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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
決戦編
225/232

225話 白魔の聖騎士


「――“影討(シャドウリベリオン)”――“爆破(エクスプロージョン)”」

「――“浄化の炎ピュリフィケーションフレイム”“氷槍(アイスランス)”――“土枷(アースバインド)”」

 ヘッケラーとエルアザルが激突する戦場では、激しい攻撃魔術の応酬が展開された。

 同時展開で複雑な魔力の制御をこなし緩急をつけた攻撃魔術コンビネーションで、四方八方から相手の位置に弾幕が襲い掛かる。

 さらに相手の撃つ魔術を防御するための魔法障壁や弾幕も制御しているため、流れ弾となった魔術が次々と公都の街並みに着弾して炸裂する。

 もちろん、双方が熟練の魔術師であるため無駄なエネルギーは少なく派手な破壊活動とはならないが、それでも瞬時に強力な攻撃魔術を構成する技術に秀でた二人であるので、流れ弾を受けた建造物はさらに粉砕されて完全に瓦礫と化した。

 そして、一頻り攻撃魔術の応酬を繰り広げたところで、ヘッケラーは詠唱のリズムを変えた。

 飛行魔法で有利な位置取りをしつつ火力や弾幕による封殺する戦法が通用しないことは、ここまでお互いに傷一つ付いていないことからも火を見るより明らかだ。

 詠唱を省略する魔術の連射に巧みに無詠唱で発動する攻撃魔術を組み込み、心理的な負荷も与えつつ手数で攻める戦法だ。

 しかし、エルアザルもヘッケラーと同じく熟練の魔術師。

 無詠唱の技術は当然ながら修めており、彼もまたヘッケラーと同じく魔術による弾幕とフェイントの応酬に対応した。

「――……」

「っ!」

 エルアザルの周囲で詠唱外の魔力の蠢きが発生した。

 またしても無詠唱の絡め手を組み込んだ魔術のコンビネーションかと思いきや……突如ヘッケラーの影から現れた巨大な触手が彼の足に絡みつかんとする。

 慌てて体を引いたヘッケラーは、すんでのところで視界の外からの奇襲を躱した。

「ちっ」

「やりますね……」



 ヘッケラーとエルアザルの力量は、遠距離からの魔術の撃ち合いにおいてはほぼ五分と言っていい。

 お互い決定打に欠ける弾幕の応酬と魔道具などを用いた奇襲で、しばしの間は進展の無い精神力だけが削られる戦いが続いた。

 しかし、今の状況が続いた場合、不利なのはヘッケラーだ。

 魔法の袋に最低限の戦闘用の魔法陣や魔道具を蓄えているヘッケラーに対し、エルアザルは強力な錬金生物やゴーレムを大量に投入している。

 異形の触手による攻撃もゴーレムの殴打も、エルアザルの放つ魔術に比べれば然程の火力でもないが、それでも直撃すれば一人の人間に過ぎないヘッケラーは木端微塵の肉塊と化してしまう。

 防御と回避のための強化魔法も切らすわけにはいかない。

「くっ……“冠水(スプラッシュ)”――“炎波(フレアウェーブ)”“ブリザードランサー”」

 徐々に手数で押されたヘッケラーは、目晦ましの範囲攻撃を放つと一旦大きく退いた。

 さすがに圧倒的な数の差のもとエルアザルのような練達の魔術師を相手にし続けるのは分が悪い。

 ヘッケラーは霧を発生させて相手の視界を塞ぎつつ、周囲のゴーレムを纏めてオリジナルの攻撃魔術で粉砕した。

 そのまま一気に後退し、近くの比較的原形を保っている建造物の影に滑り込む。

「ふぅ、厄介な……っ!」

 しかし、ヘッケラーは息をつく間も無く顔を引き締めると、鋭く地面を蹴ってその場を離脱した。

 次の瞬間、巨大なゴーレムの岩の腕がヘッケラーの居た場所を瓦礫ごと薙ぎ払う。

 建物の影から回り込んで接近していた個体の奇襲だ。

「こういうのは遠慮したいのですが、ね!」

 長杖をバトンのように振り回してゴーレムの腕を弾き体勢を崩させたヘッケラーは、腰の剣を抜いて刀身に魔力を通す。

 ミスリル製の刀身から氷の魔力が溢れ出す剣をヘッケラーが強化魔法の出力に任せて振り回すと、吹雪のような魔力の剣閃が舞い空中でアーチを描くような氷が出現し、魔力の霧散に応じて砕けた。

 胴体に深々と魔力剣の一撃を受けたゴーレムは、魔力の凝縮によって生じた氷が飛散すると同時に内部から破裂するようなダメージを受けその場に崩れ落ちた。

 生粋の魔術師ではあるヘッケラーだが、聖騎士の称号を持つ以上は当然ながら強化魔法にも精通しており近接戦闘もこなせる。

 しかし、素の身体能力でいえばクラウスなどには大きく劣るのもまた事実で、異様に頑丈なボディを持つゴーレム相手に剣を振るって戦うことを強いられた時間は、間違いなくヘッケラーのスタミナと体力を削った。

「ふん、しぶとい奴だ」

「お互い様です」

 ヘッケラーの顔には若干の疲労の色があるが、僅かに眉を顰めながらもニヒルな笑いを浮かべて言い返した。



 再び、両者距離を取っての魔術の撃ち合いが始まった。

 魔法陣をばら撒き着実にゴーレムや触手の化け物を減らしていくが、エルアザルはどこからか取り出した宝玉のような物体で戦力を補充してしまう。

 シルヴェストルが使った錬金生物の起動を妨害する魔法陣の効果も、それほど長い時間は持たないのだ。

 おまけに、魔力量はヘッケラーよりもエルアザルの方が若干上であり、そのこともヘッケラーのメンタルには決していい影響を与えない。

「さすがはデ・ラ・セルナ校長の宿敵。狂信者とはいえ伝説なだけはある。いえ、悪魔に魂を売った結果でしょうか」

「何だと?」

「違うので? アルカナを呑み、その対価として人の身を超えた力を身に着けた。あなたがたは人の道から外れた、どちらかといえば魔物やアンデッドに近い存在と言えるのでは?」

 ヘッケラーは挑発するように言い放つが、エルアザルは心底不思議そうな顔で疑問を発する。

「ならばお前やあの少年たちは何だというのだ? ただ、民草から尋常ならざる力を孕んで生れ落ちただけの存在であろう。ただの異端、突然変異に過ぎぬ。我はイシュマエル様の理想を体現するため、自らの意志で立ち上がった」

 都合のいい解釈とディスりに、ヘッケラーは嫌悪感を顔に滲ませながら口を開いた。

「詭弁ですね。その結果が、国を一つ滅ぼして大陸中を危機に陥れことですか? こんな悪趣味な消耗品のために、聖獣を殺すことですか?」

「ほう、気付いていたか?」

「当然です。これほどの呪い、今の錬金術ではあり得ない」

 エルアザルが制御しヘッケラーに襲い掛かる触手生物やゴーレムは、どれも異常な性能を持っている。

 それこそ、長年『黒閻』と渡り合ってきたゆえに手の内を知っているシルヴェストルの機転でも、まともに封じることは叶わないほどに。

 この無限ともいえる生命力やエネルギーの源は、それこそ純粋な魔力や魔道具の機構で容易には再現しえないものである。

 さらに、ヘッケラーはエルアザルの操る錬金生物の触手の組成に、明らかな呪いの形跡を感じ取っていた。

 もちろん、この異形の生物兵器も、クラウスの魔力剣などの火力と殲滅力を兼ね備えた攻撃を受ければ破壊される代物だが……それでも運用次第ではこの上ない脅威となる兵器だ。

 当然、ヘッケラーのような聖騎士とはいえ近接戦闘を得意としていないものの懐に入り込めば、一体一体が大きく相手を消耗させることができるのだ。

 さらに、エルアザルの使役する錬金生物の在庫は無尽蔵に等しい。

「ふははっ! 念のため、ズラトロクを多めに殺しておいてよかった。ついでに魔大陸が荒れ果て破滅するだろうがちょうどいい。イシュマエル様が覇権を手にした暁には、あの方の目が届きにくい場所などこの世に不要だからな」

「下衆が……魔大陸は既にクラウス君が正常化しましたよ」



 再び展開される攻撃魔術の応酬に、ヘッケラーに襲い掛かる触手生物やゴーレムの集団。

 時折、転移を織り交ぜつつ小刻み攻撃魔術を放つエルアザルに対し、ヘッケラーは防戦一方だ。

 逆襲の一手を狙うヘッケラーの頭の中では、既にいくつかの打開パターンがシミュレートされていた。

 魔術の応酬のパターン化からフェイントを織り交ぜて一撃の命中に賭けるか、魔力量を顧みず弾幕で押し切り仕留めるか、接近戦に持ち込むか。

 だが、どれも相応のリスクを伴うものには変わりなく。

 また、エルアザル側も戦闘の駆け引きに関しては十二分に心得があり、奇策の類への警戒も抜け目なく巡らせていた。

「くっ……」

「まだ、倒れぬか……」

 経験上、接近戦の技量においてヘッケラーが有利なことはお互いにわかる。

 逆に、エルアザルは魔力量においても保有兵器においてもヘッケラーに勝り、さらに精密な転移が僅かな発動時間で可能な魔道具を有している。

 明らかにエルアザルが優勢だ。

 しかし、そんな状況においても慢心とは無縁で、より慎重かつ綿密に攻めるのがエルアザルという魔術師だ。

「喰らい尽くせ……」

「っ!」

 エルアザルが放った魔道具らしき宝珠に、ヘッケラーは警戒を強めて距離を取った。

 また触手やゴーレムなどの錬金生物の召喚かと警戒したヘッケラーだが……周辺一帯の広い範囲に降り注いだ魔力からは、攻撃の気配が一切無い。

 しかし、次の瞬間、ヘッケラーは自分の体と周辺の魔力の挙動に微かな違和感を覚える。

「っ! これは……!」

「念には念を入れて、確実に仕留めてくれる」

 先ほどエルアザルが展開した魔道具の方を見れば、黒い渦のような物体が出現しており、周辺の魔力を悉く吸い取るような挙動を見せている。

 これまでの経験で得た知識とメアリー誘拐事件の報告で、それが『冥界の口』のメカニズムを応用した術式であることはヘッケラーも瞬時に理解した。

 やがて、黒い渦は禍々しいエフェクトを伴って蠢き、一つの巨大な靄のような物体へと変貌する。

 渦の勢いは増し、やがてヘッケラーにも明らかな浮遊魔力の異常による影響が出始める。

 凄まじい勢いで溢れ出るようにして枯渇する魔力に、ヘッケラーは思わずと言った様子で顔面を蒼白にした。

「そこかっ」

 渦の魔力の組成を読み、脆そうな部分に同時展開の攻撃魔術の弾幕を集中させるが、全く効果は無い。

 ヘッケラーの攻撃は、無駄に魔力を消費し強化魔法と姿勢の制御がより一層困難になっただけの徒労で終わった。

「くっ……“氷の息吹(フリージングブラスト)”」

 そして、肥大した靄の触手が飛行魔法の制御もままならないヘッケラーに迫り、渦の中心部が怪しく蠢く。

 中心部では凄まじい量の魔力が一点に集中していることが見て取れた。

 当然、ヘッケラーの発動した最上級魔術の一撃も、周囲を一時的に凍り付かせただけで渦の魔力は肥大し続ける。

 そして、眩い光がヘッケラーの視界を覆った。

「終わりだ。『白魔の聖騎士』よ」

「っ!」

 吸収したヘッケラーの魔力、周辺一帯から集めた魔力、有機物か無機物かすら問わず回収したリソース。

 その全てを還元し収束した魔力の爆発は、廃墟と化した公都をさらに更地へと変えるほどの威力を孕んでいた。



「……死んだか」

 魔法障壁を張って衝撃の残滓をやり過ごしたエルアザルは、土埃で遮られた視界に若干顔を歪めながら辺りを見回した。

 魔力蓄積型の生体組織を利用した兵器は切り札だったが、それで聖騎士の一人を始末できたのであれば安いものである。

 製作には多大な労力と時間を要したものだが、その効果を検証できたと思えば早々に投入せざるを得なかったことに対する不快感も和らぐというもの。

 余裕な顔をしているが、既にエルアザルの魔力と精神的な疲労にも限界が近づいていた。

「ふんっ」

 膨大な魔力の爆発によって周囲の浮遊魔力がかき乱された空間は、彼のような生粋の魔術師にとっては不愉快な環境だ。

 エルアザルは先ほどまでヘッケラーが居た辺りの土埃を一瞥すると踵を返した。

 しかし……。

「っ」

 エルアザルは自身の背後に異様な魔力の高まりを感知し、本能的な恐怖で体を激しく震えさせた。

 普段の陰気な表情に覆われた生気の無い顔は、今は驚愕と焦りに覆われ冷や汗を吹き出している。

 かつてないほどの危機感を覚えたエルアザルは、瞬時に転移の魔道具の発動を試みる。

 だが、後ろから迫りくる魔力の奔流は、一瞬早くエルアザルの体を呑み込んだ。

「うぐっ!」

 先ほどの爆発に劣らぬ強烈な炸裂現象が起き、エルアザルはどうにか展開した魔法障壁ごと吹き飛ばされ近くの瓦礫に叩きつけられた。

 激流のような指向性を持った魔力の波動は、彼の体に大きなダメージを与えている。

 遠ざかる意識の中、顔を上げると、瓦礫の山の上には倒したはずのヘッケラーの姿があった。

「何だと……っ!?」

 ヘッケラーは手に魔剣と思わしき片手剣を持ち、エルアザルの方へ向けている。

 彼の構える魔剣からは魔力の奔流が断続的に噴き出し、やがて刃が粉々に砕けた。

「…………」

 大破した魔剣を一瞥し魔法の袋に収納したヘッケラーは、瓦礫を踏みしめながらゆっくりとエルアザルに歩み寄る。

 顔には細かい切り傷が刻まれ、ローブは所々破れて破損しているものの、ヘッケラーは五体満足だ。

「クラウス君が魔力吸収型の魔剣で『冥界の口』を消滅させたと聞きましたからね。念のため、似たような物を調達しておいたのですが……まさか、本当に私が使うことになるとは」

 エルアザルは懐から魔道具か何かを取り出そうと試みたが、素早く踏み込んだヘッケラーは弧を描くように長杖を振り回し、エルアザルの腕を打ち据えて魔道具と杖を叩き落した。

「かはっ……」

「あなたがたは歴史に名を残す大罪人ですからね。できることなら捕縛して……それが無理でも遺体や装備は傷つけずに回収したいものですが……どうやらそれは叶わなそうだ。跡形もなく消え去ってもらいます」

「痴れ事を……!」

 エルアザルは素手で魔術を詠唱するが、ヘッケラーが槍の石突で掬い上げるように放った杖の柄が彼の下腹部に鋭くめり込む。

「ぐぇ!」

「お忘れですか? 私が聖騎士だということを」

 続けて、ヘッケラーが魔法の袋から取り出した剣を振るうと、今度はエルアザルの片腕が千切れ飛び、腹部や太腿に数か所の切り傷が刻まれた。

 辛うじて首を落とされるのは避けたが重傷には変わりない。

「が、あっ……」

 エルアザルは腕輪や指輪に仕込んだ回復系の術式を展開するが効果はほとんど無かった。

 ヘッケラーの使った剣が呪いの武器であることを、エルアザルは瞬時に理解した。

「おや? 随分と強力な回復装備を持っているようですね。魔術の火力だけで潰すのは効率が悪そうだ。ならば……あなたの息の根が止まるまで切り刻むより他に無いですね」

 エルアザルはどうにか二本の足で立ち、呪いの魔剣を構えるヘッケラーと相対した。

 しかし、老練な魔術師の目に最早まともな力は無かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] はらぺこ聖騎士のイメージを覆す、クールな立ち振舞してますね、ヘッケラー。生き残ったあとは、たらふく食べるのでしょうけど。(笑)
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