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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編4年(魔大陸編)
181/232

181話 聖獣 中編


『さて、それではお主たちがここに来た理由を最初から説明してもらおうかの』

 俺が視線を戻すと、ズラトロクの長老は若干の申し訳なさを醸し出しつつ、こちらに声を掛けた。

 恐らく、長老自身は俺たちを詰問したいわけではないが、若い連中を納得させるために早めの意思疎通をしておいた方がいいと判断したのだろう。

 その方針には賛成だ。

 俺もエレノアを攻撃した馬鹿がこれ以上突っかかってきたら我慢できる自信が無い。

 俺たちがズラトロクの群れを殺したという疑いに関しても、長老は潔白を信じてくれたようだが、他の連中はどうだかわからないからな。

『わかった。俺の事情から話すと、事の発端はサウスポート……ここから南下して森を出た海沿いの街だが、そこの近郊で魔物の密度が異常に高くなっているという情報を入手したことだ。俺の祖国は中央大陸にある王国だが、サウスポートは貿易相手だからな。俺の国が把握している、魔大陸で唯一の玄関口だ。交易拠点の機能がダメージを受ける状況はありがたくない。で、王国軍の将軍で聖騎士なんて称号を持っている俺が、情報収集と事態の収拾のため魔大陸くんだりまで派遣された、ってわけだ。ここまではいいか?』

 俺の説明にズラトロクの長老は頷いた。

 どうやら、人間界特有の経済や外交に関して説明する必要は無さそうだ。

『俺はサウスポート周辺で魔物をかなり始末したが、当然ながらそれだけでは根本的な解決にはならなかった。だから、『死の森』に踏み込んで魔物の異常増殖の原因を突き止めようとしたんだ。その道中で、俺は龍族ーーあんたらの言う森の民ーーと出会い、魔物の生態の異変がサウスポート近郊だけのものではないことを知った。彼らにとっても、森の異常は由々しき事態だ。そこで、俺たちは協力して森の調査を行うことにしたわけだ』

 思えば長い道のりだった。

 最初は『死の森』で夜を越すことすらままならなかったからな。

 試行錯誤してどうにか一人でも強引に森を突破できる方法を模索し、エレノアたち龍族という森に精通した強力な味方を得たことで、こうして魔大陸の謎に迫れる。

『それで? この広い森の中で何故我らの居住地に目を付けたのじゃ? ここから龍族の住まう地までは、人の足ではそれなりに距離があったはずと記憶しておる』

『そこは巡り合わせだな。実は、ここの近くに住むヴァンパイア族から救援要請を受けたんだ。里の近くでペリュトンが異常に増殖していると。間引きついでに斥候を出して周辺の調査を行った結果、禍々しい魔力が渦巻いているこの森を見つけた。一連の事件の根本を探るためにここまで足を運び、放置するわけにもいかなそうな状況だったので付近一帯の浄化を試みて今に至る、というわけだ』

『なるほど……そういうことじゃったか』

 ズラトロクも異常に増殖して人間を襲っているようなら討伐するつもりで来たが、そこまでは口にしなかった。



 こちらの情報は全て開示したので、今度はこちらから疑問を投げかけることにした。

『俺たちの事情は理解してもらえたと思うが、そっちの話も聞いていいか?』

『うむ、どうやら同胞が世話になったようじゃからの。お主たちには知る権利がある』

 ズラトロクの長老は語り始めた。

『我らにとっても、今回の件の始まりはつい最近のことじゃ。半年、いや一年ほど前かの? 森の外にほど近い場所――ちょうどこの辺り――に居た同胞から、耐え難い苦痛と恐怖の感情を含んだ思念を受け取ったのじゃ。突如、強力な敵が出現したことはわかった。事切れる寸前に念話で伝えてきた者が居ったからの。そして、他の地に散っていた者が集結し、いざこの地へ来てみると、辺りには腐敗した同胞の骸が散乱していた』

 念話とやらの詳細も気になるが、長老の話はまだ続きそうなので黙って頷いておく。

『死骸の状態から、すぐに『聖核』を奪われていることが分かった。大いなる悪意に満ちた所業じゃ。下手人はまさしく世界の敵。再び姿を表したのなら、刺し違えてでも葬り去らなければならぬ。そこで、近くを若い者に見張らせておったのじゃが……』

 なるほど。

 では、目撃されたズラトロクというのは、その偵察の命を受けた個体だったわけか。

『いきなり攻撃を仕掛けたことは、我にとっても予想外じゃった』

 長老の言葉に、若いチンピラ鹿は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 ……9mm弾で三つ目の穴を拵えてやろうか。

『知らなかったで済むことではないが、本当に申し訳ないことをしたと思っておる』

『いや、その件で長老さんを責める気はないから』

 チンピラの方は許せんがな。

 それにしても、わからないことが多すぎるな。

 とりあえず長老の話は一通り終わったみたいなので質問してみるか。

『いくつか聞きたい。『聖核』とは何だ?』

『っ! 貴様……しらばっくれるな!』

 基本的なわからない部分を聞いただけだが、またしてもチンピラが突っかかってきた。

 本当に、話の通じない奴だな。

『やめんか! 恐らく、知らぬというのは真実であろう。どうやら、我らズラトロクのことすら、まともに知らぬようではないか』

 俺はチンピラを無視して長老の言葉に頷いた。

『確かに、巨大な鹿型で強力な魔物だということしか知らなかった。俺の知る限り、うちの国では目撃情報すら出たことが無い。あんたらの同族がはたして中央大陸に居るのかどうかは知らないが、少なくとも人間が足を踏み入れる領域には住んでいないな。上級竜なんかとおなじく、半ば伝説の生き物扱いだよ。俺もエレノアに……龍族の戦士長に聞いて、初めて実在することや聖獣扱いされていることなんかを知ったんだ』

『なるほどのぉ。確かに、我も人族とは長いこと会っておらぬ。かつて我らが人の子と友誼を結んだのは数百年前……いや、もう千年ほど経つのかの? さらに、お主が他の大陸の人間だというのならば、知らぬのも無理はない』

 千年ね……。

 この世界には数百年を生きる長命な種族が数多く存在するので、俺も百年単位の話題くらいでは今更驚かなくなってしまったが、さらに一桁違う話が出るのか。

『ならば、語るとしよう。我らの成り立ちを。少しばかり長くなるが、心して聞くがよい』

 ちょっと心配になってきたな。

 就活で培った居眠り対策をまだ忘れていないことを祈ろう。



『世に混濁が満ちるのは自然の摂理。かつて生命がこの地に誕生してからというもの、彼らは数千あるいは数万年の歳月を経て繁殖し、姿さえも変えて環境に適応し、あらゆる場所に進出した。そして、集合体を築いた。しかし、その過程で地に満ちた瘴気と負の力は、一部の生命体が知恵を身に着ける頃には、既に地上の生命が生き永らえることは叶わないほど満ち溢れていた』

 長老の口ぶりだと、地球では紀元前のことになる発展の段階で、この世界は既に環境破壊が進みズタボロだったことになるな。

 太古の生命が生息域を拡大するに従い進化してきたのは、地球の歴史でも同じはずだが……ああ、魔力か。

 魔力は地球には存在しない、少なくとも認知されていな概念でエネルギー物質だ。

 対して、この世界に満ちる魔力は、あらゆる生命から無意識に作用を及ぼされる。

 魔術や魔法が使えず魔力量が低い人間でも、微弱な身体魔力は宿しており、それは気配のようなものとしてごく自然に感じ取れる代物だ。

 太古の昔から、生物が生きているだけで、当たり前のように代謝され循環させられる物質。

 それが、この世界の魔力である。

 それこそ、人間の魔術が形作られる以前から、かなりのペースで使われ続けていたのだろう。

 例えるなら、動物が呼吸するだけで二酸化炭素のみならずあらゆる温室効果ガスが大量に生成される感じか。

 要は、この世界に生命の営みを受け止めるだけの力が無かったってことだ。

 とんで設計ミスだな。

 誰が作ったのか知らんけど。

『そこで、聖なる神は考えた。混濁を浄化する力を持った眷属を、地上に送り込めばいいと』

『ああ、それが……』

『そうじゃ。我らズラトロクは光の使徒。我らの祖先がこの地に生を受けたのは、秩序と調和を司る神によって形作られ、この地に満ちる混沌を平穏に収めるためと言われておる。……まあ、実際には、他の野の獣や人間たちと同じく、食物連鎖の一部を担い、ただ消費しているだけじゃがの』

『要は、自然に周りを綺麗にしている的な感じか?』

『その通り。意識などせずとも、我らは生きているだけで混濁を浄化する』

 何とも気楽な商売……いや、対価を得てやっているわけではないから、勝手に利用されているだけか。

 実際、ズラトロクたちは自力で食料を探して飢えを凌いでおり、俺からすれば聖なる神とやらの恩恵を受けているようには見えない。

 それに、その浄化の力自体もどこまで役に立っていることやら……。

『察しの通りじゃ。我ら一体一体の存在によって滅される負の力は微々たるものじゃ。もちろん、自ら御することができる類の力でもない。恐らく、我ら以外にも似たような役割を担う存在がこの地に居るのじゃろう。……何はともあれ、お主たちには感謝せねばならぬな。この地は我らの力では手の施しようが無いほど瘴気が充満し荒れていた。お主たちは縁もゆかりも無いこの地を清め、同胞を丁重に弔ってくれた。心より礼を言うぞ』



 俺は長老の言葉を思い返し、肝心の部分に切り込むことにした。

『あんたらの浄化の力は、例の『聖核』とやらに関係しているのか?』

『うむ、そうじゃ。我らの力は各々が持つ『聖核』に蓄積されている。いわば力の源じゃな』

 結構、話が繋がってきたな。

『長老さん、あんたはここで死んだズラトロクからは『聖核』が奪われていたと言っていたな。それに、世界に仇なす行為だとか何とか。単に、殺して奪う悪行という意味だけではないようだが……』

『……そうじゃ。我らの『聖核』は絶対に悪用されるわけにはいかぬ。たとえ自ら命を絶つことになろうと、『聖核』だけは決して悪しき者の手に渡してはならぬのじゃ』

 そこら辺は詳しく聞きたいところだな。

 悪質な行為として許せないだけではないことはわかったが、先ほどズラトロクの長老は各々の浄化の力の影響は微々たるものだと言っていた。

 数十体のズラトロクの死は確かに大事だが、さすがに世界が滅びるほどの影響があるとは思えない。

 それこそ、清掃員は他にも居るみたいだからな。

『そこら辺の事情も聞いていいか?』

『うむ、お主には伝えておくべきじゃろう』

 長老は重々しく口を開いた。

『我らの『聖核』に浄化の力が込められていることは事実じゃ。しかし、それが神より与えられし仮初の力であり、我らが種として獲得した能力でないこともまた事実。ズラトロクが死ねば、体の内に宿した『聖核』から浄化の力は消えてなくなる』

 ズラトロクを殺して『聖核』を抉り出しても、その力を手にすることはできないわけだ。

 要は、『聖核』を狙う輩の目的は、瘴気を浄化する能力ではないということだな。

 瘴気の概念にはあいまいな部分も多いが、少なくとも土壌の状態の悪さやアンデッドの発生に密接に関係していることは間違いない。

 多くの国が、宮廷魔術師団を投入して研究を進めており、教会関係者にも聖水の製造やアンデッドの討伐に注力する者が居る。

 仮にズラトロクから『聖核』を奪うことで瘴気を掃う技術を手中に収めることができるのなら、金とプライドのために独占しようとする連中はいくらでも居そうだ。

 お隣の某公国とか。

 しかし、物理的にそれが不可能となると、国家が絡んでいる可能性は低いかな?

 いや、利用法の内容次第では……。

『『聖核』を狙う連中の目的に心当たりは?』

『無論、ある。……かつて一人の錬金術師が居た。それはひどく性根の悪い人間での。我らズラトロクの骸から抉りだした『聖核』を利用し、呪いを増幅する術を開発せしめたのじゃ』

 呪いね……。

 浄化とは正反対の方向に来たか。

 ただの闇魔術に留まらない高度な呪いは、これまた定義すら難しい代物だ。

 呪いの武器はそれなりに出回っているが、他は最早インチキの類の方が多かったりする。

 実際、俺も目にしたことがあるのは、アンデッド絡みの技術である死霊術と、治癒魔術や魔法薬の効果を阻害したり妙な効果を齎したりする所謂呪いの武器だけだ。

 しかし、さすがはズラトロクの長老。

 数百年物の知恵袋は伊達ではない。

『呪いとは魔力の淀み。封じ込めることで武器とする技術は早い段階で人間たちも会得していたが、呪いそのものを見ればごく一部を利用しているにすぎぬ。魔力を消費することによって生じた『廃気』が、自由な浮遊魔力に干渉し変質させたもの全般と言えばいいかの』

 ……また、わからない単語が出てきた。

 さすがに少しこんがらがってきたぞ。

『とりあえずは、我らのような者が浄化する世の混濁を意図的に集めて溢れさせ、何かを傷つける代物こそが呪い、と認識しておけばよい』

『具体的にはどのようなものが?』

『そうじゃの……武器に呪いを込める技術はドワーフ族の秘伝じゃった。その後、世界中に広まったと記憶しておるが……。疫病を蔓延させたり土壌を汚染したりする呪術は、太古の昔から人族に研究されておったの。もちろん、死霊術にかかわる分野でも同様じゃ』

 そりゃ、ぞっとしない話だ。

 少なくとも、そんな危険な代物である呪いを増幅させる素材を求めて、魔大陸の北の果てにまで足を運んでズラトロクを殺した奴が居る。

『しかし、どうしてズラトロクの『聖核』で呪いの道具なんかが作れるんだ? あんたらは……ズラトロクは対極に居るような存在だろ』

『我が同胞たちの骸のことを思い出すがよい。死骸そのものから瘴気があふれているように見えなかったかの? どういう仕組みかはわからぬが、我らは息絶えて『聖核』から力を失いしとき、一時的に混濁へ傾くのじゃ』

 生きているときは聖なる浄化を齎し、死ぬと正反対の瘴気を発生させる、か。

 ということは、ズラトロクは瘴気や負の力を浄化しているというよりも、吸い取っているのか?

 まあ、そこら辺は今の段階では想像する以外にできることは無いな。

 ズラトロクを解剖するわけにもいかない。

『恐らく、古代の人間たちもこういった特性から呪具の着想を得たのじゃろう。同族のお主に言うのもなんじゃが、愚かしいことよな』

『まあ……概ね同意するよ。地上で最も性格が悪い生き物は人間だ』



『ズラトロクが狙われた理由は理解した。ところで……俺が魔物の異常発生の件でこの大陸までやって来たことは話したな。端的に聞くが、あんたらの同胞の死骸から出ていた瘴気は関係していると思うか?』

『うむ、間違いなくあれが原因じゃ。周囲の魔物へ影響が出ていることは我らも感じておった』

 長老は強く頷いて続けた。

『ズラトロクがこのような場所に屍を晒すなど、あってはならぬこと。我らは自身の死を悟りしとき、仲間から離れ、可能な限り穏やかに眠りにつくのじゃ』

 この世界のズラトロクは終活をするらしい……。

『『聖核』を利用されぬためというのもあるが、それより以前から、我らには最期を迎える場所を探しておく習わしがある』

『周囲にあの瘴気の影響を与えないためか?』

『その通り。本来なら、我らが息絶えることで発せられる瘴気の量などたかが知れておる。余程の苦痛を伴う死に方でもしないかぎり、ゾンビの一体すら発生せんのじゃ』

 この話だけでも、ズラトロクの群れを殺した奴がまともじゃないことがわかるな。

 数か月に渡って『死の森』全域の魔物の生態を狂わせるほどの瘴気をズラトロクの死骸から発生させるなど、一体何をしやがったんだ。

『魔物の生態への影響は……もう鎮圧できたと思うか?』

『うむ、この地の様子を見る限り、徐々に森は落ち着きを取り戻すじゃろう。経験則じゃが、我らがしばらくこの辺りをうろつけば、数年で森は調和を取り戻し元通りになる。案ずるな。お主たちの心遣い、決して無駄にはせんよ』

『わかった。ここは元々あんたたちの庭だ。後のことは任せるよ』

 俺も龍族もいつまでもこの場所で清掃員を続けられるわけではない。

 それに、数百年を生きる賢者のお墨付きだ。

 これ以上、下手に聖水を撒いたりするよりも、その方が安全で確実だろう。

 さて、魔物の異常発生に関しては一件落着だが、まだ肝心の話が残っている。

 ズラトロクたちを虐殺した輩は、強力な呪術を行使する準備をしている可能性が高い。

 その件も、長老と話して情報共有しなければならないな。


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