214話 陥落
「おぅらぁ!」
俺は最大出力で魔力を込めた大剣を振りかぶり、高濃度に凝縮された魔力によって生成された剣閃を纏った刀身を、強化魔法の腕力と体重を乗せて一気に薙ぎ払った。
凄まじい速度で飛んだ魔力の刃は、辺りの草木や瓦礫を薙ぎ払いながらすさまじい速度で直進し、公国軍の野戦陣地に正面からぶち当たる。
野戦陣地の正面ゲートには何かしらの補強が施されていたようだが、俺の最大火力の一撃の前にはそのようなものは通用しない。
微かな魔力反応が掻き消されて消失するのと同時に、野戦陣地正面の出城は大扉や防壁から破片をばら撒きながら倒壊した。
止めとばかりに炸裂する“火槍”を十発ほど撃ち込むと、残った扉や柵の一部は完全に燃えカスと化して四散し、櫓や足場の上から俺に反撃しようとしていた公国兵たちも衝撃と破片で吹き飛び落下する。
多くの公国兵が敗走する中、一部の公国側の戦闘員はなおも俺とフィリップを討ち取ろうと出撃してきたが、見たところ浮足立って突撃を敢行した雑魚の諸侯軍のようだ。
先頭の騎兵を“放電”で麻痺させて転倒させると、後続の公国兵も面白いように足を取られてドミノ倒しに転倒し始める。
防衛側に隠し玉の戦力居ることも警戒していたが……この体たらくでは、彼らはいい的でしかない。
俺は再び“火槍”の魔術を左手に制御すると、数発の炸裂ミサイルで公国の諸侯軍を蹴散らし殲滅した。
「よし、道は開いたな」
「うむ。行こうか、クラウス」
「ああ」
レイピアを抜いて先に立って歩き出したフィリップに従い、俺も公国軍の野戦陣地に向けて歩を進める。
そして、公国の野戦陣地に足を踏み入れた俺とフィリップは……お互い武器を構えると、地面を蹴って一気に飛び出した。
「っと……決着は付いたってのに、随分と往生際が悪いじゃないか」
「うむ、野戦陣地の内部にまで踏み込まれてこの歓迎ぶりとは……穏便に戦後処理に移る気は無いらしいな」
予想はしていたが、公国も最後の抵抗を試みるらしい。
天幕や野営の痕跡が所々に見て取れるエリアでも、公国兵は俺たちに攻撃を仕掛けてくる。
「ふんっ」
「――“火槍”」
フィリップが華麗にステップを踏みながら剣を振るい周囲の兵士を斬り伏せるのと同時に、俺も火魔術を放って弓兵たちをまとめて吹き飛ばす。
「やぁ!」
「邪魔だ、失せろ!」
俺に接近してきた槍兵は、大剣で武器ごと胴体を切り裂き密集している敵の集団の方へ蹴り飛ばした。
しかし……公国の陣地にはこれだけの戦力が残っていたんだな。
大部隊というほどではないが、まるで伏兵のように公国側の戦闘員が野営地の各所から顔を出して攻撃を仕掛けてくる。
しばしの間、俺たちは迫りくる公国兵を次々と薙ぎ倒していたが、やがてフィリップが俺の方へ僅かに顔を向けて口を開いた。
「クラウス、雑兵に構っている暇はない。切り抜けるぞ!」
「ああ、わかってるよ!」
フィリップの言う通り、ここで手を拱いている間に司令官や上級貴族家の当主に逃げられたら面倒だ。
本来なら、本陣を潰された時点で敗北を認識し戦後処理に向かうはずだが……公国側が何をやらかすか、わかったものじゃないからな。
最悪、この平原での大敗も下に責任を押し付けて、戦を長引かせてくるかもしれない。
上層部が生きている限り、貴族という旗印が健在ならば負けではないとばかりに……。
誰が見ても明らかな形で本陣を制圧し、司令官や上級貴族家の直系たちを捕らえることが望ましい。
俺はフィリップに目配せをして気持ち後ろに下がらせると、魔力を込めた大剣を大上段に構えて両手で素早く振り下ろした。
「でぇりゃあ!」
重苦しい音を発しながら解放された魔力が剣閃を形作ると、土埃を大きく巻き上げながら俺の前の地面を大きく切り裂き直進していく。
魔力の刃の中心からは逃れた兵士も、衝撃波と石や瓦礫の破片を受けて戦闘継続は不可能なダメージを負った。
「さすがだ、クラウス! よし、私に続け!」
「ああ!」
公国陣地の防衛部隊を突破して俺とフィリップは、ついに総司令部と思わしき豪奢な天幕へ辿り着いた。
数十名の騎士たちが天幕の周囲を守っていたが、俺とフィリップは即座に殲滅作業に入る。
さすがに天幕ごと吹き飛ばすわけにはいかないので、魔力剣で薙ぎ払ったり強力な魔術を使ったりすることは控えたが、鎧や剣の装飾だけ立派な騎士たちはものの数分で全滅した。
縁故採用なのかどうかはわからないが、近衛部隊というには些かお粗末だ。
蛮勇を振るって短槍を構え突っ込んできた騎士が、俺の放った安物の投げ槍に胸部を貫かれて崩れ落ちたのを最後に、周囲からの攻撃の手は無くなった。
そして、俺たちが天幕に足を踏み入れると……予想通り、顔色の悪いオッサンどもが無駄に高価そうな椅子に座っていた。
「曲者っ!」
「深紅の揺らめ……ぁがっ!」
案の定、天幕の中にも護衛は居たが、今更たった二人でどうこうできるものではない。
入り口近くに居た男はフィリップのレイピアに剣を弾かれて頸動脈を絶たれ、奥の方で魔術の詠唱をしていた男は俺が投擲した偽フラガラッハの刀身に顔面を貫かれて即死した。
「ひぃ!」
「な、何だ、お前たち!?」
「へ、兵どもは何をやっている……」
フィリップはレイピアを振って刀身に付いた血を飛ばし、俺も手を掲げて偽フラガラッハを男の顔面から回収する。
宙を舞って再び俺の手に収まった魔剣を確認しつつ、俺は天幕の中を見回した。
形ばかりの司令室では、悪趣味なアクセサリーや宝石をあしらった服を身に着けたオッサンどもが、窮屈そうな椅子の中で体を震わせていた。
どいつもこいつも、俺たちを見て悲鳴や罵声を漏らすばかりで話にならない。
当然、彼らの体型は醜く弛んでおり、まともに魔力のある者も居ない。
……デジャヴだ。
似たような奴らは王国東部にも居たな。
俺はヒキガエルの断末魔のような声を上げるオッサンを無視して歩を進めた。
真ん中のテーブルをひっくり返すように蹴飛ばし天幕の隅に寄せると、一番派手な装いの年嵩の男に声を掛けた。
「てめぇが総司令官か?」
「ぶ、無礼だぞ! 貴様、儂を誰と心得「質問に答えよ」ひぃ!」
俺の言葉に一瞬反抗しかけたオッサンだったが、喉元にフィリップのレイピアが添えられると、弾かれたように肯定し何度も頷いた。
どうやら、公国軍の総司令官はこのなんちゃら辺境伯で間違いないらしい。
……こいつを捕えれば、戦争は終わりか。
幸い、この陣地の向こう側を“探査”で探ってみても、統率の取れた集団が離れた気配は無い。
公国軍の総司令部の連中はこれで全員だ。
少し拍子抜けだな。
利己的な公国貴族のことだから、部下を置き去りにして自分たちだけ逃げ出している可能性も考えたが……こいつらの動きが遅くて助かったな。
万が一、総司令官に逃げられでもしたら、追撃やら報復の戦闘やらでまた面倒なことになっていたに違いない。
まあ、彼らの気質を鑑みるに、後方の安全な場所に居る自分たちが攻撃を受けること自体、全く想定しなかったのだろう。
俺とフィリップは公国軍の総司令官および側近たちを拘束した。
とはいえ、この陣地内にはまだ敵兵も残っているので、あくまでもスピード優先で簡易的にだ。
フィリップが汎用の魔法の袋から取り出した拘束具を総司令官の首に装着し、残りは俺が片っ端から鎖で縛って微弱な“放電”を撃ち込み気絶させる。
そうして淡々と処理をしていると、司令部に居た二人の貴族が喚き始めた。
「わ、私は侯爵だぞ! こんな狼藉が許されていいわけがない。国家間の戦争は下賤な冒険者同士の喧嘩とは違う。陣地に乗り込んでこのような真似をするなど、非常識すぎる!」
「そ、そうだそうだ!」
「王国の兵は貴人への態度というものを知らぬらしい」
勝手な言い分だ……。
だが、公国軍司令部の貴族たちは我が意とばかりに頷き同調し始める。
耳障りな声を聞き流しつつ、俺は無言で“倉庫”からダブルバレルショットガンを取り出すと、目の前の自称侯爵の顔に銃口を押し付けた。
侯爵は俺の銃が武器であることすら理解できぬようで、不可解な表情を浮かべていたが……俺は容赦なく引き金を引いた。
「「「「「ひっ……!」」」」」
ショットガンに装填されていたのは鹿撃ち用のバックショットだ。
轟音と共に発射された強力な散弾を至近距離から顔に浴びたことで、男の頭部は引き裂かれたように消失し、大量の血と脳漿が天幕内に飛び散った。
突然の惨状に、公国軍司令部の貴族たちは一瞬で血の気が引いて押し黙った。
「捕虜の頭数ならもう足りてる。間引きされたくなきゃ、俺の機嫌を損ねるなよ。俺はそこの勇者様みたいに慈悲深くはないからな」
フィリップは若干難しい顔をしていたが、公国貴族たちが大人しく黙り込んだのを見て、肩をすくめて言葉を呑み込んだ。
同じ爵位で立場が上の総司令官を捕らえられた以上、侯爵の一人くらい減ったところで問題ない。
そうして、俺とフィリップは拘束しておとなしくなった総司令部の連中を盾に、公国軍の野戦陣地に留まり続けた。
まだ、陣地内には俺たちをつけ狙う公国兵が大量に残っている。
もちろん、こちらから殲滅に行ってもいいが、それだとさらに大量の敵兵を虐殺することになるので、味方の包囲部隊を待つことにしたのだ。
そして、散発的に攻撃を仕掛けてくる奴を何名か殺したところで、王国軍の制圧部隊が公国軍の野戦陣地の正面に到着した。
俺たち二人に防衛隊を虐殺され総司令部まで突破されたうえに大軍に包囲されては、さすがの公国軍も抵抗する気力が失せたようだ。
陣地内の公国兵のほとんどは素直に降伏勧告を受け入れた。
防衛隊の面々が武器を捨てて投降を始め、同時に王国軍も野戦陣地内になだれ込んでくる。
「派手にやりましたね」
「ご挨拶ですね。総司令官は生け捕りにしましたよ」
「ええ、クラウス君にしては上々です。イェーガー士爵、砦全域の秩序の回復を」
「はっ」
現場監督的な立ち位置に居るヘッケラーの指示で公国兵たちは次々と拘束され、アルベルト率いる騎兵隊が陣地の隅々まで巡回を始める。
公国の攻撃隊は壊滅し、野戦陣地も制圧が完了した。
こうして、我が国を悩ませていた公国との戦争は一旦の終結を迎えた。