27話 再びダンジョンへ
月明りを鈍く反射していた雪が一瞬で赤く染まる。
今回の俺の“業火”は空に向けて放ったが、それでも俺の周囲や図書館の屋根に積もった雪をほとんど溶かしてしまうほどの熱量だった。
故郷に居たころフロンティアを抜けた先の海岸で、海に向かって何度も試した魔術だ。
威力もいつも通り。
もはや俺が教本にある上級魔術程度で、詠唱を省いたところで威力を落とすようなことはない。
「(何だ、今のは!? クラウスか?)」
フィリップの声が遠くから聞こえる。
順調に演技しているな。
問題は、ほかに誰がこの現場に来るかだな。
あとは、自然にゴミ処理を引き継いで帰るだけ…………だったはずだ。
「ミスター・イェーガー、お主は何をしておる?」
くそっ……何故こいつがここに!?
「すみません、校長先生。ゴミを燃やそうと思ったのですが……」
アレクサンダー・フランソワ・ド・ジェルマン・デ・ラ・セルナ。
王都魔法学校校長にして黒閻の首領を倒した英雄、そして名実ともに国内最強クラスの戦闘力を有する聖騎士。
真っ先に現れたのは、この男だった。
かなり老齢だったはずだが、その風格は年を感じさせない。
いや、複雑な描写は無意味だ。
そもそも、この老人には俺にとって探るまでもない明確な特徴が存在する。
それは俺がどう足掻いても勝てないということだ。
今の俺では敵わない魔力量。
それだけなら驚くことではない。
俺が宮廷魔術師でも稀なほどの魔力を持つとはいえ、上には上が居るのだ。
だが、今の校長からは入学式のときの好々爺っぽい印象は鳴りを潜め、真の姿を俺に晒している。
初めて見る正面から戦って勝てないと思うほどの存在感を持つ相手だ。
奇襲で接近戦を仕掛け、勝率は二割といったところか。
「ふぅむ、お主が火魔術を暴発させるか……。珍しいのう」
口調は今まで通りだが、一瞬全てを白状しそうになる。
それだけの迫力だ。
「酔いが回ったかもしれません……」
「クラウス! どうしたのだ?」
フィリップの到着だ。
「ああ、思ったより酔ってるみたいでな。制御をしくじった」
「そうか、わかった。校長先生、申し訳ありませぬが、クラウスは先に休ませてやってください。ゴミはあとでレイアに頼んでおきます故」
さすがフィリップ。
シナリオ通りだ。
俺の方が棒読みになってないか心配だ。
「もちろん構わぬよ。そもそも医務室の手伝いは、優秀な特待生のお主たちの好意に甘えているものだからのう」
「危なかったな……」
俺はラウンジの隅に身を隠し、解毒魔術を自分にかけアルコールを完全に分解する。
本来、魔術の制御をしくじるほど酩酊していては、解毒を自分でかけて酔いを醒ますことはできない。
酔っている演技としては人前で解毒魔術を使うわけにはいかなかった。
どこに目と耳があるかわからない状況では、今の人目を忍んでの行動は正解だろう。
しかし、あそこで校長が出てくるとは……。
正面からの戦闘で勝てないと思ったのは初めてだ。
魔力量だけでも今の俺の数倍はある。
俺の魔力の成長速度からすると、いずれは追い抜くことができるかもしれない差だが、そもそも魔術の練度も接近戦の技量も段違いだろう。
たとえ彼が敵に回ったとしても、今は戦闘をするのは避けるべきだろう。
それにしてもなぜデ・ラ・セルナはあんなに警戒していたのか?
俺の中で彼に対する疑問がふつふつと沸き上がった。
だが、まずは仲間の報告が先だ。
さて、フィリップたちは……。
「待たせたな」
「お待たせしましたわ」
「お疲れ様、クラウス」
来たか。
ファビオラ以外は全員集まったな。
「ああ、おかえり」
フィリップに解毒魔術をかけてやりながら、返事をした。
無詠唱なのは、耳を警戒してだ。
フィリップもそれが分かっているから、今は無言で頷くだけだ。
「……大丈夫よ、安全だわ」
レイアが精密な探査を魔法陣でかけ、安全を確認したうえで遮音結界を張る。
これで、安心して密談できるわけだ。
「お待たせなのです」
エージェントが戻ってきたか。
……何があった?
能天気の代名詞のようなファビオラが、こんなに青い顔をするなんて。
「……クラウスさんが失礼なことを考えていますが、とりあえず報告を優先するのです」
無駄に勘のいい奴。
まあ、今回の潜入を任せるにあたって、ファビオラには事情を説明してあるし、禁書庫で手に入れた情報はすべて口頭で説明してもらうことになっている。
メモを取る時間は無く、カメラのような魔道具はたとえ入手できても感知されたらお終いだ。
その条件できちんとミッションをこなしてくれた以上、見た目ほどアホではないのは確かだ。
「単刀直入に言うのです。デ・ラ・セルナ校長は黒閻の首領イシュマエルから奪った魔道具を隠している可能性が高いのです。もしかしたら、ダンジョンに隠して……とか考えられるのです」
あり得そうな話ではあるが、果たしてそんな場所に隠すのが有効かな?
ダンジョンのことはあとで考えるとはいえ、デ・ラ・セルナについて少しでもわかったのは前進だ。
あと黒閻のボスはイシュマエルっていうのか。
これもたしか初耳……俺がこういう伝承的なものに詳しくないだけかもな。
呑気な俺を尻目に、メアリーの反応は劇的だった。
「っ! そ、それでは! シルヴェストル教頭は……」
何だ? あのハゲがどうかしたのか?
「シスター・リュシールから聞いたのですが、先日からシルヴェストル教頭は出張しているとのことですの。もしや、すでに動き出しているのでは……」
「やっぱり、あいつは敵だったのよ」
「待て、レイア。ここまで疑わしい動きをしていて、お前は校長が気づかぬと思うか?」
「そ、それは……」
シルヴェストルの敵味方はひとまず置いておこう。
問題は、やつが行動を起こしているとして、どうやって追いつくかだ。
前回のダンジョン行きでは現状の知識と魔法陣では、闇雲に捜索しても時間が無駄になるだけと判断したのだ。
今のところ手持ちのカードは増えていない。
ダンジョンに隠された秘密が、デ・ラ・セルナの秘匿していた魔道具関連ということはわかっても、場所を割り出す術がない。
単純にダンジョンに隠すとはいっても、下手な場所に埋めたって冒険者にかっぱらわれたら水の泡だ。
「あと、もう一つ重要な情報を発見したのです。小規模なダンジョンは大掛かりな中枢や宝物庫が無い代わりに、最下層のボスの部屋に隠し部屋があるみたいなのです」
おい、それ決め手になる情報じゃないか!
隠し部屋なら十分宝物庫の代わりになる。
「深夜ノ外出ハ控エ……」
「街中で倒れてる奴がいないか見てくる!」
ゴーレムの追及にさらっと嘘をつき、俺とフィリップとレイアは校門を走り抜ける。
フィリップも今日は警戒して装備品は汎用の魔法の袋に仕舞っていたので、すぐに行動を開始できた。
戦闘スキルの少ないメアリーは待機、ファビオラは彼女の護衛だ。
「クラウス! なぜ、襲撃が今日だってわかるの!?」
レイアが走りながら聞いてくる。
風魔法で追い風を作り出しているのだろう。
俺もさすがに街中で飛ぶわけにはいかないが、強化魔法を使えない人間では出せない速度で走っている。
レイアの地力では俺やフィリップの足に付いてくることは不可能だ。
「こんなに街全体の緊張が緩んでいる日に、何も無い方がおかしい!」
そう、今日はダンジョンの隠し部屋に確実に近づく奴がいる。
シルヴェストルも絶対そこにいる。
建国祭のカオスに乗じて暗躍するなど、俺たちですら考えついた案だ。
敵が今日動かないわけがない。
すぐさまダンジョンに向かうことを戸惑う理由など無かった。
「止まれ!! っ! オルグレン伯爵、こんな時間に何を……?」
ダンジョンの入り口は騎士が固めていた。
警備隊では見たことの無い奴らだ。
だが、制服でどこの所属かはわかる。
王宮騎士団だ。
バカみたいに広い王城全体の警護と侵入者の排除を担う。
近衛騎士が身を挺して王族を守る盾とするなら、王宮騎士は前に出て襲撃者を始末する剣だ。
「ご苦労。……ダンジョンに入りたいのだが」
「申し訳ありませんが、誰も通すなとの命令でして」
「理由は何だ?」
グッジョブ。
誰の命令かなど聞いても適当に答えるか「機密事項です」のどちらかだろう。
「魔物が流出する可能せぃあべし!!!!」
俺は躊躇することなく“電撃”を放っていた。
「クラウス!」
「時間が惜しい。今の質問で動揺が無かった以上、おそらく事情も知らない下っ端だろう」
誰が命令の根幹にいるのかはわからないが、王宮騎士団を動かせる者が背後に居るのは確かだ。
早いとこ突入してシルヴェストルを締め上げなければ。
「王宮騎士団を下っ端扱い……」
レイアが何か言ってるが気にしない。
まあ、魔物が溢れるくらい急増しているのは事実かもしれない。
気を引き締めていこう。
さっそく三階層へ転移しようとした俺たちに最初の試練が立ちはだかる。
「っ! 転移ができぬだと!?」
どうやって人を認識しているのかは知らないが、すでに攻略した階層までは入り口の転移装置から瞬間移動できるのだ。
その装置こそアーティファクト級の魔道具だが、持ち出すと効力が無くなるため研究は進んでいないらしい。
だが、そんなレベルの魔道具が使えないとなると……。
「デ・ラ・セルナ校長の防衛措置か敵の妨害か……」
フィリップの言う通りこのタイミングで起こるということは、そのどちらかで合っているだろう。
デ・ラ・セルナが敵という最悪のパターンでなければだが。
「また一階層から行くしかないか」
「そうね」
「ハァ!!」
「せいっ! ――“氷結”」
「――“アイスブレット”」
入った途端これだ。
またしてもゴブリン、オーク、オーガの包囲網である。
前にも入り口に足を踏み入れた瞬間、囲まれたことがあったな。
何のために王宮騎士を気絶させてまで急いで来たのかわかったもんじゃない。
「くそっ! 鬱陶しい。フィリップ、レイア下がれ」
フィリップは目の前の敵を蹴り飛ばし、レイアは杖の周りに生み出し準備していた氷の塊をそのままに後ろへ飛びのく。
当初に比べれば連携も慣れたものだ。
「“魔法障壁”――“火嵐”」
ちょうど俺たちと魔物の集団を分断した魔法障壁の向こうに、炎の奔流を生み出す。
レイア達の攻撃を貫通させることはできないが、俺自身の魔術ならば向こう側に発生させることもできる。
「「「グギョァァアァ!!!!」」」
“火嵐”は同じ中級火魔術でも“爆破”ほどの衝撃波は無い。
俺の場合“火槍”でも“爆破”と同じくらいの爆発を伴うので、こちらもダンジョンでは使いにくいのだ。
だが、“火嵐”ならば通路に魔法障壁や通路に沿って火が部屋を埋め尽くす。
酸欠になる可能性があるので狭いダンジョンで乱射はできないが、今回のように閉所で敵が密集している場合は有効な殲滅手段だ。
「やったか?」
おいおい、それフラグですだよ。
いや、目の前の敵は消し炭になってはいるな。
だが、今回はかつてないほど通路にまで魔物が増えているらしい。
狭い場所で戦うという制約がある以上、もはや初心者向けのダンジョンではない。
しかし、ここで時間を取られぬのはお断りだ。
かといって、火魔術やら大規模な範囲攻撃魔術で自滅したら目も当てられない。
仕方ない、銃を使うか。
バジリスクやアンデッドに効かなかったら温存する意味は無いからな。
それに、早い段階で魔力が切れるのは避けたい。
「フィリップ、レイア。一階層の魔物は数こそ多いが内容に変化はない。俺が銃で片っ端から撃ち殺して走り抜けるから、ついてきてくれ」
「『じゅう』というと、あの魔力反応のない魔道具か?」
「そうだ。だが、一挙動で撃てるのは六発、連続して撃てるのは六十発ほどだ。フィリップは撃ち漏らしのとどめを、レイアは死体の回収をしてくれ」
鋳鉄で作ったスピードローダーは十個。
前世の常識でいえば、リボルバー拳銃のスピードローダーをこんなに携帯することはまずないだろう。
“倉庫”があるからできる手法だ。
オートマチックの予備弾倉なら、特殊部隊が十個ほど携帯することがあるという話は聞くが、これは珍しい例だ
本来なら、サブウェポンである拳銃の予備弾はそんなに多く持たない。
拳銃の使用が多い警察でも、予備弾倉は二個から四個が普通である。
軍では、ライフルを装備しているのなら拳銃自体の装備スペースもライフルの予備弾倉にしたほうが有効だなんて説もあるくらいだ。
「さて、サクサク進もうか」