24話 小休止
ダンジョンの入り口の転移場所に戻ってきた。
「結局、二日で攻略しちゃったわね」
「ああ、まだ見てない部屋はあるだろうが、かなりの快挙なのは間違いなかろう」
当初は休みの期間全てを費やして足りるといいな、くらいに考えていた。
それを思えば大幅な時間の節約と言っていいだろう。
「しかし、あれだな。こうして実際に潜ってみると、ダンジョン探索の稼ぎが運に左右されるってぇのが嫌って程わかるぜ。なんせ、一番深い階層に潜るより二階層のほうが実入りはいいんだからな」
確かに、三階層の収穫はスケルトンやデッドメイルなんかの魔石くらいしか無かった。
一番多かったゾンビは生ゴミ以外の何者でもない。
「そうじゃな。儂等としては、バジリスクの方が、ありがたいからの」
まあ、それに関しては同感だ。
バジリスクの肉を相当な量確保できてご機嫌な二人から隠れるように、俺はレイアに耳打ちする。
「(もっと調べなくてよかったのか?)」
探索を早々に打ち切ったのはレイアだった。
結局のところ『黒閻』の尻尾を掴むどころか、ダンジョンの秘密すら明らかになっていない。
「(さっき大鎌を調べるときにほかの探知系の魔術も使ったの)」
何だって? 全く気付かなかったぞ。
「(あの規模のダンジョンでは珍しいことじゃないけど、財宝やらダンジョン内のほとんどの機構を司る中枢なんかは無かった。だから人為的に手を入れられた形跡があればわかる)」
なるほど、『黒閻』――場合によってはシルヴェストルも――の狙う何かが地面に埋められたりしていたら、簡単にわかるわけだ。
「(結果は……収穫無しか)」
「(ええ……)」
わかりやすい落胆の表情だ。
「(ダンジョンについて、もっと詳しく調べる必要があるわね。あたしの又聞きの知識じゃ限界があるわ)」
俺はレイアに頷き返し、フィリップと談笑しているマイスナーとバイルシュミットに近づく。
「出口だ」
ようやく、戻ってきたか。
「お疲れさまです、カタストロフィの皆さん」
何故お前がここに居る?
ハゲもといシルヴェストルさんよ。
「シルヴェストル先生、何故ここにいらっしゃるのですか?」
真っ先に尋ねたのはフィリップだが、彼もこのタイミングのいい登場には疑うところが多いのだろう。
「いえ、生徒の安全を確認するため、巡回も仕事の内ですから」
「(よく言うわ)」
レイアは完全に敵だと決めつけているみたいだ。
「ほう! 教頭先生がわざわざお出ましとは! オルグレン伯爵たちならば心配ないですぞ!!」
当然だが、バイルシュミットにはただの仕事熱心な教師に見えるらしい。
あれで演技だったら感心する。
さすがに、俺たちが『黒閻』を探っていることや、シルヴェストルの関与を疑っていることは話せない。
「なるほど、イェーガー君は腕利きの騎士を味方に付けましたか……」
「ああ、うめぇ酒をもらいましてね」
マイスナーは、シルヴェストルの言葉を完全に信用してはいないみたいだが、『黒閻』云々までは思い至ってないだろう。
考えが及んでいたとして、例のトロールの襲撃などのオルグレン伯爵家を快く思わない貴族の息がかかっている可能性程度か。
「なるほど。……そういえばイェーガー君は“醸造”の名手でしたね。ところで、ダンジョンの探索は進んでいますか?」
探ってきやがった。
さて、なんて答えようか。
「うむ! 今しがた攻略し終わりましたぞ!」
バカヤロ……。脳筋じじいめ。
「ほう、取り掛かって二、三日で踏破するとは……」
ん、この表情は……焦り?
しかし、さすがに年の功。
すぐに、柔和な表情へと戻ってしまった。
「それは、おめでとうございます。では、私は引き続き巡回をしますね。気が向いたら、また素材を集めてください」
シルヴェストルはそそくさと去っていった。
「それじゃ、俺たちは失礼するぜ」
「少年、オルグレン伯爵、レイア嬢、実に充実した一日であった!」
詰所へと戻っていくマイスナーとバイルシュミットを見送り、俺たちは帰路につく。
「さて、どうしたものかね……」
俺は誰にともなく語りかけた。
シルヴェストルの表情にはフィリップたちも気付いていた。
俺たちの攻略スピードは驚異的だが、あの老練な男が表情を強張らせるなどいったいどのような理由があってのことか?
あまりにも予想外だったというよりは、何かほかに危惧していることがあり、頭痛のタネが増えたというような表情だ。
「シルヴェストルがどう動こうが、あたしたちはまずあのダンジョン……いえ、あらゆるダンジョンに関する情報を集めて見落としが無いか調べないと。今の状態で闇雲にダンジョンを荒らしまわっても時間の無駄よ」
「うむ、現状で我々が彼を見張っても動きがある可能性は低い。監視はメアリーたちにひとまず任せようではないか」
確かに、それが一番妥当だろうな。
となると、俺は……。
「ああ、そうだな。フィリップ、そっちは任せてもいいか? 図書館の資料から情報を集めるにしても、敵の動きを察知するにも、それなりの時間を要するだろう」
「了解した。クラウスとレイアは書庫を漁ってくれ。私は少しでも情報網をつついてみよう」
しばらくは様子見か……。
「らっしゃい! おお、兄ちゃんじゃねぇか」
「……いらっしゃい」
「ども」
さて、古本と睨めっこしてばかりの今日この頃だが、たまには外の空気も吸わないとな。
いや、授業はサボってないっすよ。魔法陣の勉強は進んでないけど……。
と、いうわけで、今日の俺はメアリーとアンの実家の武器屋に来ている。
「頼んでおいたものが出来上がったと聞きましたが」
「ああ、こいつは自信作だぜ」
そういって、親父さんが取り出してきたのは、この世界の基準から考えれば、ずいぶんと小振りのナイフだ。
そう、ハンティングナイフ。
ダンジョンに潜り始める前だが、俺は特注のナイフの製作を親父さんに頼んでいた。
俺が普段、魔物の剥ぎ取りなどに使っているナイフは半数が故郷から持ってきた簡素な短剣、もう半分はフロンティアで集めた鉄から自作したものだ。
自作したものは現代のガー○ーなどのメーカーの製品を真似している。
親指はまっすぐ峰に沿って伸ばせるように刃の側だけの鍔、指が吸い付くようなフィットする握り心地の湾曲した握り、刀身は逆手に持つだけで隠せそうなほどコンパクトだ。
だが、故郷で手に入る木材と見よう見まねの鍛造では、たかが知れている。
そこで、俺はプロに依頼したわけだ。
出来上がったハンティングナイフの柄は、クロスボウの銃床と同じクルミ材のような固く、手触りのいい木材を使っている。
革のシースを外すと、銀色の刃がまばゆい光を放つ。
俺が俄か鍛造で作ったナイフとは一線を画す出来栄えだ。
「これはまた見事だ……」
「だろ、それにお前さんが妙に拘っていたフォルムも、これなら文句あるまい」
俺が拘っていたというフォルム。
それはナイフやサバイバル用品が好きなら誰もが一度は憧れるメーカー、ラ○レスの製品に見られるデザインだ。
シースナイフ、フォールディングナイフに関わらずラブ○スのナイフの先端は、峰の側から先端に向かってのなだらかな狭まりが特徴的な物が多くある。
バッ○の製品や軍用サバイバルナイフによく見られる、抉れたような反り返りではなく、かすかに膨らむような緩やかな曲線を描いている。
ほとんど優劣ではなく俺の好みだが、このくらいはいいだろう。
自作品では、ここまでのデザインを実現することができなかった。
「ええ、完璧です。これは追加報酬出したほうがいいかな?」
「へっ! 何言ってやがる。こんな画期的な短剣を考えついてアイデア料を取らないってんだからこっちとしては大儲けだぜ。そもそも、金貨2枚だってもらいすぎだ」
そう、このオーダーメイドのナイフを注文したとき、俺は金貨を2枚支払った。
前世の記憶が確かなら、ラ○レスのナイフはこれでも安すぎるだろう。
まあ、この世界というか時代では、ナイフ自体がもっと一般的な道具ではあるが……。
サンプルにと自作したハンティングナイフを貸したのだが、こんな形状の短剣は今まで見たことが無いと言われた。
同時に、これほど動物の解体や細かい作業に向いている形状のナイフを初めて知ったとも。
現代のハンティングナイフが、一番濃く受け継いでいるルーツなど俺も知らない。
俺の頭の中にあるデザインを実現するだけでも、やり方次第で相当儲けられる商売になるだろう。
だが、今回のような大きい額の買い物は、親父さん腕を見込んで、この店を末永く続けてほしいと思ってのことでもある。
質のいい武器を買えて、上等なメンテナンスを受けられれば俺の生存率も上がるのだ。
「で、今日はナイフを受け取りに来ただけかい?」
まさか。
「いえ、今日も注文がありまして」
俺は金貨を10枚、親父さんに手渡した。
日本円で約100万。
さすがに、この金額にはアンも目を丸くしている。
「何だ?……魔剣か?」
魔剣ってそんなに高いのか。
「いや、鎖が欲しいんですよ」
「はあ!? 鎖だぁ!?」
「ただの鎖ではありません。鈎鎖です」
鈎縄といっても、通じなかった。
鈎縄といえば忍者の七つ道具で、現代でも山岳部での隠密行動などの際に高い場所へ移動するのに使われている。
だが、俺が要求するのは移動のための道具ではない。
俺なら“飛行”の魔法で飛べばいい話だ。
そもそも鈎鎖はジャラジャラと音がするので、隠密行動で使うのは難しいだろう。
だが、もしこの世界の感覚でも強靭な鎖を敵に巻き付かせることができたらどうか?
“氷結”で拘束する効果が不十分なら、より強い力で押さえつければいい。
ファイヤートレントのときは凍らせることにも意味があったため“氷結”以外の手段は考えられないが、アイアンゴーレムのような敵を相手にする時には有効だろう。
あと、遠心力を乗せて投げつけても剣で攻撃するほどの効果はなさそうだが、なにも巻き付けるのとぶつけるのだけが能ではない。
分銅ではなく鈎にすれば引っ掛けて引き寄せることもできる。
敵に巻き付けたときに外れにくくするためだけではないのだ。
「なるほどな。兄ちゃんの魔術でも足止めが利かない奴を拘束したり、引き寄せたりするのか」
「ええ、鈎は四つを組み合わせた形でお願いします」
「わかった、どの方向からでも投げつけられるようにだな」
そのとーり、よくわかってらっしゃる。
その日は注文を終えて、一つ賤貨1枚の投げナイフを10本ほど買って帰った。
ダガー型の刺さりやすい形状のものだ。
前に来たときは見落としていたようだ。
風魔術の“ブースト”を使えば真っ直ぐに飛ばすのも難しくはないだろう。
ポケットか服の下に持っておけば“風刃”を飛ばすより魔力消費を抑え、素早く遠距離を攻撃できる。
銃を見られたくない街中や人前では、頼もしい武器になるだろう。
ちなみに、鈎鎖は魔導鋼を使った合金製で、俺の魔力を通して使うとBランク以上の魔物でもそう簡単に振りほどけない逸品を、数日後に受け取ることになる。
鈎の根元には簡易だがプログラムを施した魔石が埋め込まれており、ある程度の空中での方向転換が可能である。
魔導鋼という、またしても親父さん曰く「使い手がボンクラだと役立たず」な武器だが、俺にとっては強力無比な補助兵器になるに違いない。
最近、俺たちの指定席のようになりつつある図書館の端の机に到着した。
レイアの前には今日も書物の山が築かれているはず……だったが……。
珍しいな。
彼女の姿が見える。
いつもなら本の壁に埋まってしまって見えないはずなのに。
「レイア、何か進展は?」
俺は特に周りを気にすることもなく声をかけた。
ここで重要な情報のやり取りをしない程度には、お互い常識がある。
「ああ、クラウスいいところに」
「クラウスさん、緊急事態発生なのです!」
何故ファビオラが居るのかは置いといて……本がほとんど置かれていないということは何かあったのだろう。
もうダンジョンの秘密に予想を付けたのか?
それにしては、表情が硬い。
実は魔王城への転移門があったとか!?
「クラウス、結論から言うわ。ここにある資料では何もわからない」
まさか……ここに来て手詰まりですか!?
相変わらず大藪ワールドに憧れてます(笑)