36話 あとは謁見の日を待つだけ......?
オルグレン伯爵邸で世話になること数日、俺たちはついに王都へ戻ってきた。
滞在中にフィリップがレイアに手を出すとか、そんなイベントは無かった。
残念でしたね。
それはともかく、早速王宮へ行って聖騎士の登録?の書類でも出して報酬の金をもらってハイサヨナラと行きたかったのだが…………何故こうなった?
「サイズの測定は以上でございます。それでは生地をこちらからお選びください」
何ですと!?
まだ終わらんのか。
「……あー、どれでもいいです」
俺の投げやりな返答にフィリップの怒号が飛ぶ。
「クラウス! 真面目に選ばぬか! 貴公は国王陛下との謁見のための正装だぞ」
そう、どうやら王様と会わないといけないらしい。
そのためにフィリップに無理やり仕立屋に連行されたのだ。
それも入学前にジャケットとスラックスを買った店ではない。
貴族街のすぐ近くに店舗を構える高級店だ。
しかも、謁見は翌週にようやく叶うとのこと。
これでも早い方らしい。
「……じゃあ安いので」
「おのれは……。金なら十分持っておろうが」
確かに俺の服のグレードは騎士の正装より少し上といった程度だから、出せない値段ではない。
オーダーメイドの礼服とはいえ、上級貴族の着るようなキンキラキンではないのだ。
フィリップなど式典の度に高い服を、最低でもネクタイとシャツを新調しなければならない。
貴族の見栄ってのは大変だ。
多少の浪費は世間に金を回すために必要だとか何とか。
だが、この世界の衣類は前世に比べればかなり高いとはいえ、ジャケットにズボンにシャツを予備も含めて何枚も買っても銀貨数枚だ。
それが正装だとワンセットで最低でも金貨三枚、前世なら三十万。
戦闘のための動きを阻害する服でこれである。
儀礼用に使えて体の動きを妨げないのなら多少高くても我慢するが、この出費はあまりにも割に合わない。
「クラウスさん! 国王陛下の覚えがめでたければ十分元が取れるくらい報酬が出るのです!」
「そうですわね。長期的に見れば損ではなくてよ」
「あたしは……こういう服って落ち着かないけど、せっかくの機会だしね」
女性陣はポジティブですな。
ファビオラなどドレスを選ぶのにあれだけはしゃいでいたのに、まだ声量が落ちない。
レイアは思ったよりテンションが上がってないな。
まあ、入学前はかなりボロいローブを着ていたから、あまり服には頓着しないのかもしれない。
「クラウスは肩幅も広めで貫禄がありますから、もう少し落ち着いた色が良いのではなくて?」
おい、メアリーさんよ。
これ以上かき回すんじゃねえ。
「そうでございますね。お嬢様のおっしゃる通りです。お客様、こちらの素材の場合いくつか測りなおす箇所が……」
最悪だ……。
結局、生地はフィリップが選び、会計は金貨五枚くらいに落ち着いた。
高ぇ……。
五十万のスーツなんてバブルの頃のヤクザかよ。
「しかしフィリップよ。よかったのか? 彼女たちの正装を堂々と君が支払って」
仕立屋から解放された後、俺はフィリップに疑問を投げかけた。
フィリップはさも当然のようにレイア達の代金を支払った。
未婚の女性にドレスを買ってやるなど、ほかの貴族が聞いたら変な噂をたてそうなものだが……。
「問題ない。彼女たちも納得している」
そうなの?
「ええ、周りの人間はわたくしたちを妾扱いするでしょうね」
いいのか、それ?
「今回の件、一番の功労者はクラウスですが、校長先生と協力しただけでも、一般人にしてみれば十分偉業ですわ。クラウスはまだ良くてよ。聖騎士に手を出す間抜けはいませんもの。ですが、未成年の女や未婚の貴族がそんな功績をあげてごらんなさい。どうなると思いますの?」
なるほど、取り入れようとする寄生虫どもが湧くってことか。
「ワタクシ、ハゲでデブのオヤジ貴族の二十人目の愛人とかご免なのです」
「あたしも性質の悪い冒険者に色目を使われるのはご勘弁願いたいわ」
リアルだな……。
「私にも早速娘やら妹やらを売り込みたい貴族から連絡があってな。中には自分の娘を正妻にしようとする阿呆もおった。ふざけおって。何が『下賤の側室を娶ることも許そう』だ!」
ははあ、フィリップを若造と侮ったのだろうが、こいつを怒らせるとは馬鹿をやったものだ。
数週間後には死体が浮かぶかな。
しかし、三人ともよく納得したな。
「わたくしたちの身分では伯爵の側室という時点で、信じがたい幸運ですわ」
「フィリップさんなら文句は無いのです」
「あたしも、フィリップなら……いいかな、って」
「うっ、困ったな」
けっ! 爆ぜろ! もげろ!
レイアはハーフエルフ故に凹凸は少ないがスレンダーな美少女だし、ファビオラはロリ枠、メアリーは将来が期待できそうな肢体を……コホン。
まったく、リア充め。
「と、とにかく、私とレイア達の利害は一致したわけだ。レイアはBランク冒険者で、メアリーとファビオラも危険な戦いから生還した功労者だ。周囲が、同じ戦場に立てる女でないと娶らないと勘違いしてくれれば助かる」
まあ、そうだろうな。
平民の彼女たちは、最初から正妻になろうとは考えてもいなかったのだろう。
フィリップも付きまとう寄生虫を追い払うことができて、ウィンウィンの関係だ。
「貴公も他人ごとではない、覚悟しておけ」
え? 何? 俺も注目される物件なの?
「今はまだ腫れ物でも、正式に誓約を立てれば聖騎士は王国軍の将軍として扱われる。本来なら、伯爵以上の爵位を持つ軍系貴族が就く役職だ。望めば即座に伯爵位を与えられるなど優良物件としか言いようがないであろう」
そういえば、そんな話も聞いたな。
正式に拝命すれば周辺各国にも国内に向けても俺は将軍だ。
今は恐怖が勝っていても、国に帰属する意思を見せれば、縁を結びたい相手に早変わりだ。
「はぁ……とりあえず爵位だけは何としても断ろう」
ここでいい気になって授爵なんかしたら、役職から領地から嫁と次から次に色々押し付けられそうだ。
狸との腹の探り合いに人生の大半を費やすのは御免だし、盾役など全力で遠慮したい。
「本来、爵位や役職は渇望の対象なのだがな……」
「失礼します」
時間が余った俺たちは魔法学校の倉庫に来た。
出迎えたのはデ・ラ・セルナとラファイエット、それに宮廷魔術師の調査官たちだった。
「おお、来たか。検分は終わっておるよ」
デ・ラ・セルナが目配せした宮廷魔術師が説明を始めた。
「はい、『冥帝』が召喚した魔物と聞いていたので、致死性の罠も警戒したのですが特に問題はありません。記録は取り終えましたので、皆さんで分けていただいて構いませんよ」
俺たちが倒したボルグが召喚した魔物は、一旦、宮廷魔術師の調査によって罠などが仕掛けられていないか調査された。
敵兵士の死体に地雷を仕掛けるような真似がされないとも限らない。
当然、俺とフィリップが倒したロイヤル・ワイバーンも調査に出した。
「この犠牲召喚で呼び出されたというロイヤル・ワイバーンも問題ないアルね」
これはラファイエットの言葉。
無いのか有るのかどっちだよ。
「そうか。よかったな、フィリップ」
「そうだな。ラファイエット先生が言うのだ。私のレザーアーマーも貴公の剣柄も問題なかろう」
「ああ、それだったら私が作るアルね」
ラファイエットが口をはさんだ。
「君たちはグリフォンの素材やらレイスの武器やら、貴重な素材を何も考えず冒険者ギルドに売り払ったアルね。確保するのに苦労したアルよ」
ん?
グリフォンもレイスの大鎌もダンジョンの戦利品の買い取り項目になかったぞ。
「そんなポンポン出てくる素材じゃないアルね! 私なら相場以上の値段で引き取ったアルね」
それは残念なことをしたな。
だが、よくよく思い出せばラファイエットには申し訳ないことをしていた。
禁書庫の精密な警報装置をぶっ壊してしまったからな。
「(フィリップ、余ったロイヤル・ワイバーンの素材はラファイエット先生へのご機嫌取りに……)」
「(うむ、そうしよう)」
「あと、このワイバーンはイェーガー殿のものです」
調査官は自分の魔法の袋から五体の通常種のワイバーンを取り出した。
鶏小屋のところで警備隊と宮廷魔術師が戦っていた奴だ。
「俺が倒したのは三体ですよ」
「貴殿が一撃で仕留めてくれなければ、我々は今こうして生きてはいないでしょう。貴殿がお取りになることに我ら宮廷魔術師も騎士団も異存はありません」
そう言われてもな……。
素材はフィリップのレザーアーマーの分も俺の剣柄の分もロイヤル・ワイバーンがある。
三匹でも十分すぎるくらいだ。
俺はフィリップを見た。
「貴公が決めればよい。こいつらを倒したのは貴公だ」
俺はしばしの逡巡の後、口を開いた。
「では、魔石と肉を二匹分に皮を一匹分もらいます。レイア達はワイバーン系の素材で何か必要なものはあるか?」
「あたしはポーション類の材料になる内臓を少し貰える?」
「爪を短剣の補強材に欲しいのです」
「わたくしも懐剣の素材を」
メアリーの懐剣とファビオラの短剣に使うのはロイヤル・ワイバーンの方がいいだろう。
レイアの魔法薬系の素材は、ロイヤルと通常種の両方から取るにしても、ほとんどが余ったな。
「後はラファイエット先生と騎士団、宮廷魔術師団の皆さんで分けてください」
これくらいはいいだろう。
仕留めたのは俺とはいえ、彼らも死にもの狂いで戦ったのだ。
「よろしいのですか?」
「私も亜龍の素材はありがたいアルが、よろしいアルか?」
「ええ、戦いに巻き込まれたのは皆同じですし、ラファイエット先生には色々と面倒をおかけしましたからね」
「気にしてないアルね! こんな素晴らしい素材を使えること感謝するアルね」
この人って案外チョロイのかもしれない。
「ありがとうございます。ではイェーガー殿からの売却という扱いで処理させていただきます。売値には色を付けるようにしておきますので」
そいつはありがたい。
金はあって困るものではないからな。
「では、国王陛下との謁見は予定通りということでの」
「はい、そのころには礼服も仕立て上がっているでしょう」
「苦労を掛けたの、ミスター・オルグレン。本来なら魔法学校の学生は制服でもいいのじゃが、今回は例外での」
そういって二人は俺のほうを見た。
気づかないふりしてもいいかな、これ?
「ええ、わかっております。こいつにはくれぐれも刃傷沙汰を起こさぬよう言っておきます」
「ほっほっほ、よろしく頼むよ」
ひでぇ。
「さて、それでは寮のほうに戻るか」
こいつ悪びれる様子すらない。
「ねえ、今寮って使えるの? この混乱で授業すら始められていないんじゃ……」
レイアの疑問はもっともだ。
「授業はもう少し混乱が収まってからでないと無理じゃが、施設は使えるようになっているぞ。お主たちが出歩くとまた騒ぎが起きるじゃろうから、謁見まではおとなしくしておいて欲しいの」
それは半軟禁状態ってことか?
まあ、いいか。
獣人の強化咆哮?のことでも調べるとするか。
「クラウス、貴公は絶対に出歩くでないぞ。街中で大立ち回りを演じたくなければな」
だから何で血が流れる前提なんだよ……。
国王との謁見までの数日、暇になった俺は図書館で獣人の咆哮について調べていた。
しかし、効果や原理の分析は無駄に難しい言い回しや、枝葉の豆知識まで披露するように書かれているくせに、使い方に関しては一切の記述が無い。
使えん……。
「クラウスさん、何しているのです?」
図書館の入り口の方から声がかけられた。
ちょうど声をかけてきた人物も獣人だな。
知識なんぞ期待していないが、解決の糸口が一ミリくらいは見えるかもしれない。
「また何か失礼なこと考えているのです」
この娘、勘が鋭すぎないかね。
俺は誤魔化すようにオーバーアクションで返答する。
「いや、ちょうどよかったよ。ファビオラ、君の助けが必要なんだ」
「な、何のことなのです? ワタクシの心はフィリップさんのものだからダメなのです。たとえ体が疼いてもフィリップさん以外には触れさせないのです」
わざとらしく腕で胸を隠しながら後ずさる幼児体系の猫。
要らねぇよ。
あのクソリア充伯爵とよろしくヤるか、自分で済ませやがれ。
「クラウス、ファビオラに手を出すのは……」
「任命式が終われば奥さんなんて選び放題だから我慢しなさい」
このタイミングの良さはどういうことなのかね……。
フィリップも個人での鍛錬は飽きたと見える。
こいつが好き好んで図書館に来るとは思えない。
レイアはよく来ているけどな。
「ボケたこと言ってないで知恵を貸してくれ。獣人の『強化咆哮』とかいう技術なのだが、ボルグとの戦いで無意識に使っていたらしくてな。詳しい原理を調べて使いこなそうと思っている」
俺は詳しく説明した。
マナディスターブ薬を解毒するために無理やり体を動かすのに使ったこと。
デ・ラ・セルナが余波で接近戦に参戦できるくらい強化されたこと。
「そんなわけで、使いこなせればかなりの戦力強化になると…………って、どうかしたか?」
見ると三人とも唖然としている。
「クラウスさん……強化咆哮は獣人の中でも限られた種族のごく少数の優秀な戦士しか使えないのです。強化魔法よりさらに上の身体能力を一時的に引き出すものなのです。味方にも恩恵があるくらい使いこなせるのは、その中でも魔力量に秀でたエリートなのです」
「獣人には五感の鋭さや高い俊敏性や筋力を持つ者が多いが、強化咆哮は最も強力なスキルの一つだ。それを無意識に使うとは……」
「マナディスターブ薬を無効化って……本当だったの……」
あれ、そんな難しいことなの?
「コホン。よろしいのです。ワタクシは強化咆哮は使えませんが、使える人を紹介できるのです」
「ああ、よろしく頼む」
この時の俺は、ファビオラが紹介してくれる人物が既に知り合いだったとは思いもよらなかった。
あ……覚醒のこと調べ忘れた。
翌日、俺は訓練場でファビオラが呼んだ人物と顔を合わせた。
この騒動に巻き込まれるのを嫌って一度実家に帰った学生もいるし、何より授業が再開していない以上、空いていないわけがない。
「坊主、久しぶりだな」
「なるほど、ワイバーン亭の大将でしたか」
そういえば彼は狼系の獣人だな。
ファビオラは猫系だ。
犬や狼なら強化咆哮が使えるのか?
「大将はワタクシの父とも知己で、元Aランク冒険者の優秀な戦士なのです」
「……もう引退している」
なるほど、ただ者ではないと思っていたが、Aランク冒険者か。
納得だ。
「それで、大将。我々はどうすればいい?」
今回の訓練にはフィリップも参加している。
レイアとメアリーも見学だ。
「坊主の強化咆哮は味方の強化もできると聞いている。まずは俺にオルグレン伯爵と二人でかかってくるつもりで、咆哮を使ってみるといい。強化魔法を発動させてな。魔術師のお嬢ちゃんは魔力の流れを見ていてくれ」
「わかったわ」
「了解だ」
「よろしくお願いします」
俺は簡単に声に魔力を通すレクチャーを受けた後、フィリップと一緒に大将に相対する。
「行きます」
二人同時に強化魔法を発動する。
「ぬぅぅ……」
大将の顔色が悪いが大丈夫か?
「行くぞぉ! ウオォォオオ!!」
武器は装備していないが、いつでも殴りかかれるように構えをとる。
強化魔法は全身を魔力が駆け巡るイメージが重要だ。
俺は血管でイメージをしているが、咆哮で強化というのは、どうにもイメージし辛い。
だから今回は鼓舞するような雄たけびと血が熱くなるような感覚を想像する。
「ぬっ、クラウス! 来たぞ」
お、成功か?
俺は通常の強化魔法は解かず、戦闘態勢のままフィリップに注目する。
「クラウス、これはすごいぞ! いつもより数段いい動きができそうだ」
「おお、それはよかった! 大将、見ての通り……大将! どうしました!?」
視線を戻すと、膝をついて脂汗を流した大将が目に入った。
俺は慌てて強化魔法を解除する。
フィリップも慌てて俺に倣った。
「はぁ、はぁ……。すまん、どうやら余波の『威圧』の効果が高すぎたようだ」
「威圧……?」
そんなゲームのスキルみたいなのがあるのか?
「身体魔力を浮遊魔力に同調させて干渉し、相手に殺気をぶつけて怯ませる方法よ。強化魔法が使えて魔力が多い戦士なんかが使うわ。強化咆哮の余波で出来たのは初めて見たけどね」
レイアが説明してくれた。
「ところで坊主。今、体はどんな具合だ」
「え? いつも通りですが」
すると大将は信じられないものを見るような眼で俺を見た。
「何だと!? オルグレン伯爵は?」
「私は……まだ少し高揚感があるな」
どういうこと?
「あたしも強化咆哮自体にそこまで詳しくないから確実とは言えないけど、おそらくクラウスの強化魔法や身体魔力の流れが激しすぎるんじゃないかしら。魔力の変換効率がいいってことは、これ以上魔力の密度を濃くできないってことよ。多分フィリップにはある程度定着できても、クラウス自身では強化咆哮で練られた魔力が吹き飛ばされてしまうのよ」
何てこった!
俺は強化咆哮が使えても、自分自身に対して本来の効果を発揮できないのか。
しかし、一瞬でも毒の影響を無視して魔術を使えたり、味方を強化できるのなら使い道はあるかもしれないな。
こうして、俺は謁見までの時間を強化咆哮と威圧の制御に費やして過ごした。