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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編2年
45/232

45話 会議は踊る暇もなく進む

2019/4/14 誤字修正しました。

「おお、ヘッケラー導師。久方ぶりで御座る」

「お久しぶりですね、トラヴィス辺境伯」

 サヴァラン砂漠周辺を治めるウィルバー・トラヴィス辺境伯はいかにも武官といった雰囲気を持つ男だ。

 確かにヘッケラーが言う通り上級貴族にありがちな傲慢さや鼻につく気障ったらしさは無い気さくな人物のようだな。

「済まないで御座るな。厄介な魔物の討伐に出張ってもらって」

「いえいえ、こちらにとっても都合の良い時期だったのですよ。弟子に修行の一環として討伐させますから」

 トラヴィスが俺に向き直った。

「なるほど、そなたが『雷光の聖騎士』イェーガー将軍で御座るか。拙者、城塞都市アラバモとサヴァラン砂漠の一部を陛下より任されているウィルバー・トラヴィスで御座る」

「初めまして、トラヴィス辺境伯。ヘッケラー侯爵の弟子で、つい最近聖騎士に任命されましたクラウス・イェーガーと申します」

「ふむ、油断ならない雰囲気で御座るな。これならベヒーモスが訓練相手と言われても納得で御座る」

 いや、そこは納得しないでほしいんだけど……。

「さて、ベヒーモスの件は一刻を争うというほどの問題でもない。今日はゆっくりと休んで長旅の疲れを癒していただきたい。すぐに夕餉を用意して進ぜよう」



 アラバモでは砂漠に近いだけあって香辛料がたっぷりと使われた肉料理がよく食される。

 今回トラヴィスが用意してくれた夕食も、外部の人間にも受け入れやすく、香辛料の風味をよく活かしたものをチョイスしたらしい。

 ありがたいことだ。

 そして、メインディッシュはといえば……。

「これは……タンドリーチキン、なのか?」

 前世でも本場の物は食べたことはないが、カレー風味や香辛料を効かせて焼いた鶏といえばタンドリーチキンが思い浮かぶ。

 だが、さすがにヨーグルトと一緒に漬け込む手法までは浸透していないようだ。

 肉が多少固い。

「イェーガー将軍、どうかしたで御座るか?」

 俺の呟きにすかさずトラヴィスの訝しむ声がかけられる。

「いえ、この料理は知っているような気がしまして」

「ほう? この地域では珍しくない鶏のスパイス焼きで御座るが……」

 スパイス焼きって、そのままだな。

「クラウス君は料理に関して非常に造詣が深いのですよ」

「むう、そういえば最近王都で流行っている『あげもの』なる料理がイェーガー将軍の発案で作られたと聞いたが……誠で御座ったか」

 何で知ってんだよ……。

「ええ、その通りですよ。道中、私も護衛の騎士たちも美味しい思いをさせていただきました。それに、ドレッシングやマヨネーズといった調味料を考案したのも彼です」

 うわ、普通にチクりやがった。

「何と!? ランドルフ商会の動きが活発だと思ったが、そなたの差し金で御座ったか」

 そういえばランドルフ商会がアブラナ油やオリーブオイルを生産しているのは王国南部だったな。

 トラヴィスの領地からは外れるが、ここから少し西へ行けば着くはずだ。

 彼が情勢を把握していても不思議ではない。

「ええ、ランドルフ商会にはいくつか食品の製造を委託していまして」

 俺の立場としてはランドルフ商会の顧問でもあるのだが、対外的には会長のランドルフの下につくというのは色々とまずい。

 俺は爵位こそ持たないが、王国軍の将軍という本来なら伯爵以上の爵位を持つ軍系貴族が就く役職にあるため、ランドルフより地位は高いのだ。

 フィリップ曰くデ・ラ・セルナと同じで名誉子爵と同列扱いになるらしい。

 もっとも、デ・ラ・セルナは戦功などのおかげで、一部の軍系貴族や冒険者稼業に本格的に手を出していた貴族からは公爵並みの敬意を持たれてはいるが。

 つまり俺がランドルフ商会で開発して販売されているものに関して、建前上は業務の委託というスタンスをとるのだ。

「イェーガー将軍。そなたとは軍事以外での縁も繋いでおきたいで御座るな。アラバモや周辺地域の食材や調味料で有用なものを見つけたら、是非、声をかけてもらいたいで御座る。そなたとランドルフ商会には可能な限り便宜を図ろう」

「ええ、もちろんです。ベヒーモス討伐が終わったら市場の香辛料は見ておこうと思っていたので。その時はよろしくお願いします」

「これは帰りの食事も期待できそうですね~」



 夕食後、メイドに案内された賓客用の寝室で眠りについた俺は、珍しく深夜に目が覚めた。

 レイアにもらった簡単な結界魔法陣を使っているので、単独での野営のように最初から半分起きているような状態ではない。

 熟睡していたはずだ。

 かといって、殺気を感じれば今のように浅く覚醒するどころではなく飛び起きるだろう。

 今回のようにわずかな違和感で目を覚ますことは稀だ。

 しばらく異変のもとを探っていた俺は覚えのある気配を察知した。

 トラヴィス辺境伯の家臣ボウイ士爵がこの部屋に近づいてくる。

「(銃を……)」

 賓客に万が一のことがあってはいけないので見回りをしている、と言われれば建前は十分だが、今の彼のように足音を消して接近するなど普通はあり得ない。

 俺を試すつもりなのか?

 それほど妙なことはしないと思うが、もし彼が本気で攻撃を仕掛けてきた場合も致命傷を与えずに捕えたい。

 その場合、トラヴィス一派の全員が俺を狙うのか、ボウイが裏切り者なのかは拷問をしてみなければわからない。

 俺は枕の下に忍ばせていた38口径リボルバーを握りなおした。

 魔術では魔力反応を察知されやすく、回避や防御が意味をなさないものは過剰火力すぎる。

 おまけに、ボウイの力量は不明とはいえ、発動までの時間も俺の剣や拳銃の速さと比べると不安が残るのだ。

「(来るなら来い!)」

 俺が適度に殺気を放出し警戒態勢を取るのと同時に、ボウイの気配の移動が停まった。

 彼は足音を自然に消しているので、俺のように魔力感知のセンスをある程度持つ者でないと、彼の存在に気づきすらしないだろう。

 しかし、本気で俺を殺すつもりならば力不足だ。

 そんなことを考えているうちに、ドアの外の気配はまた移動を始めた。

 どうやら今攻撃を仕掛けてくることはないらしい。

「(一体、何が目的なんだ……?)」

 トラヴィスの性格から考えて、俺の腕を試すつもりならば、このような中途半端なことはしないはずだ。

 彼は筋肉バカではないが武人である。

 実力を知りたいのならば模擬戦に誘うなり何なりするだろう。

 とにかく回りくどいことはしないはずだ。

 可能性として濃厚なのは、俺がボウイの接近に気づいた後どうするか見定めるといったところか。

 ここで俺が短絡的に飛び出して彼をぶち殺すか、敢えて微動だにせず寝ているふりをして近くに引き込み殺害するか、先ほどのように警告だけで済ませるか。

 俺の振る舞いをトラヴィスがどう判断するかは、明日以降にならないとわからないな。

 こちらとしては、調子に乗って舐めてきたら痛い目にあってもらう。

 変にビビって俺の排除を目論むようなら消えてもらう。

 名より実を取り友好的に接してくるなら、それなりの見返りを確約する。

 それだけのことだ。





 トラヴィス辺境伯邸、執務室にて。

 深刻な表情で仲間を待つのはトラヴィスとクロケットだ。

 トラヴィスは落ち着き払っているものの、クロケットはしばしば上級貴族の館にしては異常なほど装飾の無い扉に視線を送る。

トラヴィスが顔を上げ、数拍遅れて響いたノックの音に、クロケットは安堵の表情を見せる。

「入れ」

「失礼しまっす。親っさんも兄貴もお揃いで」

「わかりきったことを、いちいち言わなくていい。首尾は?」

 クロケットがボウイを急かすが、本人は飄々とした表情を崩さない。

「またまた~。兄貴ったら照れちゃって~。俺のこと、心配してたんすよね?」

「気持ち悪い言い方をするな」

 掛け合いが一段落したところでトラヴィスが口を開く。

「トラブルは無いで御座るな?」

「ええ、もちろんっす。俺らが何もしなくてもね」

「それは僥倖。では、ジュリアン。肝心の報告を」



「まずヘッケラー侯爵って、俺らは初対面ですけど、親っさんは何度か会っていますよね?」

「うむ、王都で数回ほどで御座るな。ジュリアンから見てどうで御座る?」

「さっきも言いましたが、俺らの警備の意味が無いくらい、周到っすね。寝室と廊下に結界があるっぽいすよ。恐らく廊下の範囲には大した影響は無い、でもベッドに近いほど精密でヤバい感じの多重結界っす」

「ほうほう、確かにこちらの手配する衛兵の仕事など児戯に等しいで御座るな」

「筆頭宮廷魔術師の魔法陣を完璧に理解するのは俺じゃ無理っすけど、わかる範囲でも侯爵の意図は十分伝わるっすよ」

 トラヴィスとクロケットは続きを促す。

「適度に隠蔽も施してあるみたいだから、俺のような鼻の効く人間でないと結界に気づきすらしないでしょう。野営で使うような大規模な警戒用の結界魔法陣を堂々と使って、相手を牽制するほどの喧嘩腰ではないが、結界の内側の方に侵入できるレベルの人間を近づけてロクでもないことをしたら戦争だ、ってところですかね」

「なるほど。相変わらずで御座るな」

 鷹揚に頷くトラヴィスにクロケットが疑問を投げかける。

「それは、未だに我々を完全には信用していないということでしょうか?」

「するはずがないで御座ろう。警備の実力という意味でも、信頼という意味でも」

 そう言われては、クロケットに反論の余地は無かった。

 ヘッケラーその人こそ現在の王国で最強の戦力であり、結界魔法陣を作る腕に関しても筆頭宮廷魔術師である以上、右に出る者はほとんど居ない。

 そして貴族社会とはいつ何時、誰が足を引っ張ってくるかわからない世界である。

 1の利益のために人の利益を10壊す奴が珍しくなければ、面子だけのために人の命を狙う者も多いのだ。

「結界に隠蔽を施しているだけでも、十分俺らを立ててくれてると思いますけどね。はっきり言ってヘッケラー侯爵にとっては馬車で寝る方が安全でしょ」

「うむ、導師の配慮はむしろ紳士的と言ってもいいほどで御座る」

「では、我々も付かず離れずより心もち友好的、ということでよろしいですね?」

 先ほどのクロケットにしては妙に感情的に思える問いから一転、冷静に今後のヘッケラーへの姿勢を確認した。

「うむ、それで良いで御座る」

「ええ。聖騎士と一蓮托生ってのは、さすがに荷が重いっすからね。ほどほどで」

 方針が決まったところでトラヴィスがクロケットに向き直る。

「デズモンド、納得したで御座るか?」

「元より。念のため確認したにすぎませぬ」

「ふっ。そなたはそういう男で御座ったな。苦労を掛ける」

「いえ、それが私の仕事ですから」

 一見、杓子定規にも思えるクロケットの発した疑問だが、彼が貴族社会の考え方を知らないわけがない。

 クロケットは、武人気質のトラヴィスとものぐさなボウイが深く考えることを忌避しがちな事柄を、敢えて検討するのも自身の責務だと考えている。

 トラヴィスの労わりの言葉に僅かに口角を上げるクロケットであった。



「で、イェーガー将軍の方はどうであった?」

 ボウイはクラウスのことを尋ねられた途端、急に蒼褪めた。

 身震いするように体をすくめた後、俯いてしまった。

「どうしたで御座る?」

トラヴィスに声を変えられ我に返ったボウイの口から出たのは、普段の軽薄さは微塵もない深刻な声だった。

「あれは……バケモンすね……」

 顔を上げたボウイは真っ直ぐにトラヴィスを見つめ、一言一言噛み締めるように発言した。

「親っさん。失礼を承知で忠告するっす。あの人とは、仲良くしとくっす」

「…………」

 トラヴィスは鋭い眼光を飛ばし沈黙する。

「おい、ボウイ!」

「兄貴、これに関しては何と言われようと曲げられないっす」

 クロケットが慌てて窘めるが、ボウイは頑として譲らない。

 普段は飄々として捉えどころのないボウイが、二人の前でこのような態度を取るのは初めてのことだ。

 クロケットがかける言葉を見つけられぬまま、しばし時間が過ぎた後、沈黙を破ったのはトラヴィスだった。

「ジュリアン、順序立てて話すで御座る」

「はいっす」



「イェーガー将軍も結界魔法陣を使ってたんすけど、これはごく普通……というか拍子抜けするような物でした。不用意に足を踏み入れると術者に警鐘を鳴らす奴っす。魔法陣自体の質は良さそうでしたけどね。張られている結界の魔力に淀みが無かった。ただ、恐らく警告程度の意味しか無いっすね」

 ボウイの言葉にクロケットが補足する。

「イェーガー将軍ほどの人物が敢えて簡素な結界を使うということは、本気で殺す気なら直接返り討ちにしてやる、ということか」

「ええ、あの程度の結界に引っかかる奴なら歯牙にもかけない。忍び込んで来られる奴なら……」

 もう一度、ボウイが大きく身震いする。

「部屋の前を通った時はマジで死ぬかと思いましたよ。飛び出してこなかった以上、彼が発した殺気は警告……それこそ軽く睨みつける程度のものだったはずっす。でも……」

「でも?」

「……チビりました」

 これにはさすがのトラヴィスも驚愕する。

 ボウイもアラバモを治めるトラヴィス辺境伯の重臣であり、並の冒険者や騎士に後れを取ることは無い腕を持っている。

 特に斥候としての能力は高く、冷静に戦力を分析すること関しては定評がある。

 それをここまで怯えさせるほどの相手というのは、トラヴィスたちにとっても想定外だった。

 実際は、クラウスの魔力の扱いが過剰出力になりがちなことも理由ではあるが。



「俺からは以上っす」

「相分かった。では、デズモンド。そなたはどう見る?」

「はっ。私はイェーガー将軍とは、馬車でお越しになった際にご挨拶をした程度ですが、彼は大胆なように見えて、その実、非常に慎重な方だと思います」

「ふむ、続けよ」

 一拍おいてクロケットの分析が語られる。

「はい、イェーガー将軍はボウイを殺すことも拷問することもしませんでした。気配を消して忍び近づくという非礼をしたのはボウイの方です。攻撃されても文句は言えません」

「本当は索敵範囲くらい掴めるかと思ったんすけどね。あそこまで簡単に気付かれるとは……」

 ボウイの呟きを無視してクロケットは続けた。

「ボウイを捕らえ、これをボウイの独断専行、トラヴィス家を裏切りっていたことにすれば、我々と完全に敵対することと引き換えに情報源と見せしめを手に入れられたでしょう。イェーガー将軍が噂通り好戦的ならば、そのようにしたはずです」

 トラヴィスとボウイは黙って頷く。

 クラウス本人が居たら何よりもまず危険人物扱いが前提であることに憤慨するに違いない。

「しかし、彼は警告だけに留めた。一見、自信過剰で甘いだけの対応です。ですが、もしイェーガー将軍が、今我々がこうして会議をしていることを想定していたらどうです?」

 クロケットの言葉にボウイが額を抑える。

「……マズったっすね。剣と魔術だけが規格外の子どもだと侮ってたっていうわけっすか」

「ジュリアン、そなたが責任を感じる必要は無いで御座る。イェーガー将軍と会食した後、そなたを監視に行かせることを考え直さなかったのは拙者で御座る。……よくよく考えればランドルフ商会の会頭に信を置かれる人物が脳筋なわけがないで御座るな」

 クロケットはなおも続けた。

「恐らく、イェーガー将軍は我々の出方を見て、今後の方針を決めると思われます。もし、我々が彼にとって邪魔になるような振る舞いをしたら……」

「したら……どう出てくるっすかね?」

 クロケットは一瞬トラヴィスに視線を送った後、口を開いた。

「道中で倒したという三十人規模の盗賊のように、館の人間は一晩で首なし死体です」


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