28話 発見
「ギャギャ!? ギャ、ギャ!」
「ブモォォォ!!」
ゴブリンとオークの集団に走り込みながら、俺は続けざまに38口径リボルバー引き金を引いた。
「グギャッ!」
「ブオッ!」
ワンショットワンキル。
前世ではあり得ない速度と反射神経で体を動かせる以上、一秒かからずに六発のヘッドショットを決めることなど造作もない。
たとえ、引き金の重いリボルバーのダブルアクションでの発砲であってもだ。
シリンダーの六発を撃ち尽くした俺は左手でデリンジャーを取り出し、残った二匹のゴブリンに一発ずつお見舞いする。
いかに地球とは違う法則のある世界で作ったものとはいえ、銃の外寸は前世の記憶の通りだ。
当然22口径のデリンジャーの破壊力はリボルバーより劣る。
「おとなしく死ぬがよい!」
案の定デリンジャーでは殺しきれていない個体が出たが、フィリップがとどめを刺してくれた。
「ねえ、クラウス。何故、ゴブリンまで回収するの?」
俺はデリンジャーに二発の22口径弾を補充しながら答える。
「この兵器の仕組みに関わる部分は、あまり公にしたくない」
ただ少人数相手の不意打ちに有利な、小型の魔道具というだけならいい。
スペツナズナイフや小型のクロスボウのような物くらい探せばあるだろう。
だが、通常クロスボウと同等以上の威力と速度の攻撃を連射できるとなると、話は変わってくる。
それだけの性能の飛び道具を防げる魔法障壁が使えて、なおかつ自力で反応できる人間は多くない。
むしろ腕利きではない人間の殺害を、より効率的に行うことに利用されるはずだ。
それに前世でもボルトアクションで戦場が様変わりした。
一般兵レベルでの戦闘が地球と大差ないのなら、やはり銃は戦争に影響を与える要因になる。
いくら魔法による現代兵器以上の火力の方が、大衆の印象に残りやすいからといって、有用性に気づく人間は居るところには居るのだ。
「でも、あなたしか作れないんでしょ?」
「今は、な」
そう、俺の銃のガンパウダー自体は現代のものと同じニトロ化合物の無煙火薬だ。
俺も完全に化学物質だけで再現はできず土魔術で試行錯誤しているので、これと同じ性能のものをすぐに作り出すことは難しいだろう。
だが、黒色火薬ならば簡単に作れてしまう。
敵が手を伸ばせる場所に入る以上、少しでもヒントになるものは残したくない。
三階層への転移部屋に到着した。
一階層二階層ともに銃弾は六十発では足りず、途中から氷魔術を連発しながらの接近戦に切り替える必要があった。
おかげでバジリスクが大猟だ。
ゴブリンやオークと違いバジリスクは一匹頭に2発必要なこともあったが、それでも銃だけで四十匹ほど倒している。
「二人とも、少し待ってくれ」
「了解だ、魔道具の手入れだな」
フィリップは手入れと表現しているが、要はスピードローダーの準備だ。
六発ずつ38口径弾を十個のスピードローダーに差し込み、持ち手の部分を回転させ実包を固定する。
「ところで、レイア。アンデッドにクラウスの『じゅう』は効くのか?」
「どうかしら……。少なくともゴーストやレイスには効かないというのは断言できるけど」
また俺はゾンビ担当ですかい!
確かに前世のゲームではゾンビを銃火器で薙ぎ倒すゲームが腐るほどあったが、こっちの奴には効くのかね……。
まあ、三階層は一階層や二階層より心もち広く火魔法が使いやすいが、焦げた腐肉の匂いは嗅ぎたくないんだよな。
はい、お約束ですね。わかります。
リボルバーのスピードローダーは早々にして使い果たし、ナイフ攻略をするハメに……とまではいかないが、火魔法に切り替えることになった。
銃のシリンダーにはちゃんと六発残した状態だが、これは保険だ。
戦闘中に一発ずつ手作業で込める余裕はないからな。
「――“火弾”――“火弾”――“火弾”」
三階層は多少広いとはいえ腐臭が充満するには十分な狭さだ。
下手に火魔術を乱射すれば酸欠になりかねない。
ゾンビの体だけを燃やすように“火弾”を慎重に制御する。
「やはり、三階層の敵が多いな……」
確かに、フィリップの言う通り三階層の「瘴気が濃い」とでもいうか、何か異常が起こっている気がする。
やはり黒閻の計画は進んでいるのか。
「クラウス! 少し時間を稼いで。魔法陣を用意する!」
俺は考え事をやめレイアに軽く頷き返すと、風魔術“衝撃波”を放った。
こちらに迫っていたゾンビの群れがのけ反り、進行が止まったことで距離をとることに成功する。
「“魔法障壁”」
“衝撃波”の発動と同時に後ろに退いたフィリップは、俺の障壁が展開されたのを確認すると軽くレイピアの手入れを始めた。
まずは洗浄用の魔道具で剣先を洗うようだ。
「フィリップ、レイピアの具合は大丈夫か?」
「ああ、何とかな……。匂いは、あらためて洗うしかあるまい……」
フィリップのレイピアの材料であるアダマンタイトは、硬さや耐久力においてはほかの如何なる金属も追随を許さぬ性能を持っている。
アダマンタイトには重いという短所もあるが、フィリップはレイピアという細身の剣にすることと強化魔法によって、スピードタイプの剣士としてその性能を十分に生かしている。
しかし、アダマンタイトは金属素材としての質は高いものの、魔力の通りが良くない。
もちろんフィリップのように体外で魔力を扱うことに長けていない人間は、武器に魔力を通すということができないので、彼のアドバンテージに影響は無い。
だが、そういった特性ゆえ、フィリップは必ず剣を直に敵に接触させる必要がある。
俺の魔導鋼の大剣ならば魔力を通すことで、魔力が薄い被膜のような状態になるため、接触による摩耗などの影響が少なくなるわけだ。
当然ゾンビの匂いの付着も軽減される。
どんまい、フィリップ。
「準備できたわ」
レイアがそう告げると同時に、俺たちをドーム状の結界が囲んだ。
「風障壁よ。結界内の空気を完全に確保した精密な障壁。あたしの操作で耐久力を上げたりすぐに消したりできるようにしたから時間がかかったけど、これでクラウスが“業火”を使っても大丈夫よ。……威力は半分ほどに調整してね」
なるほど、確かに俺の魔法障壁だけでは“業火”で空気を枯らしてしまう可能性がある。
かといって、“業火”の劣化に近い“火嵐”では、今度は殲滅しきれない可能性がある。
込める魔力を半分ほどと算出するあたり、さすがに優秀な魔術師だ。
「いくぞ。――“業火”」
ノーマルの半分ほどの魔力とはいえ、俺の上級火魔術は目の前のゾンビを消し炭さえ残さず殲滅するのに十分な威力だった。
「っ! 居るわ。シルヴェストルよ」
前回と同じようにレイスがいた部屋に近づいた俺たちは、レイアの報告に気を引き締めなおした。
「よもや、本当に現れるとは……」
「尋問するにしろ拷問するにしろ、真意を問いただすには接触しなければな」
俺はリボルバーのシリンダーをあらため、デリンジャーを折り実包を確認した。
「待って、クラウス。あたしが先に行くわ」
俺は思わずフィリップと顔を見合わせた。
レイアが先行するなど、普通ではまずあり得ない。
「どういうことだ?」
「まず、シルヴェストルの魔力反応が薄い。それとレイスの反応が六体ある……」
六体だと!?
ゴースト系に俺の攻撃は効かない。
せいぜい火が牽制になるだけだ。
“業火”でも連発すれば、いずれは削りきることができる可能性はある。
だが、この狭い空間でそんな火魔術を連射すれば、まず間違いなく酸欠になる。
レイアの風障壁もさすがにもたないだろう。
それに、シルヴェストルは殺してしまうわけにはいかない。
それは敵だったとしても情報源を失うわけにいかないという理由で同じだが、この状況からするとレイスに攻撃されていると見るべきだろう。
「しかも、前に倒したレイスより強力よ」
「まとめて倒せるか?」
俺の問いにレイアが首を振る。
「わからない……。“聖光”を使えば複数を同時に攻撃できるけど、六体のそれも上位種らしきレイスとは戦ったこと無いから」
まずいな。
俺の無属性の魔法障壁で攻撃を防げればいいが、すり抜けられたら俺にできることは何もない。
さて、どうしたものか……。
ここで唐突にフィリップが口を開いた。
「安心しろ。お前たちが仕損じたら私がやる」
俺とレイアはフィリップに怪訝な視線を投じる。
「ふっ、こんなこともあろうかと、シスター・リュシールの孤児院の教会から聖水を入手しておいた」
聖水?
確か、瘴気に侵された人間を治療したり、ぶっかけるとアンデッドを浄化できるっていうあれか。
結構貴重な物だったはずだ。
「あなた、いつの間に……」
「一昨日、クラウスと孤児院に行ったときにな」
何だって? 知らんぞ俺は。
「貴公が子どもたちに獲物の解体を教えているときだ。何か礼をと言われるので、司祭殿の調合した聖水を分けてもらったのだ。本教会で扱っているものより効能が低く値段も安い品だ。向こうも惜し気がないであろう」
確か、司祭クラスの神官は聖水を作るのも修行の一環だそうな。
上級貴族であるフィリップに使ってもらえるとあれば、あの司祭の株も上がるということか。
「こうして私の剣に振り掛けて突いてやれば、それなりに効果はあるだろう」
なるほど、インスタント聖剣の出来上がりってわけだ。
さて、低品質の聖水で亜種のレイスにどこまで対抗できるか。
「居たわね……」
前回、元料理人のレイスと戦った部屋に、シルヴェストルは居た。
見るからにヘタっているのは、魔力切れとアンデッドの闇属性の魔力にあてられ続けたせいだろう。
「っ! 君たち、何故!? いや、すぐに戻って校長にボルグの仕業だと……くっ」
本人の魔法か魔法陣を使ったかは不明だが、自分の周りに聖属性の障壁を張っている。
亜種のレイスにフルボッコにされ、もうすぐ削り尽くされそうだ。
予定通りレイアが前に出て、すでに詠唱を終えていた聖魔術を放つ。
「――“聖光”」
とりあえず、すべてのレイスを攻撃範囲に捉えた。
「「「「「「キシャャー!!」」」」」」
完全に浄化されたのは二体。
フィリップが間髪入れずに追撃を放つ。
「せい!」
弱っていた一体は、フィリップの剣によって体の中心に聖水をぶち込まれ、とどめを刺される。
レイアの聖魔術の中心からは外れていたため生き残った三体も、フィリップのインスタント聖剣を受け地面に這いつくばった。
「よし、“土枷”」
俺はレイアの詠唱を少しでも援護するため、拘束用の土魔術を発動した。
地面から木の根のような蔓が伸び、レイスの大鎌に絡みつく。
ゲームや小説の作品によっては木魔術と呼ばれて土属性と区別されることもありそうな魔術だ。
実体のないレイス本体への攻撃ができない俺にとって、レイスの武器を封じることが最大の援護だろう。
「いいぞ、クラウス!」
フィリップに続きレイアも俺に頷き返す。
どうやら詠唱が終わったようだ。
「――“聖光”」
再びレイアの範囲聖魔術が放たれ、レイスの集団は沈黙した。
俺はリボルバーを構え、慎重に気絶しているシルヴェストルに近づいた。
すでに聖属性の結界は消えている。
タイミングとしては本当にギリギリだったのだろう。
綺麗に気絶している。
「さて、こいつをどうするかね?」
安全を確認した俺はフィリップとレイアを振り返って口を開いた。
「結構瘴気にあてられてるわね」
「うむ、この場で治療をして、すぐに尋問すべきかもしれぬな」
フィリップの言葉に頷こうとした瞬間、俺の首筋に氷を触れさせられたような感覚が走った。
「いや、わしの方から話そうかの」
俺が突然現れたその男に銃を向けるのに一瞬遅れて、フィリップとレイアが振り返り武器を構える。
「ほう、ミスター・イェーガーは声をかける前に気づくか……」
「校長……。何故、ここに?」
俺は何とか声を絞り出した。
先ほど会った時より威圧感は幾分低いが、それでも今まで会った誰よりも強者であることは容易に察せる。
「とりあえずお主たちの誤解を解いておこう。わしもシルヴェストルも黒閻に与してはおらん」
確かに、俺たちにとって最大の懸念はそれだが、そう簡単に信用できるものではない。
「学生であるお主たちを巻き込んでしまったのはわしの落ち度じゃ。すべて話そう。じゃが、先に……」
デ・ラ・セルナはシルヴェストルの容体を確認し治癒魔術を発動した。
「命に別状は無いようじゃな。」
さすがに治癒魔術の腕も一流だ。
感じられる魔力にもムラが無い。
「あとは……」
そして壁に手をつき、何やら呪文を唱え始めた。
その瞬間、先ほどまでの何の変哲もない壁が急に沈み込み、今まで無かった部屋がその姿を現した。
「こ、これは……」
「信じられない……」
フィリップたちが驚くのは無理もないだろう。
いや、俺も大層驚いている。
ただ二人が驚愕のあまり武器を下ろしてしまっているから、俺だけでも警戒を続けるために銃を構えているだけだ。
「こういった部屋は主である魔物を討伐したときに現れることが多くての。鍵となる物品なり呪文なりを手に入れられるのは最初の人間だけじゃ。ほとんどが、そうして手に入れた者の私物と化しているため、表に出てくることは少ない」
確かに、それなら個人の宝物庫代わりに使うこともできるな。
しかも、そういった事情なら禁書庫の本にしか書かれていなかったことも頷ける
「さて、シルヴェストルも確保できたし戻るかの」
部屋の中から魔晶石のようなものを回収したデ・ラ・セルナは先に立って歩き出した。