44話 野営と書いてグルメツアーと読む
その日は付近の村までは、まだ時間がかかる場所で日が傾いたので野営となった。
冒険者なら馬車を脇に寄せて焚火を起こし簡単な食事をとった後、交代で見張りをしながら夜を明かすのが普通だが、俺たちの場合はそんな不便な状況に甘んじる必要はない。
「“多重警戒区域”」
ヘッケラーが魔法陣に杖をかざすと何重もの結界が辺りに展開された。
魔力を読みとった感覚では、俺たちを囲む一番狭い結界はあらゆる攻撃を跳ね返し耐えうる防御力優先のものだが、そのさらに外側に展開されたものは敵の接近を知らせる警報装置のような機能があるらしい。
レイアの結界の魔法陣の上位互換といったところか。
「レイアさんも似たようなものを使えるでしょう? さて、夕食の準備は任せましたよ」
「了解です。これでも飲んで待っていてください」
俺は魔法の袋から自作のサングリアを出してヘッケラーに差し出す。
この結界があればヘッケラーたちが多少酔っぱらっても大丈夫だろう。
「これは?」
「サングリアです。ワインに甘味やフレーバーを加えたものですね」
今回出したのは砂糖のほかにオレンジとレモン、シナモンとブランデーを加えた単純なものだ。
前世ではありふれた物だが、この世界では名酒といってもいい一品である。
もともと安物のワインを美味しく飲むための手法なので、俺の拙いワインがベースでも十分な味のようだ。
「ああ、警備隊のバイルシュミット少佐やマイスナー大尉がもらったというやつですね。楽しませていただきます」
どうやら瓶が芸術性皆無なのは気にならないらしい。
俺の酒の瓶は砂から高温の炎で無理やり取り出したガラスで出来ているので、一番見た目のいいものでも、せいぜい粗削りの黒曜石もどきといったところだ。
故郷では遭遇しなかったので仕方ないが、スライムから作れることがダンジョンでレイアから聞いた話で分かった以上、瓶のデザインも刷新するべきか……。
ケチをつけてくる奴にくれてやるつもりはないが、瓶も綺麗に越したことはないだろう。
そんなことを考えながら、俺は今日の夕食の準備を開始した。
魔法の袋から自作のかまどを取り出し、薪をぶち込んで魔道具で火をつける。
かまどは前世のガスコンロと同様三つ口にしてある。
燃料が薪なので煙突も付いていてかなりの大きさだが、魔法の袋で運んでしまえば関係ない。
さて、今日のメニューだがメインはバジリスクの唐揚げにするとしよう。
バジリスクの肉の味は淡泊で鶏肉に近いが、むね肉ほどパサつきはなく、もも肉より噛みごたえのある食感だ。
ぶつ切りにした肉を塩コショウ、砂糖にワイン、すりおろしたショウガを入れ壺で漬け込む。
唐揚げの肉が漬かるまでにスープを準備しておく。
バジリスクの骨の中でも脆く矢じりにすらならない部分とその周辺は、熱湯で霜降りして魔法の袋にとってある。
このバジリスクガラから取ったコンソメで、人参とあめ色になるまでバターで炒めた玉ねぎを煮込む。
あとは中心街の店で買ったチーズをのせて軽く火で炙れば、人参入りオニオングラタンスープの出来上がりと。
こいつはパンに合うだろう。
米も王都に来てから王国南部で取れるものを市場で購入してあるが、ヘッケラーや騎士たちは白米とおかずという食べ方は慣れてなさそうなので、唐揚げは酒と楽しんでもらおう。
バジリスクの骨の出汁を出すのと玉ねぎを炒めるのにそこそこ時間をかけたため、肉の漬かり具合もいい感じだ。
大鍋にしては浅い鍋――自作の天ぷら鍋もどき――をおいてアブラナ油をたっぷりと注ぎ温度が上がるのを待つ。
「そろそろいいかな」
自作の菜箸の先端を油に突っ込み、泡の立ち方から160度くらいになったのを確認して、片栗粉をまぶした肉を投入する。
二分ほど揚げてから、これまた自作の網杓子で一旦取り出す。
「変わった調理器具ですね」
「まあ、俺の好みの形状にしただけで、ほかの器具でも代用は利きますから」
菜箸はトングでもいいし網杓子はスープのガラを取り出すだけならネットでもいい。
前世の調理器具を模したのは、俺が使い慣れているからに過ぎない。
油の温度を190度に上げて、今度は一分足らずの短い時間で揚げていく。
「よし、完成だ」
スープだけでは野菜が少ないので、市場で買ったブロッコリーに似た野菜を茹でてマヨネーズをかけたものをつけ合わせに出した。
「どうぞ、召し上がれ」
俺の言葉にヘッケラーと騎士たちが弾けるように唐揚げにフォークを伸ばした。
いい匂いがたまらなかったらしい。
「う、美味ぇ」
「バジリスクってこんなに美味かったのか」
唐揚げ自体はワイバーン亭とコルボーの屋台で広まってきているのだろうが、これらの店で使っているのは普通の鶏肉だ。
彼らの調理技術は予想以上に高く、すでに前世の唐揚げと遜色ないものを作っているが、バジリスクの唐揚げは別格だ。
タレを付けて焼いただけのときよりも数段美味しくなった気がする。
そういえば蛇やトカゲの肉は鶏肉を淡泊にしたような味だと聞いたな。
バジリスクも爬虫類に近い容姿をしているので、それに近い性質を持っていてもおかしくはない。
特にバジリスクは揚げるという調理法との相性がよかったのだろう。
今度、大将とコルボーにも教えてみるか。
「素晴らしい! 酒との相性も抜群です。やはり君を弟子にして正解でした」
料理だけでそこまで言われてもな。
ああ、はいはい。
酒のおかわりですね。
「バジリスクの唐揚げはワイバーン亭とコルボーさんの屋台にも教えておきますよ」
俺の言葉に歓声を上げたのは騎士たちだった。
「ええ。では、そちらは部下に定期的に買いに行かせましょう。君に張り付いておけば、さらに素晴らしい料理が食べられそうですね」
予防線を張った意味が無い。
どうやら、ヘッケラーにはこれからも飯を強請られるようだ。
「このスープも美味い! イェーガー将軍が稀代の料理人だって話は本当だったんだな」
「これが食えるなら戦争に出ても構わないかもしれないな」
「ああ。イェーガー将軍と共に出撃できるなら、命を懸ける価値はある」
ちょっと待てや。
士気が上がるのはいいが戦争に乗り気なのはやめてくれ。
バジリスクでここまで無駄に熱くなられては、ワイバーンは怖くて使えないぞ……。
「ご馳走様でした。クラウス君、デザートは?」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「クラウス君?」
「あ、ああ。どうぞ」
俺は我に返りミゲールの店で作ってもらった野イチゴのババロアを差し出した。
それにしても……おかしいだろ、これ。
バジリスクの唐揚げは全部で十五キロはあった。
俺とヘッケラーに騎士六人。
一人あたり二キロ近く用意したのと同じである。
こってりしたオニオングラタンスープとデカいパンがついていたこともあり、若い男で軍人の騎士たちでも一キロ食べる奴が居るか居ないかだ。
半分以上残るはずだったので残りは魔法の袋で保存して、これからの行程でサイドディッシュとして小分けにして出そうと思っていたのだが、皿には一欠片も残らなかった。
原因はヘッケラーだ。
一人で唐揚げだけでも十キロ近く食っている。
今の俺より細い体のどこに、これだけ入るのか謎である。
おまけにデザートまで食べる余裕があるとは……。
胃拡張かよ。
「ふむ、これはミゲールスイーツパーラーの新製品ですか。珍しい食感ですね。野イチゴと牛乳の風味も効いている、素晴らしい味わいです。さすがに目利きですね……いや、これも君の考案したものですか?」
「ええ、まあ……。それより師匠。腹具合は大丈夫なんですか?」
「もう余裕は、それほどありませんね。十代、二十代の頃は今の倍は食べたのですが……」
そりゃ前世の大食いチャンピオンも真っ青だな。
…………………………………………ちょっと待て。
二十代の頃は、だと?
「師匠、失礼ですが……今の年齢はおいくつで?」
「? 今年で48になりますが」
何だってぇぇぇ!!
この二十代にしか見えない金髪ロン毛のイケメンが48歳ですとぉ!?
周りを見回してみても皆、普通に頷いている。
「確かに、ヘッケラー侯爵様はもうすぐ50歳になります」
「私も初めて聞いた時は驚きました」
どうやら本当みたいだ。
「言っておきますが、私は人族ですよ。エルフと間違われたことは何度もありますがね」
確かに、俺も一瞬、耳の長さを確認した。
レイア曰くエルフの寿命は五百年ほど――ハーフエルフは三百年ほど――で、二十代から三十代の姿を保つ時期が一番長い。
「もともと私の魔力は人族としては大きすぎるのですよ。魔力が多く濃い人間は比較的長寿といいますが、それでも人族である以上、私の寿命は長くて百年と少しでしょうね」
「なるほど。もしや異常に大食いなのもそれで?」
「その可能性は否定できません」
聞いておいて思ったが、ヘッケラーの魔力量と大食いは関係ないかもしれない。
俺も同年代の平均よりは食べるほうかもしれないが、それはあくまで平均の話で剣士や冒険者としては珍しくない程度だ。
彼の食い意地は生来のものだろう。
だが、そうすると俺の魔力量の多さの理由は謎のままだな。
「……前世が魔王なんじゃないですか」
ひでぇ……。
何故、勇者の前に魔王が出てくるんだよ。
アラバモの街には出発から二週間ほどで到着した。
途中で泊まった村周辺の盗賊や魔物を退治するのに時間を取られたことは数回あったが、馬車での移動中に襲撃で止められなかったのは幸運だった。
王都に比べて気温は高いが、まだ魔法学校のローブの温度調節機能で凌げる範囲だ。
だが、砂漠の中心ではもっとキツいかもしれない。
街周辺は、まだ樹木もある砂丘というより荒野に近い場所だからな。
準備は怠らないようにしないと。
しかし、せっかく遠出をしているのだから食材や調味料は見ておきたい。
最優先はアクアフェレットの襟巻きだが、市場を覗く時間くらいはあるはずだ。
帰りの食事も考えなければならないからな。
ちなみに、野営で一番人気だったのはチーズ入りチキン(バジリスク)カツだった。
卵はもちろん出発直前に鶏小屋でもらったものを使った。
二日連続で揚げ物でも騎士たちとヘッケラーの食欲は落ちることがない。
メニューを考えるのは楽だからいいが、少し消費が激しすぎやしないかね?
朝や昼に蒸しバジリスク入りのサラダやサンドイッチを頻繁に出したこともあり、バジリスクのストックも半減した。
帰りはワイバーンを使うか……。
ここで食材の方に頭が切り替わっていた俺は現実に引き戻された。
「クラウス君、まずはトラヴィス辺境伯に挨拶に行きます。今日は領主の館に泊めてもらうことになるはずです」
そうなりますよね……。
トラヴィス辺境伯はベヒーモスという普通の冒険者では対応できない魔物に対し、国内最強戦力である聖騎士を招いたということになる。
しかも、聖騎士が二人も出張ってきた以上、適当な宿を紹介して「どうぞ、ご自由に」というわけにはいかない。
俺やヘッケラーはそれでよくても、見栄を張るのが当然であり、いざ省くと即座に自分のことを棚に上げて「非常識である」と糾弾するのが貴族だ。
しかし、辺境伯の屋敷とは……。
賓客扱いとなるとオルグレン伯爵家以上に高い家具が多い部屋に入れられるんだろうな。
何か壊さないか心配だ。
俺は憂鬱な気分になりながら、聖騎士勲章を胸に付けた。
領主の館前に到着した。
騎士が扉を開けた馬車から先に降りるのは、もちろん俺だ。
周囲をざっと確認したら、サーベルをいつでも抜ける状態で警戒しながらヘッケラーが出るのを待つ。
魔法剣士である俺のほうが即応性に優れるというのもあるが、ヘッケラーとの上下関係を弁えた振る舞いをするという意味が大きい。
同じ聖騎士とはいえ、ヘッケラーは先輩で師匠。
それに俺が爵位を望み叙爵されたとしても、最初は伯爵が精々である。
どこに誰の目があるかわからない状態では、こういった些細なことにも気を付けて振る舞わなければならない。
まったく、付き合うだけでもこれとは……。
貴族というのは本当に面倒な生き物である。
「行きますよ。トラヴィス辺境伯は気さくな方ですから」
また表情を読まれたか。
悪趣味なイケメンだぜ。
48歳のおっさんだけど……。
しばらく歩くと本館と思わしき建物が見えてきた。
意外と小さい。
領地貴族で辺境伯なのだから王城並みかと思っていたのだが、オルグレン伯爵家より建物自体は小さいくらいだ。
そんなことを考えていると前から二人組の男が近づいてきた。
遊び人風の優男と眉間にしわを寄せた神経質そうな文官だ。
「予想より貧乏くさくて意外っすか?」
声をかけてきたのは優男のほうだ。
軽い外見に反して、それなりに研ぎ澄まされた気配を持っている。
俺が殺気を含まない視線にそれほど敏感ではないとはいえ、俺の表情をしっかり見ているのを感じるあたり洞察力は高そうだ。
戦闘力は警備隊の平均くらいか。
突如、もう一人の男が懐から白い撓る棒状の物を取り出し、優男を引っぱたいた。
まさか、ハリセン!?
「貴様は二分前に言ったことも忘れるのか? まず、お館様の知己でいらっしゃるヘッケラー侯爵、次に同じく賓客であられるイェーガー将軍に挨拶であろうが! いきなり将軍に気安く話しかける奴があるか!!」
「い、痛いっすよー、兄貴」
「誰が兄か!!!!」
もう一発クリーンヒット。
おお、痛そう。
いや……ハリセンだから痛くないのか。
「ヘッケラー侯爵殿、イェーガー将軍殿。見苦しい真似をして、申し訳ありません。私、トラヴィス辺境伯家の筆頭家臣を務めておりますデズモンド・クロケット準男爵と申します。この痴れ者は、同じくトラヴィス辺境伯家家臣のジュリアン・ボウイ士爵です。この者の無礼をどうか平にご容赦を……」
「いえ、クロケット殿。お気になさらず」
大げさな……と思ったが、因縁をつけたい貴族を相手にするなら、クロケットくらいのほうがちょうどいいんだろうな。
俺だったら面食らってしまうところだが、淀みなく返答したヘッケラーはさすがだ。
「寛大なご判断、感謝いたします。では、お館様のところまで案内させていただきます」
「どうぞっす」
俺はクロケットとボウイの案内についていきながらトラヴィス辺境伯の人物像を予測していた。
爵位持ちの家臣を抱えていること時点で、名門且つ力のある貴族家であることは間違いない。
基本的には上級貴族は法衣――領地持ちでない――の下級貴族なら家臣として雇える。
上級貴族や領地持ちの下級貴族は、相手が公爵であろうと主従関係を結んだ場合は家臣ではなく寄子として扱われる。
ライアーモーア王国では子爵以上を上級、男爵以下を下級としているので、準男爵と士爵であるクロケットとボウイが辺境伯の家臣なのはおかしいことではない。
しかし、下級貴族であろうと、れっきとした爵位持ちの家の当主である以上、他家に忠誠を誓うなど滅多にあることではないのだ。
どうにか家を大きくして、家臣ではなく寄親寄子の関係を築こうとするのが普通である。
それだけに、トラヴィス辺境伯は並みの人物ではないと思っている。
血筋だけのボンクラだったら、とっくに断絶しているはずだ。
「こちらでございます」
クロケットの案内で俺とヘッケラーはトラヴィス辺境伯が待つ部屋に足を踏み入れた。