表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編4年(魔大陸編)
176/232

176話 ペリュトン討伐


「クラウス様! 上です!」

「わかってる! “エアバースト”」

 甲高い飛行音とともに俺に向かって急降下してきた物体は、空中で炸裂した俺の魔術に巻き込まれて、バランスを崩しながら落下してきた。

 不自然な体勢で錐揉みしながら落ちてきた魔物は、一言で言えば羽の生えた鹿だった。

 件のペリュトンだ。

 体のサイズは中央大陸に生息するアーマーディアと同じくらいなので、大鹿(エルク)よりも二回りはデカい。

 とてもではないが、あの鳥のような羽で空を飛べるとは思えない。

 まあ、グリフォンやドラゴンと同じだろうな。

 人間の使う飛行魔法よりも効率的に魔力を運用し、羽根の動きと合わせることで、あの巨体を高速で飛ばしているのだろう。

「もう一匹です!」

「ああ、下は任せる!」

 俺は撃墜したペリュトンの止めをエレノアに任せ、急降下してきた別の個体に向き直った。

 敵は群れで奇襲を仕掛ける戦法を得意としているので、こうして続けざまに時間差で全方位から突撃してくるのだ。

「ふっ!」

「ギュェッ!!」

 大剣を横にして待ち構えて、接触してから撫で斬りにするカウンターだが、俺の放った斬撃は見事にペリュトンの首を切り落とした。

 以前と比べて、明らかにカウンターの技量が上がっている。

 受け流しから切り返しの流れも、斬撃の鋭さも段違いだ。

 エレノアに剣術を習う前だったら、今のペリュトンは一撃で仕留めきれなかったかもしれないな。



 どういう仕組みかはわからないが、ペリュトンは自身の影を持たない。

 体の後ろからの光が透過しているように見える。

 ペリュトン自身が発光しているのではなく、一部の光が反射や吸収をされずに透過しているような、かと言って半透明というわけではない、何とも不思議な感じである。

 もちろん、直接ペリュトン自身を目視すれば姿は見えるので、これだけ聞いても大した脅威には思えないだろう。

 影を利用した闇魔術は使えないが、他に攻撃方法が無いわけでもなし。

 しかし、これが実はなかなかに厄介な特性なのだ。

 例えば、ペリュトンの背に太陽があった場合、逆光で相手の正面が暗くなるという現象が起きない。

 要は、明暗によって相手の姿を目視することが難しくなり、姿を捉えにくくなるわけだ。

 輪郭がボヤけるので距離も掴み難い。

 おまけに、このヴァンパイア族の集落からさらに北上した位置にあるペリュトンの領域は雪山である。

 眩い光が辺り一面の銀世界に反射しており、太陽を直視しなくても照り返しで目が眩みやすい環境だ。

 何より厄介なのが、ペリュトンの武器は鋭い角や蹄を利用した直接攻撃だが、脳筋な攻撃方法とは対照的に、奴らは自分たちの特性を理解して最大限にアドバンテージを活かしてくる点だ。

 ペリュトンは群れで獲物を狙って、上空から時間差で急降下して攻撃を仕掛けてくるが、連携して可能な限り本命の一撃は太陽を背にして放ってくるのだ。

 生半可な冒険者であれば、魔物の接近を感じ取って顔を上げ、太陽の光で目が眩んだところを、あの角で串刺しにされてお陀仏だ。

 そして、エレノアに聞いたところによると、ペリュトンは夜間にほとんど活動しない。

 自分たちの長所を最大限に活かす戦術を用いてくるくらいには、知能がある魔物というわけだ。

 奴らの自然光によって影を作らないという性質は、この環境では結構な脅威となるのである。

 総合的に討伐難易度を評価すると、ペリュトンはBランクの上位くらいか。

 非戦闘民族の居住地の近くに生息する魔物としては、なかなかに危険な存在だろう。

 中央大陸なら、Bランクの魔物の素材は十分に高級品であり、Bランク冒険者というのも上級の部類だ。

 ……エレノアはヴァンパイア族の狩人もペリュトンを仕留めると言っていたな。

 戦闘は不得手な民族のはずだが、それも龍族を基準にしての話であって、ヴァンパイアも魔大陸の住民には違いないというわけか。



「おしっ! これで最後だ!」

 俺が“倉庫(ストレージ)”から取り出して投擲した偽フラガラッハは、逃走を試みたペリュトンの首筋に吸い込まて、回転しながらブーメランのように飛んだ魔剣の刃が鍔の近くまで埋まった。

 さすがに延髄を破壊されては、魔大陸に生息する魔物といえども生き延びることは叶わない。

 ペリュトンの距離感を狂わせての高速飛翔と突撃戦法はなかなかに厄介だったが、一匹だけなら大した相手ではない。

 俺なら武器屋で大量購入した数十円の投げ槍で撃ち落とすことも可能なレベルだ。

 群れで連携して襲って来たときは対処に手間取ったが、数が減ればこちらが圧倒的に優位に立ち回ることができる。

 そうして、今日の行軍で遭遇したペリュトンは全て討伐され、辺りから魔物の気配が消えた。

「さて……被害状況は?」

「軽傷者が五名、死者重傷者は居ません。すぐに手当ては終わるでしょう。クラウス様、治療と獲物の回収が済んだら撤退しますので準備を」

「わかった」

 偽フラガラッハを回収し大剣を“倉庫(ストレージ)”の魔術で亜空間に仕舞った俺が問いかけると、エレノアはすぐに返答した。

 彼女は俺の相方として分隊を組んでいるが、以前として戦士団の指揮官であることに変わりは無いのだ。

 好き勝手に暴れまわる俺のフォローを行いながら必要とあれば味方に指示を飛ばし、戦闘の前後ではいち早く部隊の状況を把握して方針を決定する。

 凄まじい有能さだな。

 そうしているうちに、戦場の事後処理も終わった。

 全てのペリュトンの死骸を魔法の袋に回収し、血だまりや肉片は焼き払った。

 これで魔物の死骸がアンデッド化する心配も無くなり、他の肉食獣や魔物が寄ってくる可能性も低くなった。

「では、キャンプまで戻りましょう」

「ああ。周辺の偵察は……」

「足が速い者で二分隊を見繕ってあります」

「そうか。手伝えなくて悪いね」

 俺も慣れてきたとはいえ、危険を避けながら『死の森』を歩くには龍族の感覚が必要不可欠だ。

 本隊が休息を取る間の斥候に俺は参加できない。

 焼き払うか殴るかしか能の無い俺は、偵察隊に志願しても足手まといになるだけである。

「いえ、誰しも得手不得手というものがあります。私たちも同じですよ。最低限、全ての戦士が剣術と攻撃魔術と治癒魔術を習得できるようにしていますが、それでも戦闘時に近接攻撃と遠距離攻撃と回復を誰でもこなせるだけです。複雑な魔術や魔法陣を扱えるのは限られた者だけですし、偵察に割り振る人員もほとんど固定されています」

 エレノアは龍族の戦士の能力を最低限などと言っているが、前衛、後衛、ヒーラーの全てをこなせるだけでも驚愕に値することなのだ。

 うちの実家なんて、Sランク冒険者の最低レベルにすら達していないのに、父は剣術だけの脳筋で母も治癒魔術しか能が無い。

 世間の人並みという基準はそのくらいのものだ。

「クラウス様にはクラウス様にしか務まらない役割があります。遊撃と火力支援においてはあなた以上の適任はおりませんし、それに……」

「それに?」

「指揮官である私の護衛もしているではありませんか」

 意識したことは無かったが、単体での戦闘力が一番高い俺がエレノアと組むことには、そういう意義もあるわけか。

 結構、前線に突っ込んでいるけどな。

 俺は魔術も扱えるが、魔力剣を振り回す方が魔力の節約になり、強力な魔物でも素早く綺麗な状態で仕留められることが多いのだから仕方ない。

 しかし、そうなるとエレノアの消耗が心配だな。

「もう少し後ろに下がった方がいいかな? 前に出過ぎると、部隊全体の指揮を執るのに不便だろう」

「いえ、クラウス様はご自身のやりやすいように動いてください。その方が早く戦闘を終えることができるでしょう。素早く敵を殲滅できれば、それだけ味方の損害も少なく消耗も軽く押さえられます」

「……わかった。でも、無理はしないでくれ。辛いときはいつでも俺に頼ってほしい。俺の役目には、君の護衛も含まれているのだろう?」

「ぁ……はい。ありがとうございます」

 こうして、ヴァンパイア族の集落付近の掃討は終了した。



 キャンプ場に戻った俺は、龍族の遠征隊の皆と協力して早速ペリュトンの解体を始めた。

 死骸になってしまえば、ペリュトンはただの羽の生えた鹿だ。

 光が透過することも無ければ、影ができないなどということもない。

 本当にわけのわからないメカニズムだが、生憎と俺にはそれを解析できるだけの知識も技能も無い。

 魔大陸の摩訶不思議を解き明かすためには、ラファイエットか宮廷魔術師団の錬金術師の手を借りるしかないだろう。

 彼らを安全にここまで連れて来られるのは、一体いつになることやら……。

 解体したペリュトンの素材は、用途別に分けて分配された。

 角や毛皮と羽根に関しては職人や錬金術師に任せる物資として確保され、肉や内臓は戦士たちの魔法の袋に分配される。

 血はヴァンパイア族との交易品なので、瓶に詰めてから魔法の袋に一時保管された。

 俺は可食部以外にも、宮廷魔術師団へ提供するサンプル用とラファイエットへのお土産用として、角や羽根などの素材も分けてもらった。

 この場所にラファイエットたちを連れてくることは叶わないが、素材を持ち帰ってやれば研究はできるだろう。

 当初は肉の分け前が減るのは考え物だと思ったが、討伐への貢献度を鑑みて俺への分配は多めになっているので、このくらいなら問題ないさ。

 さて、何はともあれ、今日の夕食は初めての食材だ。

 今まで龍族の集落から北の方面には立ち入っていなかったこともあり、ペリュトンの肉は何気に初めてだ。

 中央大陸のアーマーディアと食べ比べてみるのも悪くないな。

 俺は素材を回収して自分のテントに戻ると、鼻歌を歌いながら夕食の準備を始めた。



 そして、その日の食卓には、獲ったばかりのペリュトンと以前に中央大陸で仕留めたアーマーディアの肉が並んだ。

 調理法はどちらも同じ。

 フライパンでヒレ肉をレアに焼き上げ、肉汁を赤ワインで溶いてバルサミコとハチミツに塩コショウを加え、そこにエレノア経由で手に入れた醤油を垂らしてソースとする。

 フランス料理なら、ここにフォン・ド・ヴォーやクランベリーを加えるところだが、今回は肉の味を純粋に比べたいので、ソースは単純なもので用意したのだ。

「これは……エ〇ジカだ……」

「〇ゾ、シカ……ですか?」

「ああ、いや。何でもない」

 エレノアの疑問を誤魔化しつつも、俺は日本に居た頃にレストランで食べた味を思い返した。

 ペリュトンの肉の特徴は、中央大陸のアーマーディアと食べ比べてみると、違いがはっきりとわかる。

 日本に生息する鹿のなかでも、特に肉質が柔らかく味もいいと言われている、最北端の都道府県で獲れる品種に近い。

 サシの無い淡白な赤身の肉であることには違いないが、他の鹿肉に比べると、僅かに脂肪の風味があり肉の繊維もしなやかなのだ。

 それに対して、アーマーディアの肉は本州の鹿に近いな。

 蕎麦が名産の山の多い県でも鹿肉はそれなりに有名だが、あちらはもう少し赤身の主張が強いように思える。

 俺の勝手な予想だが、一年を通して平均気温が低い地域の方が、動物の脂の乗りが良くなることが影響しているのではないだろうか。

 ペリュトンが生息しているのも、王国で把握されている地形の最北端よりさらに北に位置する雪山だ。

 生息地という似通った点があれば、肉の味の傾向が同じようになるのも頷けるというものだ。



 食事をほぼ終えたタイミングで、俺は何の気なしに食卓を共にしているエレノアに声を掛けた。

「そういえば、俺ってまだ一度もヴァンパイア族に会ってないな」

「あ! 申し訳ありません」

「いや、別に謝るほどのことじゃないさ。ただ、俺は初対面の挨拶さえしていないからさ。龍族の客分とはいえ、余所者が勝手に集落の近くで暴れては、向こうもいい顔はしないんじゃないかな?」

 そう、実は俺はヴァンパイア族を一人も見たことが無い。

 味噌と醤油を買い付けに行ける話が出たところでの救援要請だったのだ。

 ペリュトンの大群の討伐を最優先にしていたため、そのまま龍族の戦士で構成された遠征隊に同行し現場に直行してきた形だ。

 魔大陸では中央大陸の国境や縄張りに関する規定が通用するとは思えないが、それでも最低限のマナーを欠く気にはならない。

 少なくとも、同じ知的生命体である以上は、余程の話が通じない異常者集団でない限り、自分にできる礼節を尽くす姿勢を見せれば、有意義な交易を行い共存していけるはずだからな。

「クラウス様のことは既にヴァンパイア族の長に伝えてあります。我々の身内であることを説明し同意は得てありますのでご安心を。一応、今回の件が片付き次第、クラウス様をお連れするということで話は付いています。その時に、醤油や味噌の買い付けもできるよう話を通しておきました」

「……さすがっす。じゃあ、挨拶は後でいいわけだ」

「はい、問題ありません」

 ペリュトンの件で流れてしまった買い付けの話だが、エレノアは既にこの事件が解決した後のことを見据えて、全て根回しをしておいてくれたようだ

 ドヤ顔も可愛いから許す。

 本当に、最高のパートナーだよ。彼女は。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ