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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編1年
40/232

40話 イェーガー士爵領にて

今回は短いです。

聖騎士任命後のクラウスの故郷の話になります。

「号外! 号外だよ!」

 イェーガー士爵領に商隊が持ち込む物は、生活必需品だけではない。

 辺境とはいえ、農作物や野生動物の毛皮、魔物の素材など売れる物はそこそこある。

 田舎であるが故に高価なアクセサリーや魔道具はまず売れないが、娯楽のための商品を買う余裕くらいは庶民にもあるわけだ。

 その中でも重要なのが、号外や雑誌などの最新情報を得られるメディアである。

 王都の大手出版社で刷られた物を商隊が運び地方にまで行きわたるというシステムだ。

「騎士様、号外いかがですか? 今週はすごい話題が載ってますよ」

「ああ、一部もらおう」

 賎貨を渡し、号外を受け取った騎士はエルマーだった。

 イェーガー士爵家のメイドであるイレーネの息子だ。

 騎士団で働いており、今は休憩時間だ。

 エルマーは号外を一目見た瞬間に固まった。

「これは!」

「な、何かございましたか?」

 目を見開き大声を上げるエルマーに商人が後ずさる。

「この、この記事に間違いはないのか!?」

「は、はいぃ! 確かに、今王都を賑わせている話題でございます」

 それを聞くとエルマーは一目散に領主の館へ走った。



「あれ、エルマーじゃないか。どうしたんだい?」

 ちょうど領主の館からはイェーガー士爵家の次男ハインツが出てくるところであった。

「ハインツ様! もう号外はご覧になられましたか?」

「号外? 今から僕も買いに行くところだけど……」

 イェーガー家で号外や雑誌を買いに行くのは決まってハインツだ。

 貴族家である以上、重要な連絡であれば王都から直接、伝書鳩なり何なりが送られてくるものの、細かい時事情報に関してはハインツが自ら出向き必要な号外や雑誌を購入する。

 だが、今日のエルマーは、一刻も早く母のイレーネとイェーガー家の人間に号外の内容を伝えようとしていたので、ハインツを引き留めた。

「こちらをご覧ください」

 あまりにも慌てふためいたエルマーに気圧される感じで、ハインツは号外を受け取った。

 しかし、彼の目もまた見開かれる。

「え、エルマー! これ、本当なのかい? クラウスが聖騎士になったって」

 そう、号外の第一面はクラウスの聖騎士就任だった。

「はい、今王都はこの話題で持ちきりだそうです」

「こうしてはいられない。早く父様たちにも。エルマー、君も早くイレーネに」

「はい!」



「クラウス兄様が……聖騎士……? 聖騎士って、あの物語にも出てくる英雄……」

 クラウスの妹でイェーガー士爵家長女のロッテは、まだ完全に理解が及んでいない様子だ。

「さすがクラウスだ! あいつはただの魔術師で終わる男じゃなかったぜ」

「やはりクラウス様は勇者でした……」

 バルトロメウスとイレーネはただただ褒め称えるだけだ。

「『黒閻』との死闘ですか。危険なことを……。でも、さすが私たちの息子ですね。あなた」

 イェーガー士爵夫人のエルザは上座に座るアルベルト・イェーガー士爵に話しかける。

 だが、アルベルトは深刻な表情を崩さなかった。

「…………」

「どうしました?」

「うむ、私たちの息子が王都に出て成功したのは非常に喜ばしいことだが、これだけ大騒ぎになってしまうと、あいつが気にしていた家督のことがな……」

 その言葉に一同が黙り込む。

 クラウスがお家騒動を嫌って能力をできるだけ隠し続け、自ら家を出る方向に話を進めていたことをほぼ全員が知っていたからだ。

「聖騎士は国軍の将軍扱い。叙爵するとなれば伯爵は確実。うちの領民たちは伯爵領の住民になれるなら喜ぶだろうね」

 ハインツは皆が言いにくいことをはっきりと口にする。

 エルマーはひどく気まずそうだ。

 イレーネの息子でクラウスに忠誠を誓っていることがわかるので、アルベルトをはじめイェーガー家の人間は彼もイレーネと同様、身内のように扱っているのだが、メイドの息子となればそう馴れ馴れしくもできない。

「ますますもって俺は要らねぇな」

 バルトロメウスが拗ねたように吐き捨てる。

「馬鹿なことを言うなよ、兄さん」

「そうですよ。私もクラウス様には恩義がありますが、騎士団をまとめられるのはバルトロメウス様しかいないと思っております」

「……冗談だ。可愛い弟が俺に託したんだ。放り投げるつもりはねぇさ」

 ハインツとエルマーに同時に責められ、バルトロメウスはバツが悪そうに頬を掻く。



「さて、これからどうするか……」

 アルベルトが独り言を呟く中、不意に窓をコンコンと叩く音が響いた。

「あら、伝書鳩ですね。受け取って参ります」

「頼むぞ、イレーネ」

 ダイニングは相変わらず沈んだ空気だが介入があったおかげで、話題は自然とそちらへ向いた。

「今の時期って何かありましたっけ?」

 エルマーが思わず口にした疑問にハインツとエルザが答える。

「いや、特に式典なんかは何も無かったはずだけど……」

「領主一族が呼び出される行事は無いわね」

 ここでイレーネが戻ってきた。

「お待たせいたしました」

「うむ、こちらへ」

 当然、最初に受け取るのは当主のアルベルトだ。

「……………………なるほど」

「父様、どちらからですか?」

「筆頭宮廷魔術師のディオトレフェス・ヘッケラー侯爵だ」

 重鎮の中の重鎮である差出人の名に一同が固まる。

 最初に復活したのは冷静なハインツだった。

「内容は?」

「クラウスをヘッケラー侯爵の直弟子とするそうだ。ほかにもクラウスがオルグレン伯爵家と懇意であることが書いてある」

「……それだけか?」

「それだけだ」

 バルトロメウスの疑問にアルベルトが即答した。

 ロッテはともかく、バルトロメウスだけでなくイレーネやエルマーも訳が分からないといった表情だ。

「恐らく、釘を刺しているんだね」

「ハインツ、どういうことだ?」

 ハインツはバルトロメウスに向き直った。

「クラウスは貴族の下につくのであればヘッケラー侯爵家かオルグレン伯爵家。クラウス本人が叙爵されるにしても、新たな子爵家か伯爵家を立てるわけだから、辺境の士爵風情が手を出すなってことだよ」

 ちなみにこの手紙のことはクラウスも知っている。

 ヘッケラーとの初顔合わせの時、実家のことも少し話したら対応をとったのだ。

 これで、イェーガー士爵家に圧力をかけクラウスに干渉しようとする者の計略を、先んじて潰したことになる。

「恐らく、本人も了承済みだな」

「あの……僭越ですが、クラウス様は皆さんのことを……」

 心配そうに尋ねるエルマーにアルベルトは首を左右に振って答える。

「私たちとクラウスが不仲なわけではないぞ。お前だから言うが、クラウスは6歳くらいから家督争いを避けるために行動していた」

 このことに関しては、さすがのエルマーも半信半疑だった。

 クラウスが6歳のころといえばエルマーの命を救った時だが、さすがにお家騒動云々まで考えが及ぶのは信じられない話だった。

「とにかく、クラウスのことは本人とヘッケラー侯爵が始末をつけてくれた。私たちは、ただ家族の成功を祝って乾杯しよう。イレーネ」

「かしこまりました、お館様。すぐにご用意いたします」

「あなた、飲み過ぎないようにね」

「……ああ」

「言っておきますけど、ジローラモさんには何があっても、あなたの治療をしないように言っておきますからね」

「な、何だと!? 司祭の解毒魔術を人質に取るとは卑怯な……」

「「「ハハハハッ」」」

 この日のイェーガー士爵領では宴会が開かれた。

 ただ、自分たちの村から出た英雄を祝うために。


学園編1年は以上で終了になります。

次回からは学園編2年です。

今後とも「雷光の聖騎士」をよろしくお願いいたします。

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