64話 武装完了、そして仲間との再会
P226の試射が終わった。
調子に乗ってマガジンを取り換え数十発撃ってしまったが俺は大満足だ。
クロームモリブデン鋼とヒヒイロカネの合金の性能は素晴らしい。
“分析”の魔術で見ても摩耗の形跡が全く無く、煤による汚れも付きにくい。
弾丸に使っているのは俺が試行錯誤を重ねて作った、ニトロセルロースからなる無煙火薬だ。
拳銃用のものはショットガンと同じくパウダーの粒を細かくした速燃性だ。
ライフル用の遅燃性の火薬も一粒を大きくして作ったのだが、実験用の銃身を何度炸裂させたことか……。
無煙火薬とはいえ、銃身内部が煤などで汚れることは回避できない。
肉眼では確認できなくても、どこかしら汚れているものだ。
精密機械である以上、汚れは故障の原因となる。
前世や今まで使っていた38口径リボルバーならオイルを染み込ませた布を何枚も替えながら銃身内部の汚れを拭い取り、ワイヤーブラシで見えない汚れを絡めとって掃除するところだが、今回は“分析”で丹念に探しても汚れが見つからなかった。
先ほどのAKMも撃った後に調べて同様だったので、まず間違いない。
「親父さん、どうやらヒヒイロカネの合金には汚れが付きにくいようですね」
「確かか?」
「ええ。拳銃弾の数十発程度で銃身がドロドロになるということはクロームモリブデン鋼でも無いので肉眼ではそれほどわかりませんが、“分析”で汚れを探せば比べることはできます。差は歴然です」
「なるほど。からくりの部品としちゃ最高の素材ってわけかい。幸いヒヒイロカネの割合も少ない配合だしな」
機械技術が発達すれば必須の素材だろうな。
「親父さん、やっぱり秘匿は無理ですかね?」
「どうだろうな。まあ、兄ちゃんが言うように……からくりの技術?がとんでもなく向上するまで時間があるようなら、これ一つでそう面倒なことにはならんだろうさ」
楽観的な意見だが今はそう信じておくしかないか。
俺の想像もつかない利用方法を考える奴が出てきたとしても、妙な方向に突っ走らないことを祈っておこう。
「さて、こいつが最後か」
親父さんに促され、俺は最後の銃に向かう。
今までの銃器とは一線を画す堂々たる佇まい。
全長は俺の大剣には及ばないまでも小柄な人間の身長程度はあり、百五十センチを超える。
低い三脚に載せられた重厚な姿はどう見ても携行しながら撃つ銃ではない。
ブローニングM2重機関銃。
別名キャリバー50。
開発されたのが1930年代でありながら、現代でも最も信頼性が高く、火力、精度ともに最高水準の銃だ。
重量が本体のみで三十八キロ――強度を優先してあるのでもっと重い――もあるので、とても持ち歩いて撃つことはできないが、重さを抜きにすれば、これ以上の銃は無い。
いや……強化魔法を発動しながら持てばそのまま振り回して撃つこともできるか……。
だが、それこそ魔術をぶっ放せばいい話だ。
となると、キャリバー50は待ち伏せや敵の後ろや側面に回り込んだ時に魔法の袋から出して連射を始める使い方か。
まあ、使う機会が無いに越したことは無いのだが。
「こいつはAKMの大型ってとこか。連射できるバリスタとはこれまた……」
親父さんの言う通り、本来の使い方はそれで間違いない。
それに、キャリバー50に使う弾薬は名前の通り50口径、12.7×99mmNATO弾という大型の弾だ。
これ以上のサイズ――NATO諸国なら次は20mmなので――だともはや機関銃ではなく機関砲になる。
当然、威力は凄まじく7.62mmNATO弾の約六倍、アサルトライフル弾の約十倍、9mmパラベラム弾の四十倍近いエネルギーだ。
有効射程二千メートル、人体が真っ二つの威力は伊達ではない。
「こいつの試し撃ちはさすがに……」
「……まあ、お隣さんに流れ弾をぶち込まねぇ程度にな」
すんません。
結局、空中に持ち上げて地面に向かって撃つことになった。
腹に響く重低音と途切れることなく舞い上がる土煙は、この銃の火力と信頼性を証明するのに十分だった。
全ての武器の試射を終えた俺は目の前に並ぶ美しい現代兵器を順に魔法の袋に回収した。
ダブルバレルショットガン、7.62mmボルトアクションライフル、AKM、キャリバー50だ。
最後にP226は、これも親父さんに頼んでおいたホルスターに仕舞って右腰に付ける。
事前に渡しておいたワイバーン革の端の方でちゃちゃっと作ってくれたものだ。
ハンマーの後ろに回して銃が抜け落ちないように止めるフラップベルトの金属ホックも親指で外しやすい位置にいい感じに付けてくれた。
今まで右腰に装備していた投げナイフは数を減らして腰の後ろの方の五本ほどだけ残す。
魔法の袋はズボンのポケットに押し込んだ。
ジャケットやローブを着れば拳銃は人目に付かないだろう。
これがグリップを前にして装備していたら、左腰のサーベルと相まって完全に騎兵隊スタイルだな。
騎兵隊の時代はもっと全長が長いフリントロックやリボルバーが主流で、剣のように斜めに装備した方が腹にグリップが密着し邪魔にならなかったから、このスタイルになったという話がある。
右手で(逆手で)抜く以外にも、右手がサーベルで塞がっているときに左手でも抜けるような構造を取ったという説もある。
まあ、俺の場合はサーベルで右手がふさがっているときに一刻も早く銃を抜きたかったらデリンジャーを出せばいい。
デリンジャーは常に左手で探りやすいポケットに入れておくことにしている。
P226は右手で抜くことに特化した位置でいいだろう。
そもそもP226は今までの38口径リボルバーのグレードアップだ。
鹿革で無理矢理作った、それもショルダーホルスターという抜き撃ちに向いていないホルスターを使っていたときより、格段に良くなった。
「さて、そろそろお暇しますかね。親父さん、本当にお世話になりました」
「いや、いいってことよ。もう帰るのかい?」
「いえ、メアリーと話すのは……もう少し彼女が落ち着いてからにしますが、まだ時間はあるので魔法学校に行ってきます」
「そうか……。わかったぜ。って、魔法学校の授業はまだ始まってないだろ?」
「制服の注文をしに行くんですよ。ベヒーモスに破られちまって……」
あいつのせいで炎天下の砂漠の中、温度調節機能のあるローブ無しでアラバモの街まで戻る羽目になった。
ラファイエットが戦闘用のローブコートは作ってくれるので、今後同じような目に遭う心配は無さそうだが、魔法学校に通う時は制服のローブを着なければならない。
「なるほどな。まあ、服を破られたくらいで済んでよかったじゃねぇか。他は軽傷だったんだろ?」
「そうですね。幸い肋骨のひびも師匠がすぐに直してくれたんで」
しかし、よくよく考えればSランクの魔物の攻撃とはあれほどの打撃力を持つものが多いというわけだ。
それを考えると斬撃や刺突には強くても打撃にはそれほど強くないベヒーモスのローブだけでは不十分なのか?
まあ、それは今考えても仕方ない。
ラファイエットが防具を完成させてくれるのを待つしかない。
魔法学校で制服の注文を終えた俺はワイバーン亭に戻って来た。
既に日は傾いている。
もう夕食の時間だろう。
今日は拳銃とショットガン以外は試射というよりも作動チェックで一日が潰れてしまった。
明日は近くの森でAKMとボルトアクションライフルを長距離で撃ってみよう。
出来ればキャリバー50の試射もしたい。
ついでに冒険者ギルドで久しぶりの討伐依頼を受けてみようか。
しばらくベヒーモスみたいな大物はご免だが、そこそこ高ランクの討伐依頼があるかもしれない。
王都とはいえ滞っている依頼がある可能性はゼロじゃないからな。
「ただいま~」
「おや、お帰り。あんたにお客さんが来てるよ」
「客?」
ワイバーン亭の扉を潜った矢先に、女将さんが伝えてきた。
「ああ、魔法学校のローブを着たお嬢さんだったね。青みがかった髪のエルフの」
レイアだ。
フィリップかファビオラは一緒じゃないのか?
「一人ですか?」
「一人だったねぇ。まあ、ごろつきの冒険者じゃあ相手にならない手練れっぽかったから、心配はないだろうさ」
そりゃそうだ。
むしろレイアに要らぬちょっかいを出して吹き飛ばされる奴の心配をした方がいい。
「あんな年端もいかない子が、魔術師でありながらあれだけ隙の無い立ち振る舞いで、何モンだろうって思ったけどさ。あんたの知り合いなら納得だよ、聖騎士様」
「いやいや……レイアが尖ってたのは俺やフィリップに会う前からですよ」
「類は友を呼ぶってやつだろ」
女将さんが何気にひでぇ……。
「まあ、とにかく行ってみますよ。食堂ですか?」
「ああ、そうだよ」
「あ、クラウス!」
「やあ、レイア」
レイアはすぐに見つかった。
食堂の端の密談がしやすいテーブルだったが、他に魔法学校の制服を着ている人間は居ないので一瞬で目に付いた。
俺はレイアの向かいに腰かけ、とりあえず夕食を取りながら話を聞くことにした。
「何か用があるんだって? あ、お姉さん、注文を……」
しかし、俺は最後まで言うことができなかった。
「クラウス! ちょっと来て」
俺の手はレイアにがっしりと摑まれ強引に席から引きはがされていた。
もちろん強化魔法を使うまでもなく振り払うことはできるが、さすがにそこまではしない。
「おい、待てって。俺は飯を……」
「いいから!」
そのまま食堂から連れ出される。
宿の出入り口で女将さんの前を通るときには、当然ながら彼女の目に入るわけで……。
「あらあら、駆け落ちかね?」
「人妻にも貧乳にも興味はありません……」
俺の空しい訴えはレイアの握力を強めるだけに留まった。
「頭は冷えたかね。レイア君」
「…………」
ワイバーン亭を出たはいいが、どうやらレイアはその先を考えてなかったと見える。
冒険者御用達の宿の食堂が密談に向いていなかったのは同意するが、ではどこへ行こうというのか?
まあ、この王都で俺たちの冒険者パーティ『カタストロフィ』の会議室といえば一箇所しか無いか。
「はぁ、とりあえずミゲールさんの店に行くか。まだやってるだろう」
「そうね……」
俺は先に立って歩き出した。
フィリップの婚約者と二人っきりというのはマズい気もするが、並んで歩かなければ大丈夫か。
「いらっしゃい。おお、イェーガー将軍殿」
「どうも。奥の席、いいですか?」
「ああ、もちろんどうぞ。おや、今日はオルグレン伯爵、いらっしゃらないのかい?」
「ええ、ちょっとレイアと相談事で」
俺たちはいつも通り入り口からは見えない席に着き、レイアにもらった遮音結界の魔法陣を起動した。
制作者本人の前で俺が起動するのも妙な感じだ。
「……クラウス、あなたにお願いするなんて虫のいい話かもしれないけど、でも……」
来た。
メアリーといい、レイアといい、揃いも揃って時化た面して……。
こんな時はファビオラの方がナーバスにならずに説明してくれそうだが、居ないものは仕方がない。
何となくフィリップにトラブルが起こったのはわかるが、話を聞かないと詳細が見えないな。
「メアリーには武器屋で会った。彼女も何やら深刻な顔をしていたな。フィリップ絡みで何かあったことはわかるが、詳しく説明してくれないか?」
俺は端的に必要な情報を求めた。
「そう……メアリーには会ったのね。あなたとは……その、仲がおかしくなるようなことは……?」
「ん? 俺は人妻に手を出す趣味は……」
「そうじゃなくて! メアリーが、クラウスのことを悪く言っちゃって、それで……」
「最初から説明してくれ。俺が師匠とアラバモに行っている間に何があったのか」
「わかったわ……」