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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
決戦編
202/232

202話 続・総司令部


「で、イェーガー将軍。そ奴は?」

 トラヴィスの水を向けたことで、天幕内の全員が捕虜のロデリックに顔を向けた。

 ロデリックは既に意識を取り戻しているが、相変わらず鎖でふん縛り魔力制御を妨害する魔法陣で戦闘能力を奪ったままだ。

 これなら東部諸侯の雑魚どもも安心……いや、安心しきっているが、こいつらだけだったらハンデのあるロデリックにも簡単にやられそうだな。

 まあ、わざわざ教えてやる必要も無いので、俺はトラヴィスに向き直って説明した。

「公国軍の百人隊長ロデリックと名乗っています。撤退の寸前まで敵の左翼部隊を指揮していた男です。何とかぶちのめして引き摺ってきましたが……指揮官としても、戦士としても、相当な腕利きですね」

「ほう、イェーガー将軍がそこまで言うとは……」

 クロケットは僅かに顔を強張らせるが、トラヴィスやフィリップやレイアたちには取り乱す様子は無い。

 もちろん、レイアは近距離で戦ったら危険だが、それこそ彼女は自身の魔法陣によるロデリックの魔力の攪乱状況を子細に把握しており、素早く魔術を撃てるように杖の魔力結晶の内二つを既にチャージしているあたり、いざロデリックが暴れ出した時の対策も講じている。

「初動で動いた騎兵が返り討ちに遭い、後衛部隊を俺に引っ掻き回されても、こいつは見事な指揮を継続しました。見た限り、兵たちからの人望もあるようですね。俺の魔力剣の斬撃にも一度耐えましたし、剣術や魔術もなかなかの力量を持っている。平民の出らしいので、公国では珍しく才覚のみで出世した、本物のエリートでしょう。先の戦場では、ちょうど東部諸侯が集結していた位置とかち合ったみたいで、結果は……まあ、ご存知の通りですな」

「ふむ……」

 トラヴィスはロデリックを子細に眺め、続けて東部諸侯の方へと視線をやった。

 しかし、当の東部諸侯の当主たちは、そんなトラヴィスの様子を無視して俄かに騒がしくなり、ロデリックに向かって喚き始めた。

「貴様! よくも私の兵を……」

「捕虜にするなど生ぬるい! ここで処刑してくれる!!」

「問題ないですな。平民の出というのならば、後で文句も来ないでしょう」

「下郎が調子に乗りおって!」

 相変わらず醜い連中だ。

 戦場ではボロクソにやられて、大小便を垂れ流しながら逃げ惑っていたくせに……自分が優位になったと思ったらこれか。

 当のロデリックも、拘束状態で諦めの雰囲気を醸し出しつつも、目には軽蔑の表情を浮かべている。

 武人として、そもそも人としてあんまりな態度に、今まで静かに座っていたフィリップも眉間に皺を寄せつつ口を開いた。

「貴殿らは……少し、黙っていてはくれぬか?」

 頭痛を堪えるように顔を伏せ、不愉快そうな表情を顔全面に出しつつフィリップは言い放った。

 しかし、懲りない東部諸侯はまたしても自分のことを棚に上げ、都合よく人の足を引っ張ろうとするお得意の理論を展開し始める。

「オルグレン伯爵! まさか、敵将を庇い立てすると?」

「いくら先遣部隊の代将を任された身でも、そんな暴挙は許されませんぞ!」

「大体、あなたは……」

「黙れやコラァ!!!!」

 俺は天幕全体が震える声で怒鳴りつけ、近くにあった小さめのテーブルを拳で粉砕した。

 戦闘中に放った魔術に比べれば大して派手な演出でも無いが、俺がどういう人間か知っている東部諸侯の連中は、悲鳴を上げて縮こまった。

「てめぇら、誰にクチ利いてんだ? 勇者様だぜ」

 俺は目の前のオッサンどもを睨みつけながら言い放った。

 しかし、まだ空気を読まない奴というのは居る。

 最早、人の話にケチを付けないと死ぬ病気でも罹っているのかもしれない。

「し、しかし……先の戦闘でのオルグレン伯爵の功績とは……」

「フィリップは単独で大将首を二十は上げた。自ら撃破した兵の数も百は下らない」

「だが、戦局への寄与という意味では然程の……」

「確かに、さっきの戦いで出てきた連中はほぼ雑魚だ。で、お前らはその雑魚相手にどれだけ善戦したよ?」

「我が軍は……」

「軍と言うなら、オルグレン伯爵家諸侯軍は俺の撃破数も入れて約四千だ。王国軍全体のスコア半分近くだな。それと、あんたら被害はどこまで抑えられた?」

「く……」

 さすがの厚顔無恥も敵をまともに倒せなかったことは恥じて……いや、明確に聞かれるまで、自分たちのことは棚上げの構えだったな。

 死んだのが末端の兵士や冒険者だけなら、損害自体も正当化したかもしれない。

 それに、内心ではまだ当主の死を俺のせいだと信じ、都合のいい解釈が頭を埋め尽くしているのだろう。

 当のフィリップは……この程度の戦績、誇るまでも無いという構えだ。

 俺に目で礼を言っているので、こちらも頷き返しておいた。

「さて、話を戻しますが……ロデリックは戦闘能力も高く指揮能力も確かな、有能な士官です。利用しましょう。……俺の提案は以上です。トラヴィス司令」

 俺は東部諸侯をこの段階で無視するつもりだったが、やはりこう言った手合いの茶々を入れる能力は一流だ。

 クロケットと相談するトラヴィスに対し、一人の貴族が勝手に声を掛けた。

「し、しかし……公国は貴族至上主義の国です。こんな平民出の男に価値を見出しているとは……」

 いちいち当たり前のことを自分が最初に気付いたかのように言ってくるあたり、一挙一動がムカつく生き物だ。

 俺は若干の苛立ちを込めてトラヴィスに確認した。

「こいつをぶちのめして連れてくることには、ぶっ殺す以上の手間が掛かっている。捕虜交換や身代金が無理なら、せめて情報を吐き出させる。それでいいですね?」

「うむ、よかろう」

「では、こいつのことはお任せします」

「相分かった。デズモンド」

「はっ、手配いたします」

 東部諸侯を半ば無視して話は進み、ロデリックの処遇はとりあえず決まった。



「あの……トラヴィス辺境伯」

「何かな? ナード男爵公子殿」

 先ほどヒステリーをやらかした男は、最早俺に何かを言い募る元気は無いようだが、諦めきれない様子でトラヴィスに話しかけた。

 トラヴィスは反応しつつも冷たい表情だが、男爵の息子は気づく様子もなく言葉を続けた。

「父は……戦死しました。私としましては、一刻も早く我がナード男爵家諸侯軍を立て直し、戦に貢献したいと思っております」

「それはまこと結構なこと」

「それでですね……ここは今こそ私が、嫡男として家臣たちを導くべきときかと思いまして。つきましては、私が父の名代として兵たちを率いますので、一応そのご報告にと……」

「ふむ……」

 話は読めた。

 トラヴィスが直々に承認すれば、ナード男爵家諸侯軍の指揮権がはっきりとこの嫡男に帰属するお墨付きとなる。

 きっと、ナード男爵家はケチな財産と利権を巡って、あの間抜けな髭当主と同じような連中が水面下で争っているのだろう。

 で、こいつはチンケな後継者争いで一歩先んじようと、こんな場所まで乗り込んできたわけか。

 真っ先に俺への攻撃に及んだのも、そういう意図があってのことか。

 途中でビビッて止めるあたり、みっともない話だが……ご苦労さんだね、まったく。

 一応、トラヴィスは最後までに話を聞き、真面目な顔で考え込んだが……こんなことに総司令官である彼を関わらせるのは、時間の無駄だな。

 俺は一つ咳払いをして注目を集め、トラヴィスに進言した。

「別に後回しでよくないですか? 次の本隊との戦いでは、東部諸侯はさらに数が減るでしょうし。こいつもすぐ死ぬかもしれませんし」

「なっ!?」

「(……とことん冷淡で御座るな)」

 トラヴィスはため息をついたが、結局俺の提案通りナード男爵家の件は一時棚上げとした。

「取り急ぎ、重要なのは今後の敵の動きと対策で御座る。必要なことはきちんと通達する故、軍議としてある程度の方策が決まるまでは、個々の問題は各自で対応し……そして、王国軍全体の動きを阻害しないことを最優先に考えて動いてもらいたい」



 東部諸侯を何とか天幕から追い出した俺たちは、前哨戦では待機組だったヘッケラーも呼び寄せて、軍議を続けた。

 外では東部諸侯の関係者が騒いでいるが、クロケットが即座に保安要員を呼び寄せたら静かになった。

 調子に乗ったボンクラと憲兵の間にどのようなやり取りがあったのかはわからないが、まあどうでもいいか。

「状況を整理しましょう。先ほどの戦績は、撃破数が一万ほど、こちらの損害は約三千。……幸い、損害は主に一部の諸侯軍だけに留まっています」

 クロケットは一応言葉を濁したが、その犠牲の大半が集中しているのが東部諸侯であることは明らかだ。

 もちろん、オルグレン伯爵家諸侯軍や本隊から切り離されて前衛に組み込まれた部隊は、先の戦闘ではほとんど犠牲を出していない。

 それでも、東部諸侯のボロ負けにより、本来なら千に満たない損害で済んだところを、犠牲はその三倍に嵩んだ。

 俺は単騎で二千~三千の敵を始末したわけだが、数で言えば同じ兵力を王国軍も失ったことになる。

 ……俺の功績が帳消しとは忌々しい限りだ。

「後方で楽をしていた私が言うのもなんですが、その損害も馬鹿になりませんからねぇ。上はともかく、兵は兵ですから」

 ヘッケラーの言葉に重々しく頷き、フィリップは言葉を継いだ。

「緒戦は勝ったが、次は敵の本隊と相まみえることとなる。現在、我が軍の総戦力は十三万と少し。敵が総力を挙げて王国方面へ進攻してきたとして、その数は十万を下るまい。敵の先遣隊の数は減らしたが、撤退した奴らの内の半分が合流したとして、総力戦の敵の兵力は約十二万。ほぼ差は無い状態での戦いになる」

「ああ、それに俺たちにとっては、この戦争で全てが終わりじゃないからな。公国は十二万全てを失っても構わない覚悟かもしれないが……俺たちは同じ数を失うわけにはいかない。国境を守る兵力すら残さず壊滅なんて結末になったら、シャレにならねぇぞ」

「うむ、その通りだ」

「気の早い話かもしれませんが、戦後の平定のことも考えませんとね」

 公国政府が本当に後先考えずに進行してきたのだとしたら、手薄になった公国の領土へ手を伸ばす周辺各国も出てくるだろう。

 その場合、王国が連鎖的に戦火に見舞われる可能性もある。

 頭痛がするぜ、まったく。

 だが、そういった最悪の状況が現実となったとき、こちらの戦力がまともに機能していなかったら目も当てられない。

「出し惜しみはなしにしましょう。宮廷魔術師団も総力を挙げて、次の戦場を掌握します。……殲滅術式の魔法陣も投入しましょう」

「賛成です、ヘッケラー殿」

「うむ、物資は使い切っても構わぬ。デズモンド、我々も可能な限りの方策を以って、ヘッケラー導師たちの動きを支援するのだ」

「はい」



「それで……『黒閻』の情報は?」

 俺がそう尋ねると、天幕の中は一気に静かになり、緊張感で体感温度が少し下がった。

 今回の戦乱の裏に存在する巨悪、そして今も公国で暗躍しているかもしれない怨敵だ。

 公国との戦争が始まり、当初は敵の思惑やら陰謀論どころではなかったが、俺たちにとっては避けては通れない話だ。

 デ・ラ・セルナ校長が犠牲になり、ファビオラの右腕が奪われ、王都を壊滅させられかけた。

 連中を倒さない限り、俺たちに安寧は無い。

 しばらく全員が黙るなか、ヘッケラーが口を開いた。

「王都から連絡はありません。何かあれば、王宮や軍務局から情報が来るはずですが……」

 『黒閻』に関しては、キャロライン以下軍務局の諜報部隊だけでなく、リカルド王やデヴォンシャー宰相も足取りを追っている。

 情報は王城に集約されているはずなので、新たな発見があればすぐに伝えられるはずだ。

「斥候は放っているはずですが、諜報の成果は芳しくないみたいっすね」

「妙だな。公国の中央方面は手薄なはずだが……」

 ため息をつく俺と訝し気に首をかしげるフィリップに対し、トラヴィスは苦い表情で疑問を投げかけた。

「本当に……この戦争を起こしたのはその『黒閻』なので御座るか?」

「証拠はありません。ですが、エンシェントドラゴンの件に引き続き、公国中央でのタカ派への傾き方は、明らかに作為的なものを感じます。今現在の公国の中央政府は、どう考えてもまともではないと思いますが?」

「まさか、本当にクーデターが……」

 クロケットにしては少しありきたりな発想だが、まあ普通の感覚ならそういう結論に行き着くよな。

 決っして、トラヴィス一門が俺たちの言葉を疑っているとかいうことではない。

 こちらの言い分を信じたとしても、敵の思惑に関してこういうことしか思い浮かばないのだ。

 まあ、俺も連中の目的なんぞ、世界征服っぽい何かであるとしか知らないが。

 はっきり言って、向こうの言い分以前にこの国が、いやこの世界が受けるデメリットが大きすぎて、シャレにならないのだ。

「ただ……現状では、陰謀論だけではどうしようもないのもまた事実です。迅速な敵軍の撃破。それが、今我々ができることの全てです」

 今の『黒閻』の手には、『冥界の口』で集めた勇者召喚術式にも使える大量の瘴気と、ズラトロクから奪った大規模な呪いの媒体として利用される『聖核』がある。

 一体、何を仕掛けてくるか気が気でないが……確かに、今はヘッケラーの言う通り公国軍を片付けるしかないな。

 ありきたりな結論しか出なかったが、そんな具合に俺たちの軍議は終わり、敵本隊との接触まで各自解散となった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] クラウスのセリフに容赦なし。トラヴィスもドン引きっすね。(^^) いいぞ、いいぞ、もっとやれ!(笑) [一言] 黒閻には、ファビオラの腕をやられた恨みが読者的にありますからね。クラウスの恐…
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