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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編1年
32/232

32話 窮地

 俺が地上に降り立つと、フィリップが上機嫌で声をかけてきた。

「クラウス、こいつは上物だぞ」

「上物? 素材のことか?」

「うむ。飛竜の上位種の皮は最上級のレザーアーマーになる」

レイアに手を出されたことへの憂さ晴らしが済んだら、あとは素材にしか見えないわけか。

逞しいことだ。

 レザーアーマーはフィリップが使うとして、上位種のワイバーンともなればほかにも様々な素材が取れる。

 例えば腹側の柔らかい皮は防御力こそ背中側には劣るものの、非常に堅牢で手触りのいい素材だ。

 ローブの素材としても優秀であり切れ端は剣の柄に巻くのにも最適だ。

 あとは内臓や牙や爪が錬金術の材料や武器になることか。

 そんなことをフィリップと話していると、レイアとマイスナーが到着した。

 戦闘音が聞こえなくなってから近づいてきたようだ。

「クラウス、伯爵様。倒したのか?」

「うむ、圧勝だ」

「驚いたわね……」

 レイアも、ここまできれいに勝ちを収めるとは思っていなかったようだ。

 俺は唖然とするレイアやマイスナーを尻目にロイヤル・ワイバーンの素材を魔法の袋に回収する。

「それにしても、自分の命を犠牲に魔物を召喚するとは……愚かな」

「そこまでして黒閻に忠誠を誓いやがるたぁ……バカな奴だ」

 マイスナーのセリフを聞いて俺の脳裏に疑問がよぎった。

「レイア、犠牲召喚ってのは普通自分でやるものなのか?」

「え? そんな効率の悪い自爆なんてするわけ……まさか!?」

 そもそもディアスが魔法を使えるなんて話は聞いていない。

 それに、よくよく思い出せばディアスが消えた後、何かが転がり落ちていた。

 回収する暇はなかったが、あの規模の魔法の発動に巻き込まれて消えないほどの強力なアイテムといえば……。

「ああ、周囲に魔力反応がなかったことを考えると、恐らく捨て駒にする前提で犠牲召喚をあらかじめ仕込んでおいたんだろう。レイア、さっきディアスの体があった場所に落ちたのは、イシュマエルの魂魄で間違いないか?」

 俺は、レイアならロイヤル・ワイバーンとの戦闘で自分たちが離脱した後、その場に落ちている物に気づくことに確信をもって尋ねた。

「ええ、確かにこれが……」

 レイアが例の鉱石のような物体を取り出したとき、俺はひどく嫌な気配を感じた。

 首筋を荒く質の悪い毛皮で撫でられるような感触だ。

「っ!」

 俺はほとんど勘に頼り剣を振るう。

 大木を切り倒すほどの剣閃を放ったが、手ごたえは無い。

「つ……」

 不意に首筋にチクリとした痛みを感じた。

 なんだ、これは?

 魔力が……制御できない……。

 俺は膝をつくのを堪えられなかった。

「(“マナドレインミスト”)」

 聞き覚えの無い声の詠唱がかすかに聞こえる。

 体の自由も魔力の制御も聞かないが、闇魔術が発動した気配を感じた。

 そして俺たちの周囲を黒い霧が覆い尽くす。

「何、これは!?」

「なんだてめぇは!?」

「ぬぐっ……魔力が……」

 俺以外の三人もどうやら襲撃者の攻撃を受けたようだ。

 レイアの魔術もマイスナーの剣閃も黒い霧に吸い込まれるように消え、フィリップもまともに行動できないようだ。

 そして、霧はより一層深まり、ついには三人が地に伏してしまう。



「最後まで役立たずだったな」

 目の前に現れた黒いローブを着た男はレイアが取り落とした魂魄を拾うと、忌々しげに吐き捨てた。

 フードで表情は見えないが、さぞ不機嫌な顔をしているのだろう。

 ただの盗賊とは一線を画す存在。

 今まで相対したどの敵よりも強敵だと誇示するような迫力が、その男にはあった。

「お前が……ボルグか……?」

 俺はなんとか声を絞り出す。

 魔力が思い通りにならない、だるい、体が自由に動かない。

 治癒魔術を使うことすらままならない状況では、斬りつけることも魔術を放つこともできなかった。

「ほう、まだ動けるか。いかにも、オレはボルグだ。貴様は厄介そうだったのでな。念には念を入れ毒針を撃ち込んだのだが、これで気を失わないとは」

 だめだ、このままでは成すすべなく屠られてしまう。

 この世界に転生してから、これほどの窮地に陥ったのは初めてだ。

 ここで死んだら果たして俺はどうなるのか?

 もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない。

 あちらにも友人と呼べる存在が、家族がいたはずだ。

 事故の後遺症のせいかよく思い出せない記憶もあるが、もしあの事故からそれほど経ってない時間に戻れるのなら、俺にも帰る場所はある。

 魔物なんかいない、盗賊のような奴らも少ない、魔法や俺のチート臭い戦闘力は無いがここよりはるかに安全な世界だ。

「ふむ、この少年と少女も生贄としては申し分ない魔力を内包しているな。ディアスとかいう男はせいぜい魔物を召喚するのにしか使えなかったが、こいつらは違う。イシュマエル様の復活のために命を捧げられることを、光栄に思うが良い」

 やめろ……。

 俺はとにかく毒を体から追い出すことを意識した。

 代謝による分解でも排出でも魔力の書き換えでも何でもいい。

 とにかく、あの男をぶっ殺すことができればいい。

 俺は腹の底から咆哮を絞り出した。

「グウォォオオオォォォー!!!!」

「っ! 貴様、獣人の……」

 何故かはわからないが、先ほどまでより体が動きやすくなった気がする。

 強化魔法をさらに強力にした感じだ。

いける。

「オラァ!!」

「くっ!」

 大剣をフルスイングしてボルグを牽制し距離を取った。

 今なら魔力もわずかながら思い通りに操作できる。

「――“解毒(アンチドート)”」

 解毒魔術も問題なく発動できた。

 先ほどの強化魔法の上位互換のような感覚はすでに無い。

 まだ体は少しだるい気もするが剣を振るにも魔術を放つにも問題は無いはずだ。

 俺は大剣を握り直しボルグに向き直った。

「クククッ……オレの“マナドレインミスト”が吹き飛ばされるだと……」

 見ると先ほどまで辺りを覆っていた黒い霧が晴れている。

「面白い……。先ほどの吹き矢での狙撃のときも完全に不意を突いたにも関わらず、かなり危ない反撃だった。そのうえ獣人の咆哮魔法で無理やりに毒に抵抗するとは……」

 ボルグは面白がって分析しているが、俺自身も何をしたのかよくわかっていない。

 だが、確実に言えることは、こいつを倒さなければフィリップやレイア、マイスナーに危険が及ぶということだ。

 こいつだけは殺さなければならない。

 そんな俺の覚悟に呼応するようにボルグはロングソードを構えた。

「所詮、捨て駒の触媒とはいえ、犠牲召喚で呼び出した召喚獣と戦ったのだ。そのうえで『マナ・ディスターブ薬』を受けたのでは、まともな状態ではあるまい。貴様は全力を出せずに死ぬのだ」

 マナ・ディスターブ……。

 読み通りなら撃ち込んだ相手の魔力を狂わせる毒か。

 先ほど無理に魔力を放出したために魔力をかなり消費してしまった。

 ボルグは獣人の咆哮魔法とか言ったか。

 それを使いこなせていれば効率は違ったのかもしれないが、終わったことを言っても仕方ない。

 そもそも、腹の底から声を出して吠えるだけで、強化魔法のような効果があるとは思いもよらなかったからな。

 毒の余韻も、実際に魔術を放ってみなければ、どれだけ残っているかわからない。

「お祈りは終わったか? 行くぞ!」



「――“(シャドウ)(バインド)”」

 ボルグの放った魔術に、俺は咄嗟に空中に飛びのいた。

 足元に一瞬視線を送ると、俺自身の影から黒い煙のような触手が伸びている。

 何だ、これは……。

「遅い!」

「くっ……」

 一瞬の逡巡の隙を突き、ボルグが上からロングソードを振り下ろしてきた。

 何とか防いだものの、今の俺は完全に相手の掌の上だった。

 正面からぶつかればパワーは互角くらい。

 これだけでも俺にとっては初めての経験だ。

 警備隊と訓練していたとはいえ、強化魔法を使った俺にパワーで拮抗する者などバイルシュミットくらいだ。

 彼を相手にしたって、放出系の魔術と高速移動で連続攻撃を仕掛ければ勝つのは難しくない。

 本調子でないとはいえボルグも一撃にすべてを賭けた純粋な力比べなら、今の俺でも僅差で上回るだろう。

 ならば何故、俺がここまで苦戦しているのか。

 それは単純に経験の差だ。

「ふっ!――“影討(シャドウリベリオン)”」

 再度、ボルグは俺の影を利用した魔術を放ってきた。

 足元から今度は槍状の触手が俺を貫かんと生えて来る。

「くそっ……」

 今回の追撃は上からではなく側面からだった。

 冷静に考えれば上空からの攻撃まで同じにするメリットは無い。

 ほかのコンビネーションも予想するべきだっただろう。

 しかし、敵は完全に俺を封殺するつもりだ。

 タイミングも戦術も全て裏をかいてくる。

 対人戦における力量の差が明確に出てしまっている。

「くはっ……」

 まずい。

 一撃躱し損ねて太ももに傷を負ってしまった。

「それで終わりか? つまらんな……」

「くそがぁ!」

 並列起動で“(フレイム)(ランス)”を十発ほどぶっ放す。

 定石だが傷を治す時間をとるためだ。

 太ももに左手をあてがい“ヒーリング”を起動する。

 ガキンッ!

 予想通りボルグは追撃をかけてきた。

 さすがに、この程度の畳みかけに対応できない俺ではない。

 だが、次の瞬間俺は背筋が凍る思いをした。

 ボルグがフードの奥で口角をわずかに持ち上げたのだ。

「“ペインバースト”」

 突如、治療の途中だった傷を激しい痛みが襲った。

 咄嗟に魔法障壁を張って離脱したが、完全には魔力の到達を防げなかった。

「クククッ……直撃を避けるか。しかし、そろそろ限界であろう。おとなしく降参すれば楽に殺してやるぞ」

 畜生。

 魔力の消費が予想以上に激しいのもあるが、それよりも精神的な疲労がたまりすぎだ。

 このままではいつか隙を突かれてしまう。

 とにかく、治療をしなければという焦りが、余計に集中力を散漫にする。

 どうすればいいんだ……?

「っ!」

 突如ボルグは表情を変え咄嗟に飛びのいた。

 直後、ボルグがいた周辺一帯から“(アース)(ランサー)”が発動される。

 ただの中級土魔術なのに、これだけの威力。

 援軍の正体は決まっている。

「待たせたの」

 俺は即座に治癒魔術をかけなおし、安堵の息とともに彼の名を呼んだ。

「デ・ラ・セルナ校長」



「デ・ラ・セルナ…………貴様ぁ!」

「お主は確かイシュマエルの腰巾着だったかの」

 憤慨するボルグを尻目にデ・ラ・セルナは冷静だった。

「今更あやつの魂魄を盗み出すためにここまでするか……。さすがに王都に魔物の氾濫を起こしてまで、わしを部屋から引き離すとは思ってもみなかったの」

「黙れ! イシュマエル様を復活させるためなら、作戦の一端のために数人ごとき犠牲になろうとも構わん。貴様の金庫を破壊するのに十人の怨念から作った魔道具でこと足りたのだ。安上がりであろう」

 この野郎……。

 金庫を破るためだけに十人だと!

 それではこの魔物の氾濫のためにも大勢が犠牲に……。

「ぶっ殺す……」

 治療が終わった俺は、デ・ラ・セルナを援護しやすい位置にポジションをとり、いつでも魔術を放てるように準備する。

 しかしデ・ラ・セルナは俺と位置を入れ替えるようにして、後ろに下がってしまう。

「ミスター・イェーガー。もう大丈夫とは思うがこの男はお主でも勝てる相手じゃ。闇魔術が格別ほかの系統より強力ということはないからの」

「はい、それはそうですが……」

 先ほどは、初めて見た闇魔術と混乱した俺の穴を確実についてくるボルグに苦戦したが、もう都合よく攻撃は食らわない。

 だが、いきなり俺に突っ込めってのは……。

「ふん。そんなガキの後ろに隠れるとは堕ちたものだな。古傷が痛むか?」

 古傷だと?

「ああ、ミスター・イェーガー。こやつらの首領と戦ったときに足を負傷しての。接近戦では、お主には及ばんよ」

 何だって!?

 俺は正面からではまず勝てないとは思ったが……。

「さすがに、お主のような若造に見破られたりはせん」

 そういうことか……。

 どうやら狸爺の虚勢にビビってたようだ。

「まあ、お主は今の時点でわしの全盛期と比べても遜色ない動きだがの。魔力量は及ばずとも効率が桁違いじゃ。それに純粋な魔力量でも近いうちに抜かれるかの……」

 いきなり太鼓判を押されてしまった。

 それにしても足を負傷とは。

 それじゃあ俺が出るしかないな。

「わかりました、俺が前衛を……」

「おめでたいな、小僧。貴様の魔力がデ・ラ・セルナを抜く時など来ない」

 ボルグが割り込んできた。

「貴様はオレにここで殺されるのだ」

「……やってみろ」

「なに?」

 俺は発した声は想像以上に底冷えするような殺気を纏っていた。

「殺せるもんなら殺してみろってんだよ! チンピラァ!!」

 先ほどの咆哮魔法? と同様、俺の周りに濃密な魔力が吹き乱れる。

「っ! ミスター・イェーガー、これは……」

「くそっ! 厄介な……」

 ここで、何故かデ・ラ・セルナが前言を撤回するように前に出て話しかけてきた。

「ミスター・イェーガー! お主の“強化咆哮”のおかげでわしもかなり動けるようじゃ。一気にカタをつけるぞ」

 なぜだか爺さんが元気になってしまった。

 やはり、俺の咆哮には強化魔法に似たような効果があるらしい。

 詳しく検証したいところだが、今はボルグを倒すのが先だ。

 一連の事件の黒幕との戦闘が始まった。

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