200話 中ボス?
「クラウス!」
俺が大剣と炎の魔剣の二刀流で三桁ほど敵を切り刻んだタイミングで、後ろから声を掛ける存在があった。
軽やかに中型馬の駆ける音を響かせ近づいてきたのはフィリップだった。
彼が馬上槍を振るって近くの歩兵を張り倒すのと同時に、俺も“放電”で残った敵兵を感電死させ、辺りを一掃する。
俺の元まで馬を進めてきたフィリップは、俺が倒した敵兵の惨状に苦笑いしつつ口を開いた。
「さすがだな。凄まじい突撃だった」
「まあ、ざっとこんなもんだろ。そっちの部隊は……どうやら、防衛線を突破できたようだな」
見ると、フィリップに追従してきた兵士たちの大半が、敵の弓兵や魔術師部隊にも攻撃を仕掛けてている。
接近戦にも対応できる魔術師や斥候も前線を上げて味方部隊を援護しており、状況は王国軍が徐々に押していた。
「うむ、貴公が敵の魔術師を倒してくれたおかげだ」
爽やかな笑みで答えるフィリップは、相変わらず白馬に映えるブロンドと高貴な模様のロイヤル・ワイバーンのレザーアーマーこそ健在だが、手に提げた馬上槍は血に濡れていた。
ここに来るまでに、彼も結構な数の敵を倒したことだろう。
そんなフィリップはさらに周りの状況を一瞥すると、しばしの逡巡の後に俺に向き直って口を開いた。
「クラウス、前線を押すのはもう十分だ。主力部隊の指揮は私が取るゆえ、貴公は厄介な魔術師や傭兵を探し出して討て」
「……いいのか? それで」
俺の役目は敵の殲滅とフィリップの護衛だ。
フィリップは前に出てこそ活躍できるタイプの戦士なので、その指示は俺が彼の護衛を一時離れるという意味になる。
「うむ、状況を見る限り、私が貴公の助けを必要とする場面も少なかろう。今は遊撃として少しでも敵の戦力を減らすことに注力するがよ……むっ!」
確認する俺に頷きつつ敵陣の方を示したフィリップだったが、突如響いた公国軍の気合の入った歓声に顔を顰めた。
同じ方向を見てみると、敵の右翼側の部隊が一斉突撃を敢行している。
俺が突っ込んだことで敵は後衛部隊の戦線を維持できなくなっていたはずだが、そんな状況でもできる奴は居る。
さらに言うなら、予想外の敵の反撃に全く対処できない無能と言うのも存在する。
その無能の正体に察しが付くあたり、王国軍の戦況は決して喜べるものではないな。
「どうやら、そうは問屋が卸さないみたいだな」
「うむ、状況はあまり芳しくないな......」
「行ってくるよ」
俺は飛行魔法を発動して上空に飛び上がった。
フィリップがこちらに頷いて馬を反転させ主力部隊の中心に戻ったのを見届けると、俺は迫りくる公国軍の突撃部隊へと進路を取った。
「負けるな! 行け行け!」
「犠牲を恐れるな!」
「何をしておる!? 早く奴らを止めんか!」
「ダメだ! ここを離れるな! 私を守れぇ!!」
「何とかしろぉ!!」
敵の騎兵隊に押されている味方部隊の近くまでやって来ると、案の定こちらの部隊の指揮を執っていたのは見覚えのある連中だった。
最早、指揮と言えるのかどうかも怪しい。
東部諸侯の当主どもは、ただ近くの部下に喚いて当たり散らし、自分は少しでも後ろに下がろうと悪戦苦闘しているだけだった。
保身だけは一流……いや、見る限りそれすらもロクにできていないようだな。
「うおおおぉ! 進め進めぇ!!」
「敵将が居たぞぉ!」
「ひっ」
統率もクソも無い状態が祟って、王国側の歩兵部隊は簡単に防備を食い破られた。
兵士たちは容易く敵騎兵に蹴散らされ、公国の突撃部隊が一気になだれ込んでくる。
向こうの目標は明らかだ。
こんな戦場でキンキラの装束を身に纏った鈍重なオッサンどもが居れば「爵位持ちです。討ち取ってください」と言っているようなものだ。
敵に背中を向けた東部諸侯の当主たちは、槍を振り上げて迫る敵兵に成す術なく討ち取られるところだったが……。
「どけやぁ!」
「ぇ……」
俺は容赦なく、東部諸侯のナントカ男爵の馬ごと、彼に群がっていた騎兵を魔力剣で切り裂いた。
水平に薙ぎ払ったので、多少味方にも被害は出ているが……ほとんどが衝撃で吹き飛ばされただけで、敵兵以外に死者は居ないな。
俺は続けて上級火魔術の“業火”を数発ほど発動し、うねるような高温の炎の渦を敵部隊の側面からぶちかました。
「うわぁあああぁぁぁぁぁ!」
「ひぎぃ! や、やめ……」
「っ! 障壁を!」
「だ、ダメだ! 破られるっ……」
「ぁ……何、で……?」
一瞬のことだった。
敵からすれば、先ほどまで有利な立ち回りと続け、突撃も成功し、勢いに乗っていたところだろう。
しかし、理不尽な暴力の渦には敵わない。
俺の上級火魔術は、それだけで公国の騎兵隊を半壊させた。
「…………」
「ひ……」
ふと見ると、東部諸侯や配下の兵士たちは俺を見たままフリーズしていた。
先ほど落馬した髭の男爵は、鈍重な動きで体を起こすと、明確な恐怖を顔に滲ませながら俺を見上げてくる。
目の前で敵部隊が消し飛んでとはいえ、随分と長く呆けてやがる。
この好機を活かして行動に映れないあたりが、何とも無能さを露呈しているな。
本当に使えない連中だ……。
俺は先ほど敵ごと馬をぶった切ったオッサンに向き直り口を開いた。
「敵前逃亡は重罪だよなぁ」
「なっ……」
「あ゛? 何か文句でも?」
男爵は得意の言い訳をカマそうとするが、俺は殺気を滲ませながら睨みつけ黙らせた。
ついでにこちらに視線を集中させている他家の連中を見回す。
「お前らも逃げんのか?」
「ぃぇ…………と、突撃!」
東部諸侯の貴族たちは何か言いたげな雰囲気を醸し出したが、さすがにこの状況で文句を発する度胸も余裕も無いようだ。
さっさと行けとばかり睨みつけると、騎乗した派手な甲冑の優男が慌ててへっぴり腰のまま命令を出した。
貴族たちは何とも覇気の無い様子で渋々馬を進めていくが……兵士たちには戸惑いの色も濃い。
まったく、世話の焼ける……。
「好機だ!! 道は俺が切り開いた! 反撃に転じろ! 指揮系統と逸れたら、オルグレン伯爵家諸侯軍に合流するといい。行け! 健闘を祈る」
「はっ!」
「将軍閣下も、ご武運を」
俺が声を張り上げて指示を出すと、東部諸侯配下の兵士たちは将校を中心に俺に敬礼し、前線へと向かった。
俺は用兵の才があるわけでも指揮官として教育を受けたわけでもないが、こういうのは迷わず思い切りよくわかりやすい指示を出すに限る。
……ずっとエレノアを近くで見ていたので、そのくらいはわかる。
「てめぇも行けゴラァ!」
「ひ、ひぃ……」
落馬した男爵も尻を蹴るようにして前線に追い立て、俺は再び飛行魔法を発動して空から戦局を観察した。
そして、敵の指揮系統の場所を大体把握した俺は、空中を蹴るように加速し、さらに前線へ飛び込んだ。
「(上空です! 何か来ます!)」
「(! 速い!)」
俺はまたしても味方の前線を飛び越え、敵の後衛部隊と指揮系統に切り込んだ。
敵部隊の上空まで到達すると、さすがに矢やクロスボウのボルトに初級魔術が飛んでくるので、魔法障壁を展開して敵の飛び道具を防御する。
まともに命中する軌道で飛んでくる攻撃はあまり無いが、それゆえに命中した魔術や矢が全て弾かれているのは傍からでも顕著に分かり、敵部隊はさらに混乱していった。
「おぅらぁ!」
俺は敵の攻撃の勢いが緩まったタイミングで、魔力を込めた大剣を振るう。
勘と運のいい奴らは転がるようにして攻撃範囲の外に逃れたが、またしても地上の敵の大半は雷を凝縮したような剣閃に体の一部を持っていかれ、衝撃波と破片で深手を負った。
「退け! 撤退だ!! 奴とはまともに戦うな!」
「ん?」
敵の士官が叫んだかと思うと、公国軍は踵を返すようにして反転した。
……ヤケに反応がいいな。
公国側の騎兵や歩兵は、個々の動きを見る限りそれほど練度が高いということもないようだが、何と言うか……あの士官の言葉への信頼度が異様に高いように思える。
ふと指示を出した男に視線をやると、彼は真っ直ぐに俺を見据えていた。
少し上等な甲冑を着た長身の男だ。
よく見ると、彼の魔力量はレイアに並ぶほど多く、馬を操る腕にも身のこなしにも隙が無い。
俺は彼を結構な腕利きと認めた。
「ほう……」
そんな具合に俺たちはお互いの視線がしばしの間ぶつかり合ったが、男は油断なく後退るようにして周囲に気を配り、部下を順次撤退させていった。
あれだけの腕と扱いやすい部下を持っていても驕ることなく、冷静に戦力を分析する目を持ち、引き際を心得ている。
あいつは、厄介だ。
そう確信した俺は、強化魔法をフルパワーで発動すると、一気に距離を詰めて士官の男に斬りかかった。
「しっ」
「うぐぉ!」
大量の魔力を注ぎ込んだ大剣を唐竹に振り下ろすと、再び地面に巨大な剣閃が叩きつけられ、辺り一面に衝撃波が発生して歩兵が十人ほど弾け飛ぶ。
さすがに最大出力の強化魔法と魔力剣の火力の前には、男も成す術なく吹き飛ぶと思われたが……。
「むっ?」
「くそっ、やっぱ強ぇ……」
何と、敵の士官の男は無事だった。
先ほどまで乗っていた馬は息絶え、甲冑や外套はズタボロになり所々に傷を負って出血しているものの、両手でロングソードを握った男はしっかりと自分の足で地面に立っていた。
よく見ると、奴のロングソードは魔導鋼だ。
懐かしいな……。
俺の大剣の軸にもなっている素材で、性能としては『真・ミスリル』合金の劣化版だ。
切れ味や耐久力や魔力の保持性能において一段劣るため、魔力剣の入門用の素材といったところか。
しかし、魔力剣という技術自体、それほどメジャーなものではない。
中にはミスリルや魔物素材の剣を装備して魔力剣を使用する者も居るが、どちらかというと炎などをばら撒いて近中距離の範囲攻撃を放ち、威嚇や自衛に用いる使い方が主だ。
俺のように剣の切れ味や耐久力を向上させたり、魔力を圧縮して強力な剣閃を飛ばしたりする使い方は珍しい。
そんなわけで、魔導鋼の武器を好んで使う戦士がそもそも少ないわけだが……。
「隊長!」
「来るな! 退却しろ!」
部下を叱責しつつ剣を構えた男は、魔力を制御して魔導鋼のロングソードに光を纏わせ始めた。
やはりというか、剣に通した魔力は程よく圧縮され刀身を薄くコーティングしている。
先ほどの俺の剣閃も、あの魔力を通したロングソードで相殺したのだろう。
なかなかやるな……。
彼の魔力量や出力では俺ほどの火力を出すことはできないだろうが、今まで見てきた剣士の中で俺に最も近い戦い方をしているだけに、彼には少し親近感を覚えていた。
つい興味深く敵の士官を観察してしまったが、状況はそう空気を読んでこちらを待ってはくれない。
こうしている間にも、敵兵はどんどん撤退を始めている。
さらに、横合いから全速力で走り込んできた敵の兵士は、勢いよく俺に向けて槍を突き出してきた。
「邪魔すんな」
「ぅげっ」
当然ながら、そんな攻撃を受けてやるつもりは無い。
俺は槍を引ったくりつつ足払いを掛けて兵士を転がし、ドラゴンボーン鋼のグリーブで頸椎を踏み潰して止めを刺した。
ついでに敵兵から分捕った槍を肩に担ぐように構え、背を向けて逃げていた騎兵に投げつける。
強化魔法の勢いのまま投擲された槍は、敵騎兵の胴体を貫通して馬にまで刺さった。
騎兵は撤退中の他の味方を巻き込みつつ転倒した。
「てめぇの相手は俺だよ!」
「ぬっ」
当然、目の前の敵の士官も黙っているはずはなく、例の魔導鋼のロングソードに魔力を纏わせて俺に斬りかかってきた。
強化魔法もかなりの出力で剣筋も鋭い。
エレノアほどではないが、エドガーと張り合えるくらいの力量はあるだろう。
普通にSランク冒険者でも上位クラスに入る腕だな。
「ちぃ! ――“氷結”……――“風刃”」
「ふん! ――“火槍”」
「ぅあっ」
男は俺に拘束魔術をかけ逆サイドからかまいたちを飛ばしてきたが、足元にまとわりついた氷は力任せに砕き、風魔術はガントレットで弾き飛ばした。
お返しとばかりに炸裂効果を持たせた火魔術を何発か撃ち込んでみるが……まあ火力の差は歴然だな。
牽制の魔術と同時に斬りかかろうとしていた男は、目の前で爆発した炎の槍に勢いを削がれ、転がるようにして回避行動を取った。
ついでに余った“火槍”は撤退中の敵歩兵の方へ飛ばし、後ろから爆殺する。
「くそっ、何のつもりだよ! 虐殺を楽しんでやがるのか?」
「数を減らしただけだ」
「けっ」
士官の男は顔を歪ませながら唾を吐き、再び俺に向かってきた。
使う魔術は初級と中級が主だが、無詠唱で絶妙なタイミングでこちらの行動を阻害するように放ってくる。
俺に比べればパワーでもスピードの面でも劣るが、強化魔法も十分に使いこなしており、剣技も半端な騎士以上だ。
こいつの地力は、例えるならエレノアの劣化版だな。
さらに切れ味と耐久性を中心に強化した魔力剣を振るってくる。
敵ながら、相当に優秀な魔法剣士だ。
龍族の里での修業が無かったら、俺も奴のテクニックに翻弄され手こずっていたかもしれない。
そう思わせるだけの実力が彼にはあった。
本当に、敵であったことが悔やまれる。
「はぁ、はぁ……ふぬっ!」
「ほっ」
だが、戦い始めてある程度の時間が過ぎると、男の動きは徐々に精彩を欠いてきた。
パワーでも手数でも俺に劣る以上、疲労と剣戟の衝撃によるダメージは明らかに相手の方へ蓄積している。
最後っ屁とばかりに男は懐から取り出したミスリルのナイフを投擲してくるが、難なく大剣の鍔元で弾き、その後に飛んできたロングソードの刺突も受け流す。
男の体は突き技を受け流された勢いで大きく泳いだ。
「ぐがっ」
「終わりだな」
俺は相手の剣を握る指にエルボーパッドを打ち込みロングソードを叩き落すと、そのまま手首を掴んで捻り腕をへし折りつつ地面に引き倒した。
受け身を取れないように肩口も押さえて顔から地面に突っ込ませたので、士官の男は派手に転倒して動きが鈍った。
「うごっ」
腹に蹴りを入れて甲冑ごと内臓にダメージを与え、転がったところをさらに踏みつけて動きを封じる。
最後に威力を調整した“放電”で四肢の動きを麻痺させ、俺はようやくこの男を制圧することに成功した。