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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
決戦編
194/232

194話 オルグレン伯爵家諸侯軍


 数日後、オルグレン伯爵邸前の運送ギルド本部の操車場にて。

「当家から供出する人員および馬車は輜重隊だ。王国軍全体の物資輸送に寄与し、戦局を支える役割を担う。我が諸侯軍以外に供出する糧食や予備武器や建材も満遍なく積み込め。ロドス、戦費の見積もりは予定通りか?」

「持ち出しの予算に変更点は無いのである」

「よし」

 フィリップはギルドマスターのロドスを従えて忙しく仕事をしていた。

 いよいよ出陣の準備ということで、ギルド職員の面々も慌ただしく馬車の準備を行っている。

 俺も馬車の積載量と貨物に関する書類を確認しつつ、魔法の袋での保管を頼まれた物資を次々と収納していく。

「旦那、こっちの箱もお願いしやす」

「……パウル君、これの中身は?」

「重要な物資です」

 ……まあ、今回は従軍というなかなかに危険な任務だ。

 酒の量が予定より多いのは見逃してやろう。

「しかし、お館様。長期戦になった場合、移動速度の速さを活かして王都と戦地の往復輸送を担うことを鑑みれば、少し積載量が多い気もするのである。馬車の所有台数が違うとはいえ、同格の、法衣伯爵の平均的な持ち込み量の五十倍以上とは……」

「問題なかろう。今回は軍務局が現地で内容証明を作製する。到着後、先に本陣で資材を下ろすことになっても、誤魔化される心配はないはずだ」

 自軍以外の物資も運べる輜重隊を有する諸侯軍の場合、初動で持ち込んだ物資をしばらく自陣で管理する。

 総司令部の求めに応じてその都度供出する形だ。

 当然、盗難や破壊工作への対処も自分たちでやる必要がある。

 行きでは馬車や魔法の袋に満杯まで物資を詰めず――移動速度を確保するためにも――現地で一部の馬車に荷物を圧縮し、空になった一部の馬車を開戦後のピストン輸送に回す……というのが定石らしい。

 よほど突出した練度の諸侯軍でなければ非効率的……と思いきや、この時代背景なら珍しくもないのか?

 それこそ、先日のようなクズ宮廷貴族が関わったら、供出した物資の評価額を過小評価される可能性すらある。

 二人の口ぶりからすると、実際にそのようなケチな嫌がらせが普通にあったのだろう。

 今回はキャロラインの計らいで、そこら辺の環境が良くなっているようだ。

 運送ギルドは初動で運んだ物資を全て総司令部に丸投げしても大丈夫らしい。

 全ての車両を逐次補給に回せるのは大きいな。

「それに……」

「?」

「信頼できる出自の文官も確保できたからな」

 フィリップは操車場の端で書類に目を通すハインツを示して言った。

 確かに、あの頭脳派の兄が居なければ、物資の管理などは俺が主体でやることになっていたかもしれない。

 彼が居るだけでも、俺の仕事は大幅に負担が軽減される。

 ……そう、結局うちの父と兄はオルグレン伯爵家諸侯軍に編成することとなった。

 俺の申し出に対し、フィリップの一声で決定だ。

「すまんな、フィリップ」

「?」

 フィリップは俺の謝罪に首をかしげたが、俺としては一言謝らなければ気が済まなかった。

「親族のことで手間を掛けた。このタイミングで諸侯軍に急遽参加なんて、功績目当てに擦り寄っているようにしか見えないからな」

「いや、魔物狩りや小規模な紛争ではなく本物の戦争で前線に出る以上、そのような下種な勘繰りをする者など居らぬだろう。第一、こちらはイェーガー卿とハインツ殿の力を借りる立場だ。実際、ハインツ殿が来てくれたおかげで、ファビオラは楽をできると喜んでおるぞ。貴公が謝ることではない」

「……武官系の貴族連中はフィリップの言う通りだろうが、世間全てがそうではない。フィリップがうちの親父と兄貴を認めてくれたことは、素直に助かったと思っている。謝罪が不要なら礼を言うよ。ありがとう」

「そうか。ならば受け取っておこう」

 ある意味、フィリップの意思で決定を下してくれたことで、俺の肩の荷が下りた。

 俺の裁量で二人を引き入れるというスタンスは取れなかった。

 ……やはり、人の上に立って責任を持つというのは苦手だ。

「このうえ丸投げするようで悪いが……今回の戦いに親父と兄貴が貢献することで、うちの実家への手出しを牽制できるかな? 嫌がらせ百パーセントの奴らはともかく、風見鶏たちは納得するか?」

「納得するさ。いや、納得させる。貴公がまた手を汚す必要などない」

 俺は少し驚いてフィリップに向き直った。

 てっきり、二人の活躍次第というのを前提に、具体的なアクションプランを提案してくると思っていた。

 だが、フィリップ自身もうちの件に関しては積極的に片づけにいく心積もりらしい。

 前回、王城へ行った後に、フィリップは俺抜きでリカルド王たちと改めて会談したそうだが……そこで何か話があったのかな?

 まあ、悪いようにはしないだろう。

「わかった、任せるよ。よろしく頼む」



 続々と馬車に積み込まれる物資を眺めて、フィリップは口を開いた。

「しかし、よく集まったな。この規模の物資をわが軍で確保しようとした場合、数年前なら数倍の費用を要したのではないか?」

「その通りであるな。備蓄も含めたここ二年弱の購入分であることからも……間違いなく、イェーガー将軍の尽力の賜物であるな」

 ロドスの言葉に俺は曖昧な視線で答えた。

 確かに、俺は運送ギルドとランドルフ商会を通して行った仕事の数々で、効率的な交易ルートを含む輸送インフラの拡張と、良質な食物資源の確保に手を広げた。

 さすがに貧民街など最底辺の食料事情の改善には至らなかったものの、食材として認識されていなかった魔物の肉や内臓の利用法を俺が確立したことで、王国全体の食料事情が改善されたことは間違いない。

 酒でボロ儲けしていただけではないのだ。

 高級品や嗜好品はともかく、庶民が少し無理をすれば買える程度の新鮮で良質な食材が適正価格で普及した。

 必然的に、保存食を主とする軍隊の糧食の原料も、需要が供給を大きく上回る状況が減り、価格のつり上げが起こりにくくなった。

 その結果、特に輸送する物資の量が多いうちは、大幅なコスト削減に成功したのだ。

 当然、俺の運送ギルド幹部と商会顧問という立場を使い、輸送インフラも強固にしようと試みた。

 よく使う交易ルート、特に南部との往復路には、運送ギルド主導で替え馬の配置を充実させているのだ。

 所謂、駅馬車システムだ。

 本来、高速で馬を駆けさせ途中で乗り換えるというやり方は軍や貴族家の伝令が行うもので、商会や運び屋の馬車ではあまり行わないらしいが、運送ギルドは高い安定性と速力を併せ持つ馬車を配備しており、昔の地球よりは実施しやすい環境が揃っている。

 結果として、ランドルフ商会や南部との交易に関して、俺は物資の調達速度も飛躍的に向上させたわけだ。

 まあ、フィリップに片っ端から面倒事を押し付けている以上、このくらいの仕事はしないとな。

「……よし、馬車の準備は大丈夫そうだな。クラウス、貴公は外していいぞ。護衛部隊の方にも顔を出した方がいいだろう。正面ゲート横でエドガーとイェーガー卿が編成を調整しているはずだ。多分、ファビオラとレイアも居るだろう」

「ああ、了解した。行ってくるよ」



 俺がギルド入口の操車場の奥に足を踏み入れると、そこにはフィリップの言った通りの面子が揃っていた。

 今は、車列に並走する騎兵隊の編成をしている。

 人員の配置の調整などは主にエドガーが行っているが、現場での騎兵の指揮はアルベルトが執るようだな。

 家宰であるエドガーはフィリップの不在時に邸宅と本部を任せられる以上、不自然な流れではない。

 心配なのはアルベルトの馬術の腕前だが……普通に上手いな。

 運送ギルド本部で飼育している中型馬を、巧みに操っている。

「父上、随分と馬の扱いに慣れているようですね」

「まあ、お前よりはな。前線指揮というのは、基本的に馬に乗って行うものだ。高い位置に居た方が、味方が視認しやすい。王宮騎士団に居た頃は必須の技術だったよ」

 俺も幼い頃に父に教わり、多少の乗馬は経験したことがある。

 イェーガー士爵領の馬は農耕用のものがほとんどで、正式な軍馬など所有していなかったため、父の技術を目の当たりにする機会など無かった。

 アルベルトがこれほどの馬術の腕前を持つとは思わなかったな。

 一応、俺も今ではある程度の騎乗スキルと操車技術は身に着けている。

 自分一人の移動なら飛んだ方が早いが、運送ギルドの幹部として、馬や馬車の移動ができないのは考え物だったからな。

 とはいえ、今回は大勢のギルド職員を率いて出撃することになるわけで、それこそ騎兵の指揮はアルベルトが執るので、俺が馬や馬車を操る必要はないだろう。

 と、思っていたのだが……。

「クラウス殿は、今回はどの馬を連れて行きますか?」

「え? 俺も馬を? フィリップだけでは?」

 今回、フィリップは当主専用としてオルグレン伯爵家で飼っている白い馬を連れて行く予定だ。

 現地では立派な軍馬に乗っていないと恰好がつかないらしいが、曲がりなりにも要人であり護衛される側である以上、行軍中まで騎乗する必要は無い。

 俺も基本的にフィリップと同じ馬車に乗って移動し、戦場に着いたら遊撃やフィリップの援護に回る予定なので、俺まで馬を連れてわざわざ無駄な荷物を増やす必要は無いと思うのだが……。

「国家同士の戦争ですからな。大規模な部隊の衝突が起こる際には、色々と制約も多いのですよ。既に向こうは慣習を破っておりますが、一部でも型式に則った礼を尽くすものが居る以上、魔物狩りのようにはいきません」

「なるほど。では、口上を垂れてメンチを切り合っているとき、俺もフィリップの斜め後ろに馬を着けて見世物になると」

「そういうことです」

 何とも無駄な気もするが、まあ連れて行くなら連れて行くで使い道はあるか。

 俺が普段乗っている馬は、本来なら馬車を引くのに使う大型馬だ。

 容姿は優雅さに欠け中型馬より最高速度において劣るが、スタミナがあって積載量に秀でている。

 俺の体重と装備を考えると、このくらいのデカい馬がちょうどいいわけだが、行軍中に乗らないのであれば俺の馬にも物資を積める。

 当主のような見栄があるわけでもなく、元々が軍馬にするほど美しい馬でもないので、傍から見てもおかしくないだろう。

 さて、肝心のどの個体を選ぶかだが……俺は特に専用の馬が欲しいとは思っていないので、一つに絞ることなく何頭か交代で乗って、ある程度懐いてくれた個体を三つ覚えている。

 ぶっちゃけ、俺にとっては今日どのシャツを着ていくか程度の扱いなのだが……今日は何となく志願している気がして、一番頑丈な黒い牡を選んだ。

「よろしくな」

「ブルルッ」

 行きは荷物を載せて、到着したら俺を乗せて、帰りは戦利品を載せて……大変だろうが頑張ってもらおう。



 俺が今回連れて行く騎馬を選び馬の世話係の職員に渡したところで、レイアが声を掛けてきた。

「行軍中は、あたしもクラウスと一緒にフィリップの傍に張り付くわ。途中で襲撃があった場合、クラウスは開けた場所に出て戦った方がやりやすいでしょう?」

「わかった、頼むぞ」

 一応、フィリップも当主でこの諸侯軍の総大将である以上、軽々しく馬車から出て矢面に立つわけにはいかないよな。

 もちろん、本人はこの場の誰よりも剣の腕が立ち、現地に到着したら勇者として最前線で戦うことになるが、移動中の襲撃にいちいち出張るわけにもいかず、有象無象の殲滅は護衛部隊と俺の役目だ。

 優秀な魔術師のレイアが常にフィリップの傍に控えるのなら安心だ。

 最悪、いざというときに治療もできるからな。

 そんなことを考えていると、レイアはスッと表情を緩めてしみじみと呟いた。

「魔法学校に入ったばかりの頃を思い出すわね」

「……そうか。当時のパーティ編成そのままか……」

 昔を懐かしむほどの年齢でも無いだろうが、ここ数年で色々なことがあり過ぎたからな。

 だが、俺たちがそんな会話をしていると、ファビオラが割り込むように飛び出してきた。

「ワタクシも居るのです! うちは馬車の数に余裕があるので、歩兵も全員馬車に乗り込めるのです。クラウスさんのお父様と騎兵部隊が先行して偵察しますし、行軍中はワタクシも斥候部隊ではなくフィリップさんの傍に居るのです」

 本格的に開戦して敵の大部隊と衝突すれば、俺たちはそれぞれの役割に適した陣形で雁首を揃えることになる。

 俺とフィリップは前線、レイアは魔法師団と同様に後衛、ファビオラは後方の本陣と物資の防衛のため斥候部隊と周囲を警戒する。

 彼女たちにとって、移動中は唯一フィリップと共有できる時間だ。

「もしかして、俺はお邪魔かな?」

「そんなことないわ。そもそも、あなたのお兄さんも多分同じ馬車に乗るわよ」

「そうなのです。クラウスさんも帰って来て早々こんなことになって……色々と積もる話もあるのです」

 ……まあ、確かにそうだな。

 帰還報告もそこそこに王都へ行き、議会でトラブり、父と兄が現れ……王都では最低限の報告と戦利品のサンプルの提出を済ませ、すぐにオルグレン邸に戻って出陣の準備をし、今に至る。

 魔大陸の話でも、少し聞かせるか。

 土産もあるし。



「ああ、そうそう……」

 ファビオラが声を潜めて話しかけてきたので、俺も周囲をいくらか気にしながら彼女の言葉に耳を傾ける。

「エドガーさんからも改めて報告があると思いますが、ライフルの訓練と配備がほぼ終わっているのです」

「……そうか」

 魔大陸に出張する以前から、俺はエドガーにボルトアクションライフルを預けて運用を頼んである。

 二年ほど前の話だが、『フェアリースケール』の件に関連して、我がオルグレン伯爵家は違法奴隷として売られそうになった連中を受け入れた。

 発端は、奴隷商人を襲った盗賊を俺が殲滅し助け出したことだが、偶然にも保護した彼らの受け入れ先として、キャロラインに半ば押し付けられたのだ。

 大半の面子が、新たに稼働させた酒造用アーティファクトの工房での作業に従事しているが、中にはオルグレン伯爵家の私兵として訓練している者も居る。

 命を助け、快適で福利厚生の充実した労働環境を与えたこともあり、彼らは俺たちに対して忠誠心が高い。

 新参者ではあるが、新兵器を任せるのに不足はない奴らだ。

 エドガーは彼らに滞りなく訓練を実施し、斥候技術を持つ者を中心に狙撃兵を養成してくれた。

 今度の戦においては、スナイパーの半数を斥候歩兵として俺たちに同行させ、半数をエドガーの指揮のもとオルグレン邸の防衛に当たらせるらしい。

 実戦投入は初めてだが、敵の魔術師の暗殺が捗りそうだ。

 因みに、ファビオラにも後期型の完成度が高いライフルを一丁渡してある。

 義手のリハビリも兼ねて射撃訓練をしているようだが……聞いた限り、スコアは俺以上だな。

 フィリップの役に立とうと必死なのは知っていたが、彼女も随分と成長しているようだ。

「ワタクシたちの役割は輜重隊の護衛、フィリップさんが自由に動けるようにすることなのです。……もちろん、クラウスさんも」

「俺はついでか」

「だから……クラウスさんが貸してくれた銃も有効に使うのです」

 嫌味を軽く流したファビオラは、腰に括りつけた汎用の魔法の袋を義手で軽く叩いた。

 真面目な表情のファビオラに、俺は苦笑いしながら口を開いた。

「鹵獲されそうになったら、ぶん投げていいからな」

「いいのです?」

「ああ。俺が出張する直前、全てのライフルの機関部にレイア謹製の魔道具を三、四重に仕込んだろ? あれは遠隔操作できる爆弾だ。起爆装置は俺が管理しているから、敵が自陣に持って帰ったらタイミングを見計らって……ドカン」

「うっわ……」

 ファビオラは引いているが、そこまで大層な物じゃない。

 精々、銃がバラバラになって近くの人間が破片を浴びて重傷を負うくらいだ。

 まあ、銃を実践投入するからには、このくらいしないとな。



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