61話 王都へ帰還
長い間お待たせして申し訳ありません。
本日より、雷光の聖騎士の連載を再開させていただきます。
「何じゃ、こりゃ!?」
アラバモの街への遠征を終え、ついに王都へ戻ってきたわけだが、その出迎えには度肝を抜かれた。
警備隊が総出で来たのかと思わせる整列した兵士たちに、商店街の見知った面子もちらほら見かけられる野次馬。
それに何と……。
「イェーガー! 大儀であった。ヘッケラーもご苦労だったな」
大通りの真ん中で近衛騎士に左右を守らせ仁王立ちしているのは、何とリカルド王その人である。
「陛下は何をやって……」
「クラウス君、国王陛下がお呼びです。行きますよ」
実にいい笑顔で俺の背中を押すヘッケラー。
彼の横顔からはしてやったりという表情が見える。
大方、ヘッケラーが先に王宮へ通信水晶か何かで連絡を入れておいたのだろう。
「まったく、俺は魔法学校の倉庫に直行かと思っていたのに……」
俺は諦めて馬車の扉を開いた。
大通りのど真ん中に偉そうに立つリカルド王のもとまで、ヘッケラーと並んで歩く。
いつもなら弟子の俺はヘッケラーの斜め後ろだが、今日は俺が主役らしく横に並んで歩けと言われた。
面倒なことだが、こういうところも教えてくれる師匠で助かる。
ヘッケラーに倣い同じ位置で立ち止まり膝をつく。
これ以上、近寄ったら物理的にアウトなのだろうか?
「陛下、ただいま戻りました」
「うむ、ヘッケラーよ、細かい報告は後で聞くとして例のベヒーモスは……」
俺は目配せを受けベヒーモスの首を魔法の袋から取り出す。
先ほどから、これに載せろとばかりに数頭の馬が繋がれたデカい荷車が横に置いてあるのだ。
ベヒーモスの全身を載せられる大きさはない。
首だけになっているのを知っていて準備されていたということは、ヘッケラーが根回ししておいてくれたのだろう。
「「「「「おおー!!!!」」」」」
歓声がすごい。
「ほう、首を切り落としてあるな。余の記憶が定かならベヒーモスの皮はまず斬ったり貫いたりできないと思ったが」
首だけ載せられる大きさの荷車を手配しておいて白々しく言うリカルド王に笑ってしまいそうだが、折角お膳たてしてくれたのだ。
黙ってリカルド王とヘッケラーに任せておこう。
「確かに、私でも切断や分解をするには、死骸ですら複雑な錬金術的措置を要します。殺傷はまず間違いなく打撃系統の方法を用いるでしょう。額に斬り傷を付けたり剣で首を切断するなどイェーガー将軍でなければ不可能です」
近くで聞いていた群衆のざわめきが徐々に大きくなり、またしても歓声が鳴り響く。
「本当だ、本当にあの若い将軍がやりやがった!」
「すげえぞ! 三人の聖騎士の中で一番強いんじゃないか!?」
「早く皆に知らせないと」
これは野次馬がさらに増えるな。
さっさとベヒーモスはラファイエットに引き渡して、俺はワイバーン亭で休みたかったのだが。
「イェーガー将軍。『王国のために』これほどの大物の討伐、大儀であった」
「ありがたきお言葉……」
ああ、これがやりたかったのか。
未だに俺を反逆者予備軍やら危険人物と思っている奴らが居るからな。
実際に、その可能性がゼロではない以上、リカルド王も外堀を埋めておきたいのだろう。
まあ、ちゃんと金を払ってくれるうちは任務を遂行しますよ。
「さ、クラウス君。王城までパレードです。もうひと踏ん張りですよ」
「え? ラファイエット先生は魔法学校では?」
「今日は宮廷魔術師団と一緒に居ます」
それも最初から決まっていたようだ。
倉庫の大きさは魔法学校のものでも十分だし、夏休みとはいえラファイエットが研究室から自発的に出るなどあり得ないと思う。
「さあ、行きますよ。陛下も『王国のために』働いてくれた君には報酬を惜しみませんから」
仕方ないな……。
「待っていたアルね! イェーガー君、さっさとベヒーモスを出せアルね」
サーカスの見世物みたいな晒しが終わったと思ったらこれだよ。
ラファイエットの尋常じゃない食いつきにさすがの宮廷魔術師たちも引いているが、血走った眼を至近距離で向けられる俺は飛び退りたかったくらいだ。
「はいはい、わかりましたから……。何日、寝てないんですか……?」
「ほんの三日くらいアルね。楽しみ過ぎて寝付けなかったアルね」
それ、本来ならアウトだぞ。
「心配ないアルね。この程度で錬金術に支障が出る可能性はないアルよ」
さいですか……。
まあ、本人がそれでいいのなら何も言うまい。
俺はベヒーモスの首と角を大型の台に載せ、首から下の部分は床に置く。
「おお、これが……」
「あの角を見ろ。素晴らしい素材だ」
「いや、ベヒーモスの価値は魔石にこそ……」
「何を言うか、骨を使えば素晴らしい武具ができるのだぞ」
宮廷魔術師たちの話を聞き流し、俺はラファイエットに近づく。
「どんな感じですか」
「ふむ、頭部の素材の状態は素晴らしいアルね。過去の討伐記録から眼球や牙や頭蓋はぐちゃぐちゃになっていると思ったアルが、顎が砕けているのと額の傷以外は綺麗なままアルね」
なるほど、確かにセオリー通り魔法陣や魔術で拘束して持久戦で殴り続けたら、頭部はスプラッタだろうな。
俺は素手でアッパーをぶち込んだのとサーベルで角の根元を破壊して額に突き刺した以外は、顔に攻撃は加えていない。
打撃で殺した方が綺麗なまま形が残るのかと思ったが、どうやら俺みたいに首を切り落とした方が素材の状態はいいみたいだ。
「魔石も多めに残っているアルね。恐らく百や二百じゃ効かないアルよ」
ベヒーモス自身のコアになる大魔石ではなく、腹にため込む小さい魔石の方か。
それでも普通の魔物の魔石とは格が違う。
魔晶石にすれば最高だろう。
そもそも俺が魔力をガッツリ消費する機会など、それこそ『黒閻』の幹部級やSランクの魔物を相手に魔術を撃ちまくった時だ。
当然、普通の市販の魔晶石では回復量など微々たるものだ。
しかし、ベヒーモスの小魔石なら……。
「ラファイエット先生、腹の魔石はいくつか魔晶石にしてほしいのですが……」
「引き受けたアルね。ほかに希望の品はアルね?」
「皮で何か防具を」
「ふむ、ベヒーモスの皮は重さと頑丈さの割によく撓るアルね。衝撃は防ぎにくいが、マントか何かにすれば翻して頭から被ることで全身を守りやすくなったりするアルね」
「なるほど、マントですか……。正直、完全な魔術師のローブ型も剣を振るうには邪魔にならない限界の形なので……」
俺は特に大剣を使うので、挙動の少ないレイピアやエストックの使い手と比べると、頭の上や背中側に担ぐような体勢から大きく振り回すような動きが多い。
動きが阻害されるものは遠慮したい。
「ローブコートのような形にできますか? 羽織って肩を動かすのに邪魔になるのではなく、袖に腕を通して動かしやすいように。裾は多少長めの広めで翻して矢の弾幕を払ったりできるように。あ、温度調節機能は高性能なやつをお願いします。砂漠で制服を切り裂かれてから大変だったんで」
「ははは、わかったアルね。あと、君の成長に合わせて多少のサイズ調節ができるようにしておくアルね。素材は見ての通り山ほどアルね」
さすがに、わかってらっしゃる。
「では、それでお願いします。ほかに何かあれば解体が終わってから。それで、とりあえず魔晶石とローブの加工代ですが……」
「要らん要らん! これは国王陛下からの指示でもアルね」
それでは悪い。
確かに、ラファイエットにもベヒーモスの素材と国からの報酬は来るのだろうが、今回は俺が個人的な注文を付けまくったのだ。
しかし、若い俺が無理に金を押し付けるのも、よろしくない気がする。
あ、そういえば……。
「ラファイエット先生、こんな物でよろしければ」
「おお! それは! ……それは…………」
俺が出したのは子供の頃にイェーガー士爵領のフロンティアで倒したグリフォンだ。
あの時は焦った。
転生する前から高ランクの魔物や神獣として知っていたモンスターだ。
この世界でもAランクに分類される魔物に焦った俺は、強力な火魔術やら風魔術でズタズタに切り裂き黒焦げにしちまった。
物が物なので、王都に来てからもすぐに冒険者ギルドで換金するのは控えていたのだ。
1年の精霊祭で派手にグリフォンを倒してしまった以上、もう売ってもよかったが、今まで忘れていたのだ。
「これは……ずいぶんとボロボロになったアルね」
「これやったの8歳とか9歳のときですから。とにかくビビって魔術を撃ちまくりまして。中身はどうです? 錬金術に使えるなら差し上げ……」
ラファイエットは俺が言い終わる前にグリフォンを自分の魔法の袋に仕舞った。
「内臓は全く問題ないアルね! 素晴らしい物をありがとうアルね! もう返せと言っても無駄アルね」
いや、返せなんて言わないけどさ……。
まあ、ラファイエットがやる気を出してくれて、きちんとした報酬も出せてよかった。
さて、解体が済むまで俺は休むとしよう。
久しぶりにワイバーン亭に泊まるか。
サンドバッファローの肉をお土産に持って行くとしよう。
そのころ、王宮では。
「陛下、ヘッケラー侯爵をお連れしました」
「入れ」
近衛騎士団団長ロベルト・クリストフ・ニールセン侯爵に促され、筆頭宮廷魔術師のディオトレフェス・ヘッケラー侯爵が部屋に足を踏み入れる。
ここはライアーモーア王国37代目国王リカルド・ライアーモーアの執務室だ。
本来、国王への謁見は名前の通り謁見の間が使用される。
重要度が幾分か下がる謁見の際に使用されるのは、謁見の間の近くの応接室だ。
要は、執務室に呼ばれるのは、王に特別な信を置かれる重要な人物のみというわけだ。
「失礼します」
「うむ、ヘッケラーよ。遠征で疲れているところを済まぬな。まあ、座れ。ニールセンも座って話を聞くが良い」
「いえいえ、私は全然戦っていないですから」
国王は飲み物を持ってきた侍女に人払いを命じた。
暗殺者のような動きで侍女が退出するが、ヘッケラーもニールセンも顔色一つ変えない。
王宮の侍女がただのお茶汲みでないことは知っているからだ。
「して、ヘッケラーよ。今イェーガー将軍は?」
「うちの部下とラファイエット教授のところに行きました。軽く素材の話をしたら今日は宿に帰るそうです」
「そうか。ワイバーン亭だったか? 確か、揚げ物やら変わった料理を出す宿屋であるな」
「ええ、元々あの宿はクラウス君が魔法学校を受験するときに泊まって、その縁で彼の考案した料理を出したりするようになったのです」
ヘッケラーは一度食べ物について話し出すと止まらなかった。
そのまま、アラバモ周辺の食材やクラウスとトラヴィス辺境伯家、ランドルフ商会のビジネスが始まりそうだという話まで進んだ。
いつしかニールセンも巻き込みクラウスが帰ったころに、ようやく本題に入るのだった。
「さて、余もイェーガー将軍の飲食業の手腕は分かったところで、ベヒーモスの件の報告を。まさか首を切り落としてくるとは思わなかったぞ。ヘッケラー、そなたが荷車は小さいものでいいと通信水晶で言ってきたときは一体何事かと……」
「私もあれほど綺麗にスパッと行くとは思いませんでしたねぇ。クラウス君は私と違って剣士でもありますから接近戦もするとは思っていましたし、彼の魔力剣ならばベヒーモスに傷を付けることができる可能性はありましたが……」
「ちなみに、デ・ラ・セルナならば可能か?」
リカルド王の問いにはヘッケラーが答えた。
「恐らく、無理でしょう。以前、彼とエルダードラゴン討伐に赴いた時に聞きましたが、ベヒーモスは皮膚を切るのがやっとだそうです」
「エルダードラゴンの討伐というと、そなたも大分若いときだな。デ・ラ・セルナも全盛期ではないとはいえ、王国屈指の剣士であり強化魔法も含めた戦闘力として見れば最強だった」
「私は接近戦が苦手ですからね」
ヘッケラーの自嘲にはニールセンが苦い顔をした。
彼も強化魔法の使い手で槍の腕には自信があるが、ヘッケラーとは魔力量が違う。
強化魔法と接近戦だけの戦いでもニールセンが負けるだろう。
聖騎士には接近戦でも仕留められないタフネスと魔術の殲滅力が必須なのだ。
ヘッケラーは自分を魔術は一流でも接近戦は二流三流のように語るが、接近戦は一流、魔術は超一流というのが正しい。
「はぁ……とにかくイェーガー将軍は覚醒も果たし、彼を止められる者は居なくなったか。ベヒーモスの顎はイェーガー将軍に素手で割られたものというのも、喧伝すべきだったかもしれんな。まったく、あいつらときたら……」
「もしや……反対派ですか?」
ヘッケラーの問いにリカルド王が頷く。
「ああ、反逆罪で処刑してしまえだの、奴隷の身分に落としてしまえだの……」
一体誰が実行できるというのか。
「そなたたちにとっては、やれるものならやってみろ程度の笑い話かもしれんがな」
「とんでもない。馬鹿がクラウス君を刺激して彼がキレたら……」
「某も恐れているのはそこです。言いたくはありませんが、雷光のは自分にとって害になると考えれば某も陛下も敵に回します。そして、若く好き嫌いがはっきりしているくせに冷酷で戦いとなれば思慮深い。気付いたら暗殺されていた、などということも……」
トラヴィスたちを始末しようとした話は既にヘッケラーから伝わっている。
「この話だけでは、それこそ反体制派の連中が早めに危険の芽を摘むべき、などと調子づく可能性があるな」
「今更ですよ。クラウス君の強さは剣と魔術だけではありません。未知の魔道具……いや、魔道具と言っていいのかもわからない兵器に、下手をすれば錬金術において解明できない毒物などの知識を持っている可能性もあります」
ニールセンが頭を振った。
「俄かには信じられぬ話だが、根拠もあるのだろう?」
「ええ、クラウス君は錬金術や魔術理論に格別詳しいわけではありません。精々、魔法学校の優等生レベルです。むしろ、ほぼ魔術のみで冒険者をやってきた彼の学友レイアさんの方が上です。恐らく、クラウス君の兵器はあまり知られていない自然科学や古代の知識をもとにしていると思われます。古本を集めるのも趣味らしいですから。それに、彼が魔物の肉や内臓を食べる前に使った“分析”は私のものより遥かに精密で複雑でした。彼には私以上の毒物の知識があるとみて間違いありません」
「なるほど、もとより放置するのは危険。敵に回すのはもっと危険か」
ヘッケラーの報告にしばし逡巡したリカルド王が結論を出した。
「イェーガー将軍への対応は今までと変わらん。機会あるたびに英雄として祭り上げ、報酬は惜しまない。そなたたちも、うまく奴に取り入っておくのだ」