222話 侵略へ......
2020 11/28 誤字修正しました。
「さて、諸君。我が国と公国の状況は十分に理解してくれたと思うが……この難局をいかにして乗り切るべきか。皆はどう思う?」
デヴォンシャー公爵が一通り諜報部の入手した情報伝え終わり、リカルド王が簡潔に疑問を投げかけると、会議室のメンバーは一斉にトラヴィスへ視線を送った。
自分が言葉を発しなければ何も進まない状況に、トラヴィスは無表情で口を開いた。
「そうですな……。まずは、状況をより正確に把握することが必要でしょう。公国軍との決戦に勝利した後、音沙汰の無い公国政府に対し使節を出しましたが、結果は知っての通り。その直後、野戦陣地を襲ってきた大量の魔物の群れのせいで、停戦交渉も有耶無耶で御座ります。オルグレン伯爵とイェーガー将軍の活躍で犠牲こそ最小限に留められましたが、前線では今も大勢の兵士が国境を守っておりますゆえ、これ以上の無為な犠牲が嵩むことは避けたい。戦略的に優位に立てる情報を得るまで、今はとにかく諜報の強化に注力すべきかと」
「ほう、それはそれは……」
「では、オルグレン伯爵とイェーガー将軍は、ポートシャーロックまで行って引き返してきたのですな?」
「いやなに、悪くない判断だと思いますぞ。戦果としてはともかく……」
「然り。本丸が危機に陥ったとなれば、一度退いて体勢を立て直すのもまた一つの選択。……トラヴィス殿の指揮下にありながら壊滅しかけるとは、さぞかし大変な状況だったのでしょう?」
トラヴィスも結構な慎重論だが……他の奴らは酷いな。
ニヤニヤと嫌な笑みをトラヴィスに向ける貴族連中は、先ほどから何も建設的な意見を出していない。
直接突っかかってきたりはしないものの、風が向けば俺たちの判断や立ち回りを批判して功績を削ろうという意図が透けて見える。
恐らく、今は静観の構えを気取り、誰かが失言かミスでもするのを待っているのだろう。
つくづく嫌な連中だ。
「コホン……もちろん、いずれは公国本土への侵攻も検討せねばなりませんな」
「そうですな。最初にこちらが侵略された以上、諸外国に対し王国の威を示すためにも、ここはしっかりと叩いておきませんと」
「長きに渡り公国との信頼を築き上げてきた東部諸侯には申し訳ないと思いますが、それが王国の繁栄に繋がるとなれば彼らも本望でしょう」
「我が王国の栄光に照らされた地は、今まで以上の繁栄を遂げると思いますれば」
「然り。戦功のある者――もちろん戦略面での寄与も踏まえて――に領地を分配し、統治するという方向で……」
かと思えば、戦いの結果がわかる前から奪った領土の分配の相談か。
捕らぬ狸の皮算用もいいところだ。
本当に、何のために存在しているのかね……?
まあ、本当の脅威に関しては敢えてボカしているのも事実だが、それにしても上っ面しか見えていない言葉ばかりが出る。
それを思うと、この連中に『黒閻』のことを説明するのも、どれだけ意味があることやら……。
もちろん、そこら辺の最終的な判断は俺の役目ではないので黙っておく。
そうして、しばらく何の進展もないまま時間だけが過ぎていった。
停滞する議会に一石を投じたのは、この部屋に居る面子ではなく、突如現れた思いもよらぬ人物だった。
勢いよく会議室の扉が開かれ、数人の足音が雪崩れ込んでくる。
警備兵は緊張した面持ちで部屋の入口の方へ鋭い視線を送った。
「会議中、失礼いたします。至急、報告しなければならないことが……」
入室してきたのは、魔法学校の元教頭で現校長シルヴェストルだった。
久しぶりの再会で若干顔の記憶が怪しかったが、あのハゲ頭と魔力は間違いない。
彼の後ろには宮廷魔術師と思われるローブ姿の連中が数名付き添っており、一様に緊張した表情を浮かべていた。
だが、そんな緊急事態を告げる状況も、利権とプライドしか頭に無い宮廷貴族たちには響かない。
「シルヴェストル校長! 無礼だぞ!」
「そうだ! 神聖な議会を何と心得るか!」
「陛下の御前であるぞ!」
「お前如きが気安く足を踏み入れていい場所ではない!」
とりあえず安全圏から人をディスって足を引っ張るのは彼らの性だ。
あいつらの生態が嫌というほどわかる光景だな。
しかし、そんな醜い罵声の応酬で生産性の無い時間が過ぎるかに思われた空間は、リカルド王の一喝で即座に引き締まった。
「静粛に! シルヴェストルには余から勅命を与えている。国境沿いおよび公国内における件の現象について隈なく調べろとな」
「当然、宮廷魔術師団はシルヴェストル校長に全面的に協力するよう手配しております」
宮廷魔術師を引き連れてきたことにも文句が出そうであったが、ヘッケラーが先に封殺した。
そして、リカルド王に促されたシルヴェストルは再び口を開く。
「故デ・ラ・セルナの残した文献と現地で収集された情報を詳しく解析した結果、重要なことが判明いたしました。例の現象は、勇者召喚術式を応用した反魂の術と酷似しております。勇者に匹敵する魂を有する何者かを復活させるための儀式です」
「っ! では……」
「ええ、間違いなく『黒閻』の仕業です。奴らの手にはイシュマエルの魂魄がある……確定ですね」
これで、あの紫の霧や異様な魔力の流れの正体ははっきりした。
『黒閻』はいよいよ首領イシュマエルを復活させに来たらしい。
……阻止できなかったな。
ボルグにイシュマエルの魂魄を奪われ、その後も連中を仕留めきれず、ついにここまで来てしまった。
聞けば、例の反魂の術とやらは死んだばかりの新鮮な魂を大量に必要とするとのことなので、もしかしたら公国との戦争で死んだ連中の魂も利用されたのかもしれない。
そもそも、そのために公国は戦争へ誘導された可能性もあるわけだ。
……本当に、奴らは災いそのものだな。
連中の思想や目的は知らないが、少なくとも俺たちの周りで起きた数々の事件を見る限り、ロクなものではないだろう。
ほぼ毎年イベントのように王都に被害を出し大勢の死人を出しやがるのだ。
さて……奴らへの対応に関しては、既にリカルド王のお墨付きで排除が決まっている。
平たく言えば、生死問わずの国際指名手配も同然の扱いだ。
この流れなら、王国は総力を挙げて公都を掌握する『黒閻』を討ちに向かうはずだ。
「陛下……」
問題はこの話をどこまで共有するかだな。
宮廷貴族を含む会議室の面子の大半は、何が何やらわからないといった様子でシルヴェストルやリカルド王を見比べる。
ヘッケラーもこれに関しては最終的な判断が付かない様子で、リカルド王の方を視線で窺った。
俺は……当然、そういう意思決定をする立場ではない。
フィリップも事が事だけに黙ってリカルド王の判断を待っている。
そして、リカルド王はしばしの逡巡の後にヘッケラーへ頷き、ゆっくりと口を開いた。
「諸君、隠し立ては無しにしよう。公都は……世界に仇なす国賊の手に落ちた。余の勅命で追わせていた強大な敵だ。最早、対岸の火事ではない。奴らの存在は王国の存亡にもかかわる。皆一丸となって、彼奴等の脅威に立ち向かってほしい」
リカルド王が宣言した直後、部屋を支配した雰囲気は戸惑いだった。
『黒閻』やエンシェントドラゴンの件はこの国の貴族なら多くが事態を把握しているはずだが、やはりどこかでただの賊と侮っている感が否めない。
まあ、長年に渡って戦争らしい戦争も無く平和だったこの国で、これだけの未曽有の危機に即座に対処しろというのは無理な話だろう。
予想通り、議会は紛糾した。
誰がどれほどの兵を出すのか、予想される犠牲はどのくらいか、先の大戦での損害などはどうするのか、『黒閻』が排除できたとしてその後は……改めて、国を一つ呑み込むレベルの脅威が自分たちにも及ぶことが明白となり、宮廷貴族たちはパニックに陥っている。
どちらにせよ、現地へ行くのは俺やフィリップやヘッケラー、人員を増やしたとしてもトラヴィスたちが指揮を執る形になるので、宮廷貴族たちの出番は無い。
しかし、彼らを蚊帳の外に置いてこちらだけで話を進めることが得策ではないのもまた事実。
下手に彼らの反感を買っても、物資の補給が滞るなどの問題が発生する可能性がある。
信じ難い話だが、奴らは国の存亡がかかった緊急事態においても、嫌がらせのために前線の動きを平気で妨害する生き物だ。
それは俺もエンシェントドラゴンのときに嫌というほど実感している。
そういう事態を避けるためにも、リカルド王は彼らをどうにか納得させる形で話をまとめようと試みているわけだが……結果は芳しくない。
そして、またしても収穫の無い無駄な時間が過ぎる。
だが……そんな状況を脱する一言を放ったのは、他でもないリカルド王だった。
「諸君、先ほどから皆の議論を聞いていて改めて思うが……余は幸せ者だ。これほどまでに忠実な、国の行く末を憂う臣下が居るとはな。そなたたちの主張は、全て我が国の利を考えてのことであろう?」
「……はっ、それはもう」
リカルド王と目の合った宮廷貴族は、彼の真意を測りかね若干の戸惑いを見せながらも頷いた。
心にもないセリフを平然と吐けるあたり、リカルド王は本物の為政者だな。
「うむ、そなたらの忠義は嬉しく思う。だが、本件に関しては、我が国でも指折りの忠実且つ勇猛な将たちに一任しようと思っている」
「えっ? いや、しかし……」
「トラヴィスはどう考える? 遠慮なく申せ」
「はっ……僭越ながら、先の魔物の襲撃の脅威を鑑みるに、あれほどの惨事を軽く引き起こす敵ともなれば……下手に軍を動かしても被害が嵩むだけかと存じまする。一部の規格外を除き、ドラゴンの前にはSランク冒険者のパーティですら烏合の衆も同然が故に……。もし、陛下の仰せの通り事を運ぶのであれば……これまでも件の国賊と戦い追い詰めてきたヘッケラー導師とオルグレン伯爵ならびにイェーガー将軍に決着は任せ、拙者は国境沿いの防備を固めて後方支援に徹する所存で御座ります」
さすがにここまで言われれば、宮廷貴族たちも現状を理解して手を引くかに思われた。
王国有数の武官貴族として名高いトラヴィスが一歩引いて俺たちを支援するスタンスを取っている以上、下手に手を出しても痛いしっぺ返しを食らうだけだと普通は理解する。
だが、強欲と危機感の欠如という救いがたい持病持ちの連中には何の効果も無かったようだ。
トラヴィスの提言を曲解し糾弾する声が連鎖的に広がった。
「トラヴィス殿! 貴殿は陛下の力量を侮っておいでか!?」
「陛下自ら指揮を執っている本件に対し、ハナから負けるような言い草など……到底、許せるものではありませんな」
「まさか、先の大戦での失態を有耶無耶にしようとお思いか?」
さすがに腹に据えかねたのか、トラヴィスはカッと目を剥くと吠えるように一喝した。
「そんなつもりは毛頭御座らん!!」
「ひっ」
トラヴィスの怒気を至近距離から受けた蒼白い肌の老人は、腰を抜かして椅子に座り込んだ。
確かに、前線では多くの兵の命が失われたが、トラヴィスにミスがあったわけでも無ければ被害を抑えることには十分成功しているわけで……まあ、単にケチを付けたい連中にはそんなこと関係ないか。
そして、トラヴィスの殺気を直接受けていない連中は、未だにヒソヒソと話すのを止めない。
「(正気か? あの若造どもに任せると……)」
「(亜人贔屓の伯爵風情に……戦功で出世しただけの下級騎士の息子だろう?)」
「(やれやれ……ヘッケラー殿にも困ったものだ。戦功が貴族の誉れとはいえ、少々出しゃばりすぎではないか?)」
結局、彼らは戦功の褒賞のことしか頭に無い。
いや、自分が活躍して功績を得ようとするならまだマシだが、彼らは他人が評価されるのが気に入らなくて足を引っ張りにくるのだ。
ただ、人の邪魔をして生産性を下げるだけ……救い難いクズだな。
そんなことを考えていたら、フィリップは急に立ち上がった。
「我が剣は、王国と民のために……陛下、今こそ我が聖剣を振るい敵を討ち、皆を守って見せましょう!」
フィリップの宣言を聞いたリカルド王は、真っ直ぐにフィリップを見返したのち、深く頷いた。
「うむ。よくぞ言ってくれた、オルグレン伯爵」
勇者であり王国貴族であるフィリップが、国を守るために立ち上がり剣を振るう。
何もおかしなことは無い。
リカルド王がイエスと言ったことで既に話は決まった。
だが、これで済むほど事は単純じゃない。
当然、待ったをかける連中が飛び出してくる。
「お、お待ちください! もう少し審議を重ねるべきです」
「そうです。伯爵家の者とはいえ、彼が陛下から大任を承るに値するかどうかは慎重に判断しなければならない」
「然り然り! 彼はまだ若い。我々が信をおくには、もう少し実績の積み重ねをですね……」
「そう簡単に了承できるものではありませんぞ」
最早、ヤンキーの喧嘩レベルのイチャモンだ。
何故、大陸規模の惨事に対処するという緊急時に、こいつらの信頼の了承だのが必要なんだ?
大体、時間が無いから緊急で議会を招集してるってのに、何が積み重ねだよ?
「そもそも、彼の者が王国貴族としての責務を全うできるかどうかすら、まだ判断が付きませんからな」
「確かに、件の国賊と以前にも交戦したことがあるにもかかわらず、この凶行を許したとなると……」
「そうです。まずは過去の不始末について責任の所在を明らかに……ひぅ!」
しかし、口から唾を飛ばしながら捲し立てていた貴族の優男は、次の瞬間、喉から妙な音を発して言葉を詰まらせた。
見ると、彼の眉間にはリカルド王が抜いた剣の先がピタリと突きつけられていた。
あまりに唐突で予想外な出来事に、会議室の面々はしばしの間フリーズした。
王が自ら剣を持ち人に突き付けるという状況……まあ、普通じゃないよな。
リカルド王が抜き放った剣は、見たところ装飾が多めでそれほど実戦向けの品ではなさそうだが、その刀身からは異様な圧力が放たれている。
恐らく、魔剣の類だろう。
「陛下……」
ヘッケラーは思わずと言った様子で口を開くが、それを尻目にリカルド王はゆっくりと剣を横に移動させて室内の全員に剣先を向けつつ、鋭い目で各々を見回した。
その間、会議室は異様な緊張感に包まれている。
最初に剣を突きつけられた貴族の男は、今にも過呼吸でアルカローシスを起こしそうだ。
そして、ゆっくりと剣を納めたリカルド王は口を開いた。
「余の名のもとに命じる。オルグレン伯爵以下、キーファー公国への侵攻部隊を編成し、準備が出来次第、王都を発て」
「「「はっ!」」」
リカルド王の言うフィリップ以下というのが誰を差しているのかは明白なので、俺とヘッケラーも揃って礼をした。
「トラヴィス、そなたも前線に戻りオルグレン伯爵らを支援するのだ」
「御意」
トラヴィスは胸に手を当てて深く頭を下げ、さらにリカルド王は言葉を続けた。
「今後一切、侵攻部隊への手出し口出しはまかりならん。彼らの妨げとなる行為は、余への反逆に値すると心得よ」
今を以って、俺たちはリカルド王の勅命を受けた独立部隊となった。
公国への侵入と戦闘行為全般が国王のお墨付きだ。
はっきり言って、一線を越えてしまった状況だ。
全ての責任はリカルド王に帰属し、周辺各国に関しても言い訳が出来ない。
侵略の記録がはっきりと残り、今後起きる全ての不都合が彼の存在と意思決定に紐付けられる。
後世においてもずっと……。
完全に国王が泥を被る形だ。
しかし、若干の戸惑いを残す俺を尻目に、リカルド王の顔には迷いや後悔の色は微塵も浮かんでいない。
そして、彼は俺たちに向き直り、軽く頭を下げた。
「ヘッケラー侯爵、オルグレン伯爵、イェーガー将軍……王国の未来をよろしく頼む」