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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
55/232

55話 ベヒーモス戦3

 陸地で最強の魔獣と恐れられるベヒーモスの戦力は伊達ではない。

 気性は穏やかだと言われ、外敵からの攻撃が無い限り自分から戦いを始めることは無いが、一度牙を剝けばあらゆる敵を雷光で焼き尽くし、巨体からは想像もつかない素早さと膂力で叩き潰す。

 外皮の硬さだけが取り柄ではないのだ。

 サヴァラン砂漠を闊歩していたベヒーモスにも最強の魔物の一角としての自負があった。

 しかし、今日挑んできた小さな人間は想像以上の強者だった。

 開幕からいきなり雷系統の魔術を撃たれ、しかも相殺するだけで精一杯だったのだ。

 挙句の果てに、耐久力には自信を持っていた外皮が容易く傷つけられた。

 ベヒーモスはあまり魔法障壁を張らない。

 それが驕りであり、ヘッケラーの語ったベヒーモスの討伐方法は、その隙を突いたものだというのは紛れもない事実だ。

 しかし、それでもベヒーモスは陸の覇者であり続けている。

 実績に裏打ちされた自信を砕かれ、他に例を見ないほど魔法障壁を固めさせられたのは屈辱以外の何物でもないだろう。



 ベヒーモスの知能はSランクに恥じぬほど高いが、これはあまり知られていない。

 厳密には、予想はされているが、証明する振る舞いを見せたことが無いということだ。

 普段は自分から他者に攻撃を仕掛けず、外皮の頑丈さからまともな回避も防御も必要としないのだから当然だ。

 過去の討伐の際も策を封殺されたうえで、畳みかけられている。

 要は、狡猾な策略も斬新な戦術の発想も披露する機会が無かったのである。

 記録が無いのも頷ける。

 クラウスとベヒーモスの戦闘は、まさにベヒーモスがその知能の高さを初めて明らかにした瞬間だ。

 広範囲に落としまくった落雷と自身が纏った雷で相手の目を眩まし、奇襲攻撃を仕掛ける。

 その技は見事に決まった。

「っ! しまった!」

 雷を纏いフルパワーで身体強化をしたベヒーモスの前足が振るわれ、クラウスの大剣と爪が衝突する。

「ぐあっ!」

 剣を弾き飛ばされ砂地に叩きつけられたクラウスを確認しベヒーモスは勝利の雄叫びを上げる。

「ガアァァァ!!」

 止めとばかりにベヒーモスは助走をつけて倒れ伏したクラウスに角を突き下ろす。

「(っ! クラウス君!)」

 遠くから響くヘッケラーの叫び声はベヒーモスの耳には入っていない。

 ベヒーモスの紫電を帯びて眩い光を放つ角が砂地に埋まり、鮮血が零れ落ちた。



「クラウス君……」

 ヘッケラーの茫然とした呟きが響く。

 砂煙と風にかき消されそうなものだが、不思議とヘッケラーの声は通った。

「くっ!」

 気を抜いたのは一瞬で、すぐにヘッケラーは戦闘態勢を取った。

 魔法の袋から魔法陣を数枚取り出し、杖の一振りで全てに起動指示を通す。

濃密な魔力が辺りを漂い始めた。

 しかし、すぐに異変に気付き杖を下ろした。

「あの血は……まさか!」

 地面に角を突き刺した体勢のベヒーモスが身じろぎした。

「ガ…….グルァ……」

砂煙が徐々に晴れていき、ベヒーモスの角と交差するように何かが額に刺さっているのがヘッケラーの目にも見えた。

「まったく、今のはビビりましたよ」

「クラウス君!」

 未だに視界のはっきりしない位置から、人の立ち上がる気配と声が発せられる。

当然、現れたのは五体満足のクラウスだった。

 細かい怪我はあるものの、欠損や大きな出血などは無いように見える。

「無事ですか?」

「はい。ちょっと、肋骨が痛みますが……」

 その体には所々に紫電が煌めく濃密な魔力を纏っている。

「もしや……覚醒の方も?」

ベヒーモスの額に突き刺したオリハルコンのサーベルが抜かれる。

 次の瞬間、異様に硬い剣戟のような音が響きベヒーモスが悲鳴を上げた。

「ギャオォォォ!!」

 根元を砕かれたベヒーモスの角が地面に落ち、次いで額からドバッと血を流れ出す。

 クラウスはサーベルを宙に一振りしてベヒーモスの血を払い飛ばし、左腰の鞘に納める。

「ええ、どうにか」

「よかった……。これで目的は達せられましたね」

 ヘッケラーの安堵の声を後ろに聞きながらクラウスはベヒーモスに向き直る。

「では始末を付けてきます」






 角を失ったベヒーモスは視線だけで人が殺せそうな目で俺を睨むが、その表情にはかなりの恐怖や焦りも見える。

 俺はゆっくりと足を踏み出し、ベヒーモスを正面から見据える。

「グルァ……」

「どうした? 俺は素手だぜ」

 両手を広げてベヒーモスを挑発しつつ、さらに接近する。

 俺は魔力の覚醒を果たした。

 魔力量の最大値も大分上がった気がするし、何より雷属性の魔力を使うことに関して、今までより数段上達したことを確信している。

体が軽くなったというか、視界が開けたような感じだ。

 試しに左手に魔力を収束して、電撃を放ってみる。

「“放電(ディスチャージ)”」

「グルァァァァ!」

 生まれ変わった俺の十八番の名前は自然と口から出てきた。

今までの“電撃(エレクトリックアタック)”とは発動に要する時間も必要な魔力の量も段違いだ。

 ベヒーモスは過剰な障壁を張って、それを凌ぐ。

 荒い息をついてさらに一歩下がった。

「さて、覚醒したからには強化魔法の具合なんかも違いそうだが……扱いに戸惑うほどの違和感は無いな」

 正直、このまま魔術の撃ち合いをしても、サーベルで斬りつけても、負けはしないだろうが、そのつもりはない。

 あまり心をへし折り続けるとベヒーモスが逃走に移る可能性もある。

 そうなったら面倒だ。

 この戦いは俺の修行の意味もあるが、トラヴィス辺境伯家からの討伐依頼でもあるのだ。

 しっかりとベヒーモスを葬らなければならない。

そのためには大剣が要る。

「グルゥ……」

 ベヒーモスの視線も俺と少し離れた場所に放り出された大剣を行き来している。

 俺の最大の武器が手元に無い内に逃げようとしているのか。

もしくは今の内に全力で攻撃し消耗させ、あわよくば倒そうと考えているのだろう。

「グ……ガルァァァァァァ!」

 張り詰めた空気に我慢できなくなったベヒーモスがついに動いた。

 逃走ではなく最後の戦いを選んだのだ。

「そう来なくては!」



 ベヒーモスは最大の武器は角だ。

 魔力を扱う媒体となるのはもちろん、上級竜の牙ほどではないが、角自体に魔力的な性質を持ち、非常に高い貫通力や硬度を持つ。

 爪による攻撃や膂力によるゴリ押しが効かないと判明した今、ベヒーモスが一か八かを掛けるのは最も強力な一撃だ。

 しかし、角はすでに失っている。

 先ほど根本をサーベルで突き砕いて落としてすぐに、俺の魔法の袋に大切に仕舞われた。

 根元の一部はまだ額に残ってはいるが、あの状態で使ってくることは無いだろう。

 ならば、その最高の一撃に近い攻撃で挑んでくるはずだ。

「ゴアァァァ!」

 あとワンステップで俺に到達する位置でベヒーモスは口を開けた。

鋭い牙が俺に迫り噛み砕こうとする。

 だが、俺は冷静に魔術を行使した。

「お見通しだ。――“(ライトニング)(ミラージュ)”」

「グルァ!?」

 周囲にいくつもの雷が降り注ぎ、自分の体を覆う強化魔法の魔力も雷の色を強め眩い光を放つ。

 俺が一撃食らった技だ。

 今度はお前の番だ。

「ッラァ!」

 俺を見失ったベヒーモスに対し、下に潜り込んだ俺は渾身のアッパーカットを打ち込む。

 狙い違わず顎に直撃し、ベヒーモスの頭部を浮かせた。

 外皮を切り裂きはしないが顎の骨は折れただろう。

 悲鳴を上げる余裕も無いようだ。

前足からガクッと巨体が沈み込んだところを避け、鬣を掴んだ。

「ふん!」

 そのまま肩越しにボールを投げるように地面に叩きつける。

 百メートルの巨体が宙を舞う姿はなかなかにシュールだ。

すぐに地面を蹴って大剣を拾う。

試しに魔力を通してみた。

 相変わらず、俺の放出した魔力の全てに応えるように、刀身に魔力を纏ってくれた。

 変化したところと言えば、無属性ではなく雷属性の魔力がそのまま通っているのだと、俺にははっきりわかることか。

「グルァ……」

 横たわったベヒーモスが最後のあがきとばかりに、首を横に向けて俺を見据える。

次の瞬間、天まで届くような雷の柱を俺に向かって走らせてきた。

 俺も大剣の刀身が数倍の長さになったかのような天を穿つ雷を纏わせ、上段に振り上げる。

「これで決める!」

 唐竹に斬り下ろした大剣から凄まじい大きさの剣閃が放たれ、ベヒーモスの雷の柱を呑み込んだ。

 砂煙が舞い上がり視界を完全に塞ぐ。

「ガァ!?」

ベヒーモスの驚愕が剣から放たれた閃光越しに聞こえる。

 それ以上の音は無かった。



徐々に薄くなった砂のスクリーンが消え去り視界が晴れ、再度ベヒーモスが姿を現した。

 顔は相変わらずこちらを睨みつけている。

 しかし、赤い目にすでに力は無い。

次の瞬間、重量感のある音を立てて、ベヒーモスの首が落ちた。

 切断面は焼け焦げた部分もあるが、綺麗に平面だ。

「終わった……」

 俺は体全体が弛緩するのを感じながら、大剣を下ろして構えを解いた。

「くっ!」

 突如、脇腹に鋭い痛みが走った。

 緊張で麻痺していた肋骨の痛みが、今になって認識されたらしい。

 どうやら骨に少しヒビが入っているようだ。

 これなら初級治癒魔術で治るだろう。

「クラウス君。治療は私が」

 駆け寄ってきたヘッケラーの申し出に俺は素直に従った。

「ええ、お願いします」

 ヘッケラーは俺のローブをはだけ杖の先端を当てた。

俺は防具が多少重くても動けるのでアーマーの胸部分には鉄板を仕込んである。

 一人で着脱できるようにはしているが、本職の仕事ではないので、いちいち脱ぐのは面倒だ。

ヘッケラーはアーマーの上から呪文を唱えた。

「“(セイクリ)治癒(ッドヒーリング)”」

ヘッケラーの杖が淡い光を発し、俺の肋骨の痛みが引いていった。

俺の治癒魔術の再生を加速させるイメージや体組織の構成を再構築するイメージとも違う。

 かといって、単純な痛みを消したり元通りにしようとする感触でもない。

 魔力の構成が理解しにくい術だ。

 いや、僅かながら解毒魔術と近いか。

 名前から察するに聖魔術のようだが。

「“(セイクリ)治癒(ッドヒーリング)”はその名の通り浄化に加えて“ヒーリング”と同じような効果のある聖属性の魔術です。闇属性の魔術や武器で付けられた傷には特に効きます。今回はそれほど特効的ではありませんが、濃密な魔力を用いた攻撃を受けた傷には普通の治癒魔術よりいいでしょう。まあ、著しく有用な場面は限定されるので、使い手の少ないマイナーな魔術ですけどね」

 なるほど、やはり聖魔術か。

 俺は未だに初級の“(セイクリッ)(ドアロー)”すら使えない。

 ゾンビやグールくらいなら火魔術でも倒せるし教会から聖水も買ったので、それほど真剣に練習していたわけではないが、ここまで魔術の習得に手間取るとやる気が失せてくる。

 確かに、俺には解毒や殺菌以外での浄化といった概念は理解しにくい。

 だが、非科学的な現象なのはどの魔術も同じだ。

 著しく苦手な属性があるのは珍しいことではない。

 エルフの魔術師でも火魔術だけは全く使えない者が居る。

視点を変えてみれば、雷属性に覚醒した者の例が無いということは、雷魔術が苦手な属性と言える魔術師も多いということだ。

 以前デ・ラ・セルナに聞いてみたときも、俺の苦手属性が聖属性なのだろうとのことだった。

 しかし、何かが引っ掛かる。

 魔法陣と聖魔術。

 才能が無いと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも知識はこの世界の並の使い手程度にはある。

 それで発動すらしないというのはおかしな話だ。

「さ、終わりましたよ。具合はどうですか?」

 気を取り直して俺はローブを捲りレザーアーマーの上から脇腹の具合を確かめた。

「全く痛みません。ありがとうございます、師匠」

「それはよかった。では、まずはベヒーモスを片づけてしまいましょう。君の魔法の袋に入りますか?」

「ええ、余裕です」

 俺の魔法の袋にベヒーモスの百メートルは下らない巨体が丸々収まった。

 これも覚醒の影響か、今までよりさらに容量が大きくなった気がする。

「ささ、戦闘が終わったばかりで疲れているとは思いますが、昨日の野営場所まで戻りますよ。話は火を囲んで私の結界を張って、落ち着いてからです」

「ええ、そうしましょう。魔力の消費より血と霧散した魔力に引き寄せられる魔物の方が厄介ですからね」


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