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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
62/232

62話 いつもの宿と新兵器

「くぁ……ここは……?」

 朝目覚めた俺は寝床の感触にしばし戸惑った。

 ベッドの木枠などは比較的安価な物ながら頑丈で、シーツの洗濯や掃除など部屋の管理は手が行き届いている。

 快適さが野営とは雲泥の差だ。

「そうか、今日は普通に宿だったな」

 俺が始めた王都に来た日から夏休みの初めも利用していた宿屋ワイバーン亭。

 高級な備品やサービスは無いが、掃除が行き届いており、安く、飯も美味い。

 食事に関しては、俺が教えた揚げ物やドレッシングなどの理由もあるが、何と言っても大将の料理の腕が一流だ。

 もっと高級な宿に泊まることもできるが、この宿以上のクオリティーは恐らく望めないだろう。

 ふと、窓の外を見ると日は高く昇っていた。

 完全に寝坊だ。

 遠征が終わって緊張が解けたのかもしれない。

 俺はシャツとズボンを着替え“倉庫(ストレージ)”から出したサーベルを腰に提げ、38口径リボルバーを入れたショルダーホルスターを装備した上にジャケットを着る。

 南部では蒸し暑くてジャケットなど着ていられなかったが王都やイェーガー領は前世の日本の夏に比べると遥かに涼しい。

 いくら運送ギルドの馬車が速いとはいえ、馬車で二週間の距離でこれほど気候が違うとは妙だ。

 中央大陸南部も熱帯らしきことから、恐らくトラヴィス辺境伯が治める砂漠付近が特別暑いのだろう。

 王国南部も西の海に近い地域ではトラヴィス領ほどひどい気候ではない。

 もしかしたら砂漠の西部――トラヴィス領寄り――にゼ○ダのデスマ○ンテン的な何かがあるのかもしれない。

「おっと、早く出ないと。まだ飯が食えるといいが……」

 俺は一旦考えるのをやめて、部屋を出た。



「あら、おはようさん。今日はゆっくりだったね」

 階段を降りると、いつもの獣人の女将さんが声をかけてくる。

「ああ、おはようございます。飯ってまだ食えますか?」

「朝食は、もう終わっちまったね。昼食に軽いものなら作ってるはずだよ」

「ああ、助かります」

 昼食の量が少ないってことは無いだろう。

 この宿の客層で一番多いのは冒険者だ。

 体を動かさない文官には昼食時はお茶を飲むくらいで済ませる人間も多いようだが、冒険者は体が資本で戦士職には大柄で大食いの人間も多いのだから。

 真っ直ぐに食堂に入り、空いている椅子に腰かける。

 若いウェイトレスの女の子が注文を取りに来ようとしたが、大将自ら出てきてくれた。

「将軍、寝坊か?」

「ええ、まあ。なかなかハードな修行だったんで。それより将軍ってのはやめてくれませんか。ここではただの客の一人で学生ですよ」

「偉ぶらないのは好感が持てるが、俺たちが無礼を働いていいわけではない」

「……まあ、敬礼されるよりはマシなんで、それでいいです」

 俺はウェイトレスが出してくれた果実水を飲む。

「ほら、昼のサンドイッチと、温めなおしだが朝のスープだ」

「お、こいつはありがたい」

 まずはスープを一口。

 上品なコンソメに肉や野菜がごろごろと入った、労働者向けの逸品だ。

 俺の好みに合わせて少し薄味にしてくれたみたいだ。

 そしてサンドイッチにかぶりつく。

「むぉ! これは……」

 カリッとした食感に赤身肉の程よい弾力、香辛料の風味と肉の旨味が口に広がり、噛むと葉野菜のシャキシャキした感触が同時に口を楽しませる。

 ビーフカツサンドだ。

 ウスターソースと辛子は無いが十分美味い。

「大将、早速サンドバッファローの肉を使ってくれたみたいですね」

「ああ、昔サンドバッファローは食ったことがあるが、カツレツにしても美味いとは昨日初めて知った」

 昨日ワイバーン亭チェックインしたときに、大将にはお土産のサンドバッファローの肉を渡した。

 当然、ビーフカツが美味いこととパストラミの作り方は伝えてある。

 この世界の香辛料には俺よりも大将の方が圧倒的に詳しい。

 俺にしか作れないものではあるまいし、彼に任せた方がいいに決まっている。

「うん、美味い」

 俺はブランチをゆっくりと平らげ、ワイバーン亭を後にした。



「ちーす、どうも」

「おお、兄ちゃんじゃねぇか! らっしゃい」

「……いらっしゃい」

「……いらっしゃいませ、クラウス」

 ラファイエットたちがベヒーモスの解体を終えるまで数日かかるそうなので、まずはアンとメアリーの実家の武器屋に来ていた。

 アンと親父さんは相変わらずだが……。

「メアリーも居たのか。珍しいな」

「あらあら、わたくしが実家に居てはいけなくて?」

「いや、そういう意味ではないが……どうかしたのか?」

 メアリーの顔色が悪い。

 フィリップは一体何をやってる?

「……ごめんなさい、クラウス」

 メアリーが奥に引っ込んでしまった。

 どうしたんだ、ありゃ……?

「はぁ……まったくよ……」

「…………」

 とりあえず残った二人に聞いてみることにした。

「親父さん、アン。何があったんです?」

「いや……ちょいとな……」

「……自己嫌悪」

 どういうことだろう?

 先ほどのメアリーの表情からは、ひどく申し訳なさそうにしている様子が見てとれたが……。

「まあ、何だ。落ち着いたら話を聞いてやってくれ。しばらくしたら頭も冷えるだろうからよ」

「はあ……」



「さて、兄ちゃん。聞いたぜ、ベヒーモスの首を叩っ切ったんだって? しかも素手で額を割ったとか。まったくよう、俺の剣がアラバモの街を脅かす魔物の討伐の役に立ったとは嬉しいねえ。あ、だがよ。剣があるのに何故に正面から素手でド突くなんて真似をしたんだ?」

 まあまあ脚色されて伝わっているな。

「最終的に首を真・ミスリルの大剣で落としたのは確かですよ。しかし、額の傷は角の根元をサーベルで突き砕いた時に付いたものです。さすがに顔に正面からパンチは入れていませんよ。顎にはアッパーをぶち込みましたし、鬣を掴んで投げ飛ばしはしましたが」

 この話、ヘッケラーからリカルド王への方は正しく伝わっているのだろうな?

 市民にお披露目したのは角が砕かれ額に傷が付き、首だけになったベヒーモスの死骸だけだ。

 憶測がこの程度なら満足すべきなのか。

「……それだけでも、とんでもねぇ話だけどな。まあ、大剣だけでなくオリハルコンのサーベルも役に立ったか。俺としちゃ嬉しい限りだぜ」

「……自信作が活躍、いい」

 喜んでくれて何よりだ。

 人間である以上、殺戮の道具などという感性もすべて否定できるわけではない。

 かといって、正義や法、思想や教義のためならばという感覚は危険極まりない。

 俺が最も嫌いなバーサーカーどもの思考回路である。

 司法や宗教組織に何人まともな人間が居ようが関係ない。

 警察権の行使は人間の間引きであり同族殺し、宗教はある意味麻薬で押し付けは強要だ。

 需要があるから求められるにすぎない。

 いわば汚れ仕事である。

 それを特権と履き違えた馬鹿は始末に負えない。

 それに比べれば、仲間のため誰かを守るためというのが、剣を作り剣を振るうことに対する一番マシな慰めではないか。

 おまけに俺は、本来なら起きなかったはずの殺戮を起こすかもしれない兵器の製作にまで巻き込んでいるのだから、間違っても彼らの志を傷つけてはいけない。

「ところで、親父さん。例の件は?」

「……ああ、こっちだ」



 店の奥、メアリーが引っ込んだのとは別の場所だが、ここもほぼ親父さんのプライベートスペースだろう。

 ハンティングナイフの製作を依頼して相談した場所も、ここだった。

「まずはこれだ」

 親父さんが出してきたのはクルミ材の銃床とレシーバーに黒光りする円筒を二本載せた物体、銃だ。

 ダブルバレルショットガンだ。

 アメリカ開拓時代に持ち込まれ、その汎用性から狩猟に護身に戦争に幅広く使われた。

 アメリカ人のスピリットとも言えるショットガンの元祖だ。

 いや、元をたどれば元祖は単発のマスケットに細かい鉄の破片を入れたものやラッパ銃か。

 構造は非常にシンプルな後装式だ。

 バレルの根元――グリップ上部――で銃が二つに折れるように開き、銃身後部から弾を入れる。

 装弾数は二発だが、アメリカ開拓時代は二つの銃身に違う弾を装填し、一つはバードショットでもう一つは猛獣が出たとき用のバックショットやスラッグショットという使い方が有用だったらしい。

「さ、とりあえず裏で試し撃ちしてもらおうか」

「ええ、お願いします」



 武器屋の裏庭の片隅で俺はレイアにもらった遮音結界と認識阻害結界を展開した。

 実はレイアに頼んで大量に作ってもらい親父さんにも渡してある。

 実験をするときは必ず使うように徹底してもらった。

 実は、先ほど親父さんが銃を取り出した金庫にも鍵のほかレイア謹製の魔法陣が張ってあるのだ。

 実物の部品一つも銃の情報も漏らすわけにはいかない。

 これで盗まれたら犯人は相当な腕利きだ。

 そうなったら覚悟を決めてヘッケラーやリカルド王も巻き込み、犯人を殺しに行くしかない。

 馬鹿の手に渡ったり大陸中に拡散したりするよりマシだ。

「暴発は大丈夫ですね?」

「ああ、軽さを犠牲に耐久力はあげてあるし、俺がしっかりと剛性を確認した。実験も兄ちゃんが言った通り大楯を並べた後ろから紐で引いて試したさ」

「結構です。銃に関しては慎重すぎるくらいで丁度いい」

 俺は一度銃を分解してチェックした。

 ひびやバリは無い。

 ショットガンを組み立てなおした俺はダブルバレルショットガンのラッチを押して銃身の後ろを開いた。

 中に異物は詰まっていない。

 素人は銃口からも覗いて確認したくなるがそれは厳禁だ。

 例え弾が入っていなくてもである。

 バレルが心配なら、もう一度、分解掃除からしなければならない。

 先ほど親父さんから受け取ったバックショットを二発詰めて銃身を元に戻す。

 カチッと小気味よい金属音を立てて銃身が閉じた。

 セーフティを外し、ストックを肩にあてて狙いを定める。

 本来、ショットガンは精密射撃をする銃ではない。

 人によっては、ライフルのようにトリガーガードの前というより、レシーバーのかなり前の方を掴み槍で突くような体勢で撃つ者も居る。

 クレー射撃のような移動標的を狙うにはあながち間違いではない。

 俺も精密射撃の体勢ではなく、狩猟で獲物を狙うように木の板の標的を撃ってみる。

 甲高い炸裂音が二回連続で発生した。

「……ヒュー、本物だな」

 標的の木の板には、距離に対して程よく散らばる弾痕が付いている。

 このショットガンの口径は12ゲージ。

 前世で最も一般的なショットガンの口径で、一度に六個から九個の弾を発射する鹿撃ち用のバックショットは対人にも使われる種類のショットシェルだ。

 一発当たりの威力は拳銃弾の32ACPから9mmパラベラム程度。

 一度に六から九発の拳銃弾を発射しているのと一緒だ。

 貫通力が低く面制圧力が高いので市街戦の多いアメリカの警察も昔から使用している。

 もっとも、現代のショットガンはほとんどがポンプアクションの五から八連発で軍用にはフルオートの物もあるし、防弾チョッキを着用した強盗への対処で警察が散々な目にあってから各パトカーに5.56mmのアサルトライフルも常備するようになったらしいが。

 何はともあれ、バックショットはオーケーだ。

 続けてスラッグショットとバードショットも撃ってみる。

 バードショットは前世でもバックショットなどに比べて反動がかなり軽い弾ではあるが、今撃った時はほとんど反動を感じなかった。

 この調子で体が成長して強化魔法も磨けば、いつか航空機用の30mm機関砲まで持って撃てるのではないか?

「どうだった?」

 一通りダブルバレルショットガンを撃ち終わった俺に親父さんが聞いてくる。

「威力や弾の具合は想定通り。使い心地は最高でした。これなら、ほかの銃も問題なさそうです。弾丸は頑張れば避けられないことも無い気がしますが、俺を基準にしてもしょうがないでしょう?」

「ま、確かにな。それに、しばらくこの武器は兄ちゃん以外使わないんだろう?」

「ええ、そうですね。申し訳ありませんが……」

「いいんだよ。兄ちゃんには儲けさせてもらってるし、今回の件もたっぷり報酬は貰っちまったからよ」

 銃の製作を依頼したのは夏休みの前なので、魔法の袋にため込んでいた金銀のインゴットや宝石の原石の一部を売って得た金貨300枚ほどと鋼鉄、ミスリル、オリハルコンの余りを渡した。

 機密で危険な武器を作ってもらうのだから、これでも足りないくらいだ。

「報酬はこんなものでは申し訳ないですよ。ベヒーモスの報酬と売り上げが入ったら追加で出しますんで」

「……はぁ、わかったよ。精々期待に応えるさ」

「ええ、そうしてください。この店にはまだまだお世話になるつもりなんですから」

 そう言って俺は次の銃を手に取った。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんでいちいち異世界にない武器を持っていって愉悦に浸るんだろう 最後は敵に利用されることくらいわかってるのに 転生ならなおのこと
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