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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編4年(魔大陸編)
178/232

178話 不穏な動きは......


 軍務局の召喚に応じて王城を訪れたフィリップは、案内された会議室の周辺に漂う緊張感に僅かに顔を顰めた。

 さすがに勇者の称号を持つフィリップを誰何するような者は居らず顔パスではあるが、妙に厳重な警備から感じ取れる張り詰めた空気は、これから話題に上る内容から目を背けても辟易させられるものだった。

「(近衛か……)」

 近衛騎士は王族や重要人物の護衛を主任務とするエリートだ。

 個人の戦闘力に加えて連携や戦術にも秀でている人材を多数擁する近衛騎士団は、王国でも選りすぐりの優秀な部隊である。

 単純に剣や魔術の腕を比べれば、近衛騎士に匹敵する力量を持つ者は、冒険者にもそれなりに居るだろう。

 しかし、警護や警備に関しては、近衛騎士団以上の仕事を期待できる集団はまず存在しない。

 聖騎士のような規格外でなければ、突破や殲滅はまず不可能だ。

 キャロラインは公爵令嬢なので近衛を動かすことくらいはできるであろうが、それでもこの警備はただ事ではない。

 諜報活動に少し進捗があった程度の話でないことは確実だ。

「こちらへ。デヴォンシャー公爵と皆様がお待ちです」

「……うむ」

 宰相が居ることをフィリップは聞いていないが、事態の深刻さからすれば彼が出張ってくることも頷ける。

 近衛騎士にとっては、娘のキャロラインよりも宰相であるデヴォンシャー公爵本人の方が序列は高いため、そちらを主語にしただけだ。

 オルグレン伯爵家へ届けられた召喚状の内容や事情など知る由も無い。

「(……皆様、だと?)」

 フィリップは先ほどの案内の騎士の言葉に引っかかりを覚えつつも、努めて表情を動かさず、案内に従って王城の一室に足を踏み入れた。



「ふむ、来たか。勇者殿」

「お忙しいところお呼び立てして申し訳ありません。オルグレン伯爵」

 フィリップが入室した部屋には、既にデヴォンシャー父娘が揃っていた。

「お待たせ致しました、デヴォンシャー公爵。キャロライン殿もお気になさらず。国防にとって重要な事案に協力することは勇者たる私の義務です」

 エンシェントドラゴンの討伐と勇者への認定以降、フィリップも些か不明瞭な地位になってしまったが、さすがに公式の場で振る舞いを間違えることは無い。

 上座のデヴォンシャー公爵と上品にソファーへ腰掛けたキャロラインに、淀みなく挨拶を返した。

 そして、キャロラインの向かいに座る二人(・・)の人物に向き直る。

 デヴォンシャー公爵と同じく、彼らも本来ならフィリップとの面会の予定は無かった人々だ。

「ご無沙汰しております。ヘッケラー殿、ニールセン殿」

「久しぶりですね、フィリップ君」

「久しいな、勇者殿。急で悪いが、某たちも同席させてもらいたい」

 ブレないヘッケラーとは対照的に、生真面目なニールセンは本当に申し訳なさそうに頼み込む。

 フィリップとしては、自分も詳しい話を知らずに呼び出された立場なので、特に言うことも無い。

 少なくとも、二人が国防に関する重要な話を聞かせて害になる人間ではないことは明らかだ。

 キャロラインとデヴォンシャー公爵が何も言わないのならば問題ないと判断し、フィリップは普通に承諾した。

「ヘッケラー侯爵とニールセン侯爵には、私から改めて伝えるつもりだったが……なに、特に問題は無いだろう。二度手間が省けるだけだ」

「ほう、三度の飯より手続きと回り道が好きな文官の筆頭が……何とも珍しいことですね」

「茶化すな、導師殿。陛下の許可も得ている」

 空気を読まず不謹慎で奔放な軽口を叩くヘッケラーに、デヴォンシャー公爵は苦笑いしながら返したが、フィリップは別のことに頭を巡らせていた。

 今回の会談の主たる話題は、既に国王に報告済みだった。

 確かに、国の重鎮ともいえる貴族家の当主たちが、国王のあずかり知らぬところで面を突き合わせていれば、見るからにヤバい密談に思える。

 当然、謀反やら不正やらの疑いを掛けて騒ぐ有象無象も出現する。

 それを回避するためには、真っ先にリカルド王へ話が伝わるよう、予め根回しをしておくのが一番だ。

 しかし、フィリップにしてみれば、今日はキャロラインとサシの面会の予定だった。

 飛び入り参加者が居ても、軍務局や官僚程度だと高を括っていた。

 今日の段階で宰相であるデヴォンシャー公爵が出張ってくることも予想外だったが、そこはまだキャロラインとの親子関係で納得はできる。

 だが、ヘッケラーとニールセンが登場するとは思ってもみなかった。

 既に話が大事になっていることは、疑いようのない事実なのだ。

 どのような経緯であれ、国王を巻き込む段階になる程度には。

「さて、早速だが本題に入ろう。心して聞くがよい」

 代表して口を開いたデヴォンシャー公爵に、フィリップたち全員の視線が集中した。



「近々、キーファー公国が我が王国に宣戦布告してくる」

 デヴォンシャー公爵の言葉に、キャロラインを除いて一同は顔に戸惑いの表情を浮かべた。

 フィリップはじめ全員がデヴォンシャー公爵の口にした内容の信憑性に疑問を抱いているのだ。

 何せ、その手の話は枚挙に暇がない。

 隣国でありながら、政治体制だけでなく慣習から思想まで大きく違う相手。

 国力も大きく違い、王国からすれば相手は羽虫の如き小国、公国からすればこちらは搾取の元締め。

 さらに、去年の『フェアリースケール』関連のトラブルが原因で、現在の二国間には国交が断絶しかねないレベルの緊張感が漂っている。

 いつか戦争になるのではないかという予想は、王国の民衆の間でも頻繁に話題に上る。

 両国を行き来する商人や冒険者は、機会がある度に、貿易摩擦や小競り合いの情報を小話として披露する。

 当然、国家間の大規模な戦争に発展する可能性も、いくらでも示唆されているわけだ。

 少なくとも、一国の宰相ともあろう者が真に受ける話ではない。

「言っておくが、眉唾な噂程度の話ではないぞ。非常に信憑性の高い情報だ。諜報を強化したことによって、軍務局が公国の中央に関する重大な動向を察知することに成功したのだからな。それこそ、政府が転覆するほどの……いや、既に公国の中枢は崩壊しているかもしれん」

 これにはフィリップだけでなくヘッケラーとニールセンも初耳だった。

 そして、何よりそれほどの情報を掴むだけの諜報活動を既に展開していたことも驚愕に値する。

 少々無茶が過ぎたのではないか?

 そんな疑問を込めて、フィリップたちはデヴォンシャー父娘に視線を向けた。

「今現在、我が国と公国の間には非常に緊迫した空気が漂ってはいるが、去年の『フェアリースケール』とオルグレン伯爵の細君が誘拐された事件以来、外交上の配慮を最優先することは難しくなった。陛下もこうした対応には理解を示している。それはオルグレン伯爵もよくご存じだろう?」

 フィリップはデヴォンシャー公爵の言葉に頷いた。

 去年の一件が解決し帰国した直後、フィリップは実際にリカルド王とも話し、諜報を強化することを聞いていたのだから当然だ。

 しかし、それと隣国を不用意に刺激しかねない対応を取ることは別だ。

 下手をすれば、自分たちが公国や王国内のロクデナシに戦犯扱いされてしまう。

 それを承知で、さらに国王の肝煎りで他国への諜報に力を入れることがどういう意味を持つのかわからぬ面子ではない。

 要は、外聞を気にしていられるほどの状況ではないということだ。

 フィリップ以下、国防において重要な役割を担う面子は、それをはっきりと理解した。

「さて、詳しい内容はキャロラインに説明してもらおうか」



 デヴォンシャー公爵に指名されたキャロラインは、先ほどまで全く動かさなかった表情を呆れの顔に変え、ため息をついた、

「はぁ……前置きが長いです。これだから年寄りは……」

 公的な場であってもお構いなしの娘の無遠慮な悪態を、デヴォンシャー公爵は一言窘めようとしたが、口を開く前に遮られた。

「早速、報告に入らせていただきます。対外的には穏健派として知られる公国の貴族家の当主が、相次いで不審な死を遂げています。主に、中央政府に近い法衣貴族に犠牲者が多いようですね。列挙しますと……」

 キャロラインが挙げた名前には、王国と交易上の関りがある領地の領主一族なども含まれていた。

「かねてより公国は貴族至上主義を標榜しておりますが、これに迎合する古参の名家でもお構いなしです。さらに、王国と隣接する公国西部や王国への輸出を視野に入れた交易品の産地でも、急激に経済状況が悪化するなどの事態が起こっています。まるで、王国との国交によって利益を得ている人間を、悉く排除するかのように」

 残るのは、傍迷惑な過激派の連中だ。

 彼らに、王国との友好によって生じるメリットが無いので、いくらでも強硬論を振りかざせる。

 明らかに偶然の出来事ではない。

 普通に考えれば、権力階級を王国への敵対ムード一色にする工作だ。

「単なるクーデターの可能性は無いのですかな? キャロライン嬢」

「我々としては、反政府勢力が現政権の転覆のために動き始めたという状況の方がありがたい話です。主語が公国内の革命ならば、本当に他国へ喧嘩を吹っ掛けることは意図していないはず。たとえ一時的に対外強硬派の貴族が優勢になっても、彼らもいずれは滅ぼされる。その後は、新政権と協力して、迅速な公国内の秩序の回復だけでなく、我が王国との関係修復も早い段階で行えるでしょう」

 ニールセンとヘッケラーの希望的観測に、キャロラインは首を横に振った。

「残念ながら、それはあり得ないことかと。現在の公国中央における外交政策は、完全に強硬論一色です。この動きが地方に浸透するのも時間の問題でしょう。貴族階級への反乱を画策している反政府勢力が、この状況を望んでいたとは思えません。貴族間の対立というより、中央集権化が推し進められているのが現状なのです。下手をすれば、公国史上かつて無いほどに集約された権力を持つ強硬派の大公家が誕生することになります。こう言ってはなんですが、公国の反政府勢力は少数派で弱小勢力です。肥大した中央政府など手に負えないでしょう」



「一枚岩となりつつある対外強硬派の公国貴族、さらに着実な穏健派の排除。これだけでも、近いうちに動きがあることは確実です」

「うむ。公国はその封建的な性質故に、このような外交的に重大な動向に関する情報ですら、非公式なプロセスを踏まないと入手できない。諸侯における総力戦の構えまで出来上がれば、公国は必ずや仕掛けてくる。多少、性急に思えても、早めに防備を整えておいた方がいいだろう」

 キャロラインの言葉を引き継いだデヴォンシャー公爵の提案に、一同は深く頷いた。

 皆それぞれが、自分の権限で動かせる駒を思い描き、今の時点で可能な備えを頭の中で構築している。

「ああ、そうそう。『黒閻』に関してですが……」

 何気ない風にキャロラインが放った一言に、一同は表情を強張らせながら耳を傾けた。

 奴らの所業と質の悪さに関しては、ここにいる全員が嫌というほど理解している。

「残念ながら、奴らの関与した痕跡は見つかっておりません。『フェアリースケール』と思われる薬物の存在は数か所で確認されましたが、場所や規模に特筆すべき点はありませんし、流通の動きにも変化はありません」

 ニールセンは僅かに安堵のため息を漏らしながら緊張を解いたが、ヘッケラーは顎に手を当てて眉間に皺を寄せた。

「もしかしたら……今のところ、彼奴らはほとんど関与していないのかもしれませんね。穏健派の暗殺を、実際に手を下して行った程度かもしれません」

 普通に考えれば、それだけでも十分に重大な暗躍だが、今までのボルグはじめ『黒閻』の動きからすると屁でもない話だ。

 もしかしたら、こうした国家間の対立を煽ることに他の目的が絡んでいる可能性はあるが、それこそ現時点で詳細を確認することは不可能である。

 相手はデ・ラ・セルナの追跡と指名手配を易々と振り切り王国内で暗躍するほどの手練れ。

 さらに、公国内から足取りを追うとなると、難易度はさらに跳ね上がる。

 今の時点でできることが引き続きの諜報活動と戦乱への備えのみであることに変わりはない。

「とにかく、現在の公国は今まで以上に危険な状態にあります。オルグレン伯爵にも、今後は定期的に王城へ顔を出していただきたく」

 今年のフィリップは、魔法学校のメアリーの様子を見に王都へ度々足を延ばしている。

 明らかに去年以上の頻度で。

 ついでに王城へ寄る程度ならば大した手間でもない。

 むしろ、大義名分を持って王都に来ることができる。

 フィリップはキャロラインの願いを快く承諾した。


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