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6話 銃

 パァン!

 甲高い破裂音とともに視線の先にあった石が砕けた。

 すでにいくつか完成した魔法の袋に空薬莢を仕舞う。

 俺は感慨深い表情で右手の中の金属の塊を眺める。

 今まで、狩りや魔法の修行に使っていた時間の多くを注ぎ込んだ芸術品だ。

 教本通りの魔力の制御訓練や剣術の基礎の訓練は怠っていないが、狩猟の成果は最低限の日々の糧くらいにしかなっていない。

 だが、この黒光りする美しいフォルムの芸術品には、それだけの価値があるはずだ。

 硬度の高い木材の湾曲した握り、蓮根のような物体が挟まった中心部、先端には穴の開いた細長い直方体の下に二本の筒が連なったような形状をしている。

 そう、リボルバー拳銃だ。

 形状はコルトパイソンをイメージした。

 ベンチレーションリブは、この場合あくまで趣味を満たすところが大きく、本当に銃身の冷却に役立っているかはわからないが、そこはご愛嬌だ。

 そもそも使用する銃弾もパイソンの357マグナムほどの威力は無い。

 魔術による火力が前世の個人携行火器の常識を超えている以上、銃弾の威力に固執しても仕方ないであろう。

 微々たる差だ。

 このパイソンというよりダイアモンドバックもどきを使うのは、不意打ちくらいで済ませたいものだ。

 もちろん射撃練習はするけどね。

 さて、38口径の弾丸やら銃身の金属やらの入手経路だが、その苦労はこの世界に来てから一番のものだったであろう。

 それでも年単位で時間がかからなかったのは幸いだった。

 時間は数か月前に遡る。


 まずは銃身を作るためのクロムモリブデン鋼に近い金属の調達だ。

 残念ながら、オリハルコンやらミスリルやら伝説の頑丈な金属の文献は、まだ手に入っていない。

 そこで役に立つのが土魔術の“採掘”などと同じページに載っていた“成形”だ。

 鍛冶をする際に使われるが、これもまた消費魔力がバカにならないため使いどころを見極める必要がある代物だ。

 だが俺の魔力量は世間一般よりだいぶ多いため、思ったよりこの魔術を使っての鍛冶や銃の製作ははかどった。

 鋼に抽出したクロムなどの金属を加えて魔力で強引に定着させる。

 さすがに分量までは記憶していなかったため、“分析”の魔術で固さを確かめ、火魔術への耐久性を調べることを繰り返した。

 この“分析”というのが“探索”と同じく使いこなすのには厄介な代物で、経験に基づいた結果がおぼろげにわかるという魔術だ。

 最近では果実の熟成具合などは概ねわかるが、見たこともない植物にかけてみても何の効果もない。

 まあ、“分析”は知識として知っていれば図鑑でしか見たことがないものでも、ちゃんと分析できるし毒も探知できる。

 意外と使いどころは多いかもしれない。

 だが、これだけ便利なスキルをもってしても銃身の製作だけで膨大な時間を消費したというわけだ。

 肝心の弾丸だが薬莢の真鍮の合成や弾頭や雷管の成型はまだしも、火薬の調達は困難だった。

 魔石に火魔術の発動をプログラムしておくという手も考えたが、さすがに拳銃弾サイズに加工するのは不可能だ。

 そもそも火魔術のプログラムでは、魔力反応を気取られずに使える弓より高火力な飛び道具、というコンセプトが台無しだ。

 結局のところ、材料の調達はアルベルト頼みとなった。


「硫黄に硝石か……」

「無理でしょうか?」

 できることなら黒色火薬から試してフリントロック式のものから試作したかった。

 木炭はいいとして、単体の硫黄や硝酸カリウムは果たしてあるのか?

「硫黄から作った溶剤、確か『リュウサン』とかいうのは鍛冶屋が仕入れているが、それではだめか?」

 硫酸と硝酸はどうせいずれ無煙火薬を作るのに必要だから多めに発注しておいてもらおう。

 どのように硫酸と使い分けているのかはわからないが、硝酸も鍛冶屋の領分だそうだ。

「硝石は……肥料に使う地域もあるらしいが、うちでは仕入れておらん」

 保存料の用途は無いのか。

 魔法の袋頼りなのか、塩による保存以上のものが浸透していないのかはわからないが。

 仕方ない。

 無煙火薬から作るか……。

 さすがに硝酸カリウムの合成からやる気力は無い。

「……何に使うのだ?」

「ええ、ちょっと……魔法の研究に」

 いかん。

 考えてきたのにどもった。

 さすがに、オーバーテクノロジー兵器を作るためとは言えない。

「ほう…………」

「成果は、そうすぐには出ないかもしれませんが」

「……まあ、よかろう。代金も釣りのほうが多くなるくらい受け取ったからな」

 そう言って、アルベルトは床に重ねられた熊の毛皮に視線をやった。

 首がスッパリ切れているのは明らかに風魔術で倒したからだが、もはやお互い何も言わなかった。

 とまあ、そんなわけでシングルベース火薬から作っていくことにしたわけだ。

 主成分はニトロセルロース。

 脱脂綿は領地の仕立屋から綿クズをもらい、硫酸と硝酸に浸し、水洗いしてから自然乾燥させる。

 綿火薬の実験くらいなら中学や高校の科学部の資料が頭にあるので、それほど苦労はしなかった。

 この過程では、反応速度を上昇させるオリジナル魔法の出番だ。

 本来なら安定剤や緩燃剤などを添加するのだが、こちらも土魔術の応用でどうにかなった。

 イメージでどうにでもなるとは、魔法サマサマである。


 とりあえず、装薬の目処は立ったとして、どうしても自作できないのは雷管の起爆薬だ。

 現代ではジアゾジニトロフェノール。

 ピクリン酸を作るのも、そこからジアゾジニトロフェノールにまで反応させるのも、この環境ではまず無理だ。

 ニトログリセリンは頑張れば生物の油脂から精製したグリセリンで作れるかもしれないが、こいつを単体で銃弾に使うのは正気の沙汰ではないだろう。

 そこで俺が一縷の望を託して挑んだのはファイヤートレントだった。

 図鑑によるとオレンジ色のトレントで下手な打撃や火魔術では傷つかず、表皮を貫通するほどのダメージを受けると爆発する厄介な魔物だ。

 討伐の際も氷魔法で閉じ込めて窒息させるのがほとんどで、魔術師がいないとまず手は出せない。

 死骸を採取できても危険すぎるため加工には向かず、埋めて罠にするくらいしか使い道がない。

「これって爆薬じゃね?」

 俺は見事にホイホイ釣られて、ファイヤートレントを探しにフロンティアの魔物の領域に足を運んだわけだ。


 結論から言おう。

 初回のファイヤートレントの捕獲は大失敗だった。

 生半可な打撃では傷つかないという記述で思い至るべきだったが、俺の作った氷の檻はいとも簡単に砕かれた。

 そもそも、ファイヤートレントはトレントの上位種で、ただのトレントとは強さも段違いだ。

 土魔術の箱に無理やり閉じ込めようとした結果、大爆発を起こしてしまった。

 魔法障壁を張るのがあと一歩遅かったら、俺は体中をトレントと自分が作った石壁の破片に貫かれていただろう。

「くそ、次!」

 本来ならばこんなに次々と見つかったりする魔物ではない。

 だが、俺には膨大な魔力と“探査”に“飛行”がある。

「居たな……」

 一度戦った魔物ならば、次回からの“探査”で該当するものを探すのは容易だ。

 今度は慎重にファイヤートレントの死角の岩陰に身を隠す。

 トレント系は基本的には穏健派?である。

 近くで魔法を使ったりしなければ攻撃を仕掛けてくることはない。

 よって、例え俺の存在に気付いていたとしても、無詠唱の魔術の発動を阻止されることはないはずだ。

「“氷結(フリーズ)”」

 ファイヤートレントの周囲を透明な立方体が囲む。

 枝葉の隙間に至るまで氷を張り巡らせるようにイメージした。

「よし、くたばるまで待つか」

 俺は近くの切り株に腰かけ、ファイヤートレントが窒息するのを待ちながら昼食をとり始める。

 なかなかにエグい仕留め方だが、これが一番確実なので勘弁してほしい。

 たっぷり一時間は待って氷ごと魔法の袋に収納を試みる。

「入った」

 魔法の袋に生きている動物は収納できない。

 収納できるということはすでに命はないということだ。

「っ! 待てよ。トレントって植物……」

 だが、植物は生きている状態でも収納できる。

 花をプランターごと収納することもできれば、もいだばかりの果物も鮮度を保ったまま入れておくこともできる。

 これでは導火線に火のついたダイナマイトを仕舞ったのと同じ…………ではなかった。

 念のため魔道具について書かれている本を取り出す。

「魔物は等しく生命活動を停止した状態でなければ収納できない、と」

 完全に素材として扱われていなければ魔法の袋には入らないということだ。

 よかった……。

 俺は氷漬けのファイヤートレントを持ち魔物の少ない領域に凱旋した。


 ファイヤートレントの加工も思ったより簡単に済んだ。

 最初は魔法障壁越しにいつ爆発するかとビビりながら作業したものだ。

 まずはファイヤートレントの切断だ。

 結局のところ暴発しないようにするには、氷魔法で冷やしながら慎重に行うことしか思いつかなかった。

 黒色火薬でもない未知の爆薬がこれで済んだのは、幸運としかいえないだろう。

 雷管の発火金に慎重に塗布し、薬莢の底に納める。

 構造上は撃針でたたかなければ雷管には到達しない、底面と発火金は接触しない設計が完成した。

 問題は銃の耐久力との兼ね合いだが……これも一回目はひどい失敗だった。

 最初の試作銃は上下二連のデリンジャーもどきだ。

 実包は22ロングライフル弾と同じサイズなので、無理にセンターファイヤー用の雷管を流用したため薬莢の底面全てが雷管で埋まるくらい歪な形だ。

 古い型の銃だが密造できるくらい構造が単純で、この世界で俺が銃を持つ意味を考えても末永く愛用するために妥当な選択だろう。

 リムファイヤ実包は成形難度はまだしも、この条件では安全性のほうが心配だ。

 これだけ綿密に計画を立てたのにもかかわらず、初代デリンジャーもどきは爆散した。

 どうやら、ファイヤートレント由来のオリジナル魔導雷管発火薬は、思った以上に強力なようだ。

「こりゃ……ちょうどいい塩梅を見極めるのに時間がかかりそうだ」


 最終的に実用に耐える火器が完成したころには、予定より多くの材料を消費してしまったが、概ね期待通りの成果があった。

 現在俺の手元には22口径デリンジャーもどきと38口径リボルバーのダイアモンドバックもどきとパイプ爆弾がある。

 パイプ爆弾は残ったファイヤートレントのカスを、粗悪なクズ鉄で作ったパイプに詰めたものだ。

 時限装置は魔石で作った。

 魔力を流し込んで5秒後に小規模な爆発系の火魔術を発動する仕組みだ。

 銃を二挺持っているのだから、爆弾を一瞬の魔力感知が勝敗を分かつ近距離での不意打ちに使うことはないだろう。

 この程度の魔力反応ならば問題ないはずだ。

 当面は装備の心配はないが、王都に行って研究や鍛冶の環境が整ったら、オートマチックやライフルの研究をしてみようと思う。

 切り株から立ち上がった俺は再び銃を構える。

 魔法の袋から取り出した実包を詰めたリボルバーのハンマーを起こし、慎重に狙いを定め引き金を絞る。

 甲高い銃声と共に狙った枝が吹き飛ばされる。

 今度は一度ショルダーホルスターに戻した銃を素早く抜き、ダブルアクションで続けざまに引き金を引く。

 ホルスターの素材は鹿皮だ。

 先ほどの木の横にあった岩の着弾のバラつきは、人体に当てはめればすべて胴体に命中している。

 今日の射撃訓練の結果に満足した俺は、弾を装填した銃を念のためホルスターに仕舞い、いつでも抜けるようにして、いつも通り狩りに向かった。

作者は伝説のアクション小説家、大藪春彦先生の大ファンです。

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