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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
決戦編
196/232

196話 総司令部


 ヘッケラー侯爵率いる王国軍は、王国東部の国境沿いに到着した。

 最前線ではなく一つ丘を挟んだ辺りの高台に、王都から来た本隊が集結している。

 どうやら、ここが総司令部を含む本陣のようだ。

 オルグレン伯爵家諸侯軍は王宮騎士団が守るエリアに荷物を下ろし、キャロラインの部下として俺も面識がある軍務局の役人に記録の照合を求める。

 当然ながら、物資の受け渡しは恙無く完了した。

 嫌がらせやチョロまかしをする連中ではないので助かる。

 フィリップの指示を受けたハインツは、早速空いた荷馬車をチェックして、王都方面とのピストン輸送に移る準備を始めている。

 レイアはフィリップに一声掛けてからヘッケラーと宮廷魔術師団の所へ向かい、ファビオラは陣地の周りの地形を調べに行った。

 騎兵隊に休息を取るように告げたアルベルトは、自分も馬の手入れをするようだ。

 俺とフィリップは敵が来るまで暇……という具合には、問屋が卸さなかった。

「フィリップ君、クラウス君。総司令部までお願いします。トラヴィス辺境伯が待っていますよ」

 白馬に跨ったヘッケラーが声を掛けてきたので、俺とフィリップも馬に乗ったまま彼に続いた。

 どうせ陣地の中では馬を駆けさせるわけにいかないのだから、普通に歩いても同じだと思うが……まあ、俺だけ敢えて馬を降りる必要も無いので、黙って二人の後について行く。

「ヘッケラー殿、司令部の様子はどのような具合でしょう?」

「概ね、フィリップ君の予想通りです。兵を失った諸侯の当主やら家臣やらが、総出で押し掛けていますよ」

 今回の戦争は、公国側の散発的な奇襲に端を発している。

 兵の動きを悟らせず敵が防衛戦力を整える前に攻撃を仕掛けられるという意味では有効だが、奇襲部隊が雑兵ばかりでは、初動で決め手になるダメージを与えられるわけがない。

 当然、お互いの戦力が整わないまま戦乱に突入するわけで、双方の犠牲が大きくなる。

 ましてや、雑兵の奇襲に対し雑兵で追撃を仕掛ければ猶更だ。

 トラヴィス辺境伯が居る以上、俺たち本隊が到着するまで防備を固めて、犠牲は最小限で済ませてくれたもの思っていたが……どこにでも本物の馬鹿というのは居るものだ。

「総司令部の指示を無視し、足並みも揃えずに敵を追撃し、無駄な犠牲を出して帰ってきた連中ですな」

「おまけに抗議に来てるってことは……くたばったのは末端の兵士だけで、自分たちはのうのうと生き延びてやがる、と。クソうぜぇ」

「まさしく同感ですね。せめて当主が死んでいれば、兵士や冒険者は他の部隊に統合させる形で戦力として使えたのですが……」

 フィリップにしてはかなりストレートな嫌味から始まり、俺たち三人の意見は毒々しく一致した。

 そうこうしているうちに、俺たちは総司令部の天幕に到着する。

 王国軍の旗の周りには、戦場には似つかわしくない装飾重視の防具や着飾った服装のおっさんどもが集まっていた。

 俺たちが姿を現すと、ガヤガヤとした耳障りな話声が一瞬だけ止み、次いで値踏みするような視線に晒される。

 これが東部諸侯――王国東部の砦とは名ばかりの、通行税と賄賂で肥え太った無能ども――か。

 舌打ちを我慢しつつ周りを睨む俺に、ヘッケラーは苦笑しながら声を掛けた。

「忠告しておきますが、天幕の中の醜さは彼らの比ではありませんよ」

「フィリップの斜め後ろで置物になっていましょうか?」

「……いえ、君は聖騎士です。少しくらい横暴に振舞うといいでしょう。まあ、戦地での仲間割れは外聞が悪いので、無理でなければ殺さない範囲でお願いします」

 少し悩んだ末のヘッケラーの言葉に、フィリップも口角を軽く上げながら頷いた。

 最近は落ち着いてきたフィリップにしては悪ノリが過ぎる気もするが、その理由は天幕に足を踏み入れるとすぐに明らかとなった。



「トラヴィス辺境伯! 昨日、追撃に出た者たちが帰ってきませんぞ!」

「嘆かわしいですな。あの程度の雑兵に後れを取るとは」

「腕利きの冒険者を集めたはずが……あの役立たずどもめ!」

「私も兵の半数を失ったぞ!」

「それは貴公が無能だからであろう?」

「何だと!? 私の責任だと言うのかね!?」

「そうですぞ! 使えない兵が悪い!」

「ふっ、所詮は張り子の虎よな。東部の城壁が聞いて呆れる」

「黙れ! 中央寄りが偉そうに。某は常に最前線で侵略の脅威に備えているのだ!」

「総司令殿、何度も言っているが、前線の指揮は私にお任せいただきたい。東部のこと公国のことを最もよくわかっているのは、他でもないこの私ですぞ」

「いや! 吾輩こそ公国側の事情に精通しておりますれば……」

 天幕の真ん中に設置された大きめの机を囲むように、外に居た連中よりもう一段着飾ったおっさんどもが群がって喚いている。

 例によって、聞くに堪えない自分勝手な主張ばかりだ。

 皆、兵士や領民のことは二の次で責任逃れをしつつ、自分がいかに目立って功績を得るかに執心している。

 そして、隙あらば人の足を引っ張るのを忘れない。

 王城では見慣れた光景かもしれないが……本当に醜い。

「っ!」

 最奥に座る総司令官のトラヴィス辺境伯は、俺たちが入室するとこちらに顔を向けた。

 トラヴィスの傍に控えるクロケット準男爵も、俺たちに気付いて会釈している。

 しかし、机を囲む貴族連中は周りのことなど目に入らない様子でなおも言い募る。

「とにかく! 今は公国の戦力も整っていない。各個撃破のチャンスですぞ!」

「その通りかと。噛みついてきた以上、公国の兵に容赦すべきではありません。徹底的に叩くべきでしょうな」

「トラヴィス殿はぬるい! 南部ではどうか知りませんが、ここではあなたのやり方は通用しませんぞ」

「隣国との戦争を想定している我々と、辺境で獣狩りをしているあなたの領地では、そもそも危機感が違うとは思います。ですが、仮にも総司令に任命された以上、辺境伯殿にはしっかりしていただきませんと」

「我々が自らの判断で動かなければ、とっくに戦線は崩壊しておりますぞ。感謝してほしいものですな」

「いや、別にトラヴィス殿に総司令の立場を降りろと言っているわけではないのです。陛下に任命された以上、陛下にもトラヴィス殿にも体裁というものがございましょう」

「ただですね。トラヴィス殿はもう少し我々の意見に耳を傾けてもいいのではないかと」

「トラヴィス辺境伯は有能な武官ですが、如何せん外交と国防に関しては……識者を重用すべきと言いますか……」

「そうですな。で、ここはやはり、南部の雄としてですね。何と言いますか……器の大きさを示していただきたいところでして……」

「有り体に言えば……有能な人間として誰を引き立てるか、はっきりしていただきたい、ということです」

「待て。今はそれよりも、損害の責任の所在を明らかにする方が先では?」

「然り! 今はトラヴィス辺境伯が我が軍の責任者です。無暗に兵を損耗させたことに関しては、彼に何かしらの方法で責任を取っていただくのが順当かと……」

「む、確かに……替えの利く一兵卒や冒険者といえど、損害は損害ですからな」



 デジャヴだな……。

 まさか宮廷貴族の同類をこんな辺境で拝めるとは。

 聞けば聞くほど反吐が出るが、こういった連中の習性は王都でも田舎でも同じか。

 トラヴィスの出す方針を堂々と批判し、指示に従わず勝手な行動をし、そのうえで失敗の責任をトラヴィスに押し付ける物言いだ。

 自分たちを正当化する言い訳だけは一人前だな。

 あいつらの頭の中は、さぞかし幸せで都合のいい妄想がギッシリと詰まっているに違いない。

 大きな責任をトラヴィスに押し付け、自分たちはみみっちい功績を掠め取ろうという根性も薄汚いが……一番気に食わないのは、やはり下を当たり前のように軽んじる姿勢だろう。

 旗印やら心の拠り所やら、トップの存在価値を語る例はいくらでもあるが、それを自分に投影するナルシストどもの多いことと言ったら……。

 何をどう勘違いしたら、自分たちにそこまでの価値があると思い込めるのかね。

 領主貴族……成り代わりたい奴が居る以上、こいつらの代わりはいくらでも居る。

 逆に、兵士が一人死ねば兵力はマイナス1となる。

 どうケチをつけたところで事実は事実だ。

 それがわかって……わかっていないのだろうな。

 こんな連中と一か月以上も付き合ってきたとは……。

 俺はほぼ無意識にトラヴィスとクロケットに同情の視線を送っていた。

「皆の者、言いたいことはまだ色々とあるだろうが、一先ず聞いてくれ。王都から援軍が……」

「お待ちください! まだ返事を聞いておりませんぞ!」

「せめて進退をはっきりさせ、司令官補佐として引き立てる人間を決めていただかないと……」

「そうです! 責任逃れとは見苦しい」

 どの口が言っているんだ、マジで……。

 奴らの頭の中は、この戦争を利用して功績を手に入れる妄想だけが支配しているのだろう。

 俺はフィリップに軽く目配せしながらそっと呟いた。

「これが実情、か」

「うむ、辺境の住民といえば、まさしく貴公の故郷のように、フロンティアの魔物との戦いで鍛えられた屈強な者たちを想像するだろうが……東部はこの有様だ」

 フィリップが言うほど、うちの実家が凄いわけではないと思うが……。

 しかし、王都から離れた辺境を治める諸侯といえば、やはりトラヴィス辺境伯領のような精強な軍と冒険者を擁する地域を想像する。

 ところが東部諸侯の現実はこの通り。

 仮想敵国と領地を接する最前線とは名ばかりだ。

 寧ろ公国の貴族至上主義の影響を色濃く受けているようにも思える。

 まあそれも、今までの公国との関係を思えば不思議ではないか。

 両国の関係性において、外交と言えるレベルの政府同士のやり取りはほとんど無い。

 形ばかりの不可侵条約と、軽い関税の取り決めがあるくらいだ。

 交易は主に領地を接する王国の東部諸侯と公国の西部諸侯を通して行われる。

 王国東部の貴族連中の仕事といえば、お体裁で交易路の整備と街道の盗賊退治に兵や冒険者を派遣する程度。

 あとは、両国を行き来する商人から通行税はじめ税を取れば、それだけでこの地の収入は保障される。

 そりゃ、東部諸侯も腑抜けになるわな。

「弱いのはともかく、どこぞの宮廷貴族を彷彿とさせるこの腐れ具合は……」

「言ってやるな。ぬるま湯に浸かった特権階級など、どいつも似たようなものだ」

 口先では庇うようなことを言いながら、フィリップの口元は皮肉っぽく歪んでいた。


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