47話 ショッピングツアー 中編
遅くなって申し訳ありません。
砂漠の街でお買い物編は次回で終了となります。
「はい! どうされました?」
店主が小走りでやって来る。
ヘッケラーも付いて来たようだ。
トラヴィスとクロケットもこちらに向かっている。
「クラウス君、どうしました?」
「師匠、これを見てください」
そう言って俺が指差したのは店の片隅に放置されるように置かれた水差しだった。
「これは、アーティファクトでは?」
「アーティファクト!? この古ぼけた水差しが、で御座るか?」
「……俄かには信じられませんな」
ヘッケラーの言葉にトラヴィスとクロケットが驚愕する。
一方、俺は自分の予感が正しかったことを確信した。
アーティファクト級の古代文明の魔道具は、魔法陣の出来があまりわからない俺でも濃密な魔力を感じるのだ。
恐らく、細心の魔道具のように魔法陣に頼り司る機能だけでなく、魔石のプログラムによって稼働する部分も多いからだろう。
魔石のプログラムは今のこの世界の魔道具においては、ほとんど感覚的で単純な機能を制御するシステムに使われる。
何故なら、製作者と使用者の力量に左右される部分も大きいからだ。
魔法陣のように杖さえあれば誰でも起動できる道具に使うのは不可能である。
実際、メアリーの実家の武器屋で使った魔導炉は、魔法陣で制御される部分も多かったが、起動や操作の大部分を大量の魔力を俺が直接流すことで使用した。
必然的に魔術師の魔法の袋くらしか、メインの制御機構で使われる機会は無くなる。
しかし、古代の人々は今の人間より魔力操作に秀でた者が多かったのか、複雑な魔道具でも魔石のプログラムを操作の基本にしているものが多い。
この水差しからも魔石回路による制御機構の複雑さが前面に伝わるので、そういった類の古代の遺産なのだろう。
「売れ残りのような扱いをされているということは、何か訳ありなのか?」
クロケットの疑問に店主が答えた。
「はい、その通りでございます。こちらの商品は『ウルズの水差し』と言われる、魔力さえあれば無限に水を出せる魔道具になります」
それだけ?
いや、砂漠では貴重かもしれないけど……。
名前から察するに『ウルズの泉』に関連する道具だろう。
北欧神話のユグドラシルの根元にあって、その泉水がユグドラシルの栽培に使われていたとか。
確か、泉水には浄化作用があるんだったな。
「このウルズの水差しで生み出した水は大変美味とのことでして。ほのかな甘み、まろやかな口当たりと舌触りはまさに甘露。名水として名高い高山の湧き水にも引けを取らない味だとか」
それは素晴らしい。
最悪、魔法で水を出すこともできるが、本来、攻撃魔術に使われる術式の魔力である以上、あまり美味いものではない。
こればっかりは、イメージだけではどうにもならなかった。
「なるほど。出るのがただの水であってもサヴァラン砂漠を行く者がとっくに買っていてもおかしくはない。それ以上の性能をもってなお売れないということは……問題は価格で御座るか?」
俺もトラヴィスと同じ結論に達した。
アーティファクトともなれば価格は白金貨10枚、一億円を優に超えるだろう。
ワイバーンの素材を国に買い取ってもらった代金が吹っ飛んでしまう。
だが、店主が発した言葉は予想外のものだった。
「いえ、価格は白金貨1枚です」
「「「「っ!」」」」
安すぎる。
俺でも買える。
いや、一般的な魔道具と比べれば、とんでもない金額だが、このグレードの魔道具としては破格の値段だ。
一体、どこに落とし穴があるのか?
「皆さんの予想通り、この商品は訳ありでございまして。実は……使えないのでございます」
は?
使えないだと?
「余程、操作が難しいのでしょうか?」
ヘッケラーが疑問をぶつけた。
「恐らく一般的な魔道具ほど簡単ではないでしょうが、一番の理由はこちらでございます」
そう言って、店主が指差したのは水差しの取っ手の下の部分、大きな窪みだった。
「魔石が……無いのです」
「これを買う人間は、アーティファクトを使えるだけの魔術、魔力操作に秀でており、白金貨1枚――金貨100枚――が普通に出せる財力があって、尚且つアーティファクトに使われるような魔石を手に入れられる者に限られる、というわけか」
「ええ。おまけに砂漠で活動する機会があるか、余程このウルズの水差しの水を欲する美食家に限られます」
ヘッケラーが補足した。
「アラバモでは……もっと低いコストで、魔法で直接出したものよりマシな味の水が手に入る方が喜ばれそうですね」
「いかにも。街中ならまだしも砂漠の奥に入れば魔術師が出してくれる水ですら美味いもので御座るよ」
やはりな。
キャラバンや冒険者など機能を欲する連中には高すぎ、金を持っている貴族はそこまで渇く状況に身を置かないか。
金のある高ランク冒険者なら……買わないだろうな。
パーティーに魔術師の一人や二人いるだろう。
この魔道具を扱える技量があるなら、魔法で水を出せるはずだ。
あるべき物をあるべき場所へ。
商売の基本だ。
完全にミスったな。
「王都ならどうですかね?」
「それでも難しいでしょうね。魔石はお金があればどうにかなるにしても、アーティファクトを扱える人間は決して多くはないのです」
「宮廷魔術師は?」
「一部の例外を除いて鉛の舌です。食の楽しみすら理解できない研究者ばかりですよ」
なるほど、ヘッケラーのような美食家は珍しいのか。
ここで店主から言葉がかけられた。
「あの~、ご購入の検討などは……?」
俺とヘッケラーは顔を見合わせた。
確かに、自分たちが買うことは、もう考えていなかったな。
「飲み水に金貨100枚はちょっと……」
「すぐにアーティファクトに使える魔石を用意するのは、難しいですね」
「そうでございますか……」
店主は明らかに落胆していた。
まあ、仕方ないだろう。
金貨100枚といえばアーティファクトの取引としては安いが、普通の魔道具とは比べ物にならない大きな取引だ。
「ちなみに、魔石はどれほどのものが必要なのだ?」
クロケットが口を開いた。
「はい、こちらは比較的低級のもので大丈夫です。あくまで、アーティファクトにしては、ですが。ワイバーンの魔石があれば十分かと」
…………あるな。
ワイバーンの魔石と肉は二匹分、確保しておいた。
「それを早く言ってくださいよ! クラウス君! 君はワイバーンの魔石、持っていますよね!?」
ヘッケラーが食いついた。
「ちょ、待ってください、師匠。あるにはありますけど、飲み水ですよ。我々には湧き水のストックもありますし、最悪、解毒魔術もありますから生水でも大丈夫ですよ」
それでもヘッケラーは引かない。
「何を言っているのです!? 水とは美食の基本にして根幹! パスタを茹でるのにも煮物を作るのにも、美味を追求するならば忘れてはならないのです」
「いや、師匠。多分これパスタを茹でるとかは普通の水と変わらないですよ」
「へ?」
イケメンの鳩が豆鉄砲食らったような顔はシュールだな。
「飲み水に適している、しかもまろやかな口触りで甘露のような、ってことは軟水なんですよ。パスタを茹でたときにコシが出たり、肉をより柔らかく煮込めるのは硬水です。ミネラル分、って言っても分からないか。要は、料理において特殊な効果を発揮するのは、そのまま飲むには適していない咽越しの悪い水なんです」
「そ、そうですか……」
一気に沈んじゃったよ。
これはちょっと可哀想に見えてくる。
「あ、あの~。文献によるとですね、ウルズの水差しの水は料理に煮込み料理などに使うと、それはまた極上の味わいになると……」
ヘッケラーがガバッと再起動した。
「君! それは本当でしょうね!?」
「は、はいぃ! そう聞いております」
結局、ウルズの水差しは俺が魔石を提供し、ヘッケラーが白金貨1枚を払い購入することになった。
その場で魔石を組み込んでもらい、俺たちと店主の五人で水を飲んでみたが、確かに名水というに相応しい味だった。
それにキンキンに冷えた状態で出てくるのもいい。
そして図々しくもヘッケラーのごり押しで店の裏庭を貸してもらい、俺はかまどを取り出しワイルドボアを煮込んでみたのだが、いつもより柔らかく上品に肉の甘味を引き出すように仕上がった。
しかし、この明らかに軟水としか思えない味の水が、肉を煮込むのにも適しているとは……。
魔力の影響なのかは知らないが、異世界というのは本当に大したものだ。
「では、改めて。イェーガー将軍、ヘッケラー導師。ここが城塞都市アラバモの誇る流通の中心にして最大の市場で御座る」
魔道具店を出た俺たちは、これまたRPGの砂漠の街でありそうな市場へと来ていた。
カラフルな天幕の露店や簡易倉庫と思われるテント小屋の立ち並ぶ活気のある市場だ。
香辛料、織物、武器、金物などが、所狭しと並べられている。
「これは……すごいな……」
凄まじい人混みなのでスリには即座に投げナイフをブチかませるように警戒しているが、どうしても目線は店を行きかってしまう。
おっと、あの屋台の肉串は旨そうだ。
いい匂いがたまらない。
「あれはサンドバッファローの肉ですね」
ヘッケラーが話しかけてきた。
「魔物ですか?」
「ええ、サヴァラン砂漠に生息するCランクの魔物です。繁殖力が高く、少し砂漠を進めば、すぐに遭遇します。肉も美味しいので討伐と素材の回収依頼は常に出ていますよ。中堅冒険者たちの主要な収入源ですね」
なるほど、売るほど獲る暇は無いかもしれないが、食料としていくらか確保してもいいかもな。
期待を込めてヘッケラーに聞く。
「道中、狩りますか?」
「ええ、そうしましょう。ちなみに肉質は家畜の牛肉を少し柔らかくして味わい深くした感じです。料理、期待していますよ」
なるほど、こちらでは牛肉と言えば年老いた乳牛のものだ。
和牛より脂は少ないが肉の旨味も少ない。
自分でシカや魔物を獲れるので、敢えて食う必要を今まで感じなかったが、赤身の牛肉が手に入るのはありがたい。
「ええ、やれるだけやってみましょう……」
「ん? 何やら自信なさげですね」
それは仕方ない。
牛肉を味わうのに必要不可欠なものが、今は手元に無いのだ。
牛肉といえば焼肉のタレ、モラ○ボンのジャ○が必要だ!
あの調味料こそ地球人の偉大な発明の中でも上位に入る、と俺は考えている。
いつかは再現したいものだ。
しかし、それには材料が足りない。
最悪、みりんはダメでも醤油とゴマ油が無いと近いものすら作れない。
大豆とゴマ、いつかは見つけたいものだ。
「大丈夫ですか?」
「え? ああ、すみません。少々、調味料のことを考えていまして」
俺は忘れないうちに、焼肉のタレに必須の食材の有無を確かめることにした。
「トラヴィス辺境伯、トウガラシってありますか?」
トウガラシは王都で手に入らなかった。
砂漠の街ならありそうな気もするが……。
「とうがらし? どういったもので御座るか?」
クロケットも分からないようだ。
「細長くて、赤くて、辛いやつです。この地域での用途はわかりませんが、粉末にしてスープに入れたりとか……」
「赤くて辛いのというと、ホークタロンで御座るか? 辛みが強烈で色も毒々しいので客人にはあまり出さぬが……」
「確かに、酒に漬けたり粉末をスープに入れたりといった風に使う者も居ますが、あまり好む人間は……」
ホーク、タロン。
鷹の爪、ってことか。
トウガラシの中のポピュラーな品種だったか。
「多分それです」
「ほう、イェーガー将軍のことだ。何か新しい料理の腹案があるので御座ろう?」
「ええ、まあ……。しかし完成はだいぶ先になるかと。ほかにも必要な材料が多いので。とりあえず先日ご馳走になったタンドリー……鶏のスパイス焼きの香辛料が揃う店を教えてください」
「わかりました。こちらです」
焼肉のタレは後回しだ。
今はクロケットに付いていく。
とりあえずタンドリーチキンのスパイスとカレー粉の原料になりそうなものを探してみよう。




