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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
46/232

46話 ショッピングツアー 前編

「本当に申し訳ないで御座る」

 翌日、朝食の席でトラヴィスが急に頭を下げて謝ってきた。

 突然のことに、俺はポカンと口を開けたまま固まってしまう。

 ヘッケラーは妙にニコニコしてるけど一体どうなってるのよ?

「えーと、トラヴィス辺境伯?」

「昨日は、そなたを試すような真似をして、本当に申し訳なかったで御座る」

「あ、正直に言っちゃうんだ?」

「その方が簡単に許してもらえるうえに商売の話も続けられるで御座ろう?」

「さすがに正直過ぎですよ!」

 これは少々予想外だったな。

 トラヴィスは名より実を取る可能性が高いとは思っていたが、ここまで真っ直ぐ来るとはな。

「ちなみに拙者にさっさと謝るように促したのはデズモンドで御座る。イェーガー将軍との友好と商談の成立に比べれば、拙者の頭など賤貨以下の価値だと……」

「そこまでは喋らんでいいですよ!!」

 なるほど、クロケットの助言か。

「詫びと言ってはなんだが、今日は拙者自らアラバモの名所を案内して進ぜよう。お二人はどこかご希望の場所などあるで御座るか?」

「ああ、それならまずはアクアフェレットの襟巻きを……」

 って、いかんな。

 完全に相手のペースだ。

「襟巻きで御座るな! 畏まった。一番品揃えのいい魔道具店は案内して進ぜよう。デズモンド」

「はっ。馬車の用意は済んでおります」

 ああ、展開が早い。

 いつの間にかクロケットも来てるし。

「ヘッケラー導師も食事が終わったら出る手はずでいいで御座るか」

「え、ええ。構いませんよ」

 それにしても、ここまで綺麗にまとめられるとはな。

 正直、禍根を残したままトラヴィスたちと付き合っていくのは遠慮したいところだった。

 彼らを消さないで済んだ場合、そこが気がかりだったのだが、クロケットの手腕はさすがだ。

 しかし、トラヴィスの言うことが本当なら、俺はクロケットの掌の上で踊らされていたことになるな。

 それはそれで釈然としないものがあるが、まあ仕方ない。

「そういえばクラウス君。香辛料はどうしましょう? 一般的な物だけでも砂漠に出る前に買っておいては?」

「あ、そうですね。もしかしたら途中の野営で試せるかもしれません」

「では、トラヴィス辺境伯。そちらも案内をよろしくお願いします」

「畏まった」

 ここでヘッケラーが突然、人の悪そうな笑みを浮かべた。

「よかったですねー、クラウス君。貴重な香辛料を奢ってくれるなんて」

「え……」

 トラヴィスの目が点になった。

「いや、導師。それは……」

「聖騎士が二人も出張るほどの非常に脅威度が高い魔物の討伐とはいえ、個人的にお礼をしてくれるなんて。さすがは南部一の大領主にして先代オルグレン伯爵に並ぶ武官であるトラヴィス辺境伯です」

 完全に逃げ道を塞いだな。

 さすがです、師匠。

 ここでクロケットが口を挟んだ。

「お館様……」

「デズモンド(何か妙案はあるでござるか?)」

「香辛料の代金はお館様の個人資産から支払うように取り計らっておきます」

「んなっ!?」

 クロケットが満面の笑みで告げた。

 師匠の味方でした。

「デ、デズモンド! そなたは主君を何と」

「私はトラヴィス辺境伯家()の利益を最優先と考えております」

 確かに辺境伯家全体としては一番被害が少ない落としどころだな。

 トラヴィス家の文官、恐るべし。

 ん?

 待てよ。

 確かに、王都では手に入りずらい香辛料が手に入れば俺の料理もしやすくなるが、一番食うのはヘッケラーだ。

「…………」

「クラウス君。何か?」

「いえ……」

 この人も抜け目ないな……。



 朝食を取った後、俺とヘッケラーはトラヴィスとクロケットと同じ馬車で、アラバモの商店街に来ていた。

 昨日は真っ直ぐに領主の館に向かったので、街の様子はわからなかったが、こうして町の中心に来てみると新鮮な光景に目を奪われる。

 いかにもRPGでありそうな砂漠の街が窓の外に広がっている。

 ターバンを被った商人らしき男たちにペルシャ絨毯のような織物や香辛料を売る露店。

 探せば蛇使いも見つかりそうだ。

「ところで、トラヴィス辺境伯。ボウイ士爵は来られないのですか?」

「ヘッケラー導師、さすがに憔悴し切っている部下を扱き使うほど、拙者は鬼畜ではないで御座るよ」

 ヘッケラーの問いにトラヴィスは俺の方に一瞬視線を向けながら答えた。

 俺のせいだって言いてえのか……まあ、否定はできないか。

「そうですか。まあ、そのうち昨日のことは不運ではなく、むしろ幸運だったと気づくでしょうね」

「……どういう意味で御座る?」

 トラヴィスの隣に控えるクロケットは黙ったままだ。

「考えてもみてください。今回の件で皆さんは、クラウス君が噂より思慮深い人だと判断されたようですが、火の無いところに煙は立たないと……」

「ちょっと、師匠! そりゃあんまりな言い草じゃないですかね?」

 俺は思わず突っ込んでいた。

「クラウス君、笑い事じゃないんですよ。君のしてきたことは、私やフィリップ君それに個人的に君を知っている騎士や宮廷魔術師はともかく、大多数の王国貴族にとってはまさに狂犬のような所業なんです」

 俺はヘッケラーの容赦ない指摘に言葉を詰まらせた。

「複数のワイバーンや千の魔物を一瞬で打ち払える戦闘力を見せ、『黒閻』の幹部を退けながら、爵位を断り、上級貴族の令嬢にも靡かない。強大な力を持つ存在が、いつ自分たちに牙を剝くかわからないのです」

 それはわかってはいるが……。

「そして実際、君は必要とあれば本当にやる。トラヴィス辺境伯家が君の障害となる振る舞いをしたら、殺すつもりだったでしょう?」

「そりゃあ、まあ……」

 さすがに冷静なクロケットも蒼褪めた。

 こういった直接的な武力に関する恐怖に対しては、むしろトラヴィスの方が冷静だな。

 当然か。

 軍系貴族の当主なのだから。

「判断基準は自身や身内の損得。どんなに愛国心やら忠誠心やらで言いつくろうと人間の根幹からは消せない行動原理。この誰でも持っている理念を権力で押しつぶせない相手を、貴族は殊のほか恐れます。覚えておきなさい。今後も隙あらばクラウス君の足元を掬おうとする輩はたくさん現れますよ」

 憂鬱なことだが事実だ。

 肝に銘じておこう。

「トラヴィス辺境伯が理性的な方でよかったですね。お互いに」

 俺とトラヴィスは顔を見合わせた。

「なるほど。確かにジュリアンは拙者が一歩間違えばあの世行きで御座った。そう言われると、イェーガー将軍が短気ではなく、拙者が選択を誤らなかったことは幸運で御座ったか」



「ここで御座る」

 トラヴィスが案内してくれたのは、アラバモの中でもかなり立派な建物に店を構える、魔道具店だった。

「私も、アクアフェレットの襟巻きは、ここで買いましたよ」

「ああ、そうなんですか。じゃあ、安心ですね」

 ヘッケラーが利用するくらいなら間違いはないだろう。

 まあ、領主の言う一番いい店として連れてくるくらいなのだから、かぶっても不思議ではない。

「ええ。せっかくですから、私も何か掘り出し物が無いか見てみましょう。この店に来るのは久しぶりです」

 そんな話をしてるうちに、店主と思われるおっさんが出てきた。

「いらっしゃいませ。ヘッケラー侯爵様、イェーガー将軍様、トラヴィス辺境伯様、クロケット準男爵様。お待ちしておりました」

 領主の客人から先に呼ぶ。

 徹底してるな。

 クロケットが抜かりなく手配しておいたのだろう。

 横目で見てみるとわずかにドヤ顔……しているのかどうかわからなかった。

「本日は、イェーガー将軍様のアクアフェレットの襟巻きをお探しということでよろしかったでしょうか?」

「ああ」

 返答したのは俺だ。

 偉そうに聞こえるが、これも最近ヘッケラーに注意されたことだ。

 あまり丁寧でもかえって恐縮されてしまう。

 ワイバーン亭の大将夫妻やメアリーの親父さんなどの、ある程度気心が知れた仲や戦時下以外での騎士たちならば問題ないが、初対面の商人や騎士には「王国軍の将軍らしい態度」がいいらしい。

 ヘッケラーのように滲み出る気品があれば丁寧な口調でもいいのだが、俺はどう見てもお上品な文官貴族の顔や雰囲気ではない。

 もう少し甘い顔立ちならよかったのに……。

「畏まりました。出来のいい物をいくつか見繕っております」

 店主がそう言うと同時に奥から女性店員が品物を運んできた。

 なかなかの美人だ。

 豪奢な飾りがついたお盆も、ごく一般的な魔道具を運ぶにしては過剰な気遣いだが、本命はほかの高額な商品を買わせることなのかな。

「こちらが、当店のアクアフェレットの襟巻きでございます」

 俺はお盆の上の襟巻きを観察するが、ヘッケラーが持っていたものとの違いは分からない

「ほうほう、水属性の魔力の流れにムラが無いですね」

「はい、イェーガー将軍様がお召しになるとのことですから、特に機能面での仕上がりが良いものをお持ちしました」

 ヘッケラーにはわかるらしい。

「で、いくらだ?」

「はい、金貨1枚でございます」

 ほう、平均が金貨1枚と聞いていたので、もう少し高くなるかと思っていた。

「実は、この品物よりも毛皮の色艶が良い物がございましたので、そちらをお持ちしようと考えていたのですが……」

 色ね……。

 ぶっちゃけ、どうでもいいな。

「イェーガー将軍様がご購入されるとあっては、どうしても魔道具としての性能を優先しなければと思いまして。今の手前どもの在庫の中で、総合的に見て最高の品を用意できない。これは事実でございますから」

 うん、正しい判断だよ。

 でも、それで適正価格より値を下げるというのはね……。

「ですが、ご安心ください。イェーガー将軍様、ヘッケラー侯爵様。アクアフェレットの襟巻き以外の品ですが、現在、手前どもは過去に例を見ないくらい珍しい物を揃えております」

 うん?

 何か妙な方向に……。



「で、こちらの魔道具はですね。ヘッケラー侯爵様もお得意の錬金術で……」

「ほうほう」

 専門的な錬金術の器具やら用途のよくわからん物を薦める店主に、会話を成立させられるヘッケラー。

 俺とトラヴィスとクロケットはと言えば……。

「「「…………」」」

 完全に置いてけぼりだ。

 全く話についていけず、ただ突っ立っているだけだった。

「デズモンド、あれは何を話しているで御座るか?」

「さあ、生憎と魔導の心得はありませんので」

 領主と客人の片割れを放置しておいた平然と営業とは……。

 いい度胸をしている。

 転んでもただでは起きない……いや、元々俺よりヘッケラーが本命だったか。

 俺のアクアフェレットの襟巻きの色のいいものを用意するところから、誠実さを演出するための仕込みだとしたら大した役者だ。

「トラヴィス辺境伯、クロケット準男爵。とりあえず売り場を見てみませんか?」

「うむ、そうで御座るな。ほかにすることも無い故」

「お供します」

 俺たち三人はショーケースに展示されている妙に装飾にこだわった物を無視して、実用性の高そうなものを物色していく。

 しかし、どれもそこそこ便利そうだが是が非でも手に入れたいと思える物は無かった。

 風属性の魔力が感じられる浮遊ブーツも、砂に足が埋まらないようにわずかに浮き上がるだけの、ちょっと高性能なカンジキみたいな物だ。

 魔石の消費と稼働時間のコスパでも、俺の場合は自分で飛行魔法を使ったほうが早い

 あとは特定の魔物に対して引き寄せたり忌避させたりといった消耗品や、王都でも手に入るようなありきたりな物ばかりだ。

「こりゃ、少し期待外れだったかな……」

 俺はトラヴィスとクロケットの方に視線をやった。

「(さすがに無礼が過ぎますな、あの店主)」

「(うむ、奴は確かにいい(・・)性格(・・)で御座る。しかし手腕と商人としての信頼度が確かなのもまた事実)」

 向こうは向こうで大変そうだな。

「はぁ……ん?」

 溜息をついた瞬間、一つの古びた魔道具が俺の目に入った。

 俺は吸い寄せられるように、埃をかぶったガラスケースに近づく。

「これは……店主! ちょっといいか!?」


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