18話 襲撃とフラグ?
「……焼き鳥だな」
「うむ」
「ちょっと! こんな時まで何を言ってるの?」
「こんなでけぇの見たのは久しぶりだな」
俺たちの上空にはコカトリス、でかい鶏に蛇の尻尾がついたような魔物が数羽飛び回っていた。
それだけならまだしも、さらに高い位置からこちらの様子を伺っているのはグリフォンだ。
鷲の上半身にライオンの下半身を持っている、討伐依頼となればAランクの厄介な敵だ。
明らかにこちらを攻撃するタイミングを計っている。
なぜこんなことになったのか?
話は数十分前に遡る。
「さあ、クラウス! 早くドラゴンを探し当ててくれ。片っ端から狩ってやろうではないか」
「だから無理! ……熊の反応が二つ」
「ウラァァァ!」
フィリップがでかい方に一直線に飛び掛かる。
すれ違いざまに目を潰した。
「グォォェォ~!」
小さい方――それでも前世の熊よりはだいぶ大きい――の延髄に俺は“氷槍”を撃ち込む。
振り返るとフィリップが視界を奪った熊は苦し紛れに爪を振り回している。
マイスナーがカウンターで頸動脈に一撃を入れたことでようやく絶命した。
「なあ、これだけでも良くないか? あとは果物でも採取してだな……」
「まだまだ! せめて飛竜くらいは仕留めなくては」
「偵察の方はどうするんだよ……」
俺はマイスナーの方を振り返った。
街を出たときよりも表情は固い。
いつもの伝法な口調ではなく最低限しか喋らない。
俺たちのような子どもを危険な任務に付き合わせることが心配なのかと思ったが、ここまで警戒するということは厄介な状況になるのは間違いないようだ。
成り行き次第では彼と戦わなければならないのかもしれない。
最悪の場合、マイスナーの目的は俺たちの誘拐もしくは殺害だ。
彼を疑うのは心苦しいが、今はまだ敵か味方かはわからない。
「ん? これは……」
「どうした、クラウス?」
「大型の魔物の反応多数! これはオーガ……違う、トロールだ!」
「何だと!?」
「やはりいたか」
マイスナーのことは後回しだ。
何より一番の問題は、敵影だけでなく人間くらいの大きさの反応があったことだ。
「っ! あれは!」
「レイア!」
こちらに一直線に向かってくるトロールの集団の行動を必死に阻害しながら撤退している人影。
見間違うはずもない。
ここのところ高い鼻へし折られてばかりの、あの同級生だ。
大丈夫の一点張り、という時点で何となく察してはいたが……。
フィリップはすでに飛び出していた。
「――“氷結”」
全力でトロールの膝上までを凍らせる。
数体がバランスを崩し上半身が泳ぐ。
「ウガァァ!」
トロールは棍棒に使われている鉱石と、倒した後に取れる魔石以外素材はない。
だから俺は遠慮なく大剣で首を刎ね、胴を薙ぐ。
フィリップもトロールの膝から頸動脈、棍棒をかいくぐっての目から脳を一突きで倒していく。
雑魚を殲滅し終えたところでマイスナーが対峙する相手が目に入る。
面倒くさいのがいた。
トロールキングだ。
通常のトロールよりも大きく、棍棒は黒曜石のような高級感?のあるものだ。
通常のトロールがCランクならこちらはAランクの、それもAの中でも上位だ。
今まで引きつけていたマイスナーがカウンターで剣閃を飛ばす。
だが、全身に魔法障壁を張り巡らしているらしく傷一つ付かない。
しかも敏捷性や攻撃力も他のトロールよりも上らしい。
棍棒の振りが速く、威力も桁違いだ。
「くっ」
フィリップもなかなか近づけず、いい位置に踏み込めない。
左腕の盾でいなしてはいるが、このままでは防戦一方だ。
試しに俺はフィリップに攻撃が集中した直後に全力で斬りつけてみる。
「(通った!)」
意外と簡単に障壁は突破できた。
トロールキングの腕がポトリと落ちる。
「やったか!?」
だがトロールキングは平然としている。
「おい、あれを……」
切り落としたように見えた腕が、すぐに再生を始めた。
それも千切れた部分をくっつけるのではなく、新たに生やしている。
「厄介だな。上級治癒魔術だ」
マイスナーが渋い表情でつぶやく。
腕を切り落とされたことで怒りが爆発したらしく、中級土魔術の“土槍”を放ってきた。
「くそ! 近づけない」
「おのれ、猪口才な真似を!」
「レジストするわ」
見るとレイアが杖を構えていた。
「奴は今、急所に魔法障壁を集中している」
見ると確かにマイスナーの攻撃でも手足に傷がついていた。
「あたしが“土槍”を“冠水”で使えなくする。正面から弾幕も張るから三人で同時に攻撃して。フィリップは脚を、そっちの騎士は右腕を、クラウスは後ろから急所を狙って」
「わかった」
俺はすぐさま側面に回り込んだ。
「了解」
「……仕方ない」
二人もそれぞれ隊列を整え、レイアが“冠水”と“火弾”、“氷弾”などを同時に展開する。
“冠水”を使われた一帯ではしばらく“土槍”などの土魔術が形成されにくくなる。
魔術による攻撃を封じられたトロールキングは、うまい具合にマイスナーに攻撃を仕掛ける。
マイスナーの剣閃が手首に強かに命中するのと同時に、フィリップが膝関節に渾身の刺突を放った。
「ガァァ!」
体勢を崩し首筋をさらしたトロールキングに俺は大剣をフルスイングする。
慌ててレイアの弾幕に対処していた魔法障壁を首に集中しようとするがもう遅い。
俺の剣は、強化が間に合わなかった障壁――とはいえ先ほど腕を切り落とした時よりは厚い――を貫き、首の半ばまで食い込む。
そのまま刀の要領で引きながら振り切った。
トロールキングの首が落ち、地響きをたてながら地面に突っ伏す。
「片付いたな。」
さて、次に取り掛かる問題は……。
「マイスナー大尉」
俺は剣呑な雰囲気を隠さずにマイスナーに話しかける。
「どうした?」
「……そろそろ話してくれませんか?」
「どういうことだ?クラウス?」
「……何?」
フィリップたちは気づいてないのか。
まあ、罠の可能性を考えていたのは俺だけだから仕方ないか。
「あなたはこのトロールの襲撃があることを知っていた」
「え!?」
「な、何だって!?」
俺は言い訳を考える間を与えないように言葉を繋ぐ。
「あなたの目的はいったい何なのですか?」
「……何のことかな?」
この表情は、俺たちに事情を話すべきかどうか迷っているな。
簡単なのは拷問だ。
趣味ではないが火魔術で手か足の一本ほど燃やしてやれば、さすがに口を割るだろう。
だが、今後のことを考えると、もう少しスマートに解決したいものだ。
今こそ、あれを使うか
「……仕方ありませんね」
俺は懐から38口径リボルバーを取り出しマイスナーの頬に狙いをつける。
彼の表情から読み取れるのは困惑だ。
ただの黒い金属の塊、想像を働かせても未知の魔道具にしか見えないだろう。
俺が引き金を引くのと同時に乾いた炸裂音が鳴り響いた。
マイスナーの頬を一筋の血が伝う。
魔力の感じられない致命的な攻撃が通り過ぎたことに取り乱している今がチャンスだ。
「あなたはカウンターの名手だがこの攻撃は受け流せない」
無詠唱であろうと放出系の魔術には魔力反応が存在する。
よほど特殊な形か広範囲攻撃でない限り達人なら、火の弾であろうとかまいたちであろうと受け流す方法はある。
だが、銃撃は物理攻撃であるにも関わらず、受け流せる気がしないであろう。
強力なクロスボウよりも魔術よりも速く、そして鋭い。
訓練すれば対処されるかもしれないが、今の状態では剣を持ち上げるのも間に合わないだろう。
あとは、幅の広い盾ならば防がれるかもしれないが、そんなものは構える前に急所を撃ち抜ける。
「話してください」
「……わかった」
覚悟を決めたようだ。
マイスナーの話は大体予想通りだった。
騎士団の上層部にパイプを持つ貴族の権力争いだ。
商家や下級貴族の出で跡取りでもないマイスナーやバイルシュミットたちが活躍するのが好ましくない連中が、圧力をかけ無茶な任務に就かせていたのだ。
俺やフィリップがマイスナーに治療で(・)協力したことや、稽古をつけてもらったことを知った奴らは俺たちの排除を目論んだ。
予想と違ったのは奴らに俺たちを殺す勇気が無かったことくらいだろう。
わざと人が少なく狙い目のエリアを作り、おびき寄せる。
ほかの生徒が先に向かったのなら、それもエサにして助けに行かせるという二段構えだ。
今回の件は俺たちがAランクの魔物にビビって冒険者稼業から身を引き、これ以上華々しい活躍をしないようにするのが目的だったらしい。
「すまない、クラウス、オルグレン伯爵、レイアちゃん。組織の上層部の醜い争いに巻き込んじまって」
「いや、マイスナー殿が謝ることではない。元はといえば我々王都の貴族家の責任だ。……バイルシュミット殿にも知らずに苦労を掛けていたわけだ」
正直俺は、マイスナーが暗殺者の可能性まで考慮していた。
まだ、完全に白と決まったわけではないが、さすがに今すぐ俺たちを殺しにはこないであろう。
剣だけならともかく魔術でも何でもありな実戦ではマイスナーに勝算は無い。
しかも俺は銃を持っている。
爆弾は見せてないが騎士団の警備副隊長ともあろう者が、根拠も無くこれ以上の隠し玉は無いと判断するようなバカとは思えない。
突如“探査”に反応があった。
「っ! 何だ? 上空から魔物が接近?」
「あれは……コカトリスではないか!」
「これは、あんたたちの計画では……?」
俺はマイスナーに疑惑の視線を向ける。
「いや、違う。トロールの血の匂いを嗅ぎつけたんだろう」
とりあえず信じてやるか。
特殊アイテム仏の顔はまだ二回分残っているからな。
あたしが不測の事態に弱いのはわかっている。
だから冒険者活動の際には、常に万全の計画を持って臨むのだ。
だが今回はあまりにも想定の範囲を超えていた。
騎士団が巡回を終えていないエリアに来たことは別段危険なことではなかったはずだ。
子どものころから家の周りの森で狩りをしていたし、近くの町で冒険者登録をしてからは一人で未知の領域を進んだものだ。
しかしトロールキングを含む大型種10体以上を相手にしたことはない。
初めて死を意識した。
援護してくれる仲間もおらず、撤退しようにもあたしの飛行魔法は大して速くない。
あたしの魔力の体への定着率は低い。
強化魔法も得意ではないし、“飛行”は風魔法の“浮遊”単独とほぼ変わらないのだ。
すぐに追いつかれてしまう。
敵の足を止めるための魔術を撃ちながら撤退し、初めて誰かに助けてほしいと思った。
父さんを追放したエルフたちを憎み、母さんを爪はじきにした人族たちを憎んだ。
助けてくれる者はいない。
あたしが強くならなくては。
そう決心したはずなのに。
フィリップはあたしの名を叫ぶが早いが一直線に飛び出してきた。
何を考えているのだろう?
トロールの集団に剣士が単身で飛び込むなど自殺行為だ。
だが、次の瞬間、疑問は一瞬で消え去る。
フィリップの攻撃範囲にいるトロールが皆、脚を凍らされていたのだ。
この時わかった。
フィリップはクラウスの援護を信じて、少しでも早くトロールたちに先制攻撃を加えることを考えたのだ。
フィリップは一番多くのトロールを仕留めた。
クラウスもフィリップが効率よく敵を削ってくれることを信じて前衛を任せている。
この二人はあたしが今の今まで気付かなかったものをちゃんとつかんでいる。
あの銀髪の騎士も二人の連携が一番生かせるように、トロールキングのヘイトを自分に集中させて時間を稼いだ。
ここに、あたしは必要ないのかもしれない。
ほら、トロールキングとも対等に戦っている。
いや、あのままでは持久戦になる。
あの“土槍”を封じて、魔術で弾幕を張れる人間がもう一人いれば……。
そう思った瞬間、あたしは杖を拾い駆け出していた。
まだ頭がこんがらがっている。
あのトロールたちだけでも予想外なのにどういうこと?
あの騎士が知っていた?
どうやら彼らが騎士団に協力したことを快く思わない連中が仕組んだらしい。
フィリップは伯爵家当主だからまだわかる。
この件がなくても狙われる可能性はあるでしょう。
でもクラウスまで……いや、彼の能力を考えれば当然か。
それにしてもあの魔道具は何だったのだろう?
魔力反応を全く感じなかった。
いかに速い魔術でも魔力を完全に隠すことはできない。
この常識から考えればどんな魔術でも、よほど広範囲に遠くから撃ち込まれたものでなければ対処できるというもの。
しかしやはり遠距離から攻撃できるというのは大きなアドバンテージだ。
あたしも不意打ちで大型の魔物を一撃で仕留めたことがある。
でも、あの魔道具はあたしの最高速度の魔術よりも奇襲に向いている。
いったいどこで手に入れたのだろう?
そんなことを考えていたら、コカトリスの群れが襲ってきた。
こ、今度こそダメかも……。
「大猟だな」
「うむ、コカトリス11羽にグリフォンか。上々だ」
「さて、初めての料理をぶっつけ本番というのは不安だ。コカトリス一羽だけでも試しておきたい。マイスナー大尉、この後、少し騎士団の調理場を借りたいんですが……」
俺はマイスナーのほうを見る。
唖然というかあきらめたような表情だ。
「あ、ああ。構わねぇ、よ」
レイアはまだ固まっている。
「“電撃”」
「げひゃう!」
すごい勢いで睨まれた。
上級魔術“落雷”をアレンジしたオリジナル魔術はお気に召さなかったか?
だいぶ威力は抑えたけどね。
これも電圧と電流の概念を知っているからできる芸当だ。
「な、何考えてるのよ!? グリフォンよ! Aランクよ! しかも大量のコカトリスまで。死にたいの!?」
「いや、ちゃんと勝ったから」
最初はこれも雷で撃ち落としてやろうかと思ったが、それでは焼き加減がひどいことになる。
俺のオリジナル魔術“雹雨”でボコボコにするのも、肉を確保したい獲物には却下だ。
脅威なのは上空からの攻撃ということであって、風魔術で周辺の気流を乱してやったら簡単にバランスを崩した。
この世界では羽で空を飛ぶメカニズムが分かってないらしく、マイスナーには初めて見た戦法だといわれた。
あとは俺の“氷槍”で脳天をザックリ、フィリップが目ん玉から脳をブスリで片付いた。
どうやら、あのグリフォンは若い個体だったようだ
実は俺はグリフォンと戦った経験がある。
故郷のフロンティアの奥で見つけたのだ。
それこそ当時は焦ってズタズタになるまで魔術を撃ち込んでしまったが、後から見れば今回と同じく成長しきっていない個体だった。
図鑑の記述より一回りサイズが小さいのだ。
これが成体のグリフォンや上位種アーク・グリフォンなんかだったら、こうも簡単にはいかなかっただろう。
「まあ、あなたたちのすごさはよくわかったわ」
レイアもなにか諦めたような顔だ。
「ふん、今更しおらしくなりおって。熱でもあるのではないか?」
「そうかもね……」
おや、レイアがデレてる。
「ありがとう、フィリップ。その……助けてくれて……」
「う、うむ……。クラウスにも礼を言っておけ」
フィリップの声が上ずっている。
ははぁ、なるほど~。
「では伯爵様、私はこれより騎士団の警備隊詰所に行ってまいりますが、お二人は寮の方にお戻りになりますか?」
にやにや。
「? 何を言っているのだ? それに何だ、その変な顔と言葉遣いは? 私も詰所に行くに決まっておろう。貴公の料理を食べ逃してなるものか」
だめだ、こいつは。
すまない、レイア。
「あたしは帰るわ。なんか、疲れたし」
おい、君まで何をしている?
彼女もフィリップに負けず劣らず鈍感のようだ。
傍から見れば一目瞭然なのに、本人たちが気づかないってのは厄介だな。
レイアがデレましたね。




