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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
50/232

50話 出撃

「以上が最新の定時連絡の内容です。不測の事態さえ起きていなければ、現在のベヒーモスの位置はこの範囲に……」

 机の上に広げられたサヴァラン砂漠全域――もちろん人の足が入っている範囲――の地図に円が描かれる。

 逐一、監視に出た冒険者からの連絡で情報を更新しているらしく、ベヒーモスの移動ルートが鮮明に記されている。

 まるで台風情報だな。

 だが、それよりもこの部屋には俺の目を引き付けて止まないものがある。

「「「クェー、クェー」」」

 部屋の片隅に置かれた大きめの鳥かごに入っているのは伝書鳩かと思いきや、どう見ても鳩ではなかった。

「イェーガー将軍、ハヤブサ便がどうかしたで御座るか?」

 ハヤブサなのか、この鳥は。

 イェーガー士爵領に居たころカモやキジは美味いので狩っていたが、食わない鳥はあまり気にしたことが無かった。

「いえ、鳩ではないんだな、と」

「ああ、元々ハヤブサは伝書鳩を襲撃して敵の情報収集を妨害するために調教されていたこともあるくらいでな。戦闘力はハヤブサの方が格段に上で御座る」

 ああ、そういえば前世でもそんな話を聞いたことがあるな。

 訓練次第で鳩を生け捕りにすることもできるとか何とか。

「まあ、ここは過酷な土地であるから鳩よりハヤブサの方が、生存率が高いので御座るよ。いつしか文書を届けるのも、サヴァラン砂漠ではハヤブサを調教して行うようになったので御座る。費用と手間は掛かるが、通信水晶よりマシ故に」

 通信水晶ってのはボルグとの戦いの後、フィリップが馬車を呼ぶのに使っていたやつだな。

 まあ、魔道具より鳥の調教の方がコストは低いだろう。

 ハヤブサたちは、当然、戻るだけでなく送ることもできるらしい。

 確か往復できる鳩は前世にもいたな。

 戻ってくるだけの伝書鳩よりも特殊な訓練が必要らしいが。

 まあ、召喚魔法や闇魔術がある世界だ。

 ハヤブサの調教も特殊な魔法陣を使っていてもおかしくはない。

 ハヤブサ便の話題が一段落したところで、トラヴィスはヘッケラーに向き直った。

「ヘッケラー導師。まだ、だいぶ彼奴は遠いようだが、もう打って出るので御座るか?」

「ええ、魔力をあまり消費しない程度の速度で、この位置まで飛ぶのに三日。索敵に多くて二日くらいですね」

「普通の冒険者なら二週間かかってもおかしくない道を三日で御座るか……」

 なるほど、徒歩の冒険者と比べると、それだけ差があるのか。

 だが、これも偵察隊による目標の位置情報があるからできることだ。

 一から自分たちで探していては、いくら巨大なベヒーモスといえど、五日で到達できるわけがないし、ベヒーモスの奇襲に備えて、もっと魔力を残して行動しなければならない。

 これだけ飛行魔法に魔力を割けるのは滅多に無いことだ。

「我々のルートは、このオアシスを経由し、常に高台を確保する形で行きます。ベヒーモスを追跡している冒険者たちも、このルートでしょうからね」

 なるほど、監視の冒険者たちとの接触もしやすくなるというわけか。

「では、クロケット準男爵。我々と接触したらすぐに撤退できる準備をするよう伝えておいてください。」

「はい、すぐにハヤブサを飛ばします」



「さて、ここから出たらすぐにサヴァラン砂漠です。門を潜った瞬間からフロンティアだと思った方がいいでしょう」

「……はい」

 アラバモの街の東口は完全に砦の防壁だ。

 扉は強固に閉ざされており、少人数なら横の小さいドアから出入りするのだろう。

「さて、準備はいいですね。まずはオアシスまで飛んで、拠点を確保しましょう。しっかり付いてきてください」

「はい、大丈夫です」

 俺はアクアフェレットの襟巻きの巻き具合を確認し頷いた。

「ヘッケラー導師、イェーガー将軍。ご武運を」

 見ると声をかけてきたトラヴィスだけでなく、防壁の上の見張り台の兵士たちまで、こちらに敬礼している。

「ええ、吉報を待っていてください」

 俺もトラヴィスたちに敬礼を返し、ヘッケラーに続いて扉を潜った。



「見えました! あそこが目標のオアシスです」

「やっと着きましたか」

 俺は体の前に展開していた魔法障壁の出力を落としながら答えた。

 砂嵐を突破したときはそこそこ強固な魔法障壁を張らないとならなかったが、普通に飛ぶだけなら防風程度のもので十分だ。

「さ、簡単に索敵したら拠点を確保してしまいましょう」

「了解です」

 俺たちは“探査”で辺りを探りながら降下した。

 水中にも草木の影にも大型の生物の反応は無かったので、ひとまず安心だ。

 見渡してみると、このオアシスがだいぶ広いのがわかる。

「問題ないようですね。では、あの辺りにテントを張りましょうか」

 ヘッケラーが指差した場所には、数日前に冒険者たちが使ったとみられる焚火などの野営の跡が残っていた。

 なるほど、その場所なら風も密集した木々に遮られて、直接吹き付けることも無いだろう。

 砂嵐を被ることも無いわけだ。

 俺たちも先人に倣って、いい場所を確保しよう。

「テントは私の物を出します。クラウス君は焚火の用意をお願いします」

「わかりました」

 ヘッケラーが魔法の袋から取り出したのは、テントと言うよりも小屋……サーカスのテントに近い物だった。

 アラバモの街でもいくつか見たな。

 倉庫代わりなのか、売り場の後ろにこういったテントを設置している店は、市場でも多かった。

「広そうですね」

「ええ。ほかの冒険者が居たら、場所に限りがあるオアシスであまりスペースを取るのはよくありませんが、今この方面に居るのは我々だけです。多少広い寝床を使うくらい許されるでしょう。それに、魔道具ではありませんが、防塵、防風、遮光に優れた砂漠地帯ならではの物です。小型のテントより、ましてやただ毛布に包まって寝るより快適に過ごせますよ」

「魔道具?」

 ヘッケラーの説明によるとテント型の魔導具は内部を快適に保つ機能――エアコンにかなり近い――や明かりやキッチンを備えるなど、およそテントとは思えない仕様らしい。

 しかし、聞く限り野営に必須の機能でもないな。

 そもそもこの世界では魔法学校のローブに付いているような温度調節機能を持つ服が出回っている。

 庶民にとって安いものではないが、一張羅だと思えば買えないこともない。

 部屋ごと涼しくしたり温めたりする方が、コストが掛かるというから、前世の記憶を持つ俺にとっては不思議だ。

「当然、価格も桁違いですよ。白金貨100枚とかザラですから」

「高っ!」

 十億円ですよ十億円。

 豪邸がいくつも建ちそうだ。

 この制服のローブの温度調節機能は簡易版なので、魔道具テントに付いているものは当然ながら貴族向けの高性能で快適さをさらに追及したものと同じだ。

 それを部屋ごと効かせる規模に拡張する。

 なるほど、高いわけだ。

「まあ、王族の見栄くらいでしょうね、用途は。そもそも砂漠地帯でもなければ馬車が使えるのです。上級貴族が軍事行動に随伴する際も、大抵彼らは馬車の中で寝ます。彼らは滅多に砂漠や環境の厳しい場所にまで来ませんからね」

「確かに、ただの馬車ですら焚火の近くで毛布や外套を被って寝るより上等です。その馬車と比べて魔道具テント向上する環境の質はごく僅か。多少の快適さのために白金貨100枚はないですね」

「ええ、そして砂漠でもそれほどの需要はありません。我々のように魔法の袋で物資を多く持ち歩けても、この砂漠仕様のテント小屋があれば十分ですから」

 ヘッケラーにつられて俺もテント小屋を見上げる。

「シェアを広げたいなら、外見は小さく中は広いマジックテント的なものでも作らないと厳しそうですね」

「ああ、それは研究途中ですね。時間が普通に経過し、生物が入れる亜空間は宮廷魔術師の研究課題でもあります。実用化されれば熟成を進めつつ持ち歩けるワインセラーやチーズの倉庫もできるわけです。素晴らしいと思いませんか? 思うでしょう!?」

 ……誰がその研究テーマを主導しているのか、わかった気がした。



「さて、ちょっと早めですけど飯にしましょう。今日の夕食は少し手をかけましょうか」

「いいですねぇ。明日からは岩陰に身を潜めるような野営です。まあ、結界魔法陣は私の物を使いますから安全度にそれほどの差は無いですが、さすがに落ち着いて食事をすることは無理でしょうね」

「ええ、今の内に英気を養っておきましょう。ワイバーンでも……」

 俺は自分の魔法の袋を漁って食材を取り出しにかかった。

 だが、そうは順調に事が進まない。

「むっ! この反応は……」

 ヘッケラーの結界に反応があったようだ。

 今回、ヘッケラーが使用した魔法陣はアラバモに向かう途中で使っていた物より結界の範囲が広い物だ。

 魔物や獣に接近を忌避させたり物理的に障壁を成したり攻撃を加えたりする範囲は変わらないが、“探査”のように他者の接近を感知するシステムの範囲はかなり違う。

 広大な砂漠仕様だ。

「師匠、何が来たんです?」

 ヘッケラーはしばらく“探査”を濃くしっかりと広げたときのように集中して魔力を感じていたが、おもむろに立ち上がって笑顔を見せた。

「クラウス君、探す手間が省けました。サンドバッファローですよ」



「やれやれ、運がいいのか悪いのかわかりませんね」

「いいに決まっているじゃないですか。本来、サンドバッファローは群れを作って生活しています。しかし、その規模は十匹前後の場合がほとんどです。少しは冒険者ギルドに卸してやることも考えると、我々の場合いくつもの群れを探さなければなりません。それが、今回は百匹近いのですよ」

 サンドバッファローの現れた地点に飛行魔法で飛びながら俺たちは話し続ける。

 今はそれほど速度を重視しておらず砂嵐も来ていないので、魔法障壁を張る必要が無く、お互いの声も聞こえる。

「……そんなに乱獲して大丈夫なのだろうか?」

「問題ありませんよ。繁殖力は強いので、むしろ感謝されます」

 それならいいが……。

 しかし、このサンドバッファローが現れた方向は……。

「師匠、これって確実にベヒーモスから逃げてきた感じですよね」

「ええ、間違いないでしょう。移動速度からして、ずいぶんと泡を食っているのがわかります」

「狂暴になっていることは確定ですか……」

「逃げられるよりいいじゃないですか。ふっふっふっ……今日の夕飯はサンドバッファローの肉ですね。ワイバーンは延期でお願いします」

 果たして牛肉狩りは無事に成功するのか?

 食欲に理性まで支配されていそうなヘッケラーに、一抹の不安を覚えるのは仕方ないだろう。


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