199話 戦場を駆ける
「全軍突撃!!」
公国軍の後方指揮官が拡声の魔道具を使って突撃指示を出した。
距離はギリギリ弓兵と魔術師の一斉射撃の射程内。
公国側は歩兵部隊と騎兵部隊が僅かに戸惑いつつも走り出し、後方の魔術師たちは詠唱を始めた。
敵は完全に突撃のタイミングをミスった。
まだ両軍の距離は開いており、ここで前衛部隊が真っ直ぐ突撃しても、弓兵や魔術師団の攻撃に長く晒される。
それをこちらで理解していないのは……また東部諸侯か。
部下にまともな指示も出さず、ゴチャゴチャと喚いて周囲に状況の説明を求めているだけだ。
だが、オルグレン伯爵家諸侯軍を始めとする王国軍は、冷静に防御態勢を維持したまま迎撃に移る。
前衛は槍衾を組んで騎兵の突撃に備え、弓兵と魔術師団は一斉に攻撃を放った。
矢や火魔術の雨に晒された敵兵が次々と平原に倒れ伏すが、当然ながらこちらにも敵の魔術や矢が飛んでくる。
自分たちは少し引いた場所に居るくせに、情けない悲鳴を上げて右往左往するのは、またしても東部諸侯だった。
あいつらは無視でいいな。
「むんっ」
「――“衝撃波”」
馬上槍を振るって矢を切り払ったフィリップに続き、俺も嫌なルートで接近してきた敵の風魔術“竜巻”を打ち消してレジストする。
俺も全員は守れないので、王国側の前衛の被害はゼロではないが、それでもほとんど敵の攻撃を捌いた。
そして、ついに敵の騎兵隊はこちらの隊列の正面に到達した。
「よし、レイア!!」
「っ! ――“土槍”」
フィリップの合図で、隊列の後方から少し前に出ていたレイアが杖を翳し、彼女の近くに居た魔術師数人も同様に土魔術を詠唱した。
次の瞬間、こちらの盾兵と敵の騎兵隊のちょうど中間くらいで、大地が大きく盛り上がり硬質化した土が鋭い切っ先を形成する。
並列起動や同時展開など、魔術の多重発動を得意とするレイアだけあって、地面から突き出た大槍はかなりの範囲をカバーした。
「っ!」
「ヒヒーン!!」
「ぐぉおおぉぉぉ!」
「げぁ!!」
当然、全速力でギャロップをかけていた敵の騎兵隊に、突如出現したトラップを回避する術など無い。
騎馬が次々とトラップに突っ込み、横転した馬は後続の騎兵をさらに巻き込んで地面を転がった。
今度こそ、公国軍はかなりの混乱に陥った。
レイアたちの魔術で騎兵隊の勢いが削がれ、歩兵部隊を含む前衛は完全に統率を失った。
「撃て撃て!」
「敵が止まったぞ! 止めを刺せ!!」
ここぞとばかりに、王国側の諸侯軍は弓矢や魔術をぶっ放す。
敵はこちらの射程内で前衛と衝突することなく足を止めているのだから、今が絶好のチャンスだ。
レイアも既に別の魔術を展開し、撃ち漏らした騎兵や突出した歩兵部隊に初級火魔術を浴びせ、確実に敵の命を刈り取っている。
俺も炸裂“火槍”をもう一連射ぶっ放し、騎兵隊の少し後方に居る歩兵部隊を削った。
突撃してきた敵は隊列を組んでいる時よりバラけているため、始末できた数は最初の一撃より少ないが、それでも三百人以上はやったはずだ。
そしてついに、満を持してフィリップが馬上槍を掲げて声を張り上げる。
「突撃だ! 私に続けぇ!」
「「「「「おおぉ!!」」」」」
フィリップが敵の上級指揮官を狙うことはわかっていたので、俺は一直線に敵部隊を撃ち抜くように、“プラズマランス”を発動した。
高温の光の槍は凄まじい光を発しながら飛び、接触した公国軍の兵士たちを焼き切りながら敵部隊を貫通する。
「行け」
「うむ」
俺に頷いたフィリップは白馬の腹を軽く蹴り、隊列を飛び出した。
レイアが形成した土魔術の防護柵を飛び越えると、そのまま馬を駆けさせて敵歩兵に突撃し、脇に挟むようにした槍を抉り上げると、敵兵は胸を深々と貫かれて空中に投げ出される。
馬を反転させたフィリップが振り上げた勢いのまま馬上槍を横に薙ぎ払うと、近くに居た騎兵が首から血を吹き出しながら落馬した。
向こうは心配なさそうだ。
槍の扱いもなかなか様になっている。
フィリップは剣士だが、上級貴族家の当主として騎乗時の長柄武器や弓の訓練も欠かさず行っているらしい。
槍術や弓術のテクニック自体は俺と似たようなものだが、彼もまた勇者として魔力が覚醒し、高出力の強化魔法を操る。
常人以上のパワーで素早く鋭く振るわれる槍は、一般兵にはどうしようもない凶器だろう。
殲滅力こそ俺の魔術や魔力剣には劣るが、前線で白馬を操り次々と敵を屠る彼の姿は、友軍の士気をさらに爆上げした。
「我らも行くぞ!」
「勇者殿に続けぇ!!」
「うおぉぉぉおおおぉぉ!!」
オルグレン伯爵家諸侯軍以外の騎兵や歩兵も、俺の横をすり抜けるようにして次々と前線へ向かう。
この段になると、敵も統率が取れているとは言い難いものの、目の前の敵軍に対処するだけの立ち回りを取り戻してくる。
敵味方の前衛部隊が激突し、ついに各所が乱戦状態となった。
「俺も出る」
俺は馬をその場に置いて飛行魔法を発動すると、レイアや周囲の兵士たちの視線に目もくれず、最高速度で飛び出した。
先ほど、フィリップたち脳筋が突っ込んでいったタイミングで、俺はただ突っ立ってサボっていたわけではない。
剣兵や槍兵同士がぶつかり合うなか、こちらの突撃部隊が攻め入れないラインを見極めていたのだ。
目を凝らすと、敵の左翼の魔術師団の手前辺りで、王国兵が次々と倒されているように見える。
どうやら、あの辺りに厄介な敵が居るようだ。
“探査”を張り巡らせれば、少し強めの魔力が検知された。
聖騎士ほどではないが、宮廷魔術師並の魔力量の持ち主がこちらの兵の接近を退けているようだな。
ここを崩せば、敵の後衛部隊にもダメージを与えることができ、矢や魔術による味方の被害を一気に減らせる。
そう確信した俺は、そのまま前衛同士が乱戦を繰り広げるエリアを飛び越すと、そのまま敵の防衛ラインに突っ込んだ。
「でぇりゃぁ!」
「なっ!」
「ぁ……」
味方の前衛を援護しようと弓や杖を構えていた連中が、俺に信じられないものを見る目を向けてくるが……俺は容赦なくフルパワーで魔力をチャージした『真・ミスリル』の大剣を振り下ろした。
紫電を纏い雷を凝縮したような剣閃が、まばゆい光を放ちながら敵部隊のど真ん中に着弾する。
公国軍の正規兵と思わしき甲冑の連中が、一気にまとめて半身を抉られて吹き飛んだ。
地面にも大きな亀裂が走り、土埃と砂利の破片が舞い上がる。
俺が剣を振り下ろした勢いのまま着地し、さらに魔力を込めた大剣を横に薙ぎ払うと、周囲に居た公国兵たちの胴体部分が粉砕もしくは焼き切れて消失する。
俺の攻撃を受けた敵兵は、皆が即死もしくはジリジリと死に至る致命傷を負っていた。
所々で断末魔の悲鳴や発狂したような声が上がるが、手加減などできる心の余裕など無ければ、介錯している暇も存在しない。
だが、そのおかげで先ほど警戒した常人より強力な魔力の持ち主は仕留めることができたようだ。
「こいつか……」
見ると、レイアと同じような背格好の少女が、体を両断されて目を見開いたまま事切れている。
服装から鑑みるに、恐らく貴族お抱えの魔術師だろう。
一発も撃たせること無く叩き斬ってしまったが、まあこれも戦争の上でのことだ。
胸糞悪いが、仕方ないな。
俺は惨状から目を背けるようにして足を進めた。
「ひ……」
「な、何だコイツ……」
「化け物……」
俺の攻撃範囲から逃れた兵士たちが好き放題に言っているが、反論している暇は無い。
一部の敵は俺に一矢報いようと既に攻撃態勢に入っている。
こちらの剣兵や槍兵を追い抜いて突出してきたので、周囲は敵だらけだ。
「うらぁああぁ!」
「囲め! 全員で仕留めろ!」
「あの強さ、賞金首に違いないぞ!」
公国側の遊撃の冒険者や傭兵と思わしき連中は、犠牲を顧みず俺に襲い掛かってきた。
もちろん、連中に俺を仕留める力など無いので、少し魔力を込めた大剣を全方位に振りかざしながら人口密度の高い方向へ足を進めるだけで、面白いように敵の手足や首が千切れ飛んで行く。
エレノアに習った四の太刀、全方位防御のフォームだが、大した装備も無い脆弱な人体標的などこの程度の火力で十分だ。
斬りつけが浅かった敵も、逆サイドに剣を振りながら拳や蹴りや肘打ちを当てていくと、ドラゴンボーン鋼のガントレットやグリーブに僅かな衝撃を残して、骨と肉が潰れる音を発しその場に倒れ伏した。
「どけどけぇ! その首、取ったぁ!」
「ふん!」
歩兵では太刀打ちできないと見ると、馬を駆けさせてその勢いのまま曲刀で斬りつけてきた奴も居たが、龍族の剣術を習得した俺が半端なサーベルチャージなど食らうはずもない。
大剣を斜めに構えて敵の剣を受け流し、そのまま相手の腕と脚それに馬の足から胴体を深く切り裂く。
馬の嘶きと騎兵の断末魔を流しながらさらに足をつき出して馬体を蹴飛ばすと、崩れ落ちる途中の馬はさらに転がり、数名の歩兵を巻き込んで下敷きにした。
「撃て撃て! 距離を取って仕留めろ!」
「弓、放て!」
「魔術師! 何をしている!?」
敵の後衛部隊は俺を剣士で強化魔法の使い手だと思ったようだ。
最初に公国軍に大損害を与えた“火槍”の雨を見ていなかったのかと思ったが……まさか同一人物とは思ってなかったのか、そのような殲滅力を持つ魔術師が接近戦にも秀でていると信じたくなかったのかもな。
しかし、そんな儚い希望は一瞬で砕いてやる。
俺は魔法障壁による防御を省略して、ベヒーモスローブを翻すだけで降り注ぐ矢の雨を弾き飛ばすと、敵の魔術師隊が詠唱を終える前に左手に魔力を収束した。
「“放電”」
覚醒魔力を無詠唱で行使する速さは、生半可な詠唱短縮の比ではない。
フルパワーで魔力を充填した術式を開放すると、弓兵や魔術師部隊の数十人に俺の手から放たれた電撃が到達する。
自然の雷の比ではない電圧と電流量だ。
電撃を食らった弓兵や魔術師は成すすべなく黒焦げ死体と化した。
「ぅげっ」
「っ!」
「ぁ……」
敵が及び腰になったタイミングで、俺はさらに“落雷”を敵の部隊長と思わしき連中に浴びせていく。
魔術師の中には魔法障壁で防ごうとした者も居たが、これも俺の強度の高い魔力で制御された雷なので、中堅の冒険者程度の魔術師が張った魔法障壁など容易く貫通し、下の目標をしっかりと捉えた。
数人の魔術師が蛮勇を振るって剣を抜き、強化魔法を発動して俺に迫るが……そちらは俺が魔力を通した大剣を薙ぎ払うと、身体やローブを紫電に焦がされつつ剣ごと両断された。
「ま、まさか……」
この段になると、使用する魔術や魔力剣の特徴を見てか、徐々に俺の正体に勘付く者が現れ始める。
「聖騎士……」
「『雷光の聖騎士』、なのか……?」
「雷を操る、大剣を持った大男……間違いない」
圧倒的な恐怖に体を震わせながら呟いた弓兵や魔術師たちの言葉は、騒がしい戦場には似つかわしくない響きを持って辺りに伝播した。
まだ俺の周囲に敵は数多く残っているが、そんな人数の優位は彼ら自身にとっても何の慰めにもならない。
王国の聖騎士。
それは、単独で数万の敵を殲滅し、軍勢に囲まれても容易く切り抜ける無敵の存在。
実際には、少し誇張もあったようだが……俺はまさにその無双伝説を体現する者だ。
囲んでも、遠距離でも近距離でも、半端な腕自慢では虐殺されて終わりだということが証明された。
「ひっ」
「逃げ……」
目が合った兵士たちは及び腰になるが、ここで逃走や離脱を許すつもりは無い。
俺は右手に大剣を提げたまま、左手で“倉庫”から取り出した炎の魔剣レーヴァテインを取り出した。
「ここで死んでけ」
「ぅ、うわぁああぁぁぁぁぁ!」
「逃げろ! 皆殺しにされるぞ!!」
俺は強化魔法をフルパワーで発動すると、一瞬で敵の魔術師に間合いを詰めて、手に提げた二本の剣を振り抜いた。