229話 最終決戦2
「オラァ!」
「ふんっ!」
俺とイシュマエルの武器が交差し衝突した瞬間、開放された魔力の奔流が辺りを薙ぎ払った。
武器を合わせた瞬間に全てを悟る。
目の前の男は、今まで相対してきたどんな敵よりも強い。
膂力、武術、魔力……全てにおいて過去最強の相手だ。
「っ……」
インパクトの瞬間、剣から伝わる体が浮くような衝撃に俺は僅かに恐怖を覚えた。
あの小柄な体のどこにそんな力があるのかわからないが、彼は間違いなく俺の大剣のフルスイングを大鎌で受け止め、正面から弾くように斬撃を合わせてきた。
「ぬぉ!」
「ふっ……」
俺が雷の覚醒魔力を最大出力で体に循環させ大剣の刀身に凝縮させると、それに呼応するようにイシュマエルも炎の魔力の密度を上げてきた。
俺の大剣の刀身から飛び散る紫電のスパークに、黒っぽい大鎌から漏れ出す深紅の炎が絡みつくように接触し弾ける。
そして、濃密な魔力で構成された炎は蛇のようにうねり、俺の首や腕を締め上げようとしてきた。
まるで、そこだけイシュマエルとは別の意識のもとに動いているかのようだが……魔力の組成と制御による影響に注視すれば、それがイシュマエルの意思によって精密に操作されていることが見て取れる。
「ぐっ……」
「ふふっ……どうした、聖騎士?」
数合ほど打ち合っているうちに、イシュマエルの魔力の構成の特徴も嫌というほどわかってくる。
奴もまた覚醒魔力の持ち主だ。
火属性という直接攻撃力に秀でたタイプであることはもちろん、魔力の制御速度に操作の精度、全てにおいて俺に勝るとも劣らない能力を持っている。
近接武器を用いた殴り合いの能力もさることながら、それ以上に火力が厄介だ。
「むぅ……!」
「っ!」
鍔迫り合いの状態を易々と保ちつつ、イシュマエルは体から噴出する火の覚醒魔力を吐き出すように開放した。
次の瞬間、俺たちの周りを囲むように炎の奔流が出現し、俺の体に全方位から深紅の波が襲い掛かる。
俺はすぐさまイシュマエルの胴体を蹴飛ばして距離を取り、魔力を込めた大剣を大きく薙ぎ払った。
当然ながら、イシュマエルは俺のキックを大鎌の柄で防ぎ、こちらの剣閃も軽く防御する。
そして、肝心の炎の波は雷の魔力を凝縮した斬撃の波動で大半を相殺することに成功したものの、時間差で多方向から襲いかかる攻撃への対処には若干の時間を要することとなった。
さらに、イシュマエルは深紅の蛇のような炎を制御するのに複雑な魔力組成を形成させており、一部の残り火のような魔力を含んだ火の粉が飛び散り俺のベヒーモスローブを焦がす。
「炎よ――」
「“プラズマランス”」
体勢を立て直したイシュマエルが手元に魔力を制御すると、それに呼応した再び巨大な炎の奔流が渦のように俺たちを包み迫って来る。
俺は魔力反応から敵の術式の制御の隙間に魔術を撃ち込んだが……躱されてしまった。
こちらの動きを見てから炎の術式の制御だけで攻防を制しているあたり、さすがは老練な聖騎士デ・ラ・セルナの宿敵だ。
「ちっ」
「むっ?」
俺はイシュマエルの手の動きに呼応して迫る炎に正面から突っ込んだ。
距離を取っての攻防も重要だが、この状況ではジリ貧になるだけだ。
最大出力の魔力剣で雷の剣閃を放ち炎を消し飛ばしながら、地面を蹴って大きく跳躍する。
またしても火の粉や炎の鞭のような物体が俺の体を襲うが、然程の魔力反応を持たない小さな攻撃はベヒーモスローブの裾で払うだけにして突破を試みる。
そして、姿勢を低くして敵に接近した俺は、イシュマエルの懐に潜り込む形で着地し斬撃のモーションに入った。
「ふっ、無駄なことを……ぬっ?」
「“放電”」
掬い上げるように放った大剣の斬撃は、イシュマエルの大鎌に悠々と防がれてしまう。
これは俺も予想していたので、既に左手に制御していた魔力を開放し至近距離からイシュマエルにフルパワーの電撃を浴びせた。
しかし、これも弾道を読んだように避けられてしまった。
だが、向こうも俺の攻撃を完全に予期して対応することは叶わなかったようで、若干の逡巡の後にイシュマエルは大きく後ろに飛んで下がった。
俺はすかさず追撃を試みるが……それを許してくれるほど敵も甘くない。
後退りながらもイシュマエルは大鎌を鋭く振り回し、俺の首元を的確に狙った斬撃を放ってくる。
俺は突進に急制動を掛けて大剣を構え直し防御姿勢を取りつつ、魔力を通した刀身を切り上げるように振り抜いて敵の斬撃を弾き返す。
そして、炎の魔力が血管のように走る大鎌の巨大な刃と紫電が迸る大剣の刀身が接触したことで起きた衝撃波は、再び公宮の壁や調度品を薙ぎ払い瓦礫をさらに量産した。
「くそっ……」
「ふむ……雷を手から放つか……面白い技だ」
俺が距離を取って再びイシュマエルと相対すると、彼は軽く眉を上げて不敵に口元を歪めた。
「…………」
「どうした? 来ないのか、若き聖騎士よ?」
お互いに仕掛けず距離を保ったまましばらく時間が過ぎたところで、イシュマエルは気だるげに大鎌を担ぎ嘲笑うように鼻を鳴らした。
傍目には無防備に見えるが、ここで突っ込んだら痛い目を見ることは確実だ。
イシュマエルと相対する俺は、彼の呑み込むような殺気をひしひしと肌で感じていた。
「一つ……聞かせてくれ」
「…………」
イシュマエルは沈黙したが、俺は遠慮なく疑問を投げかける。
「お前は、俺たちの敵か?」
「……ふははっ! これは異なことを……。貴様は余を殺すためにここまで来たのではないのか?」
俺の質問にイシュマエルは嘲笑した。
少し離れた場所でシルヴェストルは怪訝な表情を浮かべているのが気配で分かったが、俺はさらに言葉を続けた。
「ああ、そうだ。だが、俺は……お前個人に恨みがあるわけじゃない。ただ、お前の部下のせいで厄介事に巻き込まれ、その度に故郷や友人が傷ついたから……元凶がお前だというから、片付けようと思っただけだ」
「ほぅ?」
イシュマエルは僅かに口を歪めながら片眉を上げた。
「お前らのせいで、俺は散々な目に遭ってきた。とてもではないが、悪気は無かったで許せる話じゃない。だが、お前の目的は……俺に対して嫌がらせをすることじゃないだろ?」
「無論、そのような些事ではない。余には悲願がある。しかし、その過程で貴様が後生大事にしている国が危機に見舞われるのであれば、貴様は余を倒さんとするだろう?」
「当然だな」
『黒閻』の、イシュマエルの最終的な目的は何なのか?
何のために危険な技術を用いて世に災厄を齎しているのか?
他にも気掛かりなことは多い。
『黒閻』に関しては、出自にしろ理念にしろ謎が多すぎる。
だが……今はもう、どうでもいい。
イシュマエル言葉でわかった。
彼の悲願とやら、彼らの強行する目標が、俺の平穏な人生の障害となることは確実だ。
それがわかっただけでも十分だ。
俺は敵の首領と決着をつけ、脅威を葬り去る。
それだけだ。
「最早、問答は必要あるまい。行くぞ」
イシュマエルの強化魔法の圧力が一気に上がり、凄まじい勢いで突進してきたイシュマエルは大鎌をフルスイングした。
俺も負けじと強化魔法をフル出力で発動し、両手でホールドした大剣を大きく振るって敵の攻撃に合わせる。
雷の魔力を纏った大剣と炎の魔力を纏う大鎌が交差し、辺りには強烈な剣戟の音が轟いた。
「はっ!」
「オラァ!」
今度はイシュマエルが先に仕掛けてきた。
小柄な体躯を捻じ込むようにして体ごと錐揉みし、遠心力を乗せた大鎌を不規則な軌道で振るう。
俺も魔力を込めた大剣を構え、三の太刀のフォームで堅実に防御を固めつつ撫で斬るようにカウンターを放った。
しかし……。
「ふっ」
俺が剣の振りかぶった際の僅かな隙を突き、イシュマエルは大鎌を捻るようにして俺の顔に細かい斬撃を放ってきた。
カウンターにカウンターを合わせられた形だ。
中途半端な打ち込みをしたつもりは無いが、奴は膂力や反射神経においてこちらと同等以上で且つ俺を遥かに凌ぐ技量と経験を持っている。
「ぐっ……」
そして、一瞬遅れて、俺は顎の横辺りに僅かな違和感と鋭く焼けつくよう熱さを覚えた。
先ほどの連撃は全てすんでのところで躱したつもりだったが、一部の鋭い斬撃は俺の顔を浅く抉っていたようだ。
ベヒーモスローブと地面に自分の血が数滴垂れるのがわかった。
幸い、致命傷ではなさそうだが、僅かな駆け引きのミスが命取りになることを改めて思い知った。
俺は一旦仕切り直すため慌てて蹴りで距離を突き放すが、それも大鎌の柄で完璧に防御されイシュマエルにダメージは無い。
「くそがぁ!」
「ふっ!」
俺は後退しながら魔力を込めた大剣を大きく薙ぎ払った。
続いて、フルスイングの一撃を躱したイシュマエルに対し返す刀で攻勢をかけ、閃光で呑み込むように雷の剣閃をぶち当てる。
乱舞のような激しいフルスイングを連発する五の太刀のモーションを応用した魔力剣の制圧攻撃だ。
さすがにこの威力と広範囲を吹き飛ばす攻撃には、小刻みに鎌を反転させてのカウンターも飛んでこない。
体躯が巨大なわけでも大群で襲いかかってくるわけでもない相手にこの動きは、スタミナ消費の面でも魔力量管理の面でも効率が悪いが、仕方ない。
この調子なら、押せる……!
「うぉおおおぉぉぉぉぉ!!」
「むっ……!」
これも魔力剣の技術の内だが、雷の魔力を刀身に纏わせエネルギーを凝縮した剣閃を素早く連続して叩き込む俺の戦術は、攻撃範囲と殲滅力こそ真骨頂であり、現状俺にしか成しえない業だ。
イシュマエルも魔力を通して凄まじい威力を持つ鎌を振るうが、この火力の前にはどうしようもあるまい。
結局はゴリ押しの一手だが、下手な小細工は通じず少し魔力やスタミナをケチっただけで一気にマウントを取られて命取りになる以上、ここは踏ん張りどころだ。
俺は関節の可動域を限界まで使う勢いで大剣をフルスイングし、雷の熱量を凝縮したような魔力の刃に振り抜きの勢いを乗せて次々と斬撃を放った。
そしてついに、こちらの放った剣閃はイシュマエルの持つ大鎌に衝突して弾き、構えに隙が出来たイシュマエルの横っ腹を凄まじい熱量をもった雷の剣閃が襲う。
だが……。
「ふむ、惜しかったな……」
「っ…………」
信じがたいことだが、イシュマエルは俺の魔力剣のコンボを凌ぎ切った。
並大抵の人間やモンスターならば間違いなく木端微塵になって跡形も残らないラッシュだ。
ヘッケラーでも恐らく正面から防御しきることは不可能だろう。
しかし、イシュマエルはローブや髪に若干の汚れが見え顔には僅かな擦り傷を負っているものの、ほぼ五体満足でその場に立っていた。
俺の剣閃を握り潰すように突き出した左手から、制御していた魔力が煙のように霧散する。
恐らく、全て防御されたか相殺されたか……。
あの武器の耐久力と切れ味もさることながら、やはりイシュマエルの魔力と力量は規格外だ。
化け物め……。
「さて……」
ローブを翻し燃えるような赤髪をかき上げたイシュマエルは、少年のようなあどけない顔つきに僅かに醜悪な笑みを浮かべて周囲を見回した。
俺は油断なくイシュマエルの動きに注視しつつ大剣を構えるが、特に周囲に変わった様子は無い。
しかし、当のイシュマエルは再び俺に視線を合わせると、右手の中の大鎌をクルリと一回転させて再び笑みを浮かべた。
「貴様は思ったよりもやるようだ。このままでは、いつ決着が付くかわからん」
「…………」
「この体には余もまだ慣れておらぬのでな。これほど早く使うことになろうとは思わなんだが……もう一段、ギアを上げさせてもらおうか」
「何……?」
俺がまともな反応を返す前に、イシュマエルは演武のように大鎌を振るった。
巨大な鎌の刃から強力な斬撃が放たれることを想像していた俺は、両足を踏ん張り大剣を構えて迎撃に備えるが……イシュマエルは自身の体内に脈動する火属性の魔力を凝縮するように制御すると、僅かに口角を上げて呟く。
「“flame”」
イシュマエルの全身から背中にかけて、凄まじい密度の魔力が収束した。
既に敵は覚醒魔力を扱う技量を十全に活かし巨大で複雑な術式を展開しているため、こちらに妨害や不意打ちの術は無く黙って見ているしかない。
下手に動くのは危険すぎる。
そして、次の瞬間……俺の視界が深紅に染まった。