礼はそれくらいでいいさ。

 フィリップが面白くなさそうな顔をしているからな。

「んんっ! ところでフィリップ。その樽の中身はエールなんだが、これを冷やしたものとよく合う料理を作ってな。試合前に酒はともかく腹ごしらえでも……」

「何だって!? 酒に合う料理だって?」

「……駄目ですよ、マイスナー大尉。飲むのは仕事が終わってからにしてください」

 不用意だったな……。

 マイスナーが食いついてしまった。

 ヘッケラーもすぐに焼き鳥――ワイバーンのセセリとボンジリ――のことだと気づいたみたいだが、今は酒は駄目だろう。

 ヘッケラーも警戒は怠っていないが、いざ戦闘になったときに僅かでも判断力が鈍るのはマズい。

「ふむ、その料理には興味があるな。今、あるのか?」

「ああ」

 俺はフィリップに笑顔で答え魔法の袋から熱々のワイバーンのセセリとボンジリを取り出した。

 陛下の方にも皿を渡し、念のためヘッケラーが“分析”をかけて毒が無いことを確認する。

「うまい。これは一体……?」

「ワイバーンの今までなら捨てていた部分の肉だよ」

 前にヘッケラーにしたのと同じ説明を一同にした。

 どうやらリカルド王も気に入ってようだ。

「ううむ、ワイバーンのアラにこれほどの美味が隠されていたとは。ところで、この料理は酒に合うと言っていたな」

「え、ええ……」

「よし、余の勅命である。出せ」

「いや、マイスナー大尉も師匠もニールセン団長も、これから危険な一仕事なので……」

「余は関係なかろう。そなたたちは試合と捕り物が終わってからゆっくりと飲むが良い」

「なんてこったい……」

「そんなご無体な……これには冷やしたエールが合うのですよ」

「陛下……」

 貴賓席の煌びやかな装飾と対照的な、三人の親父の絶望した表情が印象的だった。


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