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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
49/232

49話 アラバモの冒険者ギルド

 早朝の冒険者ギルドが喧騒に包まれているのは世の常だ。

 ギルド職員によって今日の依頼が貼り出される時間である。

 緊急のものや、ついでに採取した物資を求めるもの以外、依頼主からギルド職員に受注された依頼が、すぐに掲示されることは、まず無い。

 何故ならランクの設定や報酬の管理記録など、ギルド職員が処理しなければならない手続きは、冒険者の大半が想像しているより、はるかに多いのだ。

 よって、ほとんどの依頼は発注された日の翌朝に、まとめて貼り出される。

 選択肢が多いということは、割のいい仕事にありつける可能性が高くなるわけで、当然ながら冒険者が群がる。

「おい、どけ。この依頼は俺が先に目を付けたんだ。お前ぇごときに、この魔物が倒せるわけねぇだろ」

「あら、あたしはこっちの方が報酬は低いけど安全だから選ぶのよ。あなたにはもっと腕の振るい甲斐がある仕事がいいんじゃない?」

「ふっ、安全なのは君が無闇に刺激してしまった魔物を、人に押し付けているからでしょう?」

 隣の冒険者を牽制し条件のいい依頼を手にしようとする血気盛んな戦士風の男、自分が狙っていた依頼から他者を言葉巧みに遠ざけようとする斥候風の女、それを貶める魔術師風の陰気な男。

 ありふれた光景だ。

「てめぇ、何しやがる!?」

「は? こういうもんは早い者勝ちだろう。お前がウスノロなのが悪ぃんだよ」

「何だと、コラァ!」

「あ!? やんのか?」

 一触即発の二人に注目する冒険者やギルド職員も多くない。

 アラバモは魔物が多く環境も厳しい土地だ。

 この冒険者ギルドはまさに最前線と言える。

 諍いが多いのも当然で、周りの人間もいちいち目くじらを立ててもキリが無い。

 トラヴィスに言わせれば殴り合いの喧嘩程度、いいガス抜きだろう。

 それでも治安にひどく悪影響を与える状況になっていないのは、ひとえにトラヴィスの人望とクロケットやボウイの手腕あってこそだ。

 この日も依頼を奪い合って、武器こそ抜いていないものの、取っ組み合いの喧嘩を始めた二人の冒険者を止める者は居なかった。

 それどころか遠巻きにしている者たちの中には、どちらが勝つか賭けを始める者も居る。

「スカしてんじゃねぇぞコラァ!」

「くたばれ!」

 パンチが交差し肉を打つ音が響く。

「おい、そこだ!」

「今だ、やれ!」

「くそっ! 早く立て! お前ぇに賭けてんだよ!」

 先に体勢を立て直した男が渾身のストレートを放った。

 何とか腕でブロックしたものの、たたらを踏み、さらに体勢が崩れたところに蹴りで追い打ちがかけられた。

「ぐっ!」

 蹴りを受けた男が床を転がり、遠巻きに観戦していた者たちが、巻き込まれないようにさらに距離を取る。

「へっ! ざまぁねぇな。おい、お前……」

「くそがぁ!!」

 倒れた相手を前に油断した隙を突く形で、男は低い体勢でタックルした。

 二人の冒険者は団子になって、ギルドの扉に向かって吹き飛ぶ。

 今日の奴はなかなか粘る、と感心しつつも、さすがはアラバモの冒険者だけあって回避能力は高い。

 巻き添えを食らわないように人の波が分かれた。

 だが、次の瞬間、観戦していた冒険者の一人が声を上げた。

「っ! おい、あぶねぇ……」

 何故なら、ちょうど冒険者ギルドの扉が開かれ、人影が見えたところだったからだ。

 これにはギルド職員が顔を蒼くした。

 巻き込まれたところで冒険者同士なら何も問題にはならないが、冒険者ギルドを訪れる人々の中には採取依頼を出しに来た商人など一般人も居る。

 そういった人物を冒険者同士の諍いに巻き込み、怪我でもさせたら大問題だ。

 しかし、事態はギルド内の誰もが予想し得ない結果となった。

「げっ!」

「ゴハッ!」

 取っ組み合っていた冒険者の二人が吹き飛んだのだ。

 それも扉ではなくカウンター――ギルドの内側――に向かって。

 冷静に傍観していた高ランク冒険者たちも目を見開く。

 そして視線が注がれた扉の先には、誰もがよく知る人物が立っていた。

「りょ、領主様!?」

「トラヴィス辺境伯……」

 そしてトラヴィスの前に立つ少年が口を開く。

「やれやれ。これはまた、ずいぶんと賑やかなことで」

 少年の言葉に対し、新人や戦闘の心得の無い職員は戸惑いの視線を向け、中堅の冒険者たちは驚愕し高ランク冒険者は本能的に戦慄を覚えた。

 そして魔術師や魔法剣士を名乗る魔術や魔法の心得がある者は、皆須らく少年から感じられる魔力に畏怖を感じて一歩下がる。

「かたじけない、イェーガー将軍。今日はまた一段と派手にやり合っておるわ」




 アラバモに到着してから三日目の朝。

 俺たちは、ようやくベヒーモス討伐に向けて本格的に動き出した。

 今はトラヴィス家の馬車で冒険者ギルドに向かう途中である。

「いよいよ出撃ですか。どうも、のんびりし過ぎた感がありますね、師匠」

 俺は隣の席に座るヘッケラーに話しかけた。

 向かいの席に座るのは昨日と同じくトラヴィスとクロケットだ。

「ええ、そうですね。ベヒーモスがそれほど街に接近していないとはいえ、我々が手を拱いているのはよくありません。彼奴を監視してくれているのは、この街の冒険者たちですから」

 俺はトラヴィスに向き直った。

「Sランクの魔物の偵察を担うとは、かなりの腕利きですか?」

「いかにも。ジュリアン一押しの有望な連中でな。ケルベロスの群れの掃討作戦で活躍したので、近々Sランクになる予定のパーティも居るで御座る」

 ケルベロスはAランクの魔物だ。

 それが群れるとなると、かなり危険な状況だろう。

 討伐依頼は間違いなくSランク相当だ。

「さすが最前線ですね。私も若い頃にケルベロスは狩ったことがありますが、やはり群れができてしまった事例もありますか……」

 ここでクロケットが口を開いた。

「ところで、本当にお二人だけで討伐に向かうのでしょうか? 先ほど、お館様が申し上げたように、アラバモの冒険者は優秀だと自負しております。索敵や野営の見張りに、人手はあって困るものではないかと」

 ヘッケラーは首を横に振った。

「クロケット準男爵。お言葉はありがたいのですが、今回は私とクラウス君だけでないと難しいでしょう。冒険者ギルドでまとめる情報によって多少の差異は出るかもしれませんが、基本的に作戦は正面突破です。ベヒーモスがアラバモの街に被害が出ない場所に居る内に、飛行魔法で一直線に近づいて攻撃を仕掛けます」

 長距離飛行か……。

 飛行魔法は体に魔力を纏う強化魔法に近い要素と、風魔法で推進したり制御したりする技術の複合である。

 フィリップのように体への魔力の定着率が高いと強化魔法寄りになり、スピードは速いが挙動は直線的で微調整が効きにくい。

 逆にレイアのように定着率が低いと風魔法の“浮遊(レビテーション)”とほぼ変わらず、縦横無尽に動けるがスピードは出ない。

 俺の場合はスピードと制御を兼ね備えた飛行が可能だが、それでも集中力の問題がある。

 人間は鳥でもドラゴンでもないのだ。

 長時間の飛行魔法の維持は、ゴリゴリと集中力を削り、魔力の操作も甘くなりがちになる。

 結果、魔力の消費も無駄に増える。

 戦闘に使う魔力のことを考えると空を飛んで消費する分は馬鹿にならないのだ。

「もちろん、途中で休息は取ります。サンドバッファローも狩りたいですからね。さすがのベヒーモスも二、三日で大きく移動することはないでしょう」

 ヘッケラーが俺を見て確認した。

「それでも、我々、聖騎士の魔力量です。一日の移動距離は半端ではありません。王都から護衛をしてくれた騎士たちも、アラバモの冒険者たちも、さすがに同行はさせられないのですよ」

 そういえば、アラバモまで同行した騎士たちも今は待機中だ。

 馬車の掃除くらいしか仕事が無いようだった。

 なるほど、ヘッケラーの立てた作戦は、手を拱いている間にベヒーモスが街の近くまで移動したら台無しだ。

「それに、ベヒーモスとの戦いは、どうやっても周辺に甚大な被害を及ぼします。たとえクラウス君が一撃で切り伏せたとしても、彼奴とぶつかる以上、雷撃がばら撒かれます。クラウス君に攻撃を引きつけてもらい、私が最上級魔術で仕留める方法をとっても周辺一帯を吹雪で覆わなければなりません。Sランクの魔物を安全に確実に仕留めるためです。斥候に出ていた方々は早々に離脱するよう徹底していただきたい」

「わかりました。よろしくお願いします」

 すぐにヘッケラーの意思を汲み取るあたり、さすがにクロケットは優秀だ。

「さて、そろそろ到着で御座るな」



 馬車が停まるのと同時に周囲を薄い“探査”でざっと確認し、襲撃の気配が無いことを探る。

 今回、先に降りるのは案内するトラヴィスとクロケットだ。

 俺が過剰に警戒するのは彼らの面子を潰すことになるので、先に降りることもしないし“探査”もこれ以上は使わない。

 二人に続き、俺とヘッケラーが馬車を降りた。

「おお、ここの冒険者ギルドに寄るのは久しぶりですが、変わらないですね」

「はは、堅牢さだけは一流で御座るからな。さ、中へ」

 トラヴィスが先導して、ギルドの扉に手をかけた。

 だが、次の瞬間、俺は即座に“探査”の密度を急激に上げた。

 嫌な予感に従った行動だったが、予想通りギルドの中からドアへ勢いよく接近してくる反応を捉えた。

 それほどの殺気の強さでもなかったが、明らかに攻撃の意志が見える。

 俺はトラヴィスの横をすり抜けるようにして前へ出た。

「(おい、あぶねぇ……)」

 中の喧騒に混じって誰かが注意を促す声が聞こえるが、俺はすでに先ほどの反応のもとを把握していた。

 二人の男が団子になって突っ込んでくる。

 速度はさほどでもない。

 俺はある程度の強化魔法は発動するものの、平手で受け止める体制を取る。

 だが、それだけで済ませるわけにはいかなかった。

 トラヴィスは領主でクロケットは彼の重臣、そして俺とヘッケラーは客分だ。

 仮に、この二人の素行が普段は良かったとしても、俺たちに怪我をさせそうになったという事実はヤバい。

 下手をすれば二人とも極刑である。

 だから俺は自分の裁量で少しお灸を据えることにした。

 突っ込んできた二人を片手でキャッチし、軽く引きながら抑えることで衝撃を殺す。

 そして、そのまま砲丸投げのように突き飛ばした。

「げっ!」

「ゴハッ!」

 派手にぶっ飛んだが、殴ったのではなく平手で押し出しただけだ。

 内臓は破裂していないだろう。

 カウンターに顔から突っ込んだ奴が鼻血を出しているので、罰は十分与えたことになる。

 これでお相子だ。

「やれやれ。これはまた、ずいぶんと賑やかなことで」



「かたじけない、イェーガー将軍。今日はまた一段と派手にやり合っておるわ」

 トラヴィスは俺が庇ったことに礼を言うが、俺は頭を振った。

「いえ、要らん世話でしたね。余裕で避けられたみたいですし」

 事実、トラヴィスは二人の冒険者と衝突する前に、半身になって避ける体勢になっていた。

 まあ、俺がぶっ飛ばしたことで彼らには制裁済みということになり、あの二人への追加の罰はあっても軽いものになるはずなので、すべて丸く収まったということでいいだろう。

「すんません、親っさん! もう、来てるとは思いませんで」

「トラヴィス様、聖騎士様。この度は大変なご無礼を」

 トラヴィスの顔見知りと思わしき冒険者たちが謝罪してきた。

 俺の方をチラチラ気にしている連中は、なかなかの手練れだろうな。

 まあ、本当に一流の奴らなら警戒していることも気取られないようにするだろうが、そういった人材はベヒーモスの監視と連絡で大忙しか。

「いやいや、元気なのはいいことで御座るよ。しかし、拙者の客分であるイェーガー将軍に無礼を働いたことに関しては……」

 トラヴィスが俺の様子を窺うように見てきた。

「俺も張っ倒しちゃいましたから、お互い様ってことで」

「かたじけない。そなたたちも分かったな? 反省は成果で示すように。仕事に励むで御座る」

「「「はい」」」

 狙い通りだ。

 これで余計な軋轢を生むことも無いだろう。

 ここでヘッケラーとクロケットが進み出てきた。

「さて、それでは情報を精査して出撃しますか」

「部屋を確保してあります。どうぞこちらに」

「そろそろ定時連絡も来るはずで御座る」

 俺たちの噂を不用意にしている冒険者たちの声を尻目に、俺は三人に続いてギルドの奥へ向かった。

「(あれが聖騎士か。何だ、まだガキじゃねぇか)」

「(金髪の奴は筆頭宮廷魔術師なんだろ? あっちの方が本命さ)」

「(でも、さっきの動きは凄かったわよ)」

「(ふっ、君たちは感覚でしか判断できないのですか? 私は、あの少年の方が危険だと、わかっていましたよ)」

「(癪に障るが、こいつの言う通りだ。あの少年の魔力量はヘッケラー侯爵に迫る。俺たちでは、到底太刀打ちできんな)」

「(あの子に取り入れば玉の輿ね……)」

 ……最後の年増女には近づかないようにしよう。


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