201話 一段落、そして総司令部へ
しばらくすると、男も電撃の痺れから回復してきたのか、寝返りを打つようにして仰向けになると徐に口を開いた。
「部下は……半数以上は生き残ったか。へっ、残念だったな」
男は俺を見上げながら、嘲笑うように口元を歪めた。
彼の指揮下にあった騎兵隊や歩兵部隊は、ほぼこの戦域を脱出している。
「ほら、どうした? やれよ」
「……功績を残して戦死すると、二階級特進でもするのかい?」
「おいおい……俺ァ、平民の出のしがない百人隊長だぜ。仮にそっちの王族を殺ったところで、うちの国で認められるものなんてたかが知れてる。損害の責任を負わされこそすれ、死んだ後に報われることなんざ無ぇさ」
腕をへし折られ、手の甲と肋骨を粉砕され、切り傷だらけで電撃まで食らい、魔力も枯渇したこの男に、最早戦う力は残っていないようだ。
ここは戦場……負ければ死ぬのが当然である。
士官の男もそれはわかっているようで、地面に大の字になって俺に止めを刺すように促した。
しかし……俺はどうにもこの男をここで始末する気になれなかった。
情けを掛けたわけでも、境遇に共感したわけでもないが、何となくここで排除するのは勿体ない気がしたのだ。
こいつは、俺が知っている公国の貴族や市民とは違う。
特権意識の凝り固まっているわけでもなければ、奴隷根性で思考停止しているように見えない。
常に部下を気に掛ける姿勢も、指揮能力に見る人望の厚さも、彼が公国の人間とは思えないくらい柔軟な思考の持ち主であることを物語っている。
まあ、トップであるはずの自分がボロ負けし、総じて惨敗という結果を迎えた以上……人の上に立つ才覚は大して持ち合わせていないか。
何はともあれ、俺はこの男に興味を抱いたわけだ。
魔法学校に入学したころの俺と同じ素材の武器を使い、俺と似たような戦い方をすることも原因であろうが。
「勿体ないな」
「あんたみたいな化け物に褒められてもな……まあ、あの世で自慢話にはなるか」
自嘲気味に笑う男に対し、俺はさらに問いかけた。
「お前、名前は?」
「……ロデリックだ。何だ? 墓石でも刻んでくれるってか?」
それだけ聞くと、俺は左手に魔力を収束させて、バチバチと紫電を放出する覚醒魔力を一点に制御した。
ロデリックはついに止めを刺されると覚悟したのか、ゆっくりと目を閉じたが……。
「っ! ぁ……が……な、にを……」
俺は再度電撃を浴びせて麻痺させたロデリックを徹底的に武装解除し、魔法の袋から出した鎖でふん縛った。
魔力制御を乱す魔法陣を起動して男の体に貼り付け、抵抗する手段を奪ったうえで拘束する。
この魔法陣はいわば『マナディスターブ薬』の劣化版なので、俺やヘッケラーの魔力量の前にはあまり意味を成さないが、魔力をほぼ使い切ったロデリックにならギリ有効だろう。
念のためボロ布で猿轡を噛ませ、地面に突き立てた数打ちの槍にロデリックの体を縛りつけ、俺は口を開いた。
「お前は腕の立つ戦士で有能な士官だ。捕虜にすれば役に立つだろう」
「ぐ、ぅ…………」
「お前の身は総司令部預かりとなる。情報源と後の駆け引きのカードとして有効活用させてもらう」
「(馬鹿、じゃねぇの……?)」
ロデリックの声は微かに俺に耳に届いたが聞こえていないふりをした。
そして、近くの王国軍の兵士に捕えたロデリックの監視を命じた俺は、飛行魔法で地面を離れて敵の追撃へと向かった。
思ったよりも時間を食ってしまった。
ロデリックの部隊が完全に敗れたあたりを皮切りに、公国軍は完全に劣勢に陥って、既に大部分が退却に移っている。
それに伴い、王国軍側も騎兵隊を中心に大きく敵部隊に切り込み、追撃を開始した。
後ろから弓で撃ち殺すなど騎士道に反する行いのようにも思えるが、この一方的な虐殺で減らせる敵の数というのは馬鹿にならない。
俺もそれは理解しているので、飛行魔法で敵兵を追いかけつつ、空からAKMで掃射して後ろから次々と公国兵を射殺していく。
「ぁぐ……」
「がぁ!」
ヒヒイロカネ素材や腕利きの鍛冶師の技術を以ってしても、構造が前世のAKそのものなので、それほど命中精度のいい銃というわけではない。
しかし、敵の飛び道具は弓矢や投擲武器、精々が中級魔術とクロスボウだ。
百メートル程度の距離を保って追跡すれば、一方的に7.62×39mm弾で虐殺できる。
それに、既に戦場にはファビオラはじめ斥候部隊にボルトアクションライフルを投入しているので、最早ターゲットの体に残った鉛の弾頭を一つ一つほじくり出す必要も無い。
だから、俺は遠慮なく後ろから公国兵を撃ちまくった。
「よし! もう十分だろう。撤退! 退くのだ!!」
いつの間にか、王国軍の騎兵隊の指揮は完全にアルベルトが執っていた。
最初はフィリップに乗せられて無謀な突撃を敢行した連中も多かったはずだが、いつしか統率を取り戻して、被害も無く効率的に敵を追撃している。
そして、俺がAKMの掃射を止める少し前に、騎兵隊は反転して自陣へと去っていった。
引き際も見事だ。
ちょうど、敵の殿部隊が決死の反転攻撃に移り、公国の別動隊が横合いから王国軍に近づいている。
あのまま深追いしていたら、こちらの被害も嵩んでいたな。
撤退する敵の中からも徐々に踵を返して追撃部隊の足止めを狙う者たちが出てきたので、俺は威嚇効果も抜群の炸裂ミサイルこと“火槍”を敵部隊に撃ち込んだ。
さて、俺も退くか。
公国側の反撃を止める効果はあったはずだが、この期に及んでさらに深追いして被害を出す連中のことは知らん。
体の一部を吹き飛ばされて呻き声を上げる敵を尻目に、俺は空中で反転して王国軍の陣地へと引き返した。
ロデリックを回収した俺が総司令部へと戻った俺は、先ほど見張りを命じた兵士たちの名前を事後報告の命令書に記し、彼らが指示を完遂した旨をクロケットに報告した。
面倒だが、こういう部分を怠ると、彼らがサボりや軍規違反の疑いを掛けられ、後で俺が恨まれる。
「緒戦は大勝利で御座るな。今宵は美味い酒が飲めるだろう」
「はい。友軍の被害も少なく、敵撃破数は同規模の戦場の平均よりも遥かに多い。前哨戦としては上出来でしょう」
トラヴィスとクロケットは上機嫌だった。
散発的な襲撃で無駄に被害が嵩み兵たちの神経もすり減っていたところに、先遣部隊とはいえ圧倒的な勝利で敵は撤退。
明るいニュースに王国軍全体の士気も爆上がりだろう。
俺は先に戻っていたフィリップやレイアとも話し、彼らの戦績も聞いてみた。
フィリップは敵兵を百ほどと敵将二十名を討ち取り、レイアも後衛の魔術師部隊に近づいてきた敵をほとんど殲滅したらしい。
「へぇ、大活躍だな」
「いやいや、倒した数では貴公には遠く及ばないぞ」
「そうね。それに、あたしは一人だけで戦っていたわけではないから」
「うむ、今回はイェーガー将軍が文句なしの第一功で御座るな。既に確認されているだけでも、二千を超える首を取ったとは……」
トラヴィスまで追従した褒め殺しに、俺は悪くない気分で頭を掻いた。
まあ、平地の広い戦場ということもあって、俺が単体で突出して殲滅すると戦法が活きる環境でもあったわけだ。
敵の数が増え戦闘時間が長引いても、むしろ俺は戦果を伸ばし続けられるだろう。
しかし……今回は決して最適な立ち回りだったとは言えない。
魔力の消費も少なく、体力的精神的にもまだ十分に切り込む余裕があった。
要は、俺のポテンシャルからすると、十全に活躍できなかったわけだ。
フィリップやトラヴィスは大満足なようだが、俺自身は遊撃に回されておいて少し不甲斐ない思いもしている。
今回は不測の事態もあったからな。
東部諸侯への救援を優先したことと……何より、士官一人に時間を掛け過ぎた。
ロデリックに邪魔されなければ、一万以上は片付けられたかもしれない。
そんなことを思いながら部屋の隅に転がした雁字搦めのロデリックを見ると、他の面々も俺の視線を追った。
「それで? 貴公が連れてきたその男は……」
しかし、フィリップの疑問が最後まで紡がれることは無かった。
耳障りな声で騒ぎながら総司令部の天幕に荒々しく乱入してきたのは、例によって生き残った東部諸侯の当主にその一族たちだった。
「トラヴィス辺境伯! あなたのせいで大損害ですぞ! 我が領の兵が……」
「あなたが勝てる戦いだと言うから、私たちは信じて付いてきたのです」
「追撃で兵が全滅するなど、作戦ミスも甚だしい!」
「もっと兵を投入していれば!」
「いや、このようになってしまった原因は、やはり総司令部の怠慢かと……」
相変わらず、悪趣味で派手な装いの連中だ。
見ていると目が痛くなる。
先ほど戦場で見かけた奴らも何人か居るが、服が新品になっているあたり着替える余裕はあるんだな。
私兵の練度も低く、装備も貧弱なくせに……。
それにしても、敵を深追いしてくたばったのはアルベルトの撤退指示を聞かなかったからだろうに。
仮に彼の声が直接聞けなくても、指揮下の騎兵をはじめとした連中が一斉に反転すれば、その他大勢がどうすべきなのかは自ずと判断できるはずだ。
おまけに、トラヴィスは確実に勝てるなどとおめでたいことを言ったか?
指示も聞かず、都合のいい捏造をして……本当にどうしようもない奴らだ。
まあ、こいつらがロクデナシなのは知っているが、それ以上に気になるのは、今まで総司令部の天幕には顔を見せなかった当主以外の連中だ。
彼らも彼らで勝手な理論を展開し好き勝手に喋っている。
俺の脳みそが連中の言葉を認識するのを拒否しているが……その中でも一際うるさい三十代ほどの男の声が不意に天幕に響いた。
「待ってください! お聞きください!」
ヒステリックに叫びつつ、不健康そうな濁った眼を俺に向けて、男はさらに言葉を続けた。
……何故、俺なんだ?
「父は……ナード男爵は聖騎士のイェーガー将軍に無茶な突撃を敢行させられ、戦死したのです! 当主を失い、我が男爵家は混乱状態です。イェーガー将軍、この始末をどう付けるおつもりですか!?」
そんな具合にヒートアップする男に対し、俺の反応はといえば……。
「……誰だ、それ?」
「っ……」
「ぶほっ!」
「クラウスっ……あなた…………くふっ」
聞きなれない名前に俺が疑問を発し、トラヴィスは口の中だけで笑うという器用な真似をやってのけるが、フィリップとレイアは堪らず吹き出した。
そんな俺たちに憤慨したのか、男は顔を真っ赤にしてアナフィラキシーでも起こしたように震えて喚き続けた。
「しらばっくれるな! おま……お前が…………この、若造の分際で……」
「イェーガー将軍、ナード男爵はあなたの見境の無い攻撃によって馬を失い、それでも果敢に戦い戦死されたのです。これに関しては、何らかの責任を取っていただきませんと」
「兵だけならまだしも、本家の者……それも当主が討ち死にとは……。ただで済むことではありませんな」
「他にも当主やその血縁に犠牲が出た家があります。今回はイェーガー将軍による突撃命令があった以上、責任の所在は明確かと」
相変わらずムカつく言い様だが、周囲の東部諸侯の連中の言葉で事情はわかった。
なるほど、あの間抜けに落馬した髭のデブ男爵か。
俺が尻を叩いてようやく敵と戦いに行ったはずだが……死んだのか、あいつ。
完全に敵の勢いが削がれた環境で、追撃戦に突入しかけたタイミングで、それでもくたばるとは……。
まあ、ボンクラだからな。
しかし、本当にとことん寝ぼけた連中だ。
当主だの血縁だのが死んだことが、さも重大事件かのように言っているが……よくもまあ、自分らにそんな価値があると勘違いできるものだ。
ある種の才能だな。
そもそも、俺は直接こいつらに命令なんざしてねぇぞ。
相変わらずの言いように頭痛がしてきた俺は、ただ冷たく突き放した。
「名誉の戦死だな。少なくとも、敵前逃亡の疑いは晴れた。よかったじゃないか」
「なっ、貴様!」
どれほど無様であろうと、戦場で敵の手に掛かって死ねば戦死は戦死、名誉ある散り方だ。
正当化するつもりは無いが、裏切り者として処断されるよりはマシだろう。
「ふ、ふざけるなっ! 言うに事欠いて、そのようなでっち上げ「おい」くっ!」
ナード男爵とやらの縁者はさらに何か言い募ろうとしたが、俺は軽く殺気を魔力に乗せて放出しながら東部諸侯を睨みつけた。
いい加減、この連中をまともに相手するのも飽きてきた。
「この際はっきりと言っておくが……俺に難癖をつけるなら一族郎党、いや、隣の領地まで巻き込んでくたばる覚悟をしてからにしろ。てめぇらの首は、俺のサーベル一つに掛かっているんだからな」
「そ、そんなことが許されると……」
「許さないとして、どうする? 聖騎士の魔法剣士である俺と、役立たずの諸侯軍。戦乱の状況下でどちらが有用かは……さすがにお前らでもわかっているだろう? いくらプライドと屁理屈でゴネたところで、この明確な価値の差は覆せん」
「ぐっ……」
少なくとも、俺の戦局への貢献度合いを鑑みれば、たとえこいつらを酒の勢いで勝手にぶっ殺したところで、司令部や国は俺に味方することは明白だ。
自分で言うのもなんだが、俺と東部諸侯のボンクラどもでは、戦時下ではそれだけの価値の差がある。
「成り代わりたい奴が居る以上、てめぇらの代わりはいくらでも湧いてくる。仮に俺が東部の後始末まですることになっても、マシな奴が出てくるまで適当な理由をつけて殺し続ければいいだけだ。てめぇらにはその程度の価値しかない」
「…………」
ここまで言うと、物分かりの悪い東部諸侯の連中も、蒼白になって俺に怖れの目を向け始めた。
ひどくショックを受けた様子だが今更だな。
尊い血筋だの選ばれた者だの言われて育ち、贅沢を当たり前のように享受して……ここまで自分たちの存在価値をはっきり否定されたことは、今まで無かったのだろうか?
「わかったか? わかったら、特攻の準備でもしてな。雷に当たって死なねぇように、精々頭は低くしておけよ」