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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
決戦編
223/232

223話 公国侵入


 トラヴィス辺境伯の指揮する部隊と共に、俺たちは公国との国境沿いに舞い戻ってきた。

 相変わらず、王国軍の駐屯する野戦陣地は戦時下の緊張感を孕んでいる。

 血と汗の臭いが充満し所々で怒号が飛び交う光景は、まさに最前線の様相だ。

 トラヴィスやフィリップたちとともに砦を守る兵士たちに軽く声を掛け、俺は国境沿いを“探査”の届く範囲で飛び回り付近の魔物を掃討した。

 留守を任されたクロケット準男爵の手腕もあり、野戦陣地を取り囲む魔物の数はそれほど多くない。

 また、俺たちが戻ってきたことや、俺の“落雷(サンダーボルト)”によって一撃で倒される高ランクモンスターを目の当たりにしたことで、兵士たちの士気もさらに上がった。

 当然ながら、その後の殲滅戦は捗った。

 俺たちが到着したのは昼過ぎのことだったが、周辺一帯は予想以上に早く制圧され、俺は余裕をもって夕食に向かうことができたのだった。



 炊事場で味気ない糧食を機械的に食べ終えた俺は、陣地の東側の防壁にやって来た。

 魔法の袋で運搬して設置した防壁に、土魔術で地面を隆起させて固定した石壁が建てられており、簡単な要塞の出城のようになっている。

 何の気なしに、俺は飛行魔法を発動し簡易城壁の一番上まで上ってみた。

 特に目的があったわけではない。

 適当に陣地内や防壁沿いをぶらついて、行きついたのがここだったというだけの話だ。

 もちろん、俺の天幕は既に用意されているが、まだ寝る気分にもなれないわけで……いわば、夜の散歩かな?

「…………」

 公国中央の方に目をやると、相変わらず嫌な魔力を放つ黒紫の毒々しいガスのような霧が、公都方面にゆっくりと流れている。

 改めて見ても、この流れは簡単に断ち切れるシステムではないな。

 もちろん、魔物の凶暴化やアンデッドの異常発生などを少しでも減らすため、陣地周辺は宮廷魔術師団の持つ聖魔術の魔法陣やら何やらで対策をしており、既に一定の効果を見せている。

 だが、これだけの規模の複雑な術式となると、外からの細工でどうにかするのが無理なのは雰囲気で察することができる。

 当然、俺がそこら中を爆撃して魔力の動きをぶち壊せばどうにかなるという類のものでもない。

 リカルド王の放った侵攻(・・)という言葉通り、俺たちは敵の本拠地を叩いて仕組みごと破壊する必要がある。

 そして……『黒閻』の連中を完全にこの世から葬る。

 現状、この危機を乗り切るにはそれしかない。

 放置すれば、それこそ奴らは何をしでかすかわからない状況だからな。

 まったく、とんだ貧乏クジだ。

 仮に『黒閻』の連中を根絶やしにしたところで、世界の危機が永遠に去るわけではない。

 私利私欲のために国際問題を起こす奴、とち狂った妄信のために世界の危機を招く奴……『黒閻』の連中と似たようなことをするロクデナシはどこにでも居る。

 俺はたまたま学生時代に友人たちと事件に巻き込まれ、気違い集団との因縁を拵えてしまい、数ある世界の危機の一つに対処することとなってしまった。

 俺はたまたま愛する女性を迎えようとしたタイミングで、戦争という最悪のイベントを起こされてしまった。

 その結果、兄まで失い……やめよう、思考がネガティブループに入ってしまう。

 しかし……二度目の人生がこれほどまでに怨敵との戦いに振り回されることになろうとは、転生した当初は想像すらしていなかったな。

「はぁ……」

「イェーガー将軍! そこに居たで御座るか!」

 そんな具合に俺がため息をついていると、城壁の下からトラヴィスの声が聞こえた。



 飛行魔法で城壁から降りた俺は、そこに揃った面子を見て何となく状況を察した。

 先ほど声を掛けてきたトラヴィスを筆頭に、クロケットとボウイ、それに公都への突入部隊が勢揃いしている。

 フィリップ、ヘッケラー、レイア、シルヴェストル、ここに俺を加えた五人で、敵の防衛網を突破し公国中心部まで攻め込む運びとなる。

「招集ですか?」

「いえ、顔ぶれは揃っています。ここで済ませましょう」

 俺が総司令部への出頭要請かを尋ねると、ヘッケラーは首を横に振った。

 今回の作戦は王国の勇者であるフィリップを中心に据えられているものではあるが、こうした作戦立案や現場の状況判断には、やはり経験豊富な聖騎士であるヘッケラーの言葉が重視される。

 ヘッケラーが口を開いたことで、俺たちもトラヴィス一門も彼の言葉に耳を傾けた。

「改めて……出撃は明日の午前。周辺一帯の敵を掃討しつつ前線を押し、我々が敵の本陣へ攻撃を仕掛けます。メンバーは私、フィリップ君、クラウス君、レイアさんにシルヴェストル殿……。目標はこの呪いの広範囲術式の解除および装置の確保もしくは破壊。それにこの惨劇を引き起こした『黒閻』の首脳部の排除です。取り急ぎ、最優先は我々が公都までの道を突破することですね。トラヴィス辺境伯以下、国境の防衛部隊は進軍よりも退路の確保を優先してください」

 これまた急な話だが、一刻も早く公都へ到達すべきなのもまた事実だ。

 『黒閻』が動きこれだけの影響を王国に齎した以上、最早のんびりしている時間は無い。

「トラヴィス辺境伯、すぐに軍を動かせますね?」

「うむ。拙者が戻るまでの間、デズモンドは兵の消耗を最小限に抑える方針で配備していたゆえに。この戦いが終わるとなれば、二の足を踏む理由は無い。皆、決戦の時を待ち望んでいるで御座るよ」

 ヘッケラーはシルヴェストルに向き直った。

「シルヴェストル殿、くどいようですが本当によろしいのですね? 魔法学校の校長に就任したあなたには、他にも責務があるはず」

「全て覚悟の上です。奴らの使う魔道具や術式については多少知識がありますので、私が居ればお役に立てる状況もあるでしょう。もちろん、アレク殿の弔いの意味もありますが……私が足手まといになったときは、捨て置いてもらって構いません」

 こう言われては、ヘッケラーも頷くしかない。

 正直、シルヴェストルの戦士としての力量はギリSランクの冒険者程度であり、また単独での殲滅力やタイマンでの攻撃力においても特に優れているわけではないが……今は亡きデ・ラ・セルナの右腕だった男であり、『黒閻』に関する知識においては現状彼の右に出る者は居ない。

 色々と切り札となる魔道具や武装も用意してきたそうなので、恐らくそれなりに生存能力は高まっているはずだ。

「わかりました。あなたの知識によって救われることもあるでしょう。よろしくお願いします」

「はい」

 VIPが禿げたおっさんとはやる気の出ない話だが……何はともあれ、皆準備は万端だな。

 俺も哨戒と殲滅戦で消費した魔力は微々たるものなので、一日寝れば魔力も体力も元通りだろう。

 フィリップたちも出撃の時点で準備を整えてきたので抜かりはない……はずだ。



「……ん? どうした、クラウス?」

「あぁ、いや……」

 俺が少々複雑な表情でフィリップたちの方を見ていると、俺の視線に気づいたフィリップがこちらへ向き直った。

 自ら王国の剣として脅威に立ち向かうことを宣言した勇者フィリップは、聖剣のレイピアを腰に差し、ロイヤルワイバーンのレザーアーマーを身に着け、ガルヴォルンのガントレットも装備している。

 フィリップも戦支度は万全だ。

 彼の力量においては疑う余地がない。

 間違いなく、フィリップは強大な敵を仕留めることに長けた単体決戦兵器だ。

 彼の剣があれば、仮にエンシェントドラゴンレベルの敵が出てきたとしてもその場を任せられる。

 だが、俺には一つ気掛かりなことがあった。

 それは、レイアの存在だ。

「……フィリップ。単刀直入に聞くが……レイアを連れて行くんだな?」

「うむ」

「何よ、クラウス? あたしが足手まといだって言うのかしら?」

「いや、そういうわけでは……」

 ……こう言ってはなんだが、俺からすればレイアはそれほど今回の作戦において重要な戦力ではない。

 単体の戦闘力でいえばレイアだけでなくシルヴェストルも一緒に突入するのに不安が残る存在だが……『黒閻』の連中が何を仕掛けてくるかわからない以上、奴らについて一番詳しいシルヴェストルは必須だ。

 彼には頑張ってついて来てもらうしかない。

 だが、レイアは……。

 もちろん彼女も国内屈指の実力を持つ魔術師だが、ヘッケラーが居れば強力な魔術師という枠の戦力は十分だと言える。

 確かに、レイアは俺やフィリップとパーティを組んで活動していたこともあり、連携という意味ではやりやすい仲間だが……敢えて、この危険な状況に付き合わせる価値があるのかといえば疑問だ。

 単独での生存能力にはどうしても俺たちやヘッケラーに劣る以上、彼女は砦の防衛に参加してもらうものだと思っていた。

「嫁さんを危険に晒すのか?」

「……ああ。私は一人では戦えない」

 軽口を叩く調子で疑問を投げかけた俺に、フィリップは重苦しく頷いた。

「あたしも自分の弱みはわかってる。だから、色々と対策してきた」

「対策?」

「魔法陣とか魔道具とか、色々ね。完璧に自分の身を守れるとは言わないけど……それ以上に、フィリップの役に立って見せるわ」

「ああ、それでいい。近づく脅威は全て取り払ってやる。お前は遠くだけを見ていろ」

 ……なるほど。それがフィリップの選択か。

 足りない部分を補い合うパートナー……俺とエレノアの関係とは似て非なるものだな。

 確かに、龍族の里での俺たちは、お互いに助け合って生活していた。

 だが、俺たちは……ずっと一人でも生き抜ける術を身に着けてきた。

 近接戦闘、魔術、サバイバル……二人とも明らかに欠如しているものが無い。

 もちろん、エレノアの壊滅的な料理スキルや『死の森』において俺の“探査”が利かないことなど、どうしようもない部分はあったが……。

 それでも、いざとなれば一人でもどうにかなる。

 魔物を狩って肉を焼き果実を食せば、エレノア一人でも食いつなげる。

 有り余る魔力を以って周辺一帯を殲滅し魔法陣などを駆使すれば、俺一人でも『死の森』を突破できる。

 離れ離れになっても、そうそう死ぬことは無い。

 だからこそ、俺たちは一度別れるという選択肢を取ってしまったのかもしれない……。

 彼女の存在が近くに無いことがこれほど辛いとは思わなかった。

 そういう意味では、フィリップはかけがえのない人の大切さを俺より理解していたわけだな。

 俺の方が長く生きているというのに、皮肉なものだ……。

「信じているぞ。お前になら、背中を任せられる」

「うん……!」

 そうですか、そうですか。

 とりあえずリア充は逝ってよし。

 そんな具合に他愛のない会話をしていたら、最後にヘッケラーが全員を見回してまとめの言葉を紡いだ。

「皆さん、これが恐らく最後の戦いです。この悲劇を終わらせましょう」

 そして、一晩の休息を問った後、俺たちは公国中央に向けて進軍を開始した。





「見えたぞ!」

「ええ……間違いないわね」

 進軍を開始して二日目。

 俺たちは公国最西端の交易都市であるポートシャーロックに到達した。

 前回、戦争が終結した直後に使節団として馬車で訪れたときと比べ、数分の一の所要時間だ。

 その理由はといえば、至極単純なものである。

 飛行魔法で飛んできたのだ。

 トラヴィス率いる後方支援部隊が国境沿い付近を制圧しているのを尻目に、俺たちは各自飛行魔法を発動して公国中央へ向けて高速で移動し続けた。

 もちろん、全員の飛行魔法の巡航性能が同等というわけでもない。

 ヘッケラーは最高速度にも航続距離にも比較的優れており、シルヴェストルも意外と飛行魔法の扱いが上手く、時たま魔晶石で魔力を補充しつつヘッケラーに一歩劣る程度の速力を維持していた。

 だが、フィリップは瞬間的な短距離の高速移動には秀でているものの、時々姿勢を安定させて空中を蹴るようにして加速しないと体勢を保てない。

 レイアはそもそもスピードが遅い。

 そして、最高スピードと飛行姿勢の制御ともに、俺はこの面子で頭二つほど飛び抜けている。

 俺が最大効率で飛べば、他のメンバーは完全に置いてきぼりだ。

 だから、俺たちは平均スピードをヘッケラーに合わせ、フィリップとシルヴェストルの希望するタイミングで適宜休憩を入れてきた。

 レイアはフィリップが抱き上げたまま飛んでいる。

 周辺の警戒は俺とヘッケラーの役目だ。

 シルヴェストルはついて来るので精一杯、フィリップはレイアに付きっきりだからな。

 ……傍から見れば、なかなかに間抜けな一団だ。

 まあ、それでも馬車で来るより格段に速く移動できるので、あまり文句は言えないが……。

「それで……どうするんだ?」

 かつてポートシャーロックと呼ばれた町を見ながら放った俺の疑問に、一同は難しい表情を浮かべた。

 考えていることは同じだ。

 既に『黒閻』のとばっちりで滅んだ街だが、一応は外壁も残っておりギリ拠点として機能する。

 後続のトラヴィスたちが来たときのためにも、俺たちはあの場所を中継地点として休息を取り、ついでに簡単な威力偵察でもしておきたいところだが……。

「付近一帯に魔物の気配が多いですね。まるで森林の魔物の領域のような……」

「まさに原因はそれでしょうね。例の広範囲術式の影響で、一時的に滞留した高密度の魔力がアンデッドの発生を助長し魔物の異常成長を促しています」

 ポートシャーロックの街は今も大量の魔物が闊歩し荒らされ続けている有様だ。

 俺たちの消耗を避けるためには、ここを無視して先に進むというのも一つの選択肢だ。

 フィリップや例が

 だが、最終的にはフィリップの一声で俺の予想は裏切られた。

「いや、この先に何が待ち構えているかわからん。一刻を争う事態なのは重々承知しているが……最悪、一度撤退して体勢を立て直すことが必要になるかもしれん。トラヴィス殿が率いる後続の部隊から補給を受けるためにも、強固な陣を築ける場所を確保した方がいい」

「わかりました。では、まずはここの魔物の掃討ですね。前線の拠点になり得る街ですから、ここは丁寧に制圧していきましょう」

 理由は合理的なもので反対する理由もない。

 俺は大剣を取り出して戦闘準備を整えると、そのまま飛行魔法でポートシャーロックの街へ降り立った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ・シルヴェストルの扱いが・・・。禿げたVIP。金持ってそうなフレーズ。(^^;) ・逝ってよしとは、また懐かしい。恋人と離れているクラウスの前でいちゃつかれたら、そう思うわ。(笑)
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