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5話 出産と戦闘と将来のこと

 エルザの出産の日はてんてこ舞いだった。

 難産だったためイレーネだけでは手に負えない。

 現代でいうところの助産師のような婆さんの指示でイレーネが清潔な布が集める。

 俺は治癒魔術をかけ続けたが、アルベルトとバルトロメウスとハインツはお湯を沸かしてからは意味もなく右往左往するだけだった。

 まあ、下手に手を出さないのも、この連中ならではの援護と言えるかもな。

 そして無事に女の子が生まれアルベルトはだらしない満面の笑みで娘を抱き上げる。

 漫画なら「でへへへ」と効果音がつきそうだ。

「この子はエルザに似て美人になるぞ」

 親ばか丸出し……。

 まあ、今は浸らせてあげましょ。

 兄たちは初めての母の出産でもないのに茫然とつっ立っているあたり、こういった場面で野郎どもが役立たずだということを見事に証明している。

 きっと俺のときも、こんな調子だったのだろう。

 俺は改めてエルザ直伝の初級治癒魔術をかけ母を回復させた。

「クラウス様は大した治癒魔術師なのですね。普通これだけの難産の場合、母体は命を落としかねませんのに、もう回復させるだなんて」

「いえ、母の教えがよかったゆえに」

 ここは謙遜しておこう。

 すでに治癒効果は母のそれを完全に上回っているのだが。

「ありがとう、クラウス。あなたは私の誇りよ」

 妹はロッテと名付けられた。


 今日も今日とて俺は森の奥へ向かう。

「さて、今日は何が取れるかな」

 そろそろ集めた資源が満杯になりつつある。

 野生動物や果実などは夕食に一品を加えるために取っているが、俺の技量ならまだまだいける。

 だが、いくら資源がすぐ復活する森とはいっても、腐らせるほど採取するのは無駄すぎる。

 となれば当然、RPGの必須アイテムである『拡張カバン』や『アイテムボックス』などと呼ばれる装備品を探すわけだが……すでに情報は集め終わっている。

 『魔法の袋』の作り方が商隊から買った本に載っていた。

 錬金術の初歩だ。

 製作した本人にしか使えない単純な機構のもので、しかも製作段階でそれなりの量の魔力を注ぐため実質、魔術師にしか作れない。

 魔力量の少ない錬金術師には作れるかわからないうえ、買い手もつかないアイテムなので、魔術師が自分で作る場合しか役に立たない製法だ。

 しかし、俺には十分な魔力がある。

 そして材料も、ほとんど製作者本人の魔力に依存して作られるアイテムなため、珍しいものを必要としない。

 魔石(魔物から取れる核のようなもの)もせいぜいオークのもので大丈夫だ。

 材料もちょくちょく集まってきたし、そろそろ作成に着手してもいいかもしれない。

 “倉庫(ストレージ)”の魔術も容量でいえば自分の部屋と同じくらいしかないからな。

 魔物の素材も、いい加減この空間魔法とクローゼットの奥に隠しておくには、多すぎる備蓄となりつつあるのだ。

 そんなことを考えながら着替えていると、外がやけに騒がしいことに気付く。

 どうやら森の入り口のほうで何かあったらしい。

 窓から外を覗くと、どこかで見たことあるような領民が家に走ってくるのが目に入った。

「お館様~!」

 激しくドアを開け放った領民がアルベルトを必死に呼ぶ。

「何事だ?」

「お、お館様……まも、魔物が出ました。バルトロメウス様が指揮を執っておられますが……数が多く苦戦しています!」

 最悪だ。

 今エルザは産休で前線に出れない。

 軽傷のうちにすぐ治療できない以上、騎士団でも深手を負う人間が増えるだろう。

 あまり目立ちたくないのだが、俺が出ないわけにはいかないか……。

「わかった、私も出る。クラウス、お前も同行しろ。治癒魔術は使えたな?」

 やっぱり来た。

「はい、初級程度ですが……」

 これは嘘。

「十分だ」

 名目上は治癒魔術師だが、それだけでは済まないだろう。

 だが戦うだけならまだいい。

 大規模な攻撃魔術をぶっ放さなければ大した喧伝にはならないはずだ。

 しかし、千切れた腕や足をくっ付けたりするほどの治療が必要な場合、中級治癒魔術が必要となる。

 俺は習得しているがエルザは使えない。

 出来れば秘匿しておきたいが、こういうことを思い至った時点でそう都合よくは事が運ばない気がする。

「いいか、大物に当たったら迷わず逃げるのだぞ」

「はい……」

 倉庫から短めの鉄の剣を選び、安物の短剣をいくつか服に仕舞いながら、俺は戦いとは別の意味でも緊張した面持ちとなった。


「グウオォォォ!」

「おとなしくモツ煮込みになれや」

 俺は鉄の剣を構える。

 未開地の鉱山から採取した鉱物のインゴットで武器の材料には事欠かないが、今は家の備品で十分だろう。

 目の前のワイルドボアの突進に半身でカウンターを放つ。

 頸動脈を切り裂かれ、断末魔の悲鳴を上げながら絶命した。

 懲りずに群がるアサルトウルフに短剣を投げ、周囲の領民にわからぬ程度に命中する直前に“ブースト”をかける。

 この短剣も倉庫に放置されていたナマクラであるうえ、貫通するほど強化できないので一撃で仕留められない個体も多いが、冷静に剣でとどめを刺していく。

 粗方捌いたところで人間の絶叫が聞こえた。


 先ほどの絶叫が聞こえた部隊と合流してみると、魔物の死骸の手前に人間が倒れている。

 誰だっけ?

「くそ、エルマー……」

「なんてこった」

 周囲の領民たちの声を聴き思い出した。

 イレーネの息子エルマーだ。

 確か騎士団に所属していたな。

 付近では彼の同僚らしい騎士たちが沈痛な表情で立ち尽くしている。

 腹を裂かれ腸がはみ出しており、初級治癒魔術では到底間に合いそうもない。

 来ました中級治癒が必要なクソシチュエーション。

 無闇に魔法を披露したくない身としては、見殺しにするのが妥当な選択だろうか?

 否、瀕死の息子に縋り付いて泣く母親を突き放すことなどできない。

 あとから考えれば不可解なことだが「見捨ててはならない。後悔する」と心のどこかで警鐘が鳴っていた。

「すぐに領主の館へ搬送しろ! 私と母様で出来る限り手は尽くす」


「母様! 負傷者です、手伝ってください」

「っ! クラウス、残念だけどこの傷では……」

「奥様…………」

 イレーネは項垂れるが涙はこらえている。

 きっともう助からないと思っているのだろう。

 だが、お前が諦めてどうするよ。

 親の諦めが、いかに子どもの気力を奪うかわかってるのか?

 わかってないんだろうな……。

「イレーネ、諦めるな。私を信じてくれ」

「クラウス様…………」

 だめや、目が死んでる。

 こりゃエルマーを目の前で回復させるしかないな。

「(母様、私と同時に治癒魔術をいつも通り)」

「(え? ええ)」

 緑がかった光が辺りを包み、エルマーの見るに堪えない傷が跡形もなく消えていく。

 周りには領民たちが集まっていたが、見たところで中級治癒魔術だと分かるものはまず居ないであろう。

 やがてエルマーからは苦悶の表情が消え、ゆっくりと目を開けつぶやく。

「……お、俺は…………。助かった、のか?」

「……ふぅ、奇跡だ」

 俺はわざとらしく座り込んだ。

「魔力も使い果たし二人がかりとはいえ、こうもうまくいくとは。一生分の運を使い果たしたかな?」

 もちろん嘘だが。


 翌日にはエルマーは全快した。

 俺が魔力を消費しすぎたため、治療の体制が万全ではないという名目で追撃は見送られた。

 エルマーの件は偶然の奇跡、俺の消耗は桁違いで数日は寝込む、意図してできるものではないということで処理された。

 実際は部屋で寝ている風を装い読書と魔法障壁の訓練をしていたのだが。

 「全身全霊でエルマーを治療し救った領主様の三男」の評価は、「放蕩が許されるボンボン」への反発の中和として利用するため、あえて流しているようだ。

 自分のことは苦手だったはずのイレーネが最近やけに仰々しいのには多少困ったが、これを領民たちが恩と捉えてくれるのならばしめたものだ。

 だが、彼女ならば余計なことは言わないであろう。

 数日前に商隊から手に入れた魔道具関連の書物を読みながらこれからのことを考える。

 この世界の成人は15歳なので、それまではまともな職に就くのは難しいだろう。

 かといって、いきなり冒険者稼業に飛び込んだら、イェーガー家が要らぬ子を捨てたように思われ一族の名誉に関わる。

 手っ取り早い方法は11歳で王都の魔法学校に入学し、バイトで冒険者と狩りをすることだ。

 王都魔法学校。

 商隊が持ち込んだパンフレットのようなものによると、魔術の訓練と魔法関連の職業へ就くために通う学校だ。

 11歳から入学可能で5年制らしい。

 ていうか、パンフレットの情報少なすぎじゃね?

 これ以外の内容は試験の日時場所だけだ。

 いったいこの世界の情報網はどうなっているのやら……。

 とにかく、魔法学校のことはアルベルトに話してみるしかないな。

 許可が出たとして、今はほかに何を準備すべきか考えよう。


 俺の魔法の技量なら特待生入学は難しくないであろう。

 剣術も今はバルトロメウスと互角くらいだが、入学するころにはアルベルトを軽く超えるのは確実だ。

 王都に行けばアルベルトよりも強い剣術の師匠が見つかるかもしれない。

 しかし、このまま片手剣を使い続けるかは不明だ。

 この世界の自分がどれだけの体格になるかはわからないが、少しでも前世に近い成長の過程を辿るのなら両手剣などの武器を使う方がよいだろう。

 前世では投げキャラだったからな。

 とりあえず今考えなければならないのは11歳になるまでの貯蓄と装備作りだ。

 今までもアルベルトと一緒に商隊と取引に行ったことはあるし、自分で薬草や毛皮を売ったこともあるので、この世界の金銭のことはわかっている。

 賤貨4枚で銅貨、銅貨10枚で白銅貨、白銅貨10枚で銀貨、銀貨10枚で金貨。

 まず、お目にかからないが金貨100枚分の価値がある白金貨というのも存在する。

 食料の基準で前世に合わせれば銅貨1枚100円くらいだろう。

 賤貨が25セントってとこか。

 銅が思ったより貴重なのか、食料のグレードに差があるのか。

 これでも一応領主の息子なので領民に顔は知られているため、魔物の素材などは堂々と持ち込むことはできなかった。

 王都に着いてから換金することにしよう。

 剣や杖、新しい弓やクロスボウの調達は、それからでも遅くない。

 それまでに鉱石のインゴットを集めておけばよさそうだ。

 だが、この世界に存在しないであろう銃や爆弾は、ある程度準備しておいたほうがいいかもしれない。

 これからの冒険でいつ奇襲され魔術を封じられるかわからないからだ。

 それに、魔術だけでいつも乗り切れるとは限らない。

 放出系魔法や高レベルの強化魔法を使うときは魔力反応という気配のようなものが放出されてしまう。

 俺でも魔物から感じ取ることはできる代物であり、練達の敵が相手ではこれが致命的な隙にもなり得る。

 魔力反応を放出しない飛び道具というだけでも十分用意しておく価値はあるのだ。

 そして魔法の袋は重要だ。

 無限収納とまではいえないが大容量を持ち運べる装備は多いに越したことはない。

 魔物から得た魔石は簡単なプログラムのようなものを込められる。

 魔法陣と比べると圧倒的にインプットできる情報量が少ないが、使用者を自分に限定した魔術師限定のものの製作は難しくない。

 本の通りに材料をくっつけて、魔石に触れながら呪文を唱えるだけだ。

 だが使用者をあとから決める市販品は、複雑な魔法陣の組み込みを必要とするので恐ろしい値段だ。

 以前手に入れた魔物の素材で難易度の低いものから作ってみよう。

 ちなみに袋の中は時間が経過しないのはデフォルトのようだ。


「クラウス、もう起きられるのかい?」

「はい、ハインツ兄さん。家の中を移動するくらいは」

 居間には家族全員が揃っていた。

 さて、親父に許可を求めますかね。

 さっそく本題に、と思ったらいきなり大声を出した人間がいた。

「クラウス様!!」

 びっくりした。

 イレーネか……。

「クラウス様! まだ起きてはいけません! お体にもしものことがあったら……」

 どうしたものか……。

 いや、彼女に建前はもういいだろう。

 信用を示してやることも一つの施しだろう。

「イレーネ、自分の体の状態は自分自身のほうが分かっている。領地で三人しかいない治癒魔術師でもあるんだ」

 さすがに、「領地で最も優れた治癒魔術」と大っぴらに公言するのはまずい。

 こんな田舎では壁のどこに耳があるかわかったもんじゃないからな。

「そうね、深刻な症状が出る心配はなさそうね。クラウス、何か話があったんじゃないの?」

 エルザ、ナイスフォロー。

「はい、父様にお願いがありまして……」


「なるほど、王都魔法学校に、か」

「はい。学費などは案内書に書いてなかったので、無理なら仕方ないのですが」

 どうやら魔法学校に限らず、教育機関の細かい内容などは貴族家の当主にのみ伝えられる王都からの文書に記されているようだ。

 平民から優秀な人間が出た際は、その領地の領主に手続きを頼むらしい。

 なんだかなぁ……。

「学費に関しては心配いらん」

「そうなのですか?」

 思わず聞き返してしまった。

 失礼な話だが、ド田舎の下級貴族に三男を王都に留学させる余裕があるのか?

 いや、兄たちと違い俺に家庭教師がいなかったことを思えば、そんな金額など出せるはずがない。

「ああ、正直なところお前の狩猟の成果が無ければ無理だったが、魔法学校の学費くらいなら余裕で出せるくらいの現金は溜まっている。これで私が出したことにするのも心苦しいが……」

 ぶっちゃけた……。

 確かに、俺の取ってきた獲物の毛皮や薬草などは現金収入になっただろう。

 しかし、兄たちの前でそれはどうなの?

「じゃあ親父、クラウスの願いは聞き入れられたってことでいいな?」

「僕たちが証人になりますよ」

 何ということだ。

 兄さんたちは嫌な顔一つせず後押しまでしてくれた。

「俺は親父の手配してくれた家庭教師だけでも十分すぎる。これ以上は俺の頭じゃ金も時間も無駄だ。……行って来い、クラウス」

「クラウス、僕もね、わざわざ領の外に勉強に行く意味はないんだよ。バルトロメウス兄さんほどアホじゃないけど、学者になれるほどの頭ではないしね」

「おい! アホとは何だ、アホとは」

 兄たちが機嫌を損ねたのではないかとビビった俺が矮小な奴みたいだ……。

 それにアルベルトも思ったより律儀な奴だった。

 貴族として、領主として、学費は家長である父が出したことにしなければならないのを気に病むなんて。

 こっちは兄たちとの順列や夕食のメニューが減ることを理由に、許可を渋られることを覚悟していたのに。

 なんだか、俺がひどく冷たい奴みたいじゃないか。

 こうして俺の進学はスムーズに話が進んだ。

 あ、一応猜疑心の矛先だった父や兄にはスライディング土下座しておきましたよ。心の中で。

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