19話 新たな敵の影
「ハッピーハロウィン!」
俺が蓋を取り料理を披露すると、生徒たちから歓声が上がった。
「「「「おお~」」」」
「さすが、カタストロフィの皆さんなのです! 高そうな素材がいっぱいなのです。ドラゴンじゃなかったのは残念ですけど」
「さすがにドラゴンは見つからなかったな。さあ、諸君! 遠慮なく楽しんでくれたまえ」
見つかってたら大惨事だよ!
まあ、フィリップはご機嫌なので良しとするか。
大皿に盛られているのはまずグリフォンの丸焼きと熊の肉のロースト、コカトリスは丸焼きが5羽分、もう半分を串焼きと唐揚げにした。
傍らに置かれている大きな壺の中身は熊の内臓のパテだ。
この世界では熊の内臓は、たいていパテにするらしい。
故郷にいたころも、俺が仕留めた熊の内臓はエルザとイレーネによってパテにされていたが、味はこちらのほうが数段上に思える。
香辛料と料理人の腕の差か。
狩りのあと警備隊詰所では1羽のコカトリスを使い焼き鳥と唐揚げを試作した。
片栗粉は市場で手に入れたものを使う。
実は片栗粉はジャガイモからホワイトリカーもどきを作った時に、片栗粉を抽出することも試して魔法の袋に保存していたのだが、王都ではすでに出回っていることがわかっている。
気付いたのは王都に来てワイバーン亭の大将に揚げ物を教えたときだが、この世界で片栗粉の使い道はスープにとろみをつけることだけのようだ。
思い返せばフィリップと入学試験の後に行った店で出たコンソメスープも片栗粉でとろみをつけてあった。
後に聞いた話だが病人に栄養を摂取させるための需要がかなり多いらしい。
完全に新しい食材ではないが、ビジネスとして十分勝算があることはコルボーの屋台の唐揚げ串の売り上げやワイバーン亭の利益を見れば明らかだ。
ランドルフ商会がせっせと生産量の向上を図っていることだろう。
唐揚げの下味は塩コショウのほかは、これも自作したワインの中で少しばかり低品質なものに砂糖とフルーツの果汁を足してみた。
醤油を使えないのは少し不便に思ったが、フィリップや騎士たちの受けは非常に良かった。
だが、焼き鳥のタレは俺からすると明らかに物足りない。
酒はワイン作りもブランデーとホワイトリカーもどきの蒸留もなんとか成功させたが、発酵食品は試したことがない。
だが、いずれはレイアやワイバーン亭の大将に協力を依頼して着手してみようと思う。
「あ、あのよ……伯爵様。改めて、俺たちは……」
「オルグレン伯爵。儂……いや、我々は……」
マイスナーとバイルシュミットは俺が料理に勤しむ傍らで、フィリップを前に気まずそうにしていた。
俺としては今後も模擬戦の稽古をつけてほしいわけで、今までの関係がギクシャクしてしまうのは望ましくない。
だが、そこはフィリップが頼りになる。
腐っても……さすがはれっきとした貴族家当主様だ。
貴族の争いで振り回してしまったことを逆に詫びた。
「二人とも、そう畏まらないでくれ。今回の件は我々、法衣貴族の至らなさが原因だ。諸君には迷惑をかけた。愚か者の始末は私の方でつける故、今まで通り職務に励んでくれぬか。二人には特に危険手当をはずむように進言しておこう」
多少強引だが、これで警備隊は公的には上層部の指令ミスの被害者という立場になるだろう。
伯爵に頭を下げられて、まだ嫌がらせに加担できるほど図太い奴はいないようだ。
非公式な話だが、オルグレン家は警備隊に貸しが一つ。
そこまで話がまとまれば俺としては気楽なもの。
あとは料理を振る舞い、今まで通り愉快に過ごせるように努めるだけだ。
さて、パーティー当日の料理だが、ほとんどの貴族家出身の生徒たちは、金にものを言わせて貴族街の高級店の料理人に調理を依頼する。
しかし、今回俺たちが調理を頼んだのはワイバーン亭の大将とコルボーだ。
二人とも間近で見るオルグレン伯爵本人に目を見開いていた。
「…………」
「えっと、伯爵様。俺らは、しがない場末の料理人でして……」
もちろんフィリップが前払いした報酬が一日だけの出張調理としては破格のものであったことも原因だろうが……。
だが、俺が依頼内容を伝えると、すぐに表情を引き締める。
すでに揚げ物に関して二人ともそれぞれのメニューで、現代の料理人と比べても遜色ないレベルにまで上達している。
さすがプロ。
そして大量の唐揚げや焼き鳥が出来上がったのと同時に、グリフォンやコカトリスの丸焼きが焼きあがる。
焼き鳥はコルボーが、丸焼きは大将が担当した。
そして大量の唐揚げが皿に盛られてゆく。
料理を時間が経過しない俺の魔法の袋に収納して、ようやく準備が整った。
「こ、これはっ! 想像を絶する美味なのです! クラウスさん天才なのです」
「お前、さっきまでドラゴンじゃなくて残念とか言ってなかったか?」
「やだな~、何かの聞き間違いじゃないですか~? よっ、大陸一!」
現金な奴だ。
グリフォンの味はライチョウに近かった。
前世のジビエ料理ではもっと美味しい調理法があったが、インパクトも含めた出来としては十分だろう。
「ふはは! クラウス、我らの勝利だ」
「お、おう」
さて、ほかのテーブルの料理でも……。
「イェーガー君」
誰だ、邪魔をするのは?
振り返るとそこにいたのはハゲ……もといシルヴェストル教頭だった。
「教頭先生、どうかしましたか?」
「実は君にお願いがありまして」
嫌な予感がする。
普段はただの爺さんだが今日はやけに目つきが鋭い。
「何でしょうか? 調理法ならあとで……」
「いえ、料理の話ではありません」
ピシャリと言われた。
「君には郊外のダンジョンの捜索をしてほしいのです」
来ました、冒険っぽいの。
だが俺にはこの世界の迷宮に関する知識はない。
二つ返事で引き受けるのは、いかにもな死亡フラグ。
「ダンジョン?」
「ええ、君も少しは聞いたことがあるでしょう。浮遊魔力の密度が濃い森の奥には地下迷宮が存在することがある」
初耳だ。
そもそもダンジョンに関する書物は家にはほとんどなかった。
かろうじてフィクション小説のようなものに、地下の迷路の話が載っていただけでほとんど記憶に無い。
「浮遊魔力と関係があるんですか?」
「浮遊魔力との関連は今のところ定かではありません。あくまでも森の奥に点在することが多いという段階です。ですが魔物の巣窟となっており珍しいアイテムが手に入ることも期待できる。冒険者たちはこぞって踏破を試みます」
おいおい、この話を聞く限り冒険者の間ではずいぶんとポピュラーな存在じゃないか、ダンジョンってのは……。
それなのに、11年間で一度も話題に上がらないとは。
うち、どんだけ田舎やねん。
いや、そもそも故郷ではコミュニケーション自体積極的に取っていなかったか。
で、将来のある若者をそんな危険な場所に送り込む理由は何か?
俺の中でシルヴェストルへの疑惑がふつふつと沸き上がった。
「ああ、このダンジョンはそこまで危険ではありません。すでに何人かの冒険者パーティが潜っていますし、なにより入り口周辺にもドラゴンとかそこまで危険な魔物が出てきていないことからもわかります」
やけにドラゴンを強調しやがる。
さっきのファビオラの聞いてたのか……。
そもそも、ドラゴンなんか出てきたら、それだけで王都の騎士が総動員だろうに。
しかし、わざわざ危険ではないダンジョンに名指しで調査に行かせる目的は何だ?
罠にしてもあからさますぎる。
単刀直入に行くか。
「シルヴェストル先生、あなたの目的は何なのですか?」
「ええ、それを今からお話ししようと……」
どこまで信用できるかはわからない。
だが引き受けるかどうかを判断するためにも聞いておかねばなるまい。
結論から言うとシルヴェストルの目的は掴めなかった。
彼が言うには低レベルとはいえ、ダンジョンからは有用な魔物の素材や鉱物が取れる。
魔法薬の研究のためにもダンジョンの資源は欲しいが、魔法学校全体での需要なのでかなり大きな依頼を出すことになる。
こういった大規模な収集を冒険者たちに依頼すると、足元を見てあり得ないほど値段を釣り上げてくるもの、素材を買い占め圧力をかけてくる貴族が出てくる。
そういったトラブルを抑止するためにも、戦闘において優秀な生徒たちに少しずつでも素材を集めるように依頼しているそうだ。
「冒険者ギルドの買取カウンターの1.2倍の値段で買い取ります」
確かに、この話は事実だろう。
だがこのダンジョンに関して、俺を名指しした理由はいまいち釈然としない。
「私を指名した理由は何ですか?」
「もしかしたらアンデッド事件のヒントもあるかと思いまして。確か、あの事件に興味があるとか」
ブッ込んできよった。
「前例でもご存じなので?」
「前例というほどではありませんが、魔物や魔法に関連した事件のヒントは浮遊魔力の多い場所にあるものです」
曖昧な言い方だった。
シルヴェストルは敵ではないだろう。
隠している目的はあるだろうが、少なくともこちらを殺害することを考えてはいないようだ。
だが警備隊のこともある。
上からの圧力で俺を罠に誘導せざるを得なくなっている可能性は念頭に置いておかなければ。
翌日の夜、俺はフィリップとレイアをラウンジに呼び、このことを話した。
フィリップは途中眠そうにしていたが、レイアに肘打ちを食らい必死に目を開けていた。
まあ、今日は騎士団との訓練の日だったので眠いのはわかる。
「……胡散臭いわね」
「うむ、しかしシルヴェストルが事件に関わっているということはないだろう。彼は身元も確かだし、この学校の教師の中では最古参の内の一人だ。ふぁ……」
確かに、敵っぽくはなかったが、そう簡単に信用はできない。
それに勤続歴などで敵味方の判断が付かないことは、前世のスパイ小説で実証済みだ。
「それで、クラウスはどうするつもりなの?」
この世界で生き抜くとは決めたが、ここで保身のために二の足を踏むのは憚られる。
効率でいえば、一番単独での戦闘能力が高い俺が囮になる作戦がいいだろう。
「そうだな……。まずは俺がダンジョンを偵察して……」
「「却下!」」
はやっ。
「貴公ならばそう言うと思った。だが、貴公は今までにダンジョンに潜ったことがあるのか?」
「それはないが、君たちだって」
「確かに、ここに迷宮の経験者はいないわ。でもあなたは自分の傍の戦力を削れば削るだけ死亡率が高くなるのよ」
「しかし……このまま全員で雁首そろえて突っ込んだら敵の思うつぼだ」
「それは……」
フィリップはしばしの逡巡の後、口を開いた。
「うむ、ならば敵を引き込もうではないか」
「え? どういうこと?」
「騎士団に守ってもらう」
「ちょっと! 本気なの? この前嵌められたばかりじゃない」
いや、確かにいい案かもしれない。
幸いにしてバイルシュミットやマイスナーがフィリップと顔見知りなのは今や周知の事実となった。
彼らを操って何か仕掛けてくることは不可能だろう。
目立ちすぎる。
顔見知りの信頼のおける騎士に捜索の監督を頼み、周囲で怪しい動きをする奴に注意を払えば守りは完璧だ。
「レイア。マイスナー大尉たちは信頼できる。騎士団のほかの手駒を使って攻めてくるとしても、顔見知りの騎士がいたほうが監視しやすい」
「まあ……二人がそれでいいっていうのなら……」
とりあえず方向は決まった。
「さて、それでは明日に備えて寝るとするか。ふぁ、ふぁぁ~」
ん?明日?
この学校には、時期は違うがイギリスのハーフタームのような一週間ほどの休みが何度かある。
来週がまさにそれだ。
その期間に行けばいいと思っていた。
明日に一体何をするんだ。
「何を呆けた顔をしておる? レイアのパーティ登録だ」
おお、そうか。
すっかり忘れていた。
「えと、その……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」
熱でもあるのか、とは思ったが、のど元で飲み込んだ。
「しかし驚いたな」
「……ああ」
レイアは不機嫌だ。
「何がよ?」
「いや、君がBランクだったとは……」
フィリップはかなり複雑な表情をしている。
「……冒険者で生計を立てていたからね」
幼いころから冒険者稼業に身を置くとは、何か事情があったのだろう。
貴族どころか商人の家系でも、まず認められない。
跡取り以外の子を捨てたように思われるのは、家名に傷がつくことだからだ。
詳しく聞くのはやめておこう。
思い出したくないことかもしれないからな。
「まあ、よいではないか。レイアのおかげでBランクの依頼にも挑めそうだ」
よかった、珍しくフィリップのフォローが的確だ。
脳筋とか言って申し訳なかった。
「……すでにAランクの奴と戦うハメになってるけどね」
確かに、魔物の討伐実績でいえばすでにAランクに達している。
だが、より安全に活動するためには、まだまだ研鑽が足りない感が否めない。
レイアが加わったことでフォーメーションも変わってくるだろう。
「そうだ、クラウス、レイア。申し訳ないのだがダンジョンの探索は休みの二日目からにしてくれぬか?」
珍しい。
即断即決、猪突猛進のフィリップとは思えない。
「別にいいけど……」
「俺も構わんが……何か用事でもあるのか?」
「一応、私は法衣貴族だからな。この休みに滞っていた業務を消化せねば」
なるほど。
すっかり失念していた。
「と言っても、実家に戻って進捗状況を確認するだけでいいのだが」
「そうか。遠いのか?」
「いや、馬車で数時間だ。領地というほどでもないが郊外にあるのでな」
それでも強行軍になるのではないか?
「三日目からでもいいんだぞ。そのスケジュールじゃあ君だけ王都での準備の時間が取れないだろう。警備隊との交渉は俺がやっておく」
「そうね。フィリップは魔法が使えない分、消耗品の補充には気を配ったほうがいいわ」
レイアの了承も得られた。
「そうか、すまないな。できるだけ早く片づけてこよう」




