31話 裏切り者の末路
投稿が遅くなり申し訳ありません。
「ディアス……」
マイスナーの呟きが静寂を破る。
レイアは手を後ろで縛られた状態で気を失っているようだ。
脚も胴体も念入りに縛られているため、素早く動いて抜け出すことは不可能だろう。
レイアを人質に取ったディアスはマイスナーを無視しておもむろに口を開いた。
「クラウス君。き、君は懐に危険な魔道具を持っているようですね。す、捨ててください」
銃のことを知っているのか。
確かに、あと少しでもディアスの気がレイアから逸れれば、額に風穴を開けてやることができる。
「貴様! レイアに何をした!?」
「ご、ご心配なく、伯爵様。眠り薬を嗅がせただけです。さあ、クラウス君。は、早く魔道具を捨てなさい。レイアさんがどうなってもよいのですか?」
くそっ!
今は言う通りにするしかないか……。
俺は38口径リボルバーをゆっくりとショルダーホルスターから取り出し、自分とディアスの中間くらいの位置に投げた。
「……もう一つ同じような物を持っているのでしょう? 作動音が二種類は聞こえたとか」
デリンジャーのことを知っている……。
だが、こいつを使ったのは先日のダンジョンでだけのはず。
ディアスの口ぶりからすると又聞きの情報しか持っていないような……。
もしや、ボルグが俺たちと入れ違いでダンジョンに現れたとき、奴に探られていたか。
だが、こいつらは現物を見ていない。
本物かどうかわかる可能性は低いだろう。
一か八か賭けてみるか。
「クラウス……」
俺はフィリップに軽く目配せをして“倉庫”からパイプ爆弾を取り出す。
ディアスは反応を示さない。
読み通り、奴は形状までは把握していないようだ。
「くそったれ」
俺は“倉庫”から取り出したパイプ爆弾をこっそり作動させ、今度は目の前ではなく森のほうに投げ捨てた。
悔しそうな表情でやけくそな素振りで放り出す演技も忘れない。
「ご苦労様です。皆さんにはこれからボルグ様の……」
突如、俺が投げ込んだ森のほうから轟音を発して爆発が起こった。
「うおっ」
「なっ!?」
俺は即座に行動に移った。
ディアスの短剣はレイアの喉元から離れている。
これなら倒れた拍子に突き刺さることもないだろう。
マイスナーまで驚愕しているが、この機会を逃すわけにはいかない。
フォローは後回しだ。
「グガッ!!」
俺が接近しながら引き金を絞ったデリンジャーの22口径弾が、ディアスの右目を破壊した。
すれ違う勢いのままディアスのナイフを持った右腕を極めてへし折り、右膝を踏み折る。
「ギャァアアア!!」
ついでに左肩を破壊しながら引きずり倒しレイアから引き離す。
レイアをフィリップが抱きとめるのを視界の隅で確認しながら、そのままディアスの背中を地面に叩きつけた。
骨が内臓に刺さって死ぬかもしれないが知ったことではない。
情報を引き出すのも二の次だ。
「クラウス! 治療を、レイアの治療を!」
今はレイアのことが先決だ。
俺は気絶したディアスをマイスナーに任せ、レイアに治癒魔術と解毒魔術をかけた。
「――“アンチドート”――“ヒーリング”」
特殊な魔物の素材から作った魔法薬系の毒やよほど珍しい毒薬でなければ、初級解毒魔術で十分効果はある。
眠り薬程度ならこれで分解できるはずだ。
あとは初級治癒魔術で体力を回復させれば問題ないだろう。
「ん…………フィリッ、プ……」
「レイア!」
レイアが目を覚ました。
俺は自然にレイアに一番近い場所にフィリップを押し出す。
「助けに、来て、くれたの……?」
お、この流れは……。
ニヤニヤ。
「お前の居場所はシルヴェストル教頭が見つけてくれた。安心しろ、ディアスはクラウスがぶちのめしたぞ」
おいぃぃ!
そこは「待たせたな」の一言だろJK。
レイアに関する功績くらいは全部譲ってやるぞ?
「そう……」
まったく……。
せっかくお膳たてしてやったってのに。
まあ、こういう身内に対して真っ直ぐなところもフィリップの魅力なんだろうな。
「おい! 起きろ、ゴラァ!」
振り返るとマイスナーが縛り上げたディアスに喝を入れて、意識を取り戻させていた。
「グハッ!……かひゅ……ひゅ…………」
今まで仲間として過ごしてきたディアスが裏切り者と判明したのだ。
ぶっ殺していないだけ、マイスナーもよく我慢していると思う。
俺もレイアの看護をフィリップに任せて、ディアスのもとに急いだ。
俺は呼吸器の辺りだけに初級の治癒魔術をかけ、尋問を再開した。
「なぜ、レイアを誘拐した? 彼女を何に利用しようとした?」
「…………」
俺は容赦なく左足も踏み砕いた。
「グゥ……」
続けて“倉庫”から大剣を取り出しチラつかせる。
「次は切り落とす。上級治癒魔術を使えば再生できる。何度でも繰り返すぞ」
我ながらえげつない脅しだが、こいつは人質をとったのだ。
しかも、このタイミングを考えるに、ただ俺たちを誘うためのエサとは思えない。
何かに利用する気だったのだ。
この程度の拷問は優しいほうだろう。
「クラウス……」
フィリップに支えられたレイアが近づいてきた。
「こいつは……イシュマエルの魂魄を盗み出したのよ」
「何だって!?」
レイアからの情報は衝撃的だった。
すでに盗み出されていたとは……。
「こいつの魔力が侵入したのを感じたから捕まえようと思ったんだけど、押さえつけられて薬を嗅がされたわ。それからこいつは…………どうやってか知らないけど校長先生の金庫から魔術で魂魄を取り出したの」
校長室の件をレイアが確認できたのは、咄嗟に治癒魔術でレジストして完全に落ちるまでは時間がかかったからとのこと。
「待てよ。それじゃあ何で、ディアスの奴はレイアちゃんを?」
確かに、荷物になるレイアをわざわざ運び出したのはおかしい。
もしや、本当にレイアを誘拐した目的が俺たちをおびき寄せるためだとしたら……。
「ウッ…………ガッ……」
突然ディアスから闇属性らしき魔力が溢れ始めた。
魔力の奔流は激しさを増し、渦の中心から何かが沸き上がって来る。
「離れて! 召喚魔法よ」
俺たちは慌ててディアスの近くから飛びのいた。
ディアスの体が崩れ落ちるのと同時に、黒い鉱石のようなものが地面に落ちる。
その物体に気づいたとはいえ回収するほどの余裕は無かった。
なにせディアスのいた場所から湧いてきたのは、想像以上に強力な魔物だったのだ。
フォルムはよくいるワイバーンだが、ひと回り大きく色も通常とは違う。
赤と金のコントラストがひどく悪趣味に見える。
「ロイヤル・ワイバーン……」
フィリップの呟きがワイバーンの上位種の咆哮にかき消された。
「何てこと……犠牲召喚だわ」
レイアがぽつりと呟いた単語には聞き覚えがなかった。
「レイア、その犠牲召喚ってのは?」
「召喚魔法の根本は闇属性よ。精神干渉系とか生命吸収なんかのいわゆる禁忌の闇魔術は、召喚獣との感覚の共有や契約の術式を利用したものなの。犠牲召喚は魂と体のすべてを捧げることによって束縛されない強力な召喚獣をよびだす禁呪……」
「要は、誰の命令も聞かないってことか?」
俺はレイアの説明で気になった部分を質問する。
「ええ……破壊の限りを尽くすだけよ」
そりゃ禁呪になるわな。
「ギェェー!!!!」
再度、通常種のワイバーンとは桁違いの迫力の咆哮が響き渡った。
「……どうやらやる気みてぇだな」
マイスナーも虚勢を張ることで自分を奮い立たせているようだ。
さて、どうやって倒すか……。
ワイバーン系は討伐依頼の場合ほぼランクA相当だ。
ロイヤル・ワイバーンは上位種なので、前に倒したグリフォンよりは上だろう。
しかし、トロールキングをすでに倒していることを思えば、決して勝てない相手ではない。
俺がそんな思案にふけっていると、フィリップが口を開いた。
「マイスナー殿、レイアの警護をお願いできませぬか?」
マイスナーは一瞬フィリップを振り返ったが、すぐに納得し頷いた。
レイアは未だにマイスナーに含むところがあるかもしれないが、体力が回復しきっていない状態で戦闘に参加するほど無謀ではない。
おとなしくマイスナーの後ろについた。
「行くぞ、クラウス。レイアを攫った愚か者の眷属は、自らぶちのめさねば気が済まぬ!」
同感だ。
俺も魔力を体全体にかけ巡らせフィリップに応える。
「ああ、空飛ぶトカゲごとき恐るるに足らずだ」
トロールキング戦では予想外の上級魔術を使われたことで後手に回った。
アイアンゴーレム戦では相手の機動力が予想ほど低くなかったせいで手間取った。
だが、俺たちはまったく被害を受けることなく勝ってきたのだ。
奴の攻撃に屈するつもりは毛頭ない。
叩き落としてとどめを刺す。
それだけだ。
「ギュェェ!!」
ロイヤル・ワイバーンは定石通り空中からのファイヤーブレスで攻撃を始めた。
首を振り広範囲を焼き払うように放ってくる。
俺は危なげなく魔法障壁で自分とフィリップの周辺を防御した。
魔法障壁を張りながら突進してブレスをかいくぐっても、接近することは可能であろう。
しかし、その戦法では少なからずダメージを受ける可能性がある。
偶然のような機転ではなく、冷静に追い詰め倒す。
そのためにはタイミングをしっかりと見極めなければならない。
「キシェェー!!」
ブレスを悉く防がれたロイヤル・ワイバーンは焦れて突進をかましてきた。
「フィリップ!」
「任せろ」
俺は魔法障壁を完全に解かず、かざした左手で大盾くらいの形状に制御したまま正面からワイバーンに突っ込んだ。
フィリップは俺より一足先にロイヤル・ワイバーンの側面に回り込む。
「キシャッ……グギェァ!」
ロイヤル・ワイバーンは俺と接触した後、間髪入れずに血を吹き出した。
俺の魔法障壁を使ったシールドバッシュもどきでは、ロイヤル・ワイバーンの体勢こそ崩したものの大したダメージは入っていない。
だが、直後に強化魔法で加速したフィリップが、すれ違いざまに頸動脈を斬りつけたのだ。
先ほどのブレスを防いだこともあって、ロイヤル・ワイバーンの警戒は完全に俺のほうへ向いていたため成功した作戦である。
飛竜のなかでも特に固いロイヤル・ワイバーンの皮を貫通して致命傷を与えるには、俺の魔導鋼の大剣では不足だ。
その点、フィリップのアダマンタイトのレイピアと彼の剣技をもってすれば、体の内部へダメージを与えることも可能だ。
「ギャオォォー!!」
「行かせん!」
俺は魔導鋼の鈎鎖に魔力を通し、ロイヤル・ワイバーンの前足に絡みつけるように投げる。
フィリップは相変わらず滞空したり縦横無尽に飛行するのは苦手だ。
足の踏み場が無い場所では動きが直線的になってしまう。
その点、俺ならシールドバッシュをかました直後でも、空中で次の攻撃を準備できる。
片方の爪を封じられている以上、その方向からの攻撃は完全に死角を突いたものとなった。
おまけに空中で体勢を崩さない俺が、強化魔法を全開にして鎖を引いているのだ。
当然、フィリップの攻撃のいい的になる。
「仕上げだ!」
俺は魔力を通した大剣でロイヤル・ワイバーンを地面にたたき落とした。
完全に延髄を破壊できなくても相当強力な衝撃を受けただろう。
いや、おそらく完全には死んでいないだけで、二度と動けないほどのダメージを今の大剣の一撃で負っているはずだ。
「……哀れな死霊に囚われたものよ。安らかに眠れ」
フィリップはロイヤル・ワイバーンの延髄にレイピアを深々と刺し込み、苦悶に終止符を打ってやった。