226話 影帝
『黒閻』の幹部の一人をヘッケラーに任せ、俺とフィリップとレイアそれにシルヴェストルはひたすら公都のメインストリートを進み公国宮へと急いだ。
当然ながら、道中では敵の妨害を受ける。
奴らも俺たちをイシュマエルの元に辿り着かせたくないので必死だ。
「はぁ!」
正面の触手の化け物をフィリップが聖剣の刺突を一閃させて片付け、さらに奥から別の融合型錬金生物が迫ってきた。
そうしている間にも、広範囲に仕掛けられた呪いか何かの術式が次々と起動してゆく。
「イェーガー君、殲滅を!」
「了解!」
シルヴェストルが敵の魔法陣の起動を抑制し、その間に俺たちは駆け抜けてエリアを脱出する。
明らかに実体を持つ敵に関しては、強敵とのタイマンはフィリップが出張り、数重視で襲ってきた連中は俺がまとめて薙ぎ払う。
拠点防衛のためにエルアザルが配置したと思わしき錬金生物や魔物は、なかなかに強力な生物兵器で相当な生命力と戦闘能力を持つが、俺の火力の前には塵芥も同然だ。
特に、素材の採取を気にしなくていい相手なら、細かい配慮も必要ないので俺は相当やりやすい。
若干、周囲の建造物なども巻き込んでさらに破壊を助長している気もするが、そもそも公都はとうに壊滅している街であり、密集する敵には範囲攻撃を放った方が時間効率はいいので仕方ないな。
そうして、敵を殲滅しつつ進んでいると、俺たちは公国宮の正面扉に辿り着いた。
「――“火槍”」
俺は遠慮なく宮殿の正面扉に火魔術の炸裂弾を撃ち込む。
両開きの扉という物理的な障害のみならず、どこかに仕掛けられていた結界や瓦礫が積み上がり二次的な障壁となっていた障害物も、悉く木端微塵に粉砕した。
「よし、道が開いたな」
些か乱暴な処置だが、今は一刻を争う事態だということを皆が認識しているので、フィリップたちも何も言わない。
俺たちはそのまま宮殿へ足を踏み入れた。
正面口から奥へと続く道や廊下には、高価そうな壺や絵画などの美術品が多数転がっており、無事なものを回収すれば結構な値段になりそうだが……残念ながら今はそれどころじゃないな。
……『黒閻』との決着が付いて時間に余裕があったら、いくつかパクってやろう。
「レイア!」
「っ!」
宮殿の廊下を抜け広間に出たところで、俺たちは例によって奇襲を受けた。
敵の妨害があることは予期しており全員が戦闘態勢ではあるが、やはり生粋の魔術師であるレイアの反応は一段鈍い。
当然の如く、敵はレイアを的確に狙ってきた。
禍々しい色の刃を持つ短剣が数本レイアの頭上に降り注ぐが、フィリップはレイアを庇う形で前に入りレイピアを振るって短剣を打ち落とす。
「大丈夫か?」
「うん、平気よ」
とりあえず、二人は無事なようだ。
城の絨毯に落ちた短剣からは、明らかに呪いの類の存在を示す不快感を催すような魔力が感じられた。
「ちっ、相変わらず勘のいい……っ!」
短剣の投擲の弾道から敵の位置にあたりをつけていた俺は、魔力を込めた大剣で目の前を大きく薙ぎ払った。
広間の太い柱にへばり付くようにして忌々しそうに吐き捨てていた襲撃者は、そのまま雷の魔力の奔流に飲まれたように見えるが……寸でのところで俺の攻撃を躱したようだ。
俺の剣閃は周囲の柱や壁をまとめて吹き飛ばし瓦礫と土埃を巻き上げる。
「がっつくなって、坊や」
襲撃者の女は些か声を震わせながらも嘲るように言い放ち、広間に中心に降り立った。
俺の放った雷の剣閃の影響で木製の家具や建材が引火し、一歩こちらへ足を進めた襲撃者の顔を浮かび上がらせる。
「貴様……ロベリアか」
二年前に引き続きレイアを狙われたフィリップは、怒りに顔を染めながらも静かに呟いた。
ロベリアは飄々とフィリップの怒りを受け流すようにボヤいた。
「何だい、四人も抜けてきているじゃないか。ったく、役に立たない野郎だね。まあ、ちょうどいいや……」
ロベリアは険しい表情で殺気をぶつけるフィリップに構わず、俺に向き直った。
「久しぶりじゃないか、聖騎士の小僧」
「……え、俺?」
てっきり、フィリップとレイアに注視していると思っていただけに、突然の指名に俺は些か驚愕した。
ロベリアは小柄な軽戦士といった風貌の女性だが、ぎこちなく動く表情筋は何とも薄気味悪い。
比較的、顔立ちは整っている方だと思うが、口元にはサディスティックな笑みを浮かべている。
エレノアは助けてくれないので、自分で対応するしかないが……何故、俺に注視しているのか?
若干、素っ頓狂な声を上げた俺に、ロベリアは一瞬だけ不愉快そうな表情を浮かべたものの、すぐに蔑むような冷笑を浮かべて口を開いた。
「あんたにやられた傷が疼くんだよ」
……そういえば、前回の戦闘では、ロベリアが転移で逃げる直前、AKMから鉛玉をプレゼントしてやったな。
7.62mm弾は胴体や顔に何発か命中したはずだが、彼女の顔には銃弾を受けた形跡は全くなかった。
随分と腕のいい整形外科医が居るらしい……もとい、高位のポーション技術や治癒魔術のノウハウを持っているようだ。
「この時を待っていた……イシュマエル様が手を下すまでもない。あたいが切り刻んでやるよ」
さて……どうするか?
『影帝』の異名を持つ女ロベリア。
奇襲や暗殺などの戦法に秀で、彼女もまた影の触手のような錬金術に由来する特殊なスキルを持つ腕利きだ。
少なくとも、三年前にデ・ラ・セルナを暗殺し、二年前はボルグと二人がかりとはいえ俺を相手に長期戦に持ち込むだけの戦闘能力を持っている。
向こうは銃弾のことを根に持ち俺への復讐に取りつかれているようなので、こいつの相手は俺が引き受けてもいい。
しかし、フィリップたちだけでイシュマエルのところへ行かせるのも不安が残る。
やはり、ここは全員でロベリアに挑み、迅速かつ確実に仕留めるべきか……。
しかし、そんなことを考えていると、フィリップがレイアを伴い前に出た。
「この女は私が引き受ける」
フィリップの宣言に、ロベリアは顔を顰めて面倒くさそうに彼の方を一瞥した。
俺もつられてそちらへ視線を向けると、既にレイピアを抜いて臨戦態勢のフィリップと、その後ろにはレイアが杖を構えて寄り添っているのが目に入る。
どうやら、二人がかりで仕留めるつもりのようだ。
「ファビオラの右腕、メアリーの心の傷……それにレイアの命を二度も狙った。その行い、貴様の命を以って贖ってもらう」
「はんっ! 知らないねぇ」
ロベリアは鼻を鳴らして吐き捨てるも、細剣を手に油断なく俺とフィリップを見比べている。
ロベリアにしてみれば、他は無視して俺に襲い掛かりたいところだろうが、フィリップが片手間にあしらえる相手ではないことは理解しているのだろう。
俺はしばしの逡巡の後、シルヴェストルと頷き合い広間の隅の方へ後ずさりした。
「任せたぞ、フィリップ」
「うむ、貴公とシルヴェストル殿はイシュマエルを倒しに行くがよい」
メアリーが誘拐され、ファビオラが右腕を失い、レイアが二度も殺されかけ……フィリップからすれば怒り心頭だろう
昔のように、沸点が低く怒りで我を失うようなら俺が代わった方がいいが……レイアを伴ったフィリップならば問題ない。
彼は十分に冷静だ。
「くっ、小僧……っ!」
距離を取る俺にロベリアは怒りに顔を染め、若干焦ったように罵声を漏らすが……レイピアを構えたフィリップが強化魔法の凄まじい圧力を醸し出しつつ一歩距離を詰めた。
俺も大剣を構えて魔力を制御し、いつでもフィリップの援護に入れる態勢だ。
思惑通りに事が進まないロベリアはしばらく歯ぎしりして唸っていたが、やがてキレたように喚き散らした。
「くそガキどもが……なら、片っ端からぶっ殺してやるよ! まずは勇者にハーフの小娘! お前たちからだ!」
ロベリアは地面を蹴って飛び出すと、再びレイアに向かって短剣を投擲した。
相手の動きを読んでいたフィリップは、すかさずレイアとロベリアの間に割って入り、短剣をレイピアで弾き返す。
俺はロベリアに魔力剣の一撃を浴びせ、怯んだ隙にシルヴェストルとその場を離脱した。
階段を上り、適当な壁や瓦礫を吹き飛ばしつつ、最短距離で最上階へと進む。
後ろの方では、強大な魔力の高まりと激しい剣戟の音が聞こえていた。
「はぁ!」
「うざったいんだよ!」
瓦礫の散乱する広間の中心で、フィリップとロベリアは激しく剣を打ち合わせた。
両者ともに細身の剣を携え、鋭い刺突と手首のスナップを利かせた剣技の応酬を繰り広げる。
純粋な剣術の技とスピードを主軸に展開される攻防は、攻撃範囲と火力で薙ぎ払い蹴りや打撃も織り交ぜるクラウスの戦い方とは大きく様相が異なる。
鋭い剣戟は互いの刀身から火花を散らし、両者は強化魔法によって向上した運動量を十全に活かして広間をいっぱいに使い立ち回る。
しかし、時折ロベリアの周囲には鋭く急所を狙う魔術が展開され、徐々に彼女の精神力を削っていった。
「くっ……」
的確に放たれる魔術を操るのは、当然ながらレイアだ。
彼女は浮遊魔法を使って広間の隅を動き回り、フィリップの立ち回りの邪魔にならない方向を選んで位置取りをしている。
前衛をフィリップに任せつつ、チクチクと掩護射撃を行い、時には中級魔術以上の火力を以ってダメージを蓄積する。
前衛の剣士と後衛の魔術師の役割が見事に噛み合った戦術だ。
定石ではあるが、フィリップとレイアの力量にロベリアは相当な苦戦を強いられていた。
経験ではロベリアの方が勝っているが、何せフィリップもレイアも才能豊かな逸材として期待され、尚且つ修羅場を何度も潜りその腕を磨いてきたのだ。
『黒閻』の幹部として高い技量を持つロベリアといえども、そう簡単にフィリップを突破してレイアの魔術を耐え各個撃破することはできない。
「くそっ、小娘がぁ!」
「行かせん!」
「ぐ……」
ロベリアは目眩ましの魔道具をばら撒き、その隙にレイアに接近して先に仕留めようと試みる。
しかし、当然ながらそれを許すフィリップではない。
ロベリアが投げた魔道具を素早く鋭い剣筋で弾き飛ばすと、左腕の小盾を翳しつつ強引に踏み込み、ロベリアの細剣を防ぎつつ圧力をかけた。
さらに、攻撃範囲の広い“衝撃波”などの魔術が横合いから撃ち込まれロベリアに防御されたと思いきや、次にフィリップが位置取る場所の瓦礫が綺麗に吹き飛ばされている。
完璧なタイミングの援護射撃であり、一石二鳥のまさに粋な心遣いと言うに相応しいサポートだ。
フィリップはレイアが居るからこそ存分に戦える。
まさしく、それを体現するかのような状況だ。
そしてついに、フィリップのレイピアはロベリアに到達した。
「ぁがっ」
防具の一部をレイピアの切っ先に吹き飛ばされ、続けざまに剣舞のように大きく振るわれたフィリップのレイピアはロベリアの細剣を大きく弾き彼女の顔や肩に数か所の傷を付けた。
「はっ!」
「っ!」
覚醒魔力を十全に活かした強化魔法はさらにスロットルを上げられ、高まった魔力は自然とレイピアの切っ先に集中し大きく爆ぜる。
フィリップが裂帛の気合と共に刺突を放つと、ロベリアはどうにか剣を滑り込ませて防御したが、聖魔力の炸裂は到底捌ききれるものではなかった。
防御用の魔道具が作動し致命傷は免れたものの、防具を大きく抉られ顔を焦がされたロベリアはそのまま後ろに吹き飛び、瓦礫に背中から突っ込んだ。




