197話 有意義?な作戦会議
ここで、トラヴィスに詰め寄っていた貴族どもが俺たちに気付いた。
「おい! 貴様ら! 何を勝手に入って来ておる!」
「黙って聞いていれば、勝手なことをほざきおって!」
「神聖な軍議の場を何と心得ておるか!」
本当に、どの口が言うのか……。
トラヴィスは口を開こうとしたが、俺は無駄に待たされてイラついていたこともあり、怒鳴ってきたデブ貴族たちに吐き捨てた。
「そっちが俺らを無視して喋り続けたんだろ。だからこっちも勝手に話をしてただけだ」
「何だと!? 若造が……おい、誰かあの痴れ者を摘まみ出せ!」
誰の従者かは不明だが、武官らしき男が俺に近づいてきた。
魔力は微弱で重心も不安定……大した腕ではないな。
精々、警備隊員の並レベルだ。
俺は少し迷ったが、龍族の里で習得した二の太刀の歩法の応用でスッと距離を詰めると、男の胸を平手で突き飛ばした。
「ぐはっ!」
「「「「「っ!」」」」」
男は数人の貴族と椅子を巻き込んでひっくり返った。
ドタバタと激しい音が響き、周囲からは俺に信じられないものでも見るような目が向けられる。
もちろん、今の男に致命傷は与えていない。
あいつは命令に従っただけで、武器を抜いたわけでもないからな。
精々、ひっくり返ったはずみで頭を打ったか、肋骨にひびが入った程度だろう。
だが、この状況に至っても、周囲の貴族たちにはさらに兵を呼び寄せたり自ら剣を抜いたりする様子は無い。
ただ棒立ちで唖然と俺を見るだけだ。
本当に危機感も何も無い連中だな。
「今の、どいつの部下だ?」
俺は貴族どもを問いただすが、返答は無い。
仕方ないので、先ほど俺を摘まみ出すよう指示をした貴族に目を留め、俺はその禿げ頭を鷲掴みにした。
「がっ! 何を……」
「とりあえず、てめぇが責任を取っとけ」
「っ!」
俺はでっぷりと太った貴族の足を払い、上体が落下する勢いのまま掴んだ顔を机に叩きつけた。
意図した一撃ではなかったが、デブ貴族の上顎は見事に机の縁に引っかかる。
上の前歯がへし折れ、木の机に血が流れ出し、ハゲデブ貴族の顔が苦悶に歪んだ。
「ぁがぁ! んぅごぉ……ぉ」
そのまま頭を強く押し付けてやると、折れた歯がボロボロと机に零れた。
周囲の貴族どもは顔面を蒼白にしているが、未だに動く気配は無い。
この体たらくで、よくもまあトラヴィスをディスれたものだが……。
潮時と見たのか、最初に口を開いたのはヘッケラーだった。
「クラウス君、もういいでしょう」
「……そうですね。あと何人か行っときたいところですが……」
俺が貴族たちを見回すと、弛んだ体型のおっさんどもは息を呑んだ。
「今は一人でも兵力が惜しい。これから大規模な衝突ですからね」
俺はハゲデブを蹴り倒し、フィリップの斜め後ろに戻った。
ヘッケラーの指示で、兵士の一人がハゲを連れて退出する。
あんな馬鹿に治療を施すのは時間と労力の無駄だと思うが、さすがにここは人目が多過ぎる。
味方を堂々と殺すのは外聞が悪いと言われたばかりなので……消すのは次に絡んできたらでいいか。
俺が魔法の袋から出した洗浄の魔道具で手を洗いタオルで拭っていると、トラヴィスが咳払いをして口を開いた。
「さて、色々と手違いもあったが……何はともあれ、よく来てくれたで御座るな。『勇者』フィリップ・ノエル・オルグレン伯爵。『雷光の聖騎士』クラウス・イェーガー将軍」
わざとらしい説明口調だが、そのおかげで東部諸侯もようやく俺たちの身分に気付いたようだ。
それでも小声で「あんな若造が……」などと囁き合っているあたり、未だに自分たちの状況がわかっていないらしいが……。
「それに、ヘッケラー導師も。貴殿も聖騎士として……筆頭宮廷魔術師として多忙なことは重々承知している。ここまで本隊をまとめてくれたこと、誠にかたじけない」
「同じ王国貴族として当然のことです。これより先の指揮はトラヴィス辺境伯にお任せします。頼りにしていますよ」
この中で一番名が通っているヘッケラーが宣言したことで、貴族たちは押し黙った。
お山の大将であった東部諸侯も、さすがに古参の聖騎士で筆頭宮廷魔術師には逆らう気が無いらしい。
しかし、連中の様子を見る限り、トラヴィスに言われて初めてヘッケラーの正体に気付いたようだ。
俺が言うのもなんだが、国防の要と言える人物を知らないのは、貴族としてどうなんだろうな?
俺とフィリップとヘッケラーが椅子に座り、王国軍の将校や本隊に随行してきた貴族たちが天幕に入り席に着くと、早速トラヴィスが話し始めた。
「では、今後の戦の流れに関して話を詰めるとしよう。デズモンド」
「はっ! 公国中央より迫っている大規模な部隊は、報告では当初この位置で野営をしておりました。現在は……この辺りを移動中と考えられます。規模は約四万。後続の動きがありますので、先遣隊ですね。差し当たって、我が軍の目標は奴らの殲滅です」
クロケットは斥候を放って把握した公国軍の動きを机上の地図を用いて報告しつつ、現状の王国軍に関する事務的な情報を共有した。
机の角に染みついた血も、立ったままの東部諸侯も無視だ。
連中は相変わらず何も理解していないような様子で、ソワソワと落ち着きなく囁き合っているが……本当に、どうしようもないな。
こいつらは現地でも司令部でも何一つ役に立たない。
本当に、仮想敵国に対する防波堤が聞いて呆れる。
まあ、今の今まで、公国西部の連中と結託して、通行税や賄賂や密輸で儲けていた奴らだ。
戦力や防備など整えずとも、お互いに私腹を肥やしていれば問題は起きなかったのだろう。
だが、それも二年前までの話だ。
去年の『フェアリースケール』の件で、公国との仲は一気に険悪になった。
開戦に至った裏では『黒閻』による公国中央政府での暗躍も影響しているだろうが、差し迫った問題として戦争が現実のものとなった以上、公国軍をどうにかしないことには話が進まない。
「三日後には、敵の先遣隊は向こうの本陣――想定ですが――の都市に到着すると思われます。それまでに、こちらも先陣部隊を編成して迎撃の準備を整えることが課題となるでしょう」
「うむ、デズモンド、大義であった」
クロケットの目配せに応じて、トラヴィスが引き継ぐ。
「幸いこちらは既に本隊が到着している。拙者としては、この優位を最大限に活かして事に当たりたい次第。各々方、何か意見は?」
トラヴィスは東部諸侯に目を合わせず、ヘッケラーや俺たち王都組に視線を向けた。
しかし、どこにでも空気の読めない奴というのは存在する。
勝手に机の端の椅子に陣取った東部諸侯の領主の男が、身を乗り出すようにして口を開いた。
「わ、我が方の戦力はおよそ十万。十二分に勝てる相手です。総力を持って叩き潰しましょう」
「アホか、てめぇは」
「っ!?」
俺はつい吐き捨てるように反応してしまったが、トラヴィスや机を囲む連中の大半は苦笑しているだけだった。
確かに、ヘッケラーが率いてきた王国軍の本隊は、俺やフィリップのように王都で集合した部隊だけでなく、途中の街でも諸侯軍と合流しているので、それだけでも十万を超えている。
総出の東部諸侯と合わせれば十二万ほど、遅れてきた奴らがこの先も合流することを鑑みると、最終的なこちらの戦力は十三~十五万か。
しかし、これが圧倒的な大軍かと言われるとそうでもない。
中央大陸で最大の規模と領地と国力を誇る王国といえど、全軍を東部に集中させるわけにはいかない。
王都や他の地域の防衛にも人員は必要だ。
騎士団や宮廷魔術師団の半数は居残り、北部もグレイ公爵領あたりからの援軍はいざというときの補欠扱い。
特に南部は、砂漠地帯のフロンティアと接しているトラヴィス領以外、ほとんどの諸侯がお留守番である。
公国のことが最優先とはいえ、隙を見せて南の小国郡から攻められたら目も当てられないからな。
「対して、公国側は総力戦で挑んでくる可能性が高い。国の規模こそ違いますが、現状我が国が動員できる軍の規模を鑑みれば、最終的な兵数の差は無いに等しい。……先陣部隊を全滅させれば勝利というわけではないのです」
クロケットは懇切丁寧にかみ砕いて一分と掛からずに説明して見せた。
まあ、自分の主張が潰されてプルプルと震えているおっさんは、俺を睨むのに必死でクロケットの話など耳に入っていないようだが。
「敵部隊の統率と内容に関して何か情報は?」
「練度は高いでしょう。騎兵隊の隊列は整っており、魔術師と思われる集団に竜騎士も確認されています。ご懸念の通り、接近中の敵部隊では十分な指揮系統が機能しているようです」
ヘッケラーの投げかけた疑問に、クロケットは資料を一瞬だけ確認しながら即答した。
なるほど、初動の散発的な特攻隊はともかく、中央からは先鋒で本物の軍隊が来るらしい。
今までのボンクラとは物が違う以上、初っ端から手は抜けないな。
「さて、敵の戦力の分析と対処に要するものは明らかとなった。前衛に陣を張る部隊としては、同数の兵を配備する。取り急ぎ、問題は……」
トラヴィスは一拍置いてから天幕の中を見回した。
「東部諸侯がどこまでの戦力を出せるかだが……」
反応は……目を逸らす者、やる気を顔に漲らせる者、様々だ。
「わ、我が軍は、先日の追撃で……」
「不甲斐ない兵どものことを思えば、某も今は耐え忍ぶときかと」
「い、いや! 私はやるぞ! 公国の雑兵ごとき、蹴散らしてくれるわ!」
「お任せを。今度こそ、あの逃げるしか能の無い虫けらどもの息の根を止めてご覧に入れます」
バラバラなうえに公国の戦力のことが何一つわかっていない。
俺としては、この連中の意見などまともに取り合うつもりは無いので、何を言おうが構わないけどな。
最悪、トラヴィスの指揮権で強制的に命令すれば、こいつらの制御に関しては片付く。
まあ、クロケットは律儀に参加者を数え上げているが。
「では、敵とのバランスを考慮して、兵数においても若干優位を保てる編成で検討します。今後のこともありますので、先陣部隊の総数は五万弱に調整を。本隊からは三万六千ほどを前衛部隊に……」
「いえ、そこまでは必要ないでしょう」
「? しかし、侯爵閣下……」
クロケットを遮ったのはヘッケラーだった。
怪訝な表情をする一同に悪戯っぽい表情で笑いかけフィリップを示す。
そういえば、先ほど二人は何やら密談をしていたな。
フィリップは俺に目配せをしつつ口を開いた。
「クロケット殿、戦力に関しては問題ない。我々も出るからな」
「オルグレン伯爵……イェーガー将軍もですか」
なるほど。
確かに、俺たちが出れば、数の優位も圧力の差もひっくり返せるな。
フィリップが前衛に居れば、強力な魔術や竜騎兵や召喚獣をぶつけても崩れず、俺が遊撃に出れば、百人や二百人の軍勢など魔力剣の一薙ぎで全滅だ。
デメリットとしては、俺とフィリップという札を初手から晒すことだが……まあ、どちらにせよ戦争が本格化すれば最前線に出るわけだし、初っ端から出張るのも悪手というほどではないか。
「竜騎士と宮廷魔術師団を除きまして、本隊からの割り当ては一万九千……総数では三万千ほどですね」
「その辺がギリギリですかね」
「はい、これ以下ですと陣形によって押し込まれてしまいますので。オルグレン伯爵とイェーガー将軍が十全に力を発揮できる環境を整えるためにも、敵と衝突する前衛部隊が崩れるわけにはいきません」
そうして、議題は先陣部隊の編制と運用に関する細かい部分に及び、粗方の予定が立ったところで、軍議はお開きとなった。
軍の将校や本隊の諸侯軍の貴族たちが退出し、俺たちもトラヴィスに声を掛けて立ち上がる。
そのままヘッケラーとフィリップの後に続いて、天幕を出ようとするが……不意に東部諸侯の面々が目に入った。
落ち着きなくこちらにチラチラと視線を向け、俺に何か言いたげな表情をしている奴らも居る。
何となくイラつくので、俺は吐き捨てるように声を掛けた。
「おい、役に立たねぇだけなら生かしといてやる。最悪、囮にはなるだろう。だが、足を引っ張るようなら……後ろから諸侯軍ごと吹き飛ばす」
ここまで言っても、デブいおっさんどもは呆然と立ち尽くすだけだった。
無駄だとわかりつつも、俺は暴言を吐かずにはいられない。
「俺が気に食わない奴は早いうちに言っておけ。……先に始末してやるから」
俺は手に紫電を纏わせながら親指で喉を掻き切る仕草をするが、目を合わせる者は一人も居なかった。
東部諸侯の当主や重鎮クラスの生き残りは、まだ二十人以上……天幕の外にも居るんだったな。
少しくらい死んでも予備はある。
「イェーガー将軍、一ついいで御座るか?」
俺が天幕から出ると、後ろからトラヴィス辺境伯に声を掛けられた。
傍にはクロケットも控えておらず、軍議のときよりも幾分か纏う雰囲気が軽い。
どうやら、俺に個人的な話があるようだ。
雰囲気からそれを悟ったフィリップとヘッケラーが、こちらに声を掛けてから歩き去る。
俺も拒絶する理由など無いので、トラヴィスに続き天幕の裏あたりに移動した。
こちらとしては気楽に話を聞くつもりで来たが……トラヴィスは何とも神妙な顔で振り向いた。
「そなた……死にそうで御座る」
「っ!」
俺に向き直ったトラヴィスは、なかなかに衝撃的なことを言い放った。
一瞬、先ほどの振る舞いや暴言に関して窘められるのか、何か裏で始末してほしい案件でもあるのかと思ったが……当てが外れたな。
しかし……。
「ははっ……笑えないですね。俺が、死にそうですか?」
「そうで御座る」
「それは妙な話ですね」
ほぼ無意識のうちに皮肉っぽい返しをしていた。
だが、本当に妙な話だ。
俺は聖騎士で、オールラウンドに戦えて、強力な防具アイテムを身に着けており重装備なので防御も固い。
はっきり言って、近接マンのフィリップや魔術偏重型のヘッケラーと比べても、死亡リスクは俺が一番低いと思う。
しかし、トラヴィスは首を横に振りながら冷たく言い放った。
「生きる意志が薄い。覚悟が未熟すぎるで御座る」
てめぇに何がわかる!?
俺は……エレノアと生きるために……死ぬかもしれない戦いに身を投じてでも、後始末を……っ!
喉まで出かけた言葉だったが、寸前で呑み込んだ。
……よくよく考えれば、全て俺が決めたことじゃないか。
エレノアのことを愛したのも。
彼女を魔大陸に残してきたのも。
「…………」
戦争と『黒閻』の始末がつかない限り、彼女を連れてくることは無理だと思った。
だから、先に厄介事を片付けることにした。
彼女を置いてきたことは、後悔すると自分でもわかっていたはずだ。
それなのに……俺は…………。
思い返せば、随分と醜い八つ当たりばかりしていたようだな。
ぶっ殺した奴らに悪いなどとは一ミリっも思わないが……俺自身がこんな状態では、エレノアに顔向けできない。
俺は、堂々と胸を張ってエレノアを迎えに行くために、こうして戦いの地へ舞い戻ってきた。
そのことだけは……忘れてはならない。
そうしないと……きっと、最後まで戦えない。
俺が顔を上げると、トラヴィスは真っ直ぐに俺を見据えていた。
「何か言いたいことはあるで御座るか?」
「……いえ、心の中で言いました」
「十分で御座る。先ほどまでより、マシな顔になった」
そう言うとトラヴィスは男臭い笑みを浮かべ、俺の肩を軽く叩いた。
俺は口を開こうとしたが、言葉を選んでいる内にトラヴィスは踵を返して立ち去ってしまった。
俺はしばらく呆けて立ち尽くしたが、どうにか意識を切り替えて、オルグレン伯爵家諸侯軍の陣地に足を向けた。
「まったく……余計なお世話だ」