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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編4年(魔大陸編)
174/232

174話 学園の姉妹と......

後半は魔大陸に戻ります。


 王都魔法学校にて。

「(ねぇ、ほら。ご覧になって)」

「(あら、あの女。まだ居たんですのね)」

「(よく人前に出れるわね)」

「(聞きました? あの方のせいで、危うくオルグレン伯爵家は取り潰しになるところだったらしいですわ)」

「(ええ、何でも公国との関係に亀裂を入れかけたとか……)」

「(まあ! そのような陛下の顔に泥を塗るような真似を……)」

「(これだから下賤の者は……。外交の重要性がわかっていないのですね)」

「(オルグレン伯爵家も落ち目かもしれませんわねぇ)」

 4年生対象の政治学の講義終了後。

 頭を寄せるようにして陰口とも罵倒とも取れる距離で囁き合う同級生を横目に、メアリーはそっとため息をついた。

 一年経っても、何も変わらない。

 救国の英雄として持て囃されるオルグレン伯爵家、そのお零れに与れる地位も実力も伴っていない貴族の子弟は、こうして一番殴り返される確率が低いところに嫌がらせをして憂さ晴らしをするのだ。

 今までの功績に比べれば些細な咎を大事のように論い、その話すらメアリーへの陰口でしか声に出せない辺り、いかに彼女たちが下らない人間かわかるというものである。

 去年のメアリーは耐えた。

 嫌味にも皮肉にも言い返さなかった。

 レイアもファビオラもクラウスも魔法学校にはあまり訪れず、もちろんフィリップ本人の助けも無い状態で、この陰湿な絡みを受け流し貼り付けた笑みで対応し続けた。

 救い難い有象無象であろうと、当たり障りのない付き合いと関係を構築し続けることこそ、自らの役割だと自分に言い聞かせて。

 しかし、振り向いたメアリーの顔に穏やかな表情は無かった。

「滑稽ね。そもそも、不当な差別意識が蔓延っている公国とは、現在の王国政府は距離を置く方針ですわ。わたくしたちの件が起きるより前から、最低限の隣接地域での交易を除いて、交流はほとんど無かったはず。好意的とは言い難い関係の国とのトラブルで、それも両国の損害を最小限に抑えたオルグレン伯爵家に対して、騒動の渦中に居たというだけで蚊帳の外だったあなたがたは批判するわけですわね」

「「「「「なっ!?」」」」」

 まさか言い返されると思っていなかった令嬢たちは、言葉を失って立ち尽くす。

 それも当然だ。

 彼女たちの多くは、反撃されることを知らない。

 普段、癇癪を起こして憤怒をぶつける相手は、無抵抗の使用人や奴隷がほとんどだ。

 それでも、親の庇護の下で本格的に人をいたぶった経験のある令嬢たちは、比較的早く復活してメアリーに噛みついた。

「だ、大体! あなた、よくおめおめと帰って来れましたわね。賊に攫われて慰み者になったのでしょう」

「まあ、汚らわしい! 私ならその場で自害いたしますわ」

「そ、そうですわ! 拾ってくれたオルグレン伯爵に少しでも恩義を感じているのなら、せめて迷惑を掛けないようにするべきではなくて?」

「ここまで生き恥を晒しても死ぬのが嫌なのぉ? 卑しい生まれの女は浅ましいのねぇ」

 メアリーは頭痛を堪えるように呆れ果てた表情で吐き捨てた。

「わたくしを攫ったのは女ですわ。慰み者も何もないでしょう」

 罵倒でも単純な反論でもなく、淡々と根拠を崩されて、さすがの令嬢たちも言葉に詰まる。

 メアリーは屈辱に顔を歪める彼女たちに構わずさらに続けた。

「それに……舌を噛み切ろうにも猿轡をされていましたの。口先だけのあなたがたには、それすら想像もつかない状況でしょうけど。当然、懐剣など手元に残されるわけがありませんわ」



 最近のメアリーは笑顔が減った。

 妹のアンに限らず、魔法学校の学生の多くが受ける印象だ。

 誰にでも笑顔で接し、無礼な態度や陰険な絡みに対しても愛想笑いを絶やさなかった彼女を知る者からすると、一見信じがたい光景だ。

 当初は、多くの同級生が誘拐のトラウマによるものと予想し不憫に思ったものだ。

 心無い者はフィリップとの不仲やメアリーの不貞を噂し、さらに下種な勘繰りに秀でた者は魔大陸へ出張中のクラウスとの関係を憶測し吹聴した。

 しかし、そんなメアリーの日頃の様子とは対照的に、彼女の周りには常に人の輪が形成されている。

 そして、その輪の内に居る本当にメアリーと仲のいい友人たちは知っている。

 メアリーが去年よりも遥かに魔法学校での日々を楽しんでおり、偽りの無い心からの笑顔はむしろ増えていることを。

「……お姉ちゃん、楽しそうだね」

 引っ込み思案で普段は口数の少ないアンは、メアリーの周りから人の波が粗方引いた頃を見計らって声を掛けた。

 ……昼間はタイミングが掴めず、結局は床に就く直前だが。

 メアリーは突然の一言に一瞬驚いた様子を見せるも、すぐに穏やかな表情で口を開いた。

「あの後、フィリップと話しましたの。わたくしだけ通い続けた魔法学校であったこと、辛かったこと、一人で思い詰めて悩んでいたこと……正直に全て。彼は親身になって聞いてくれましたわ。ファビオラのことでも大変なのに……」

 さすがに姉妹だけあって、メアリーはアンが聞きたい内容をすぐに察した。

 ノロケから始められ、アンは僅かに表情を動かして――メアリー以外にはわからない程度――呆れた雰囲気を醸し出すも、メアリーは構わず続けた。

「やはり、彼は理想の男性ですわね。優しくて、気遣いができて……」

「それで? 義兄さんは何て?」

「はぁ……少しお待ちなさいな」

「長い」

 ばっさりと切って捨てる不愛想な妹の一言に、メアリーは苦笑しつつ先ほどの質問の答えを口にした。

「皆、頼りになると。カーラはまるでもう一人の家宰のようで、レイアもファビオラも肩を並べて戦うことができる仲間だ。そう言っていましたわ。そして、わたくしは……」

 メアリーは一拍置いて言葉を続けた。

「わたくしには、普通の妻であってほしいそうですわ」

 メアリーはあっけらかんと言った。

 しばしの沈黙の後、アンはゆっくりと口を開く。

 その様子は、どこか驚いているようで、そしてメアリーの顔色を窺うような不安が滲み出ていた。

「……お姉ちゃんは、それでいいの?」

「ふふっ……以前なら、そんな甘えは絶対によしとしなかったでしょうね。どうにか、わたくしの存在意義を能力で示そうと躍起になっていたはずですわ。商売下手な父の店を営業努力で存続させてきたという、ちっぽけなプライドがありますもの」

 この一言には、アンも苦笑いするしかなかった。

 彼女も根っからの職人気質で、店の営業や経理に関してはメアリーに頼りきりだったのだ。

「オルグレン伯爵家という才能豊かな人ばかりの集団でわたくしに何ができるか、わたくしは今でもわかりませんわ。いえ、わかっているのなら意味が無い。きっと、わたくしなど居なくても、有能な皆はその穴を塞いでしまう」

 さもありなんとアンは頷いた。

 運送ギルドにせよ、オルグレン伯爵家そのものにせよ、同じことだ。

 仮に商家とのパイプがほとんど無くコンタクトが取り難い状況にあれば、エドガーなりクラウスなりが商機になる新規のプロジェクトを立ち上げてきっかけを作る。

 それこそ、メアリー一人に商務を任せて負担を押し付けることなどしない。

 要は、クラウスやレイアの際立った役割と活躍がわかりやすいのは、それだけ突出した才を持っていることとトラブルが生じたタイミングの問題に過ぎないわけだ。

「だから、わたくしの務めはフィリップと共に悩んで寄り添うこと。対応して動くのではなく、常にそうあることが重要なのですわ。もちろん、冒険者や商店街との顔繋ぎは続けますわ。絶対に必要な仕事ではないけれど、わたくしにしかできない仕事ではないけれど……」

 メアリーは一度言葉を切って、じっと自分を見つめる妹の瞳を見返す。

「何か言いたそうですわね」

「……う~ん、敗北宣言? 思考停止? 行き当たりばったり?」

「あなた……毒舌が止まりませんわね。信頼とか何とか言いようがあるでしょうに。まあ、あなたの言う通りかもしれませんわ。でも、無理はやめることにしましたの」

「ふ~ん」

「要は! そんなに必死に自分の居場所を探さなくても、功を焦らなくても、フィリップはわたくしを受け入れてくれるのですわ。愛してくれるのですわ。まあ、あなたにはわからないことでしょうけど」

 アンは珍しく顔全体に呆れの表情を浮かべ、やれやれといった具合にため息をつく。

 興味を失ったようにそっぽを向くと、そのまま体ごと顔を背けてしまったが、メアリーは悪戯っぽく笑みを浮かべながらしばらく妹の後ろ姿を眺めていた。

 やがてアンから静かな寝息が聞こえ始めると、メアリーは柔らかく微笑んで自分も寝る体勢に入る。

「(無理をするのは、あなたを守るときだけ……)」

 それでもやはり、可憐な顔立ちに反して不愛想な妹を姉として案じる気持ちに変わりは無いのであった。





 その頃、龍族の里にて。

 今日も俺はいつもと変わらない一日を過ごした。

 里の近くでエレノアと一緒に魔物を狩り、彼女の家で一緒に夕食を摂って、いつも通り寄り添ってのんびりと時間を潰す。

 優雅で気ままなスローライフだ。

 ただ、珍しいことに、明日の予定は明確に決まっている。

「ふふっ、楽しそうですね、クラウス様」

「ん? ああ、ようやく日取りが決まったからね」

 龍族が味噌と醤油を購入しているという種族への訪問は明日に決まった。

 ついに! 俺のソウルフードの確保に向けて本格的に動くことができる。

 ジルニトラが先方にアポイントを取ってくれたので、俺は魔法の袋を持ってついて行くだけだ。

 まあ、ここが『死の森』の一部である以上、道中ではそれなりに魔物に遭遇するだろう。

 今日は早めに寝て明日に備えて英気を……とは問屋が卸さない。

「え~と、エレノア。そろそろ……」

「明日からしばらくは野営ですから、こうして平穏に過ごすことは難しくなります。ですから、今の内にクラウス様を堪能しておくのです」

 いつもなら床に就いている時間だが、エレノアは未だに腕を離さず、俺の胸元に顔を擦り付けるようにして体を寄せていた。

 平穏に、ねぇ。

 俺の下半身は平穏ではございませんことよ。

「……クラウス様、何を考えているのですか?」

「い、いや! 別に」

 当然、この体勢は色々な部分が当たる。

 そう、巨大で柔らかなバインバインが、押しつぶされて変形する感触が、腕のみならず広い範囲で感じられるわけで……。

 ふむ、触覚だけでも十分に素晴らしいが、視覚でも楽しめそうだ。

 そう思って目線を下げたら……さすがにエレノアにも気づかれたようだ。

 っ! 少し調子に乗り過ぎたか。

「もう! クラウス様ったら……」

 一瞬だけ自分の胸元に視線を落としたエレノアは、悪戯っぽく笑って一層俺に密着してきた。

 両腕を俺の首に回しながら抱き着いてきたエレノアを正面からしっかりと受け止めると、これまた体全体で幸せな感触が味わえる。

 密着状態でしばらく体をくねらせていたエレノアは、顔だけ向き合える位置まで僅かに体を引いて妖艶に微笑んだ。

 これが年上の包容力か……。

「そんなにお好きなら、いくらでも……ぁ……」

「っ!」

 ついに、勘付かれた……。

 俺の聖剣が迸る魔力を収束させて、天を貫くかの如く直立していることに!

 エレノアの目がスッと細められ、獲物を狙う肉食獣のような雰囲気を醸し出す。

 ちょっと怖い……。

「いい、ですか? 私……もう、我慢……」

 近い……。

 疑問形ではあるな。一応。

 しかし、既にエレノアは行動を起こしていた。

 いつの間にか、俺はソファーに押し倒される格好になっており、体ごと押さえつけられて動きを封じられていた。

 いや、力ずくで抜けようと思えば抜けられるけどさ……。

 至近距離まで迫っていたエレノアの顔を見てみると、目は些か血走っており息も荒い。

 エレノアの手がゆっくりと俺の下半身に伸びていき、そして……。

「よろしくヤってるところ悪いんだけど、買い付けは中止よ」

「ひゃぁ!」

「うぉ!」

 横合いから掛けられたジルニトラの声に、俺とエレノアは飛び上がった。

 殺気が無いうえに本格的に気配を消してこられたので、俺もエレノアも直前までジルニトラの接近に気付けなかったのだ。

 慌てて俺から体を離したエレノアは、一瞬で顔を赤くして怒鳴った。

「や、ヤってません! まだ……」

「まだ、ねぇ……」

 皮肉っぽい笑みでからかうジルニトラへエレノアはさらに噛みつこうとしたが、このままでは話が進まないので、俺は二人を遮って声を掛けた。

「何かあったので?」

「ええ、ちょっと問題がね。二人とも支度をしてちょうだい。もちろん、武装は整えてね」

 この時間に里の長からの呼び出し、しかも完全武装とは、穏やかではない話だ。

 度重なる厄介事に俺は些かげんなりしながらも、俺はエレノアを促して身支度を整え、先に出たジルニトラを追って家を出た。


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