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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
決戦編
217/232

217話 終焉へ......


「ハァ……」

 未だ勝利の余韻が醒めきらぬ王国軍の野戦陣地。

 杖を手に天幕の周りをブラブラと歩くレイアは、辺りから聞こえる談笑の声を尻目に陰気なため息をついた。

 整った顔立ちとは対照的に顰められた表情も、穏やかな雰囲気のオルグレン伯爵家諸侯軍の待機区域に似つかわしくない。

「レイアさん、大丈夫ですか?」

「え……あ、お師匠様……」

 偶然、彼女の姿を目にしたヘッケラーは、ついつい愛弟子の苦悩する顔や雰囲気が気に掛かり、思わずといった様子で声をかける。

 そして、ヘッケラーはレイアの悩みの原因にすぐに思い当たった。

 勇者ことフィリップ・ノエル・オルグレン伯爵が率いる使節団がこの王国軍の野戦陣地を経ってから、既に数日が経過している。

 レイアの婚約者であるフィリップは、今も危険な敵国の中心部へ少人数で向かっている最中だ。

 総司令部は通信水晶の定期連絡で逐一状況を把握しているが、その程度の慰めで全てが解決するのならば苦労はしない。

「心配ですか? フィリップ君のことが……」

「ええ、そうですね」

 しかし、肯定するレイアの声は思った以上に軽かった。

 然程、離れて行動するフィリップのことを気に病んでいるようには見えない。

 フィリップ自身が王国有数の剣士であり、歴代最強の呼び声も高い聖騎士のクラウスが傍についていることを思えば、その旅路の危険性は遥かに低いものとなっているわけだが……それでもレイアの表情には翳りがあった。

 そんな彼女の様子を見て、ヘッケラーはもう一つの可能性に思い至った。

「なるほど、ゴーレムのことも気になりますか……」

「ええ、まあ……」

 肯定するレイア、ヘッケラーは苦笑しつつも頭を掻いた。

 突如、隣国から宣戦布告を受け、どうにか侵略部隊を押し返し陣を構築したこの状況。

 どうにかゲリラ戦に持ち込まれるのは避けたが、未だに公国側の意図が掴めず戦後処理どころか停戦交渉の目処すら立っていない。

 そんな中、ゴーレムの一件は藪から棒に持ち込まれた根拠の無い懸念事項だ。

 ファビオラが嫌な予感がすると言い、フィリップとレイアが同調し、クラウスが精査の必要性を訴えた。

 それだけだ。

 はっきり言って、実働部隊の実質的なトップであるヘッケラーがいつまでも関わり合っていられる事案でもない。

 そんなヘッケラーに、レイアは顔を上げて問いかけた。

「やっぱり……お師匠様も杞憂だと?」

「そうですね。私は……エンシェントドラゴンはともかく、その『黒閻』の者たちと直接遭遇したことはありませんから。そういう意味では、君たちよりも危機感は薄いのでしょう」

「そんなことは……」

 言い方は身も蓋も無いが、ヘッケラーがレイアたちの意見を無下にしているわけではない。

 もちろん、『黒閻』が現代のメジャーな錬金術や魔導技術では解明できない技術を独自に保有していることもヘッケラーは知っている。

 だが、正確な調査を実施するには、ヘッケラーの知識や力量を以ってしても十分な設備が無ければ難しい。

 結局は、今できることは何もないというのが事実だ。

 新たな情報が得られない以上、この話を続けても進展はないので、レイアは少し話題を変えた。

「危機感と言うなら……この陣地全体が弛んでいるように思えます」

「そうですね。ここのところ、敵の襲撃などが全くありませんからね。差し迫った危険が無い状況ゆえ、不満を扇動しようとする輩があまり勢いに乗れていないことは僥倖ですが……別の側面からロクでもないことばかり思いつく者たちの動きが活発になっています」

「あ~……今こそ侵攻して領地を広げるべき、とか言ってる……」

「ええ、彼奴らです。何のために使節を先行させたと思っているのやら……」

 眉間を揉みながらため息をつくヘッケラーに、レイアはフィリップなどから伝え聞いた王城や総司令部でのクラウスの様子を思い出しつつ口を開いた。

「クラウスが居なければ殺される心配が無いから強気になっているのでは?」

「くくっ……確かに。レイアさんの言う通り、案外それだけかもしれませんね」

 端正な顔に悪どい笑みを浮かべつつ、ヘッケラーはレイアの言葉を肯定した。

「とにかく、一刻も早く戦争を終結させてくれることを祈りましょう。どちらにせよ、ゴーレムを分析するには王都へ持ち帰らなければなりません。全ては使節団が公国とのコンタクトを取り話を付けてからです」

「はい……ん?」

 レイアはヘッケラーの言葉に頷き踵を返そうとした。

 しかし、次の瞬間、レイアは視界の隅に妙な魔力の動きを感じ取り足を止める。

 ヘッケラーも同様に眉を顰めて顔を上げた。

「一体何が……っ! お師匠様! アレを……」

「む……公国のゴーレムの破片が……」

 二人が揃って視線をやったのは、物資の管理区画の隅に集められた石片だった。

 鹵獲品の武具などと一緒にまとめられていた公国軍のゴーレムの残骸だが、よく見ると暗い紫色の煙のような靄が吐き出されている。

 触手のように揺らめく靄は、やがて濃密さを増して辺りに広がり始める。

 そして何より、そのゴーレムの残骸から発せられる禍々しい魔力は、幾度も修羅場を潜り抜けてきたレイアやヘッケラーにとってあまりにも危機感を刺激するものだった。

「お、おい! 何だあれ?」

「あの石材だ。一体何が……?」

 この段になると、周囲の王国軍兵士や冒険者たちもゴーレムから発せられる異様な気体に気付いた。

 徐々に広がる禍々しい靄は、数年前に王都のど真ん中にエンシェントドラゴンが出現したときのことを彷彿させる。

「とりあえず、ここを離れましょう」

「で、でも……凄い速さで……ぁ!」

 次の瞬間、ゴーレム片から爆発的な魔力反応が発せられた。

 どす黒い靄は僅かに密度が薄くなったような気がするが、その代わり瘴気のような霧が一瞬にして王国軍の陣地全体を包み込む。

 咄嗟に口を覆い毒を吸わないように試みるレイアだったが、突如彼女の肢体から力が抜けた。

「え、何これ……魔力、が…………」

「っ! ……しまっ、た……」

 驚愕の表情を顔に張り付けてへたり込むレイアに続き、ヘッケラーも奥歯を噛み締めながら膝をつく。

 これだけ危険な仕掛けを見落としていたことに、ヘッケラーは思わず数日前の自分を罵りたくなるが、今は罵声を漏らす余裕もない。

 地面に突きたてた杖に縋りつくようにして、どうにか体を支えたヘッケラーだったが、四方から迫りくる明らかな殺意を孕んだ気配に力ないため息をついた。





「妙だな」

「ああ、貴公もそう思うか?」

 俺とフィリップとクロケットに使節団は、一様に難しい表情を浮かべていた。

 公国軍の司令部やロデリックから手に入れた情報を頼りに、公国内へと足を踏み入れた俺たちだったが……街という街で悉く貴族や士官に遭遇できず、とうとうポートシャーロック近郊まで来てしまった。

 どうやら貴族家の人間は全て戦線に出ており、俺たちと話せる人間はどこも不在らしい。

 最初は街の住民が謀っているのかと疑ったが、クロケットが裏付けを取った以上、その場は諦めるしか無かった。

 予想以上に長い道のりだったが、公国西部の交易拠点となるこの街であれば公国の貴族家の人間と接触できるだろうとは、約二年前にここを訪れたフィリップの言葉だ。

 そんなわけで、俺たち一行はポートシャーロックの街外れまでやって来たわけだが、ここでも俺たちは期待を大きく裏切られる状況に遭遇する。

「何だこれは……?」

「ここで一体何があったのでしょうか?」

 街道から街の様相を目にしたフィリップとクロケットは言葉を失った。

 俺も馬上から同じ光景を眺めつつ、自然と手綱を握る手に力が入る。

 何せ、俺らの視線の先にあるポートシャーロックと思わしき都市は、既に壊滅と言っていい状況だったのだ。

 かつては交易拠点として栄えていたであろう街だが、今やその姿は見る影もない。

 城壁は崩れ、所々に武器や建材の破片が散乱し、舗装された道には赤黒い染みが確認できる。

 “探査”の魔術を展開し辺りを調べて見ると、人の気配と思わしきものは無いが、魔物と思われる気配があった。

 傍から見れば、今のポートシャーロックは魔物の大群に襲われ壊滅した不幸な街だ。

 大規模な魔物の侵攻でもあったのかもしれないが、これだけの大きさの街が簡単に陥落するとは考えにくい。

「とにかく、行ってみるしかないだろう。一旦、俺が先触れも兼ねて……っ!」

 しかし、そこまで言ったところで、俺はポートシャーロックの街の外れに大きな魔力反応を感じて息を呑んだ。

 “探査”の魔術を広げて確認すると、かなりの数の魔物の群れがこちらへ一直線に向かって来ている。

 一つ一つの魔力の大きさは然程の者ではないが結構な数だ。

「何だ? 一体何が起こっている!?」

 フィリップもこちらへ急速接近する魔力反応を感じ取り、思わずといった様子で口を開いた。

 俺はフィリップに答えるより先に、こちらに向かって疾走する魔物の群れに向けて魔術を詠唱する。

 素早く連射した“火槍(フレイムランス)”はこちらへ向けて全力で走るデビルコヨーテなどの魔物の中心に着弾し、大雑把な狙いにもかかわらず敵全体を一気に吹き飛ばした。

「うぉ、凄ぇ……」

「全部やっちまったぞ」

「……いや、まだだ」

「え……?」

 俺が先頭の一団を始末したものの、ポートシャーロックの街周辺の魔物の反応はどんどん数を増している。

 魔物が次々と生まれているということは考えにくいが……もしかしたら、街の近くのダンジョンから魔物が溢れているのかもしれない。

 だとしたら、一刻も早く街に突入して魔物を殲滅し、生存者を救助すべきか?

 しかし……。

「っ! 掴まれ!」

「うぉ! クラウス、何を……?」

「ぐぇ!」

 俺はほぼ無意識のうちにフィリップとクロケットの襟首を掴み、飛行魔法を発動して急上昇した。



「クラウス、貴公……」

「い、イェーガー将軍、一体何を……?」

「あれを見ろ」

「「っ!」」

 俺が下の地面を顎で示すと、フィリップとクロケットはそちらに視線をやり息を呑んだ。

 先ほどまでは何もないごく普通の街道だったが、今は辺り一面の大地から紫色の霧のような気体が漏れ出している。

 嫌な魔力の気配を感じて即離脱したが正解だったな。

 どう見ても、闇属性の魔力や瘴気の類のもので、あれは触りたくない。

 フィリップは当然ながら飛行魔法で空中を移動することはできるが、細かい空中機動は不得手であり、何より咄嗟のことだったので、俺はそのまま二人を掴んだまま霧との接触を避けるように上空まで飛び上がったのだ。

 護衛の冒険者たちには申し訳ないが、使節団の目的を鑑みればこの二人を守ることが最優先だ。

「こりゃ、異常事態ってやつだな」

「うむ」

「ご、護衛の皆は?」

「……無事のようです」

 クロケットに示しつつ俺も地上の冒険者たちを確認するが、各人の魔力反応を見る限りどうやら命に別状はないらしい。

 だが、明らかに悪い気配がする霧は徐々に濃さを増して広がり、粘々とへばりつくような生暖かい空気が周囲を漂っている。

 辺り一面が沈んだ色の霧に覆い尽くされたことで、まるで大気汚染の進行した世紀末の様相だ。

 しかし、こうなると……空中に居たところで意味は無いか。

 霧の発生源は俺が吹き飛ばした魔物でもポートシャーロックの街でもなさそうだ。

 未知の邪法の技術っぽいものを持つ連中には嫌というほど心当たりがあるが、これほどの広範囲に一気に影響を及ぼす現象を見たのは初めてだ。

 正直、似たような現象を俺の魔術で起こせと言われてもできる気がしない。

 国内外から化け物扱いされるほど殲滅力に秀でた俺でも、所詮は一人の人間だ。

 対艦ミサイル並の攻撃を連発することはできても、核兵器レベルの破壊力を一度に発揮することはできない。

 ところが、この怪奇現象に至っては国一つを覆うレベルの規模だ。

 あまりの状況にフィリップとクロケットをぶらさげたまま動きを止めて思案していると、俺の右手にぶら下がるフィリップが叫んだ。

「クラウス、あれを見ろ!」

「ん……何だありゃ?」

 フィリップの指差す方向を見ると、ポートシャーロックの街の反対方面にも不穏な瘴気のような気体が漂っている。

 そして、次の瞬間。

 漆黒の禍々しい色合いの雷のような閃光が、国境沿いの辺りで発生し天を貫いた。

 明らかに普通の魔術や魔法陣によって起きる現象ではない。

 今度は何だって言うんだ……。

 元地球人から魔法世界に転生しただけあって、俺もそれなりに非科学的な現象への耐性は付いているが、今回の一件は俺の理解を超えている。

 だが、何よりの問題は……フィリップが示した方向は俺たちがやって来た国境方面、即ち先日まで戦場だった王国軍の陣地の辺りだ。

 この状況を見る限り、国境沿いの王国軍本隊がよろしくない事態に直面していることは間違いない。

 それはフィリップもわかっているようで、彼はしばしの逡巡の後に口を開いた。

「……引き返すぞ」

「いいのか?」

「最早、戦争どころではない。早急に王国軍をまとめて対策を練らなければならん。護衛部隊の各員の容態に問題が無いようなら、一刻も早くここを発ち王国軍と合流する」

「わかった」

 フィリップの言葉にクロケットも頷いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 広範囲の罠とかだと、クラウスも対応に苦戦するかもですね。 土地を死滅させてよいということであれば、深さ1kmくらいまで穴があく攻撃を直径100kmくらいの範囲で行えばいいかもですが。(でき…
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