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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
59/232

59話 凱旋

「着いた……ようやく……」

 照り付ける太陽を魔法学校のローブのフードで避けつつ、どうにかアラバモの街まで移動し切った。

 水は十分に飲める。

 移動も徒歩の冒険者より格段に楽だ。

 だが、ベヒーモスとの戦いで憔悴したうえで、制服のローブの温度調節機能が壊れたダメージは大きかった。

「クラウス君、大丈夫ですか?」

「ええ、何とか……。暑ぃ……」

 ヘッケラーに続いてアラバモの東門前に着陸しながら、魔法の袋から水筒を取り出して一気に煽る。

 ウルズの水差しから出した水なので、キンキンに冷えた仄かな甘みを持つ軟水が喉を心地よく刺激した。

「ぷはっ、生き返るな……」

 もう二口三口ほど飲んで落ち着いてきたところでヘッケラーが声をかけてきた。

「ささ、街に入りましょう。立派な凱旋なのですから、トラヴィス辺境伯の屋敷に着くまではシャキッとしてください」

「へいへい」



「ヘッケラー導師! イェーガー将軍! よく無事に戻って来たで御座る!」

 アラバモの街は歓迎ムード一色だった。

 防壁の上にはびっしりと人並みができ、兵士だけでなく一般人までこちらに手を振っている。

 強固な門の前に立ち真っ先に声をかけてきたのは、トラヴィス辺境伯その人だ。

 ハヤブサ便が先に到着していたのだろう。

 しかし、両隣にボウイとクロケットを伴っているとはいえ、領主本人がこんな開けた場所に出てくるとは不用心というか豪胆というか……。

 俺がそんなことを考えていると、ヘッケラーが前に出てトラヴィスに礼を言った。

「お出迎えありがとうございます、トラヴィス辺境伯」

「いやいや、ヘッケラー導師から成功の報が届いて、居ても立ってもいられなかったので御座るよ。で、彼奴の首は?」

 俺はヘッケラーの目配せに応えて、魔法の袋からベヒーモスの頭部を取り出した。

「「「「「「「うおおおおおぉぉぉおおおおお!!!!」」」」」」」

 ベヒーモスの咆哮にも劣らない迫力の大歓声が響いた。

「すげぇ! あんなデケェのどうやって倒したんだ!?」

「見ろ! あれは剣の切断面だぞ」

「ヘッケラー侯爵ならば首を切り落とす倒し方はしないだろう。恐らくは、あの少年の聖騎士の仕業だ」

「まさか、そんな!? まだガキじゃないか」

「いや、おめぇも砂漠の向こうの方で雷が何度も落ちてたのを見たろ。間違いなくあの少年がやったんだ」

「マジかよ! 雷光の聖騎士ってのは伊達じゃねぇんだな!」

 群衆が一通りベヒーモスの首晒しを堪能したところで、トラヴィスが前に出てきた。

「さて、皆の者、聖騎士のお二人は疲れておいでだ。そろそろ解放して差し上げるで御座る。それに、ベヒーモスの討伐が成った以上、仕事を休む理由は無かろう」

「戦闘の余波で混乱して、群れから逸れた魔物も多い今こそ稼ぎ時っすよ!」

「「「「おお!」」」」

 てっきり今日は皆酒場に引きこもるのかと思ったが、さすがに辺境だ。

 出撃前も依頼を受けようとしていた冒険者は多かったし皆逞しいな。

 トラヴィスとボウイに応えて群衆は散っていったのを確認し、ベヒーモスの首を魔法の袋に仕舞った。

 クロケットの用意した馬車でトラヴィス辺境伯邸に向かう。



「ところで、ベヒーモスの素材って、アラバモの冒険者ギルドとかは欲しがらないんですか?」

 馬車の中で俺はヘッケラーに気になっていることを聞いた。

 アクアフェレットの襟巻きを買った店がある以上、決してアラバモが魔道具関連の品が皆無の未開地というわけではない。

 もしかしたら、この後とんでもない数の商人やら錬金術師やらが群がってくるのでは?

「魔道具になっていたら欲しがるでしょうね。このような危険な地域では強力な戦闘用の魔道具はいくらあっても足りません」

「魔道具になっていたら、ってことは素材そのものに用は無いと?」

「ええ、そうですね。失礼ながら、アラバモにはベヒーモスの素材を加工できる錬金術師は……」

 申し訳なさそうに言うヘッケラーに対してトラヴィスたちはさっぱりしたものだった。

「期待できぬで御座る」

「無理っすね」

「ヘッケラー侯爵ですら持て余す素材に、我々が何をできましょう」

 確かに、ラファイエットくらいしか、まともに有効活用できる人間が居ないのであれば、素材だけ買っても意味は無いだろうな。

 それでも豪商や貴族はステータスのために使いもしない高級品を欲しがることがあるが、さすがにベヒーモスにまで手を出してこないか。

 どちらにせよ、ベヒーモスを解体して素材を取り出すにはラファイエットや宮廷魔術師団のいる王都に一度持って行かなければならない。

 その後で、またアラバモにも素材を送らなければならないのは面倒だ。

 このまま持って帰らせてくれるのならばありがたい。

「まあ、トラヴィス辺境伯にとっては使えもしないベヒーモスの臓物よりサンドバッファローの内臓の調理法の方がありがたいのでは?」

「何!? サンドバッファローの内臓ですと!?」

「そんなもん……食えるんすか?」

「しかし……イェーガー将軍は料理人としても一流だと……」

 予想通り、トラヴィスたちは驚愕の目線を向けてきた。

 まあ、今までも身近にあった食材の話なのだから無理もない。

「素晴らしい味でしたよ。家畜の牛のことを考えれば牛の臓物など食えたものじゃないと思うのも当然ですが、サンドバッファローの臓物は全く違います。適切な処理をして腕利きの料理人が居れば宮廷で供される食事すら霞むほどの……」

 ヘッケラーの説明にトラヴィスたちも引き込まれているが、クロケットは冷静に相槌を打っていた。

 彼の頭の中ではものすごい勢いでそろばんが弾かれているのだろう。

 そんなことを考えているとクロケットと目が合った。

「イェーガー将軍、厚かましいお願いですが、サンドバッファローの内臓の調理法を教えてはいただけないでしょうか?」

 一瞬だけ、俺が直接レシピを伝えて引き換えに何か辺境伯家の貴重な物でもせしめる考えが浮かんだが、これは少々長引くビジネスだ。

 ここはコツコツゆっくりと回収していこう。

「ええ、構いませんよ。ただ、内臓の種類と調理法が無数にありますので、ランドルフ商会を通させていただきます。必要な調味料などもランドルフ商会しか扱っていない物もありますので、一枚噛ませてください」

 トリッパのトマト煮込みなどはオリーブオイルが必須なので嘘はついていない。

 それに、俺の料理を出す店を展開することに関してはランドルフ商会に一日の長がある。

 俺とクロケットだけで話を進めるよりいいだろう

「わかりました。調整の方は将軍にお願いしても?」

「ええ、会頭のグレッグ・ランドルフに一筆書いておきましょう」



 翌朝、トラヴィス辺境伯邸で朝食をご馳走になってからはクロケットとの商談だ。

 ヘッケラーは俺がベヒーモスと戦っている間にぶっ倒した膨大な数のホブゴブリンなどを冒険者ギルドに売りに行った。

 一応、ベヒーモスと戦いつつもヘッケラーの方で戦闘が起こっていることは確認していたが、俺が思ったより数が多かったようだ。

 一応仕事してたんだな……。

 サンドバッファローの解体も頼んでくるとのことなので、俺の分も預かってもらった。

 その間に、俺はトラヴィス辺境伯一門の唯一の文官と商談をまとめるわけだ。

「では、将軍がお作りになった料理にはアラバモ周辺で採れる香辛料を使うと?」

「ええ、全てではありませんが、出撃前にいただいた香辛料を使った料理もあります。なので、研究用として王都のランドルフ商会本店に、飲食店を展開する際の各店舗に香辛料の販売をできるように整えておいていただきたいのです」

「それくらいでしたら、お安い御用です。あの狸も将軍にはホークタロンを使ったパスタや……ブイヤベースでしたか? サフランの件などでも恩がありますから、すぐに首を縦に振るでしょう」

 狸ってのは、あの胡散臭い香辛料屋の店主か。

「あとはアラバモに新設する店舗の内容と規模と数などですが、こちらは商会の人間が現地入りしてから詰めましょうか。ランドルフ商会が規格化した料理も俺が手作りする物とは微妙に違うでしょうしね」

「そうですね。では、そのように」

 よし、これであとはランドルフ商会の優秀な交渉役に丸投げだな。

「それにしても、将軍は無欲な方ですね。失礼ながら、あなたのような若さで下級貴族の家督を継げない三男から聖騎士に大出世ときたら、もう少し尊大で欲深くもなると思いますが……」

「それは誤解ですよ。俺は状況によってマイナスになる可能性のある利権に手を出す才覚が無いだけです。金がある程度入ってくればいい」

 実際、最初はトラヴィスから何かせしめられるかもしれないと考えたからな。

 ただ、金以外の余計な注釈の付いてくるものは、場合によっては足を引っ張るだけの厄病神になる可能性がある。

 相続で手に入れた、まともに売れない不動産みたいなものだ。

 そんなものから金以上の価値を引き出す才能は俺には大して備わっていない。

「爵位を受け取らなかったのもそれが理由ですか?」

「ええ。俺の場合、領地やら派閥やらをうまく回していく自信が無いので。金は使い果たせばただのゼロですが、爵位や……例えば人材を伴う利権などはポシャれば負債やら補償の求めやら、ただの負の遺産です。自発的に借金などしていなくてもね」

「なるほど……」

「だからいっそ事業に関してもランドルフ商会に丸投げしてしまおうと思っているんですよ」

「随分と信用されているのですね」

「信用ですか……。まあ、グレッグ・ランドルフは、ですね。代替わりしたらわかりませんよ」



 アラバモに帰還してから一日をクロケットとの商談や改めて買い物を兼ねた観光で潰してから、俺たちは王都に向けて出発した。

 見送りにはトラヴィス一門のほかに冒険者ギルドの面々や魔道具店の店主、香辛料屋の胡散臭い店主も来ている。

「イェーガー将軍! ありがとな。あんたがデカブツを倒してくれたおかげで、俺たちの仕事も順調だ」

「稼ぎが倍になったぜ!」

「次に来たときは酒を奢るぞ!」

 おい、粗野な冒険者ども。

 俺は未成年だ。

「侯爵様、将軍様。街の景気が上向きになったおかげで、魔道具の売れ行きも上々です。いい品を仕入れておきますので、今後ともご贔屓に」

 はいはい。

 ウルズの水差し以上の品があったらね。

「将軍様、今後もサフランの独占取引をよろしゅう」

 しばらくは買わねぇよ。

「イェーガー将軍」

 トラヴィスが進み出ると、辺りが静寂に包まれた。

「イェーガー将軍。此度は本当に世話になったで御座る。正直言って我々はそなたの力量を侮っていた。それなのに、そなたは冒険者活動の障害となるベヒーモスの討伐だけでなく、この町の経済をさらに活性化させる事業との橋渡しまでしてくれた」

「俺にも利益があってのことです」

「それでもで御座る。今後、トラヴィス辺境伯家はイェーガー将軍への協力を一切惜しまぬことを約束しよう」

 再び割れんばかりの大歓声。

「そうだ! 今度は俺たちが恩を返す番だ!」

「王都の豚どもに嫌がらせでもされたら言えよ。殴りこんでやらぁ!」

 物騒な奴らだ。

 まあ、辺境の城塞都市に好印象を与えて帰れることは収穫だ。

「ありがとうございます。頼りにしてます」

 俺とヘッケラーは行きと同じく六人の騎士が護衛に付いた馬車に乗り込む。

 配置も行きと同じく御者に一名、中に二名、騎乗が三名だ。

「さ、出発しますよ」

 ヘッケラーの合図で馬車は走り出した。

 アラバモの人々は俺たちが見えなくなるまで手を振り続けていた。


アラバモのお話は今回で終了となります。

次回からは道中のメシの話を挟んで、いよいよ王都に帰還します。

ベヒーモスをぶっ倒し魔力覚醒に至ったクラウスを待ち受けるものは何か?

乞うご期待!

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