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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編1年
26/232

26話 決行

 さて、本日は建国祭前日。

 俺とフィリップは雪の中、呑気にも狩りに来ている。

「ギャオォォー!!」

「フィリップ、行ったぞ」

 俺のクロスボウの矢を首筋に受けたアーマーディアは、血を撒き散らしながらフィリップに突進した。

「任せろ」

 当然、単調に角を突き出した突進など、フィリップが食らうはずもない。

 普通の鹿より防御力が圧倒的に高い鹿の魔物は、もう一方の頸動脈もフィリップのレイピアに切り裂かれ絶命した。

 何故、計画の実行前日に街の外に来ているかというと、シスター・リュシールに恩を売るためだ。

 今回の計画では、シスターの監視も兼ねてレイアとメアリーが医務室に待機する。

 名目は運び込まれる泥酔者の治療と看護の手伝いだ。

 俺とフィリップは酔っぱらって倒れている者がいないか見てくると言って、それぞれの行動を起こすことになる。

 だが、学生が深夜に外をうろつくのは、いろいろと具合が悪い。

 そこで、フィリップがオルグレン伯爵として半ば個人的に、シスター・リュシールの出身孤児院――教会に併設されている――に丸々と太った旬の狩りの獲物を寄付するというわけだ。

 オルグレン伯爵の正義感やら使命感と解釈してもらえれば、シスターも多少の不可解な行動くらい見逃してくれるだろう。

「こんなもんでいいかね」

 倒したアーマーディアを魔法の袋に仕舞いながら、フィリップに確認を取る。

 孤児院の子どもたちが食べる分には十分なはずだ。

「うむ、上々だ」

 よかった……。

 こいつは気分が乗ると(バー)戦士(サーカー)よろしく突っ走るからな。

 これで日が暮れるまで付き合わされたら、どうしようかと思った。

「さて、そろそろ街に戻るか……ん? どうしたのだ?」

「いや、今日はドラゴンを見つけるとか言い出さないんだなと思って……」

「おいおい。さすがに計画の支障になるような寄り道はせぬぞ」

 ですよね……って、何も無かったら暴走してたのかい!?

 まったく、勘弁してくれよ。



「失礼、司祭殿は居られるか?」

 孤児院が併設されているのは中心街の本教会ではなく南地区の方だ。

 こちらは、家畜を飼うための施設と、王都の南から来た馬車を受け入れる設備が近くにある。

 王都サントアルカディアは国内最大級の都市だ。

 教会が二つ以上あるのも不思議ではない。

「は~い。どちら様ですか?」

 出てきたのはブロンドで巨乳の……美人シスター!?

 本当にいるんだな。

 年齢は俺たちより少し上といったところか。

「私はフィリップ・ノエル・オルグレン伯爵だ。司祭殿に取り次いでもらいたい」

「えっ!? 伯爵様ですか!! す、すみません、すぐにお呼びいたしましゅ」

 噛んだな。

 教会の奥へ走って行く後ろ姿も危なっかしい。

 しかし、よく自分より年下の少年をすぐに本人と認めたものだ……あ、そうか。

 制服のローブはともかく、フィリップのシャツやズボンは、外出着もかなり高級感のあるものだ。

 本人は、とにかく機能的な物を用意するように執事に頼んだらしいが、やはり値段の最低基準が違うのだろう。

 レザーアーマーも特別な魔道具ではないとはいえ、俺の魔物の毛皮を適当に繕ったベスト状のものとは格が違う。

 しかも、ガルヴォルンの籠手とアダマンタイトのレイピアは、そう簡単には手に入らない代物だ。

 と、さっきのシスターが司祭を伴って戻って来た。

「お待たせしました、伯爵様。大したおもてなしはできませんが、どうぞ中へ」

「うむ、歓待を受けるのは吝かではないが、先に渡す物がある。クラウス」

「はいよ」

 俺は今日の獲物を魔法の袋から取り出した。

 最後に仕留めたアーマーディアのほかにも、デスクローグリズリーとウサギが数匹だ。

「魔法学校のシスター・リュシールには世話になっておるし、ちょうど穴場を探しがてら狩りに出たのだ。受け取るが良い」

「よ、よろしいのですか?」

「うむ、年に一度の建国祭だ。その時に居る場所の手が届く範囲にしか気はかけられぬが、少しでも良い祝日を送ってもらいたい」

「「ありがとうございます!!」」

 よし、第一印象は完璧だな。

 お、ちらほらと子どもたちが出てきた。

 年長の連中は俺たちとあまり年は変わらないのかな。

「ほら、あなたたちも伯爵様と従者の方にお礼を」

「「「「ありがとうございます!伯爵様、騎士様!」」」」

 騎士様ね……。

 この子たちにとって、貴族の付き添いで剣を持ってる人間は、すべてが騎士扱いなのか。

「俺は騎士でも貴族でもないから気を使う必要は無いぞ」

 俺の発言は、すぐにフィリップから訂正された。

「貴公、士爵家の出であろう……」

 そうだった。

 一応貴族か。

「そういえば、そうだったな……。確実に関係なくなるから忘れてたよ」

 三男の俺は成人するまでは、イェーガー士爵家の人間として、れっきとした貴族として扱われる。

 次男以降の序列になると家臣や陪臣を多く持つ大貴族ならばそれらの家に婿入り、もしくは新たな家臣家の当主となる。

 だが、俺のように家臣として家に残る気がないものは成人や叙爵、仕官などが決まれば貴族籍からは抹消される。

 本業を冒険者にするにしろ商人にするにしろ、成人後の俺は平民となるわけだ。

「忘れてたとは……。だが、貴公ほどの実力者ならば、新たに貴族家をたてるのも可能だと思うぞ」

 それは勘弁願いたいね。

 特権意識に凝り固まった老害どもと腹の探り合いなど、ご免被る。

 皆がみんな同じタイプではないだろうが、レイアから聞いたアーネストとかいう奴みたいなのは決して珍しい例ではないだろう。

「まあ、仕事は卒業してから考えるさ。さあ、ちびっ子たち! 解体を手伝ってくれ。今から覚えておけば役に立つぞ」

 血抜きは終わっているものの、獲物の解体はまだだ。

 フィリップ曰く、少しでも手伝わせたほうが子どもたちの士気のためになる。

 今回の獲物は、俺も故郷で冬に仕留めて幾つか魔法の袋にストックしてある、珍しくないものばかりだ。

 俺が熟知しているという意味でも、解体を教えるにはちょうどいい教材だろう。

 俺は子どもたちを伴って孤児院の裏庭に向かった。



 建国祭当日。

 いくつもの障害を乗り越え、俺たちはついにコルボーの屋台に辿り着いた。

「いらっしゃい! おお、カタストロフィの皆さんじゃないか。買ってくかい……ってどうした、クラウス? 祭りが楽しみで寝れなかったのか?」

 コルボーが憔悴しきった俺の顔を覗き込んで言った。

「……今日のおすすめを中心に適当にお願いします。……いやね、ここに来るまでに何回もスリ現場に居あわせまして」

 カーニバルの最中とはいえ、ゴキブリみたいにスリやひったくりが横行しているとは。

 偶然会った顔見知りの警備隊員も、人海戦術で片っ端から捕まえてはいるがキリがないとボヤいていた。

 まったく……。

 夜は医務室に詰める予定だから、早い時間に買い物をすべて済ませておこうと思ったのだが、それすらも妨害されるとは思いもしなかった。

「今年は流れ者の犯罪者が多かったのかしら」

「特にそういう情報はありませんわね」

「レイアの『トラブルメーカー』というやつではないか?」

 あ、俺も思った。

「あたしは関係ないでしょ!」

「あり得るのです!」

 ここは沈黙を保った方が賢明だな。

 とにかく、俺はそういった輩を見つけるたびに投げナイフで手やふくらはぎをぶち抜いて阻止し、警備隊が来るのを待って突き出していたわけだ。

 だが、ナイフを投げた本数は両手の指では数えきれない。

 一人頭に二本以上投げたとしても多すぎだ。

 とてもではないが、投げナイフを使い捨てにはできない。

 早いうちに追加で買わないとな。

 チンピラに使い過ぎて、いざ必要なとき弾切れでは目も当てられん。

「そりゃ、ご愁傷様なこって。そうそう、この唐揚げ串とワイルドボアの串カツは飛ぶように売れてるぜ。いや~、クラウスとランドルフの旦那のおかげで大盛況だよ」

「それはよかった」

 さて、買い物を済ませたら、さっさと退散するか。

 今日の夜は大仕事があるのだ。

 人ごみとケチな犯罪者の始末で疲労がたまっては本末転倒だ。



「(うまくやれよ)」

「(うむ、任せておけ)」

「(気を付けてなのです」」

 俺は干し草の箒を持ちフィリップを見送った。

 ファビオラは、すでに建物の陰に身を隠し気配を消している。

 シスターを誤魔化すのはうまくいった。

 日本人の感覚としては学生が巡回の真似をするなどありえないが、海外の学校では監督生が見回りをするのは普通だったはずだ。

 自立の早いこの世界では特に心配するものでもないのだろう。

 シスターのセリフが「気を付けて」ではなく「ご苦労さま」だったことからも想像がつく。

「(クラウスさん、お酒臭いのです)」

「(我慢してくれ。実害がないとはいえ火魔術を暴発させる設定なんだ。酔ってでもいなけりゃ不自然だろ)」

 今回の計画での俺は、偶然目についたゴミを処理する過程で酔いが回り魔術の制御をミスる流れだ。

 だが、よくよく考えれば俺が素面で魔術の誤操作を起こすなど考えにくい。

 酒といえば言い訳のテンプレなわけで、今日はそういったハメはずしには寛容な日だ。

 というわけで、今日は俺もフィリップも一杯ずつワインを飲んでいる。

「(クラウスさんの火だるまは見たくないのです)」

「(さすがに引火するほど度数の高い酒は飲まねぇよ)」

 と、無駄話をしてるうちにゴーレムを引き連れたフィリップが来た。

 警備ゴーレムを近くで見た機会は多くないが、あらためて見るといかにも頑丈そうといった感想しか出ない。

 いざ破壊するとなると手がかかると思えるほどの耐久力はありそうだ。

「ん、クラウス。掃除か?」

「ああ、見ての通り生ゴミが多くてな。ちょっと燃やしてきたいんだが大丈夫か?」

 さすが、上級貴族。

 普段の単細胞の片鱗を見せず堂に入った演技だ。

「ああ、問題ない。では、先に行くぞ。ここは彼に任せる。諸君は私と共に、学校の入り口付近に泥酔者がいないか巡回を頼む」

「優先事項ヲ確認………認識終了。承認シマシタ。要治療者ノ捜索ニ移リマス」

 喋れるのね。

 いかにも録音の音だが、これも魔石や魔法陣を使ったプログラムなのだろう。

「さて、行ったか……」

 俺は足元のゴミを箒で引っ張りながら図書館の裏手に移動する。

 そろそろフィリップたちが校門の外に到達したころか。

 ファビオラも潜入を開始しているだろう。

 失敗は許されない。

 中にどんなトラップがあるかわからない以上、俺がミスればファビオラの命に危険がおよぶ。

「…………よし、いくぞ」

 薄く積もった雪が満月の光を反射するなか、おれは無詠唱で“業火(ヘルファイア)”を空中に向けて放った。

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