207話 守りに入って......
俺とヘッケラーのコンビネーションで発生した雷雨の影響で、敵の前衛部隊は現時点でかなりの数が死傷している。
大半の兵士はぬかるみに嵌まって動きが鈍り、ずぶ濡れ状態で落雷を受けて感電死し、さらに電流が近くの兵士に伝播して犠牲者を増やした。
俺たちが天候を制御するエリアの中心から離れた敵兵も、レイアや魔術師が結構数を減らしている。
しかし、敵もただ撃たれるに任せているだけの的ではない。
魔術師を擁する敵部隊の一部は俺たちの広範囲殲滅魔術を切り抜けて王国軍へ肉迫し、後衛引き連れて徐々に前線を押し上げていた。
「盾、構え!」
「防御態勢を取れ! おいっ! ボサッとするな!!」
オルグレン伯爵家諸侯軍の指揮を執るアルベルトの号令に続き、王国軍の各所でも将校たちの鋭い指示が飛ぶ。
そして、次の瞬間……上空から大量の矢が降り注いできた。
「来たぞ!」
「頭上だ! 守れ!」
残念ながら敵にもそれなりの数の魔術師が居る以上、俺とヘッケラーの殲滅力を以てしても魔術だけで接近される前に殲滅することは難しい。
広範囲をまとめて攻撃する必要があり、危険な相手に注力せざるを得ない以上、ある程度の力量の者はこちらの魔術を防御または相殺してくる。
俺たちが歩兵やゴーレムを相手にしている内に、敵の魔術師部隊は魔法障壁で防御を固めて弓兵を前進させ、こちらをしっかりと射程に捉えていた。
「フィリップ」
「うむ、問題ない」
当然ながら、王国軍の隊列の前の方に居た俺の周囲にも、矢は何本か降り注いでくる。
フィリップは馬上槍で矢を弾き、俺もサーベルを抜き放ち自分の周りに飛んできた矢を切り落とした。
まあ、俺たちがこの程度の攻撃で死んだり負傷したりする可能性はゼロに近いか。
しかし、敵の矢は前衛の盾部隊だけでなく騎兵隊や弓兵部隊にも降り注ぎ、後衛の魔術師隊の方にも何本か着弾している。
ほとんどは魔術師たちの展開した魔法障壁に阻まれて落下したが、何名かが被弾したようだ。
被害が出ている以上、この状況を長引かせるのも考え物だな。
さらに……。
「弓兵、構え! ……撃て!!」
お返しとばかりに、王国軍も弓やクロスボウから矢を放ち、公国の軍勢に曲射で矢を浴びせた。
当然、こちらも弓兵の数は負けておらず、将校や貴族の指示で騎士団や諸侯軍の弓兵から放たれた矢は、敵の前衛部隊から弓兵のほぼ全域に降り注ぐ。
しかし……。
「っ! 効いてないぞ!」
「ゴーレムが……」
「馬鹿者っ! よく狙え!!」
「う、狼狽えるな! 奴らに矢が効かないのはわかりきったこと……」
「魔術師殿! 何とかしてくれっ!!」
王国軍が放った矢は、撃たれた本数の割に、敵にダメージを与えられなかった。
原因は、敵の前衛部隊のさらに前方で今も健在なゴーレムだ。
まともに“ブースト”もかけていない一般兵たちの矢は、結構な割合でゴーレムのボディに弾かれるか浅く刺さるにとどまった。
もちろん、俺やヘッケラーが中心となって敵ゴーレムの数は減らしているので、敵の前衛部隊にも結構な損害が出ている。
しかし、敵も生存本能すら無くした馬鹿ではないので、いざゴーレムのボディが矢を防ぐのに有効とわかると、敵兵の多くは稼働中のゴーレムの後ろやゴーレムの残骸の影に滑り込んだ。
あまり良くない流れだ。
こちらの矢が悉くゴーレムの体で弾かれる光景というのは、実際の効果以上に士気に関わる。
さらに、王国側が焦って攻撃に注力すれば所々に隙が出来るため、各諸侯軍の防御力と統制にも徐々に綻びが出始めた。
「ぐぎゃぁ!」
「うげぇ、脚が……」
「ひぃ」
王国兵の大半は盾や魔法障壁で危なげなく敵の矢を防いでおり、負傷者もほとんどはかすり傷だ。
しかし、全軍に防御を固めさせた状態でない以上、所々で犠牲者が出て痛々しい悲鳴が響いている。
一際大きい悲鳴が上がっている連中が居るが……犠牲の大半は東部諸侯の歩兵か。
「だが……良くない兆候だな」
「……うむ」
「ええ」
当主連中とは散々だったが、所属がどこであれ、兵士の一人一人は貴重な戦力だ。
本格的な衝突の前に数を減らすのは喜ばしいことではない。
それに、損害が嵩むタイミングも悪い。
言い方は悪いが……乱戦という一種のヒートアップ状態ならば、多少の友軍の犠牲は末端の兵士の士気にはそれほど影響しないだろう。
しかし、前衛部隊が完全に接触していないこの状態で継続的に負傷者が出るのは、乱戦時とは受ける印象が違う。
何度も言うようだが、大軍を効率的に運用するには士気の高さも必要不可欠だ。
「フィリップ、どうするよ?」
「…………」
俺は散発的に魔術を撃って敵部隊を牽制しつつ、フィリップの返答を待った。
こうしている間にも、敵はゴーレムを盾にじりじりと距離を詰め、弓兵による斉射で王国軍の所々に負傷者を量産している。
こちらも撃ち返してとことん火力勝負と洒落込んでもいいが……それは最後の手段にしておきたいところだな。
今現在の敵の散開状況を鑑みるに、虱潰しに魔術で殲滅というのは効率が悪い。
俺やヘッケラーの魔術なら生半可な防御をものともせず広範囲の敵を殲滅できるとはいえ、核兵器とは違うのだ。
十万規模の大軍ともなると、まとまった数を倒すにはかなりの時間を要し、その間の犠牲も馬鹿にならない。
おまけに、そろそろ敵軍の後衛の魔術師たちから“火弾”や“風刃”の魔術が飛んできている。
散発的だが、“火槍”などの中級魔術も混じっているようだ。
俺やフィリップなどにとっては大した脅威ではないが一般兵は違う。
そもそも、俺とヘッケラーが終始ゴーレムと弓兵ばかりに関わっているわけにもいかない。
敵の次なる策に俺たち聖騎士を除いた残りの戦力で対応できなかった場合、そのまま本陣まで食い破られる可能性がある。
向こうがフェーズを進める前に、ゴーレムの勢いを止めて一石を投じておきたいところだ。
「俺が前に出るか? 前線部隊に一気に被害を与えて突破口を作れば、こちらも接近して乱戦に持ち込めるだろう」
王国軍は特に乱戦が得意な剣兵集団というわけではないが、ここから正面衝突して乱戦に持ち込む展開は必須だ。
戦局の進展という意味でもそうだが、敵の切り札や腕利きの連中は、この状況下では一生出てこない。
今の状況で殲滅術式の魔法陣を使っても確実に防御されるので、戦局が動いてからタイミングを見計らって発動する。
高ランク冒険者や軍のエリート部隊による遊撃は、乱戦の混乱下でこちらの将校や当主を討ち取りやすくなった頃合いに動き出す。
このままでは、無駄に末端の犠牲が増えるだけだ。
しかし、フィリップが答える前に後ろから掛けられた声によって、俺は引き留められた。
「いや、まだだ」
「父上?」
振り向くと、そこに居たのはオルグレン伯爵家諸侯軍の前線指揮を執るアルベルトだった。
「クラウス、少し待つのだ。もうすぐ敵が動く」
確信を持って告げるアルベルトに向かってフィリップは頷き、再び正面に視線を戻す。
俺は若干の戸惑いを覚えたが、事前に収集した敵の情報を思い返して納得した。
「向こうが手札を切ってくるまで待つ構えで?」
「ああ、敵は諜報に対して万全の対策を講じていた。情報がない以上、向こうが何を仕掛けてくるかわからんからな」
アルベルトの言葉は理に適っている。
出し惜しみも問題だが、一番マズイのは俺やヘッケラーが本当に必要なタイミングで動けない状況だ。
少なくとも、俺もヘッケラーもフィリップも最前線に居る以上、事が起こっても即座に対応できる状態にある。
焦って飛び出すよりも状況をきっちりと見極めた方がいい。
しかし、フィリップは険しい表情で顔を横に向けると、アルベルトに声を掛けた。
「イェーガー卿、憶測でも構わぬ。貴公の考えを聞かせてくれ」
アルベルトは少し迷った末に答えた。
「順当に考えれば、竜騎兵を投入してくる頃合いかと」
「私も同感ですね。ゴーレムという絡め手を切り口に有利な進軍状況……ここで奇襲と殲滅に秀でた部隊を出さない手はありません」
アルベルトの言葉をヘッケラーが肯定した。
竜騎兵か……。
俺は竜騎兵の実際の戦場での運用については特に詳しくない。
そもそも、騎獣のワイバーン自体、キャロラインが搭乗していた個体くらいしか見たことが無いわけだが……それでも、過去に何度も戦ったワイバーンの脅威は認識している。
空を飛び、火を吐く、力も強いモンスターだ。
俺やフィリップなどはともかく、一般人にとっては成す術なく屠られるしかない存在、まさに現代のガンシップ並の脅威だ。
そんなモンスターを大量に使役する竜騎兵団が投入されれば、地上の歩兵部隊は瞬く間に壊滅的な被害を受けるだろう。
それを止めるには、やはり俺やヘッケラーやフィリップのような規格外の力が必要不可欠だ。
……恐らく、俺が適任だろう。
ヘッケラーは近接戦に不安があり、フィリップはタイマン向きだ。
公国の竜騎兵が出撃してきたら、俺がいいタイミングでカウンターを仕掛けるべきだな。
まあ、少なくとも、俺は大軍を指揮する戦術眼など持ち合わせていないので、そこら辺の立ち回りの指示はアルベルトに任せるしかない。
しかし、その時は然程待たずしてやって来た。
「何か来ます! 上です!」
「あれは……っ!」
王国軍の各所で上がる悲鳴に次いで、部下を諫める将校の怒号が鳴り響いた。
敵陣の後方を見ると、ちょうど翼の生えた魔物の影がいくつも離陸し、上空に飛び上がっていく姿が目に入った。
公国軍の歩兵や騎兵を飛び越えるようにして、こちらへ急速接近してくる。
よく見なくてもわかる。
調教使役したワイバーンに騎乗する竜騎兵だ。
「ひぃ! また化け物だぁ!」
「竜騎兵だ!」
「まだ間に合う! 逃げろ!!」
王国軍の兵士たちに不安と恐怖が伝播していく。
士官クラスになると竜騎兵の運用とファイヤーブレスの脅威に関する知識を持っているので、慌てて撤退指示を出していた。
何名かの魔術師は上空に向かって魔術を撃つが、視界が良好で距離が離れていることもあり、そのほとんどはワイバーンの空中機動によっていとも簡単にかわされてしまう。
もう出し惜しみしている場合ではない。
「クラウス君! ゴーレムは私たちが受け持ちます。君は空を!」
ヘッケラーはそれだけ言うと、馬を反転させて後方に下がった。
彼は直々に魔術師隊の指揮を執り、地上の前衛部隊の支援を強化するようだ。
「クラウス、準備は……できているようだな」
「ああ、もちろん」
俺はフィリップに答えつつ、馬から降りて“倉庫”から取り出した大剣を握りなおした。
開戦からしばらく後方から火力支援ばかりしていたが、今こそ俺の出番だ。
竜騎兵に仕事をさせることなく殲滅できれば、実際の効果においても士気においても王国軍に大きくメリットを齎すことができる。
俺の殲滅力と機動力を鑑みても最適な舞台だろう。
この戦争を早く終わらせるためにも、ここが踏ん張り時だ。
俺の表情と醸し出す空気を察してか、先ほどまで乗っていた馬は踵を返して王国軍の陣地の後方へ勝手に向かっている。
「頼むぞ」
「ああ、行ってくる」
俺はフィリップにそう答えると、飛行魔法を発動して地面を蹴った。