210話 ドラゴンゴーレム戦
稼働を始めたドラゴンゴーレムは、初っ端から口元に収束させた魔力を開放し、前方一体をブレスで焼き払った。
高度な魔導技術によって生み出された強力な魔道具だけあり、その威力は半端ではない。
内部に搭載していると思われる魔晶石から供給された魔力は、下手な上級魔術を凌駕する破壊力を孕んだ閃光を形成し、当たりを直線状に薙ぎ払った。
しかし……。
「ぐわぁあああぁぁぁぁぁ!」
「ひっ……何で……?」
「やめっ……俺たちは味方だ!」
ドラゴンゴーレムのブレス攻撃は、味方であるはずの公国の軍勢にも襲い掛かった。
巻き込むことを躊躇しない程度の生易しいものではない。
敵味方お構いなしに、前方の目に入る人間に片っ端からブレスを浴びせ前足を振るって押し潰している。
戦闘用ゴーレムは錬金術によって自律制御の戦闘プログラムによって動くものだが、あのドラゴンゴーレムはどう見ても敵味方を識別するシステムを兼ね備えていない。
馬を駆りドラゴンゴーレムへ真っ直ぐに突き進むフィリップも、その惨状を見て思わず疑問を呈した
「あれは一体……? ドラゴンゴーレムは、戦闘開始時に放たれたゴーレムよりも高度な兵器だと思うが……」
「制御装置を調べたわけじゃないから確かなことは言えないけど、単純な命令しか実行できないタイプね。拠点防衛なんかで使う、とりあえず感知した生命体を攻撃して侵入者を排除するのと同じ形式だと思うわ。当然、敵味方を区別する術式は刻まれていない。そんな物を乱戦のど真ん中で起動すれば、どうなるかわかるでしょうに……」
「くっ、何ということだ!」
背中から返ってきたレイアの言葉に、フィリップは唇を噛みながら思わずと言った様子で吐き捨てた。
「何にせよ、あれを放置したらマズい。行くぞ!」
「ええ、行きましょう」
戦場を一直線に縦断しドラゴンゴーレムに近くまで辿り着いたフィリップは、後ろのレイアに馬の手綱を任せると強化魔法を発動して一気に飛び上がった。
「ハァッ!」
鐙に反作用の勢いを掛け過ぎることなく、最低眼の負荷で超高速の突進態勢に入り、そのままレイピアを抜いて鋭く前に突き出す。
覚醒魔力が自然と伝播する聖剣と化したレイピアは眩い光を放ち、切っ先に凄まじい威力を秘めた聖属性の剣閃を形成した。
そして、ドラゴンゴーレムの胴体にレイピアの剣先が到達する直前、辺りを眩い閃光が包む。
完璧に威力の乗ったフィリップの聖剣の一撃は、ドラゴンゴーレムを木端微塵に粉砕するはずだった。
しかし……。
「っ! 何っ!?」
フィリップにとって些か奇妙な距離感で衝撃を生じたレイピアは、同時に切っ先から爆発的なエネルギーを転嫁された刺突に伴うエネルギーの炸裂を起こした。
そして、フィリップの一撃を受けた肝心のドラゴンゴーレムはといえば、今なお健在でダメージを受けた素振りすら見せずに稼働し続けている。
「くっ……」
フィリップが至近距離まで肉薄していたことで、ドラゴンゴーレムは前足を振るってフィリップを巨大な質量で押し潰すように近接攻撃を仕掛けてきた。
もちろん、この程度の直接攻撃を食らうフィリップではないが、渾身の一撃を相殺されたことで彼の顔には微かに戸惑いの表情が見える。
二発、三発と繰り返されるドラゴンゴーレムの直接攻撃をガルヴォルンの小盾で受け流しつつ、フィリップは強化魔法による魔力の循環を僅かに飛行魔法の制御に回し、その場から後退した。
「むっ!」
不可解な現象の原因を探りたいのは山々だが、戦場のど真ん中という状況において周りは待ってくれない。
フィリップが視界の隅で捉えたレイアは、公国の兵士に包囲され攻撃を受けていた。
「レイア!」
「大丈夫よ!」
慌てて駆け寄ろうとしたフィリップを子で出制しつつ、レイアはローブから短剣を抜いて公国兵を迎え撃った。
魔術師の少女が小さなナイフを取り出した光景に、公国軍の兵士は嘲笑いつつ槍を構える。
公国兵はそのまま走り込み馬上のレイアを串刺しにしようと迫るが……突如、公国兵の男は胴体を真っ二つに両断された倒れ伏した。
「なっ……!?」
「魔術師が……何で……?」
レイアが再び短剣を振るうと、刃の先端から“水刃”が撓って湾曲したような流水の鞭が出現する。
以前、クラウスが盗賊から回収してきた魔剣の一種だが、このように素早く切断力の高い水の鞭を形成し、振り回すことで周囲の人間を中距離から斬りつけることができる武器だ。
もちろん、クラウスやフィリップの剣に比べれば威力は雲泥の差だが、一般兵レベルの相手をアウトレンジから一方的に攻撃できるという面では、敵に接近されると面倒な魔術師が携帯するサブウェポンとして最適な代物である。
レイアも魔剣の性能を十全に活かし、接近する剣兵や槍兵を次々と仕留めていた。
レイアが年若い魔術師で単独行動していることから与しやすいと見て攻撃を仕掛けた公国兵は漏れなくお陀仏だ。
仲間が水の鞭で一方的に切り裂かれた光景を目の当たりにした兵士は踵を返して逃走を図ったが、短縮詠唱の時間があれば完全にレイアの土俵だ。
その場を逃げようとして公国兵は片っ端からレイアの“氷弾”に撃ち抜かれて絶命した。
ドラゴンゴーレムは相変わらず近くに居る人間を片っ端から襲い殺戮の限りを尽くしている。
王国側の前衛部隊も被害を受けているが、公国兵とて例外ではない。
敵味方の区別がつかない化け物が戦場のど真ん中で暴れている以上、あれはどちらの陣営にとっても脅威であるはずだ。
しかし、公国兵にはまったく退く様子が無い。
隙を見てはレイアとフィリップに横合いから弓や魔術で攻撃を仕掛け、あわよくば討ち取ろうと試みてくる。
「くっ、何なのよっ!? この期に及んで……」
「致し方あるまい。それが彼らの任務だ」
吐き捨てながら魔法障壁で敵の攻撃を防ぐレイアに答えつつ、フィリップは横合いから襲い掛かってきた兵士の首筋をレイピアで切り裂いた。
しかし、当のフィリップの顔にも隠し切れぬ嫌悪感が浮かんでいる。
ドラゴンゴーレムの攻撃に巻き込まれる危険を理解していても、公国の兵士たちは逃亡を許されない。
どのような状況であれ、平民出身の兵士の敵前逃亡は処罰される。
公国側の一兵卒からすれば、死ぬ確率が高くても前に進むしかないわけだ。
上層部も末端の兵を捨て駒以下として扱うことに抵抗が無い。
事実、公国軍の後方に居た主力部隊と思われる豪奢な鎧を身に着けた連中は、ドラゴンゴーレムの攻撃範囲に入らないほど後退している。
「……レイア、ドラゴンゴーレムに攻撃が利かない。何か策は?」
末端兵を捨て駒にして高みの見物とは反吐が出る思いだったが、フィリップは今最も必要とされている役割を果たすために、レイアに疑問を投げかけた。
「あたしも見てたわ。……闇属性魔力の密度が高い。聖属性への相殺効果が高い障壁を展開できるようね。自動で障壁を形成する術式を持つ装置がドラゴンゴーレムにいくつか内蔵されているみたいだわ。もちろん、相殺効果が高いのはフィリップの聖剣からしても同じことよ。……障壁が飽和して破られれば、あいつはそれを修復しなければならない。いずれドラゴンゴーレムの魔力は切れると思うけど……」
頭脳派の魔術師であるレイアにしては、あまりにもゴリ押しで力業な作戦だった。
「ごめん、これ以上は何とも……」
レイアは自分の無力を嘆く言葉を吐きため息をついた。
しかし、フィリップの顔には落胆の表情もネガティブな意思も見えない。
首をかしげるレイアの髪を軽く撫でると、フィリップはレイピアを握り直してドラゴンゴーレムを見据えた。
「……ふっ、面白い」
再び高出力の強化魔法を纏い空中に躍り出たフィリップは、またしても正面からドラゴンゴーレムに突っ込んだ。
土埃を上げながら地面を蹴り、突進の勢いを剣先に転嫁させるようにしてレイピアを突き出す。
当然、ドラゴンゴーレムの障壁システムは稼働しており、フィリップの攻撃を盾状に収束させた魔力で相殺する。
物理的な運動エネルギーの作用は受けるので、ドラゴンゴーレムは地面を削りながら後ろへ後退した。
しかし、痛みや恐怖とは無縁の人工物であるゴーレムは、そのまま首を振るようにしてブレスを放って反撃してきた。
「レイア! 掩護を!」
「っ! わかったわ!」
レイアは周囲の敵兵に“風刃”を撃ちつつ、後退したフィリップの正面に魔法障壁を展開した。
絶妙な位置とタイミングに設置された魔法障壁は、フィリップに迫るドラゴンブレスを受け流すように防御する。
一見、キャパオーバーにも思えるが、こういった状況にレイアは殊の外強い。
彼女は生粋の魔術師にもかかわらず幼少の頃からソロの冒険者として活動してきた経験があり、無意味に七つの魔力結晶を備えた杖を携えているわけではないのだ。
魔術の同時展開を得意とするレイアは、乱戦や多数を相手取った戦闘において十全に能力を発揮する。
先ほどまでフィリップが乗っていた馬を駆り、時には飛行魔法で空中を浮遊しつつ、周囲の敵兵の殲滅とフィリップのサポートを的確にこなし続けた。
そして……。
「ハァ!」
レイアのサポートでその単体火力を存分に発揮できるフィリップは、分厚く霞掛かるように収束された障壁をいとも簡単に吹き飛ばし、繰り返し聖剣による刺突や斬撃を浴びせることでドラゴンゴーレムの魔力を確実に枯渇させてゆく。
そうして高火力の攻撃を集中させていくと、ついにゴーレムの障壁は飽和して制御装置の一部と思われるパーツが弾け飛び破片が舞った。
「――“爆破”――“竜巻”――“聖光”――“土枷”」
「これでどうだっ!」
接近してきた敵兵を攻撃範囲の広い魔術であしらいながら、レイアはさらにフィリップの動きに合わせるようにしてドラゴンゴーレムへ聖魔術を放つ。
掩護射撃のタイミングとしても完璧で、フィリップが再度地面を蹴って飛び込む直前に、レイアが放った魔術はゴーレムの纏う闇属性の魔力の衣を綺麗に取り払い後ろ足に土の触手が絡みついた。
ゴーレムは痛覚や触覚を持たないため、本来なら拘束系の魔術の効果は薄いが、その程度の知識はレイアも当然ながら持ち合わせている。
だから彼女は通常より多めの魔力を注ぎ込み“土枷”の影響する範囲を広く制御していた。
胴体付近までも拘束され無造作にボディを晒したドラゴンゴーレムにフィリップの攻撃に対処する術は無い。
ドラゴンゴーレムの胴体の中心を捉えたフィリップの聖剣は、強化魔法の突進力を完全に転嫁されてミスリル合金製のボディを貫き、剣先に収束した聖属性の魔力を炸裂させた。
胸部を大きく抉られ吹き飛ばされたゴーレムは制御機構に損傷を受けたようで、ぎこちない挙動をしつつ全身から軋むような異音を発し始める。
「仕留める!」
止めとばかりにフィリップが再度放った一撃は、ドラゴンゴーレムの頭部に炸裂した。
全身の制御機構とボディの大半を木端微塵に砕かれては、コスト度外視の魔導兵器といえど無事では済まない。
ドラゴンゴーレムはようやく稼働を停止し、地響きを立てて地面に倒れ伏した。