211話 続・竜騎兵
少し時間は巻き戻ります。
「ガルゥオオオォォォォォ!!」
「うらぁ!」
俺は目の前に肉迫してきた竜騎兵を正面に捉えると、向こうの騎獣のワイバーンがファイヤーブレスを吐いてくるタイミングに合わせて、カウンターで大剣を振るった。
収束した雷属性の魔力による剣閃は、凄まじい火力を孕んで空間を切り裂き、竜騎兵をワイバーンごと両断しようと迫っていく。
しかし……。
「――“魔法障壁”……ぐぅ!」
「おっ?」
目の前の竜騎兵は俺の斬撃を防いだ。
どうやら、魔法障壁を何重にも展開し、槍を掲げて魔道具まで使って防御したようだ。
竜騎兵のオッサンは甲冑や槍がへしゃげて体の所々が焼け焦げており、騎獣のワイバーンも鱗と皮膚が大きく裂けて血を流している。
しかし、俺の斬撃を耐えられるだけでもなかなかの腕だ。
魔術も近接武器も使えて、状況判断能力も兼ね備えている。
彼はロデリックにも引けを取らない戦士だろう。
「囲め!」
「撃て撃て! 団長を掩護しろ!!」
当然ながら、他の竜騎兵たちも黙って見ているわけではない。
四方八方から俺に迫り、ワイバーンのファイヤーブレスやら投げ槍やらクロスボウやらで、連続して攻撃を仕掛けてくる。
俺は魔法障壁を最小限の大きさで展開してブレスを防ぎ、投げ槍は体を捻って避けつつその内の何本かは蹴り返し、クロスボウのボルトは大剣で防御した。
反対側から飛んでくる矢もベヒーモスローブを翻して弾き落としたが、敵の攻勢が止むことは無い。
「怯むな! 撃ち続けろ!」
「近づきすぎるなよ!」
竜騎兵たちは一定の距離を保ちつつ、さらに多方向から俺を封殺すべく攻撃の手を強めた。
ブレスや魔術だけでなく、魔道具も惜しみなく使用してくる。
「食らえ!」
「むっ……」
俺を取り囲む竜騎兵の一人が瓶のような物体を俺に投げつけた。
投擲物は空中で炸裂し、粘性の糸が空中で網目状に広がる。
どうやら、投網のような拘束具らしい。
察するに、敵の動きを阻害して捕縛または止めを刺すための道具だろう。
『黒閻』の連中が使う武器ほどの脅威ではないようだが、進んで食らいたいものではない。
「今だ! 仕留め……っ!」
俺は投網の魔道具を食らう寸前、素早く魔力を込めた大剣を振り回し、“プラズマランス”の魔術を展開した。
どうやら敵は牽制して俺に止めを刺そうとしたようだが、エレノアと稽古をしていた身としては、この程度の駆け引きに対処できないはずもない。
俺が投網を破壊したタイミングで竜騎兵は慌てて急制動を掛けたが、俺の魔術を防ぐには至らず騎獣ごと高熱の光の槍に貫かれて絶命した。
「く……強い……」
「また一騎やられました……」
竜騎兵たちはまたしても戦力を減らしたことで、さらに慎重に俺との距離を測り辺りを旋回し始める。
彼らの攻撃は、火力こそ大したものではないが、連携のタイミングと手数はなかなかのものだ。
やはりファーストコンタクトでの一戦を生き残っただけあって、ここに居る竜騎兵たちはエリート中のエリートだ。
もしここに居たのが俺ではなくレイアだったら、結構マズイ状況になっていたかもしれない。
それくらい気を抜けない相手である。
「…………」
眼下に見えるドラゴンゴーレムも未だに健在だ。
見たところフィリップが一直線に向かっているようだが、戦いに絶対の保障などない以上さっさと援護に行ってやりたい。
なかなかに厄介な状況じゃないか。
「うぬ……」
俺が飽和攻撃に対処している隙に部下と入れ替わりに後方に下がった竜騎兵団の団長は、ポーションを呷って自身に応急処置を施していた。
騎獣のワイバーンの首にもポーションを振り掛け、俺の剣閃によって付けられた傷を癒す。
そうして、再び戦闘態勢を整えた竜騎兵団の団長のオッサンは、俺を険しい目で見据えてきた。
「貴様……いや、貴公は『雷光の聖騎士』クラウス・イェーガー将軍で間違いないな?」
「……ああ、あんたは?」
「公国騎士団、第二分隊竜騎兵団団長ローランド・フアン・コルテス子爵だ」
そう言うと、コルテスは俺を真っ直ぐに見据えたまま重苦しく口を開いた。
「頼みがある。もし、貴公が我が国の公都に攻め入ったとしても、民を虐殺するのは許してもらえないだろうか?」
「っ! 団長!」
こんな場所で名乗りを上げるからには、タイマンの決闘でも申し込んでくるものかと思ったが、彼の放った一言は意外なものだった。
あまりにも突拍子もない出来事だったためか、部下の竜騎兵も思わずと言った様子でコルテスの方を振り向く。
しかし、コルテスは部下の男を手で制すると、再び俺に向かって口を開いた。
「これ以上、中央の情報を漏らすことはできん。だが、此度の戦乱、誠に全ての人間が望んだわけではないことは信じてほしい。どうか、市井の民には寛大な処置を……」
「…………」
俺を何だと思っているんだ?
無意味に一般市民を虐殺する殺人鬼だとでも……思っているんだろうな。特に敵対した連中は。
俺には殺しを楽しむ趣味など無い。
だが、末端の兵士の振る舞いに関することなら……俺に言われても困るな。
将軍という地位に就いておいてなんだが、十万単位の軍隊の規律遵守など、俺は完全に門外漢だ。
俺に公国の一般市民をぶっ殺して憂さ晴らしをする気が無くても、もし王国軍が公国本土に攻め入ることになったら、一部で略奪や虐殺が起こることは避けられないだろう。
それに公国中央の対応次第では、大規模な市街戦に発展するかもしれない。
何にせよ、俺に確約できることなど無いわけだ。
しかし、コルテスは何を思ったか、胸に手を当てて俺に一礼した。
「感謝する」
「まだ何も言ってねぇぞ」
「貴公にその気が無いとわかっただけでも十分だ」
何を見てそう思ったのかはわからないが、コルテスは一人で納得した。
面倒なオッサンだ……。
「さて……残された私の役割は、戦い抜くことのみ。地上の部隊が少しでも動きやすいように、空の脅威を少しでも足止めする。聖騎士よ、死の乱舞に付き合ってもらうぞ! 我が命燃え尽きるまで!!」
「ちっ、傍迷惑な野郎だ。死にてぇなら人を面倒に巻き込まず勝手にくたばれよ!」
しかし、コルテスは俺の言葉に構わず、手を振り下ろして周囲の竜騎兵たちに攻撃指示を出した。
先ほどまで付近を旋回していた竜騎兵たちが、一斉に進路を変えて戦闘態勢に入る。
どうやら、総力戦を仕掛けてくる気のようだ。
「……ここはあんたが全ての責を負って一騎討でも挑むとこじゃないか?」
「武人として、強者と一対一で決着を付けたいと思うことは否定しない。だが、生憎過ぎた自信に溺れるような年ではないのでな……。我が竜騎兵団の全力を以って挑もう。若き聖騎士よ、あわよくば討ち取らせてもらう」
「くそが……」
コルテスは公国では珍しい民を気に掛ける貴族だ。
出会いこそ、彼の指揮する竜騎兵団の大半を俺がぶっ殺すというものだったが、どうにか話が通じるかと思ったところで、この有様だ。
「ここで朽ちることになろうとも、せめて一矢報いさせてもらうぞ!」
地上のドラゴンゴーレムのことも気になるが、今はこいつを片付けることが先決だ。
一人で盛り上がり、死ぬまで戦うとか……本当に迷惑なオッサンだぜ。
俺を囲んで十字砲火を見舞うようにワイバーンからファイヤーブレスが放たれ、続けてコルテスの指示で竜騎兵たちは一斉に魔術を詠唱する。
相変わらず遠距離からチクチクと鬱陶しい飽和攻撃だが、一つ一つの火力は大したことが無い。
もちろん、一般兵にとっては一方的に焼き殺されてしまう代物だろうが、俺の体に傷を付けられるほどのものではない。
魔法障壁を規則的に配置するように展開すると、ブラスの大半は軌道が逸れて俺から外れ、初級の攻撃魔術も相殺された。
敵は回り込んで俺に攻撃を当てようと試みるが、そろそろこちらのターンだ。
ちょうど突出して前に出ていた竜騎兵に狙いを定めると、俺は飛行魔法と強化魔法の出力を最大まで上げて、空中を蹴るようにして敵に突進した。
「っ……避けろっ!」
「ぇ、ぁ……」
些か強引な突撃だったが、隊列の維持や味方との連携も重視した立ち回りに意識を割いていたためか、竜騎兵は成すすべなく俺の接近を許した。
コルテスは慌てて指示を出すが、竜騎兵の男は命令の受諾にも行動にも既に一歩遅れが生じている。
こうなれば処理は簡単だ。
俺は魔力を込めた大剣を大振りに薙ぎ払い、回避不能な攻撃範囲をもって竜騎兵を両断した。
「くっ」
「おのれぇ!」
コルテスは慌ててワイバーンの手綱を引いてファイヤーブレスを俺にお見舞いしてきたが、俺は魔力を通した大剣を振るってブレスを掻き消し、その勢いのまま魔力を収束して剣閃を放つ。
仕留めることは叶わなかったが、コルテスは大きく回避行動を取ることを余儀なくされた。
そして、仲間を一騎やられたことで焦った別の竜騎兵は、俺が回避できない距離でワイバーンブレスを見舞おうと後ろから急接近してきたが、それを許すほど俺も間抜けじゃない。
俺は“倉庫”から左手で取り出した偽フラガラッハを振りかぶり、肘のスナップを聞かせて水平に投擲した。
オリハルコンでコーティングされた頑丈で切れ味の鋭い刀身が、背後の竜騎兵のワイバーンの首筋を襲う。
「っ! ……くっ」
間一髪、竜騎兵の男は槍を掲げて俺の投擲した魔剣を防御した。
槍は半ばから切断されたが、偽フラガラッハは軌道を逸れて明後日の方向に飛んでいき、向こうにしてみればどうにか俺の攻撃を防いだという感覚だろう。
しかし……。
「っ……な……」
偽フラガラッハの投擲に合わせて、俺は竜騎兵のすぐ近くまで接近していた。
魔力を通さず最短のモーションで振り上げた大剣は、完全にワイバーンの首の急所を捉える軌道に置かれている。
俺は刀身に軽く魔力を通すと容赦なく撫で切りし、ワイバーンの首をほとんど抵抗も無く切断した。
大剣に流された魔力は刀身のコーティング程度の密度だったため、ワイバーンの首の切断面は高温の雷の覚醒魔力によって止血されることは無く、鮮血を勢いよく噴き出す。
竜騎兵の男は返り血を顔に浴びて一瞬怯んだので、俺は左手を伸ばして男の喉元を掴んだ。
「が、離っ……ぉげぁあ!!」
俺は強化魔法の出力を上げて手に魔力を集中させると、そのまま竜騎兵の男の喉を防具ごと握りつぶした。
頸椎までしっかりと破壊したので、こいつは完全に即死だ。
俺が手を離すと、既に首を失って落下しているワイバーンの後を追うように、男も地面へ向けて落下した。
「…………」
「く……」
「化け物め……」
仕留めた竜騎兵が地面に叩きつけられる音を微かに聞きながら、俺は左手を出して偽フラガラッハを回収する。
残った竜騎兵の方へ俺が振り向くと、彼らは改めて俺の戦闘力を認識し、顔に恐怖を滲ませながら装備を構え直した。