23話 ダンジョン二日目
この世界の人間は誰でも多少なりとも魔力を内包している。
魔力を持たない人間の体でも浮遊魔力を取り込み身体魔力とするプロセスは起こっているのだ。
では一般的に言う魔力の有無とは何か?
“火球”などの放出系の魔術は説明するまでもないだろう。
意識して魔力を卸し身体の強化の度合いを変えられるものは強化魔法の使い手と認識される。
フィリップがそうだ。
彼の場合は魔力量もある程度多いので、放出系の魔術も詠唱の言霊によって数発程度なら撃てるが、基本的に体への定着率が高い魔力を意のままに操れるのは強化魔法などだけに限られる。
つまるところは魔法と呼ばれるものを発動できるだけの魔力量と技量があるかどうか、というわけだだ。
だが、一般水準では魔力は無いという人間でも、身のこなしに関しては鍛錬次第で魔力持ちの人間と同等以上の動きが可能となる。
要は魔力を卸すことができなくても、魔力が自然に体に絡みつくことにより、身体能力を上げることくらいは可能というわけだ。
これなら年齢が低くても、体格に恵まれてなくても、筋骨隆々の大人をいとも簡単にぶちのめせる人間が珍しくないのも頷けるだろう。
「ウラァ!」
俺の大剣がオーガの集団を皆殺しにする。
駆け抜けざまに、真っ二つに割られた七個の死体を量産する手際は我ながら見事だと思う。
「むう、少年! もはや儂に教えられることは無いようだな」
「いえ、対人戦ではまだまだ学ぶべきことも多いですから」
今の一連の動作もオーガの攻撃を最小の回避動作で躱し、剣に負担をかけずに行った。
俺の魔力の扱い方は魔法学校の教師陣曰く、放出系も定着系も問わず天賦の才があるらしい。
いや、どちらかというと術式への変換効率が良すぎて、威力が大きすぎると言ったほうが正しいが……。
魔力量だけでも化け物扱いされるのに至れり尽くせりなことだ。
さすが転生チート。
全力の強化魔法を纏って攻撃を行えば、ほとんどの相手を封殺できてしまう。
合わせて無詠唱の魔術を連発すればなおさらだ。
魔術は無詠唱とは言え発動する前に精神を集中させなければならない以上、銃ほどの即応性はない。
よって、この世界では数十メートルの距離ならば接近して斬りつける方が早い。
これが一般的な魔術師の弱点であり、いかに膨大な魔力量を誇ろうと決して魔術師最強論にならない最たる理由だ。
だが一撃で仕留められるほど、俺が接近戦に関して苦手なはずもない。
要は、器用貧乏な例が多い魔法剣士や魔法戦士の上位互換のような存在が俺だ。
これらが俺を戦闘において頭一つ飛び抜けさせている所以である。
しかし、魔力を一切体に循環させずに剣を振るったら、バイルシュミットどころかフィリップにもマイスナーにも勝てないだろう。
警備隊のほとんどを地力でも圧倒できるとはいえ上には上がいる。
センスを認められている以上、対人戦の技量や剣技自体も磨かなければならない。
三階層への転移部屋で俺たちは腰を下ろす。
今日はダンジョン探索を本格的に進めようと計画している。
迷宮内で夜を明かすのも覚悟の内だ。
二階層ではオーガの数が増えたほか、バジリスクが多く闊歩している。
バジリスクは1.5メートルほどのトカゲの魔物で、鱗が素材になり肉の味もイケるらしい。
このまま買い溜めならぬ狩り溜めといきたいところだが、一つ心配なことがあった。
「なあ、今更だがバジリスクって石化の魔眼とか危険だったんじゃないか?」
俺の言葉にフィリップたちは顔を見合わせた。
何か妙なこと言ったか?
ゲームではよくある設定だったと思うのだが。
コカトリスの石化ブレスよりバジリスクの石化の魔眼の方が脅威だと……。
「余裕で避けていたではないか」
はて?
魔眼って避けられるものなの?
「ほら、あれだ。あの“熱線”みてぇなやつだよ」
そういえば“熱線”にしては遅いレーザーみたいのを放ってたな。
「コカトリスの石化ブレスよりは脅威だけど、龍族の魔眼じゃあるまいし回避できないようなものじゃないでしょ」
また出たな、龍族。
なるほど、バジリスクの魔眼はパチモンみたいなものか。
だが、それでもブレスよりは危険なのか。
一応、気を付けておこう。
俺は街で買ったサンドイッチを人数分魔法の袋から出し、先ほど倒したバジリスクを一匹取り出し解体を始める。
先を急ぐとはいっても、腹が減っては戦はできぬ、食い物に未練を残しては剣は振れぬってやつだ。
「しかし、良かったんですか? 警備隊の隊長と副隊長が同時に留守にして」
「構わぬ! 所詮代理の効かぬ仕事など、ほとんど無い故に!」
いいのかよ? そんな指揮系統で。
俺の疑問に答えるようにマイスナーが口を開く。
「今の内は、てことさ。このアンデッド騒ぎも終結したら本部に報告に行かなきゃならねぇからな」
それはご愁傷さまなことで。
まあ、バイルシュミットたちも俺たちに協力しておけば、事件の収束が早まるという期待をしてのことだろう。
早めに敵を追い詰めたいものだ。
「クラウス、そのバジリスクだが、唐揚げにするのか?」
「いや、さすがにそんな時間は無いからな。今日は焼くだけだ」
フィリップくん、君は食欲に忠実だねぇ。
でも確かに唐揚げもいいかもしれない。
ナイフを入れたときの手ごたえでは肉の繊維はあまり固くない、しなやかな感触だ。
「少年の料理は焼き鳥のタレも美味であった! だが、いずれ唐揚げも頼む!」
「頼むわね」
「クラウス、期待してるぜ」
「楽しみにしているぞ」
まったく、逞しい連中だ。
しかし焼き鳥のタレか……。
あれは俺にとっては到底満足できるものではない。
唐揚げの下味もだ。
この事件が終わったら本格的に醤油を探してみるか。
三階層に転移した瞬間、俺たちは鼻の奥をつく腐臭に顔をしかめた。
「おい、まさかこれって……」
「ああ、そのまさかだろうぜ」
それは人間の臓物の匂い。
アンデッドだ。
「とりあえず進みましょう。クラウスは進路上の敵を、できるだけピンポイントに火魔術で攻撃して。レイスやリッチはあたしが“聖なる矢”でやるわ。ほかはスケルトンやデッドメイルなんかの実体系が居たらお願い」
「了解」
ゾンビは“火弾”でおk。
デッドメイルも頑丈だが動きが鈍く隙だらけだった。
バイルシュミットの戦斧に一撃で頭部を砕かれ活動を停止した。
フルスイングできない場所にも関わらず、すさまじい威力だ。
「その角を曲がってすぐに大部屋があるわね。結構敵が居るわよ」
「敵の詳細はわかるか?」
「何だろう……。スケルトンの音ではないわね。でも実体があるような…。ん?羽音?」
何か嫌な予感がする。
「とにかく進むぞ」
フィリップは猪突猛進である。
「うわぁ! “炎波”!!」
俺は咄嗟に地面に向かって平手を叩きつけた。
俺の足元を中心に、前方に向かって扇状に炎の奔流が飛び出す。
「熱っち!」
「きゃあ!」
「ぬぉ! 少年っ」
「クラウスっ! 何をやっておるか!?」
盛大なバッシング。
いや、今のは大目に見てほしい。
だって目の前に奴らが大量に居たんだよ。
「クラウスっ! 火魔術は控え目にって言ったわよね?」
「す、すまん」
謝るけどさ!
でも今そこに現れた奴らは……。
「こいつぁ……ゴキブリの魔物か?」
「そうね、特に有用な部位はないただの害虫よ。蜘蛛の魔物をおびき寄せるエサにする地方もあるらしいけど、この辺のギルドじゃあ買い取らないわね」
あたりめぇだ!
GだぞG!
「まあ、消し炭にしても問題ない奴らでよかったではないか」
「そりゃあ確かにな。だが、もうあんなやべぇのを間近でぶっ放されるのは御免だぜ」
「……善処します」
「うぇ、吐きそうだ……」
三階層の攻略は進むには進んでいるが、二階層までと比べると格段に速度は遅い。
それも仕方あるまい。
なにせ、この階層には肉の腐った匂いが充満しているのだ。
「たまんねぇな……」
「死体は仲間のものであっても必ず焼き尽くす! このような化け物になるのは御免だからの」
たしかゾンビやグールは変異したその瞬間から腐敗臭を撒き散らすらしい。
それ、生前の行いに比例するわけじゃないよね?
「おとなしく成仏してくれぬものか……」
「フィリップ、そんなことも言ってられないわよ。次の部屋にゾンビが十体ほどいるわ」
ゾンビなら俺の出番だな。
「広さは?」
「直前の通路、部屋ともにあまりスペースは無いわ。各個撃破して」
“火弾”くらいしか使えないってか。
イヤになっちゃう……。
「妙だの……」
俺が燃やしたゾンビだけでも百体を超えたくらいのところで、バイルシュミットが口を開いた。
「何がです?」
「先ほども言った通り、アンデッドとは骸から生まれる。要は、死した魂無くしては発生しないものでの。いくらダンジョンとはいえこれほどの数は……」
確かにダンジョンの魔物の召喚は地上の魔物と同一には考えられない。
だが、このダンジョンの広さを考えると魔物の数、特にアンデッドが異常に多すぎる。
特にゾンビが多い!
よりにもよって臭ぇやつだよ。
まあ、Gよりはマシか……。
「やはり、アンデッドに襲われた冒険者というのが、関係しているのかもしれぬな」
フィリップの予想もあながち的外れじゃない。
実際に他の生物を殺して、さらにアンデッドにしてしまうリッチがいる。
瘴気ブレスのようなものを使うらしい。
「ところで、クラウス。魔力は大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」
「そう……本当、底なしね」
ほかの魔術師だったらアウトだろう。
ほとんど“火弾”しか使ってないとはいえ、すでに百発以上も撃っているのだ。
必要最低限の魔力で倒すための魔力制御も、このゾンビの駆除だけでずいぶんと上達したと思う。
やはり、魔術の訓練においても実戦に勝るものは無い。
「とにかく先に進もう。レイア、この先の探索結果を」
「ええ……次の部屋が最後みたいね。このダンジョン自体そこまで広くないみたいだから不思議じゃないけど、分かれ道もなく道なりよ」
ついに来たか。
「レイア、敵はどうなっておる?」
「……レイスっぽい反応が一つ」
初対面ですな。
「ん? あの服装は……」
「料理人かしら?」
最後の部屋と思わしき場所には、コック帽と調理服のようなものを着たレイスが浮いていた。
その上にはボロいローブのようなものを羽織っているし、手に握っているのは包丁ではなく大鎌だが。
「えっと、クラウス。陽動を頼める?」
「わかった。火は……効かないんだな?」
「ほかの魔術より牽制には有効だけど、ダメージはほとんど無いわ」
なるほど、やはり聖魔術を使えなければ対処は難しいか。
「我々は役に立たぬな」
フィリップはすぐに後退した。
「少年は聖魔術を使えぬのか?」
「残念ながら」
「クラウスならすぐに習得しちまいそうだけどな」
おいおい、軽く言ってくれるなよ。
「熟練した技術以外を、実戦でいきなり使うのは無謀ですよ」
「罪多き生涯を悔い、魂の安寧を享受せよ――“聖なる矢”」
レイアの放った青白く光る矢がレイスの体の中心めがけて飛ぶ。
俺が無詠唱で連発した“火弾”よりわずかに遅れて矢が命中する。
「シャー!!」
あら……。
俺の“火弾”をデスサイズで弾くのもほどほどに、レイアの矢は躱されてしまった。
「ふんっ!」
横合いから地面と壁を抉る剣閃を飛ばし、レイアへの接近を阻む。
「クラウス! もっと注意を引きつけて!」
そうは言ってもね……あ、思いついた。
「“火弾”」
レイスは鬱陶しそうに俺に向き直り火の玉を弾こうとした。
注意は完全に詠唱を始めたレイアに向いている。
「…………クッソマズ」
「ヴシャー!!!」
レイスはデスサイズを振りかぶって俺に接近してきた。
「うお! “火槍”」
同時展開、いや並列起動か。
十発近い中級火魔術はさすがのレイスも痛いようだ。
「――“聖なる矢”」
俺の挑発に見事に乗せられた死神はようやく成仏した。
ボソッと呟いただけなのに、このキレ方は予想外だった。
料理人の前で不味い、とは二度と言うまい。
「片付いたのか?」
フィリップたちは恐る恐る部屋に入ってきた。
「ああ、何とかレイアの聖魔術を命中させることができた」
そう言って、俺はレイスの残したデスサイズを手に取ろうとする。
「待って!」
うお! びっくりした。
レイアがこれだけ大声を出すのは珍しいな。
「少年、上位のアンデッドの装備に迂闊に触れるのは感心せぬぞ」
え、何? 呪いとかあんの?
バイルシュミットにまで止められるとは思ってなかった。
「……一応、闇属性の魔力の探知を試みるわ」
レイアは結界とは別の魔法陣を取り出し、魔力を流した。
どうやら、通常の“分析”の魔術より複雑な術らしい。
「……呪われてはいないわね」
よかった。
これで魂を侵食でもされたらどうしようかと思ったよ。
「で、この禍々しき獲物はどうするのだ」
フィリップもこいつには触れたくないようだ。
「……売ろう」
「うむ」
「そうね」
「そうしたほうが無難じゃ」
「だろうな」