221話 屍を超えて
王都へ帰還した俺たちは、リカルド王への謁見と報告を一通り済ませると、各諸侯軍の解散手続きを取る運びとなった。
公国との交渉や戦後処理はうやむやの状態であり、兵力の半数を失った。
当然ながら、凱旋ムードというわけにはいかないが……公国軍との戦闘が終わり遠征軍も帰還した以上、諸侯軍の集結を含む戦時態勢は一時解除となる。
準戦時レベルになったことで、貴族の義務として出兵していた連中は攻撃隊の編成を中止し、各領地を中心の防衛戦力を再編成することを許される、というお題目だ。
俺たちオルグレン伯爵家諸侯軍も例外ではなく、輜重隊を中心とした車列はオルグレン伯爵邸へ帰還した。
「フィリップ様、お帰りなさいませ」
「あぁ、フィリップ! よくぞご無事で……」
久しぶりに我が家の門を潜ったフィリップは、出迎えに来た留守番組のカーラやメアリーを順に抱き締めた。
全権を預けていたエドガーとギルドマスターのロドスから報告を受けるのは後回しのようだ。
まあ、事務的な話は通信水晶でも可能だが、直接触れ合うことはできないからな。
今は存分にイチャつくがいいさ。
何はともあれ、束の間の休息だ。
俺も待機組だった運送ギルドの顔見知りの職員たちと言葉を交わし、無事な再会を喜んだ。
だが、彼らの雰囲気はどことなく遠慮がちだ。
……ハインツの件で気を遣ってくれているのがわかるので、俺も適当に礼を言って切り上げる。
そして、自分の馬を片付け馬車の収容などを軽く手伝った俺は、とりあえずオルグレン邸のフィリップの執務室の方へ足を延ばした。
「クラウス、そこに居たか」
「……ああ、どうした?」
オルグレン邸のホールでフィリップの声に呼び留められた俺は、僅かに反応が遅れながらも振り向いた。
彼の横にはアルベルトが並んで歩いており、既に気配と魔力でそれは察知していた。
視線が交差した俺たちは、またしても居心地の悪い沈黙を作り出してしまう。
戦地から帰還する道中、俺とアルベルトはほとんど口を利いていない。
正直、未だに何を話せばいいのかわからない状況だ。
そんな微妙な雰囲気の中、フィリップは口を開いた。
「私は明日もう一度王城へ出向く。貴公も同行しろ」
「ああ。そりゃ、構わないが……」
フィリップの雰囲気から察するに、こちらは本題ではないような感じだ。
もちろん、大切な事務連絡ではあるのだが……。
予想通り、フィリップは一呼吸おいて再び口を開いた。
「もう一つ……現刻を以って、イェーガー士爵のオルグレン伯爵家諸侯軍副将の任を解く。イェーガー卿、ご苦労だった」
「はい」
「貴公の働き無くして、我が諸侯軍の活躍は無かった。感謝する」
「恐縮です」
そうか……。
攻撃隊の遠征が終わった以上、諸侯軍は一旦武装を解除する。
オルグレン伯爵家諸侯軍に将校として参加していたアルベルトもお役御免だ。
「貴公、すぐに帰るのか?」
「ええ。家族のことが心配ですから」
陣借りの冒険者や傭兵は解散してギルドで報酬を受け取り、兵や士官もそれぞれの場所に戻る。
アルベルトも例外ではなくイェーガー士爵領へ帰るわけだ。
父とはここでお別れだ。
本当なら、ハインツも帰れるはずだったのだが……。
そんなことを考えていると、フィリップは俺に向き直った。
「クラウス、馬車を手配しろ。我が軍の功労者だ。丁重に見送るように」
「……ああ」
「恐れ入ります」
イェーガー士爵領へ向かう馬車の準備が整うまでの間、俺とアルベルトは運送ギルドの操車場で佇み時間を潰した。
手持ち無沙汰な状況に、俺はたどたどしく言葉を紡いだ。
「父上、ハインツ兄さんのことは……」
「言うな。私にできることは、もう何も無いのだからな」
俺の言葉は固い拒絶の声に遮られた。
一瞬、間接的とはいえハインツの死の原因を作った俺をまだ許せないのかと思ったが……どうやら違うようだ。
アルベルトはフッと表情を緩めると言葉を続けた。
「私を……情けない父親だと思うか?」
「え……?」
「兄の死など……弟に背負わせるものではない。まともな親ならな。だが、お前まで失いたくないなどと思いながら、私はハインツの仇討ちを望んでいる。お前に、全て押し付けるような形で……」
「…………」
「すまない、クラウス……結局、私は何もしてやれなかった」
……そうか。
父は、こういう男だったな。
辺境の領地で上手いことやりくりしているようで、家族のために色々と気負い過ぎるきらいがある。
俺のことも、息子として気に掛けてくれた。
色々と手を貸してくれた。
アルベルトは……いい父親だ。
俺がハインツの仇を討つと言ったことで、父が思い悩む原因を作ってしまったのかもしれないな。
だが、俺はどうしてもそう言うしか無かった。
俺の立場によってアルベルトとハインツが公国との戦争に参加したことで、ハインツの死を間接的に招いてしまったことで……要は、俺はアルベルトの大切にしていたものを滅茶苦茶に壊してしまった気がしたのだ。
何かしらの贖罪か補填が必要だと思った。
……俺自身、今もどこかで家族に拒絶されることを怖れているのかもしれないな。
「そんなことないですよ」
「……?」
俺はアルベルトの言葉をはっきりと否定した。
アルベルトは怪訝な表情を浮かべるが、俺はさらに言葉を続けて強く言い切る。
「父上、息子として恥ずかしい限りですが、俺は金儲けと人殺ししか能がない男です。魔力、戦闘力、財力、地位……あらゆる力を追い求めましたが、結局は自分一人の面倒を見るので精一杯です。上手いことやったつもりで、足元は度々お留守になっている。だから、父上には本当に助けられました」
「クラウス……」
アルベルトは伏し目がちになり複雑な表情を浮かべたが、俺は言葉を続けた。
「それに、ハインツ兄さんの仇に関しては、止められたら止められたで困りますから。奴らを排除するのは決定事項です。四年前、あのクソッタレどもの陰謀に巻き込まれた時点で、俺は奴らと決着を付けなければならない状況になっていたんです」
「…………」
「だから……父上はただ、いい報告を待っていてください」
自己満足、責任転嫁……俺のやっていることといえば、そんなものだ。
だが、それが唯一の前に進む方法であることもまた事実。
目の前の父もそれは理解しているようで、しばらくするとアルベルトは俺に頭を下げた。
「……頼む」
そうしているうちに、運送ギルドの職員が馬車の用意が出来たことを告げてきた。
俺は用意された馬車にアルベルトを誘導し、車内へ荷物を積むのを手伝う。
父の持ち物は……着替えと最低限の道具類を積めたカバンに予備の剣、遺品になってしまったがハインツのバッグ。
これだけか……。
魔法の袋も持っていない割に随分と少ない荷物だが……まあ、騎士出身の地方領主の旅支度などこんなものか。
そして、馬車に乗り込んだアルベルトに、俺は車外から窓越しに声を掛けた。
「全て終わったら、また顔を出します」
「ああ、その時は嫁も連れてこい」
御者のギルド職員が手綱で馬の背を打つと、アルベルトを乗せた馬車はベアリングとサスペンションの静かな音とともに走り出し、やがて見えなくなった。
翌日、俺とフィリップは王城の一室へとやって来た。
例によって、謁見の間ではなく作戦指令室のような会議室だ。
部屋の場所こそ以前とは違うようだが、内装も全開の略式謁見と作戦会議で来た部屋と似たような感じだな。
相変わらず地図や通信水晶が所々に配置され、ニールセンら近衛騎士団に宰相のデヴォンシャー公爵など王国の重鎮が勢揃いしている。
準戦時態勢とはいえ、国の中枢はいつでも正確な状況把握と迅速な指揮ができる構えでなければならない。
まあ、環境が立派でも、そこに居る人間の良し悪しが伴うとは限らないわけで……。
「いらっしゃいましたな。勇者殿に聖騎士殿が」
「や、王国の一大事ですからな。当然でしょう」
「然り然り」
「リカルド王におかれましても、頼もしい限りかと」
「忠実で有能な軍人が多いのはいいことです」
意味の無い挨拶に、心にもない相槌……この無駄な時間を作り出す連中は、本当にどこから湧いてくるのだろうな?
それでも、俺やフィリップに直接突っかかり難癖をつけるまでのことはしなかった。
準戦時レベルとはいえ戒厳令も同然の今の状況下では、当然俺たちのような軍の要職に就いている人間の権限が大きくなる。
以前、俺がぶち殺して反逆者として処理された宮廷貴族の二の轍は踏まないらしい。
まあ、こいつらに多少の分別が備わったところで、害虫の生命力が無駄に向上しただけの話だと思うが……。
そして、俺たちの後に数名の武官系貴族が入室した後、リカルド王は顔を上げた。
「……さて、皆トラヴィスの報告に基づく戦況の把握は済んでいるな? カーライル」
「はっ……それでは、先の大戦の結果と事の顛末の把握は済んでいるものと見なし、軍務局の諜報部より上がった調査結果から説明いたします」
何故、宰相が直々に情報部から上がった報告を話すのか不思議に思ったが……そういえば、当のキャロラインは今前線でワイバーンを駆り現場を忙しく飛び回っているな。
ご苦労さんです……。
リカルド王の宣言通り、デヴォンシャー公爵は公国との戦争での戦果などを丸々省略して説明を始めた。
「帰還した防衛隊の報告にあった例の広範囲術式は、依然として健在です。竜騎兵と斥候による偵察の結果、紫の霧と浮遊魔力の異常の範囲は公都周辺にまで及んでいることが判明しています。戦場となった王国東部から公国全域に及んでいると言っていいでしょう。術式の詳細は依然として不明。トラヴィス辺境伯の報告と定時連絡からの共通事例ですが……例の広範囲術式には周辺一帯の魔物の凶暴化を誘発する効果があり、またアンデッドが非常に発生しやすくなっているとのことです」
デヴォンシャー公爵は紙を捲りつつ言葉を続けた。
「続いて、宮廷魔術師団による解析結果ですが……魔力の流れの観測によって、術式の性質や規模が推定されています。戦場付近では死霊術に近い組成の魔力の集積が見られています。それが周辺でのアンデッド活性化に繋がっている可能性が高いとのことです。また、集積した魔力には明らかな指向性を持った流動が見られ、その移動先は公都方面。さらに、周辺各地からも公都に向かって莫大な密度の魔力が継続的に流れている傾向にあるそうです。魔力の性状としては、召喚術式のパターンが一番近く、また規模は正確には測定不能……勇者召喚術式もしくは記録にある最上級魔術を遥かに凌駕する強度の魔力とのことです」
「つまり……?」
あまり魔術関連に詳しくなさそうな貴族が、思わずといった具合で口を挟んだ。
彼の質問には筆頭宮廷魔術師のヘッケラーが答えた。
「戦争と魔物の殲滅戦で発生した死骸から魔力を集め、強力な召喚術かそれに匹敵する何かを行使する準備がされている可能性が高い、ということです。あくまでも状況証拠に基づく推測ですが……」
「そ、そんな曖昧な根拠で……」
「現状、最も有力な信憑性を持つ仮説です。ヘッケラー侯爵以下、宮廷魔術師団が総出で分析と対処法の検討に臨んでいます」
別の貴族が放った横槍は、デヴォンシャー公爵にばっさりと切り捨てられた。
そして、一つ頷いたヘッケラーが言葉を継いだ。
「公都近郊には高ランクモンスターが多数確認されています。偵察からの情報によりますと、既に公都近郊は魔物に蹂躙され都市は壊滅状態です。間違いなく、魔力を集めて次の一手に講じている敵が公都に居るのでしょうね」
地位も実績もあるヘッケラーに断言されては、ただ茶々を入れたいだけの宮廷貴族は黙るしかなかった。