43話 南部を目指して
ヘッケラーが待ち合わせ場所に現れ、王都を出発した俺たちは、のんびり優雅に馬車の旅と洒落込む……はずだった。
いくら単独で軍を圧倒できる戦力を有する聖騎士といえども、ヘッケラーはれっきとした法衣貴族、それも侯爵という上級貴族の中でも上位の存在だ。
おまけに筆頭宮廷魔術師である。
当然、護衛無しの遠出など認められない。
馬車の外には騎乗した騎士が三人に御者役が一人、中には護衛の騎士が二人居る。
ただ居るだけなら俺も特に気にすることはなかった。
しかし馬車の中は先ほどからひどく重い沈黙が支配している。
原因は何かといえば明らかに俺だ。
聖騎士とは本来、一人で千や万の軍勢を相手取ることができる魔術の使い手で、接近戦にも対応できる最強の戦士に与えられる称号である。
だが、当然ながら歴代の聖騎士が皆一様に同じようなスペックだったわけではない。
ヘッケラーも強化魔法は十分強力で杖術や簡単な剣術ならば扱えるので、接近戦でも下手な騎士より遥かに強いが本業は魔術師だ。
要は、この場で俺がサーベルを抜いて暴れ始めれば護衛の騎士もヘッケラーも成す術なく八つ裂きということだ。
「「「「…………」」」」
ヘッケラー自身は、さすがにあまり気を張っていないし、俺も意識は外の魔物や盗賊の警戒に向いている。
だが、騎士たちは明らかに俺を警戒している。
ポッと出の爵位すら持たない戦闘力だけが異常に高い男が、主君と同じ馬車に乗っているのだから当然といえば当然だが、さすがにこの重苦しい空気には疲れた。
侯爵が乗るだけあって、この馬車も運送ギルドが管理する高性能なものだ。
当然、中世の馬車にありがちな激しい揺れも音もしないので快適といえば快適だが、そのぶん余計に沈黙が痛く感じる。
盗賊でも出ないかな……。
「クラウス君、盗賊ですね」
「(よっしゃ、来たぁ!)ええ、こっちの“探査”でも位置と人数は把握できました。俺が行ってきますよ」
俺が出ると聞いて騎士たちが安堵の表情を浮かべているのは気のせいではないだろう。
俺は敵に見られないように馬車の反対側の扉から飛び出し、近くの草むらに身を隠して敵の気配を探った。
風魔術の“探査”をごく薄く延ばす感じで慎重に広げていく。
“探査”は大した魔力反応を示さないので、魔術の発動など状況を把握する感覚に関しては大概鈍感な魔物相手では気兼ねなく使える索敵魔術である。
しかし人間相手では事情も変わってくる。
敵に高位の魔術師――俺やレイアほどではなくとも高ランク冒険者程度――がいれば僅かな魔力反応からこちらが攻勢に出たことがばれてしまう。
通常の“探査”とは比較にならない魔力を乱暴にぶちまける“アクティブソナー”など論外だ。
俺の慎重に放出した“探査”もレイアやヘッケラーほどの滑らかさはないが、並の魔術師では感知できないはずだ。
だから敵の情報を最後まで把握せずに突っ込むのは、万が一、敵に宮廷魔術師クラスの手練れが居て感づかれたときのみとする。
反応を捉えた。
敵は三十人か。
かなり大規模な盗賊団と見た。
街道の手前の草叢まで忍び寄り商隊の馬車でも待伏せしようというのだろうが、こちらが先に気づいた以上、そうは問屋が卸さない。
これほどの大所帯なら付近のアジトにかなりのお宝を隠しているはずだ。
盗賊たちの中に魔術師がいないことを確認した俺は、ボスと思わしき男と、その近くの数人に“電撃”を加減してぶち込む。
「ピギッ!」
「ゲハッ」
俺も狩猟の経験からある程度の隠密行動はできるが、ファビオラや斥候の本職ほど秀でている自信はない。
接近してクロスボウの狙撃という手段が取れない以上、最適な手段は魔術の奇襲からの突入だ。
「くそっ、敵が来てるぞ!」
もう遅い。
ほくそ笑んだ俺は“火槍”を数発連射しながら大剣を構えて盗賊たちに正面から突っ込んでいった。
「ただいま戻りました、師匠」
「おかえりなさい」
俺は馬車に滑り込むように戻り、魔法の袋を取り出す。
「戦利品はこんな感じですね」
魔法の袋から木箱も机代わりに馬車の床に出し、その上に宝石やアクセサリーをぶちまけた。
気絶させた盗賊の首領と側近たちを拷問してアジトの場所を吐かせ、残党を始末して分捕ってきた物だ。
ほぼ総出で襲撃に出ていたらしくアジトの見張りは二人だけだったので、奴らは俺のクロスボウの餌食となった。
捕虜もおらず、貯め込まれていた物は数打ちの剣やナイフ、槍や棍棒、弓矢といったごく普通の武器に現金がほとんどだった。
そうした雑多な物資はともかく価値の高いものが紛れていそうな宝石や装飾品は、審美眼に優れた――少なくとも俺よりは上のはず――ヘッケラーに確認してもらってから処分しようと思う。
ヘッケラーが欲しがる錬金術やらに関係するものがあったら譲っても構わない。
「ほかは数打ちの武器と金貨に食料くらいでしたね」
「なるほど、珍しいものは特に…………いや、クラウス君。これは使えますよ」
ヘッケラーが俺に差し出したのは、白い魔力結晶のような宝玉?だった。
確かに、普通の宝石より魔力は感じるが、大した量ではない。
これを何に使えというのか?
「……魔力がありますけど補給用の魔晶石にしては少なすぎますよね?」
「これは蓄積型の魔力結晶ですよ。浮遊魔力を吸収して、魔術が扱えない人間でも魔法陣の起動程度ならできるようにする機構は知っているでしょう? 着火や洗浄、払拭の魔道具や杖に組み込まれているやつです。これがあるとより大量の魔力を要する魔法陣の起動や長時間の継続使用が可能です。」
要は外付けの魔力タンクですね。わかります。
「魔晶石と違って溜めた魔力を杖で引き出して使えます」
杖の魔力貯蔵量を拡張できるというわけか。
そういえば、採掘のときに杖を使ってみて、やはりカスタムは少量の魔力を細かく制御できるシステムと、浮遊魔力の貯蔵量を増やして自前の魔力を消費せずに使えるようにする方向に決めていた。
盗賊から手に入るとは運がよかったな。
「ところで、師匠。これからの予定を詳しく聞いておきたいのですが……」
俺はようやく始まった会話を途切れさせないように、ヘッケラーに話を振った。
護衛の騎士たちは「三十人を一瞬で……」とか、さらにビビっているが、ここまで来たら無視だ。
俺とヘッケラーが重い張り詰めた空気を伝染されないようにすればいい。
「そういえば、バタバタしてて説明できていませんでしたね。王国南部のことも少し説明しましょうか?」
「ええ、お願いします。南部はランドルフ商会の関係でしか知りませんので」
砂漠地帯は今俺たちがいる中央大陸の中心部に広がっている。
現在向かっているのは、王国南部のランドルフがオリーブの仕入れルートを開拓した地域だ。
そこから東に進み砂丘部に入るわけだが、詳しい地理は知らない。
「我々が向かっているのは王国南東部、トラヴィス辺境伯の領地です。トラヴィス辺境伯は城塞都市アラバモを中心にサヴァラン砂漠一帯と西との輸送ルートを広く治める、王国屈指の領地を持つ大貴族です」
アラバモ……?
某大国の州と有名な砦が元ネタか。
しかし、俺の記憶が確かならアラモは全滅したはずだぞ。
先輩の転生者は何という不吉な名前を付けてくれたんだ。
「……どうしました?」
「いえ……ところで、その辺境伯のファーストネームはウィリアムとかでは? あと家臣にクロケットとかボウイとかいませんか?」
「……確か辺境伯家の初代当主の名前がウィリアム殿だと聞かされた覚えがあります。クロケット氏とボウイ氏は会ったことはありませんが、居たような気がしますね。……何故そのようなことを?」
おっと、突っ込み過ぎたな。
まさか前世の知識とは言えない。
「古い書物で読んだ記憶がありまして」
「そうでしたか。確かに、トラヴィス辺境伯家は建国の時代から続く名門ですからね。古い書物に記録が残っていても不思議ではありません」
「話が逸れましたね。今後の予定ですが、何事も無ければ数日おきに途中の村や街に泊まりつつ、野営もしつつアラバモへ一気に向かいます。我々は魔法の袋がありますから食料や水などの補給は必要ありませんが、アラバモで役立つ魔道具などが無いか調べていきましょう」
「随分と行き当たりばったりな気がしますが……」
「はっきり言いますと、王都や西部では砂漠で役に立つ魔道具はまず見つかりません。需要が無ければ商品も必然的に、といったところでしょうか」
「なるほど、では途中の街では大した期待はできないと?」
「そうですね。立ち寄るのも貴族の遠出に際して金を落としてあげるためですからね。掘り出し物はあればラッキーくらいのつもりでいてください」
やはり貴族ってのは面倒だな。
爵位もらわなくてよかった。
「とはいえ、アラバモで探す魔道具のレベルを知っておいてもらわないと、買い物に失敗する可能性もありますか……」
そういって、ヘッケラーが取り出したのは毛皮のマフラーだった。
先ほどの砦の名前から一瞬アライグマの帽子に見えたのは仕方がない。
「これは?」
「アクアフェレットの毛皮の襟巻きです。アクアフェレット自体はアラバモより少し西の森などに居る低ランクの魔物です。しかし、この襟巻きは砂嵐に対する防護性能と保湿に優れています。首周りと口周りを快適に保つのに役立つので、アラバモの冒険者ならほとんどが持っているほどの名産品ですね」
そいつは便利だ。
「お値段の方は、いかほど?」
「金貨1枚ほどです」
装備品の魔道具としては安い方だな。
「少なくとも、このレベルの魔道具なら、金さえ出せばアラバモでは常に手に入るというわけです」
掘り出し物となれば、この襟巻き以上の性能の物というわけか。
いや、勉強になったよ。